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耳をすませば(鬱)

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 唐突だが、今日は日曜日である。
 今朝のご飯は日本人らしく米、焼き鮭、インスタントの味噌汁だった。
「あ、俺今日ワタルの見舞い行くけど、お前どうしてる?」
 ご飯を食べながらそういうりょっちのお皿には鮭が三枚乗っていた。
「んー、アタシも出かける」
「スロットか?」
「りょっちと一緒にしないでよ」
 別にアタシは楽しくてやってるわけではない。
 いや、お金が増えるから楽しくないわけでもないが、好んでいくほどではないということだ。
「ちょっと、お姉ちゃんのところに行ってくる」
 そういうと、りょっちの動きがピタっと止まった。
「やはり末っ子か」
「そこかよ」
 何か突っ込みどころが違う気がする。
「ていうか、お前ねーちゃんいたんだ。他に兄弟とか居るの?」
「居ないわよ、お姉ちゃんだけ。そっちは?」
「あー、兄貴と妹がいる」
 あたし達は一緒に住んでこそいるが、よくよく考えれば、お互いのことを全然知らない。
 家族構成や、なんて大学に通ってるとか、バイトしていることは知っているが、何をしているのか知らない。
 知らないことだらけ。
「つーか、ユウっていくつなの?年上には見えないけど」
 イチイチ一言多い奴である。
「今ハタチ、今年の誕生日で21よ」
「え?マジで言ってるのそれ?」
「何よ」
「いや、年上というのが信じられあーまてまて、箸で人は殺せないぞ」
 普通の握りから、こうグサッといけるように箸を持ち替えてみた。
「アンタはいくつなのよ」
「19、今年の誕生日でハタチですよ」
 一個下か。なんだか急にりょっちが幼く見えた。
「あー、いけないんだー、未成年のクセに煙草すってるー」
「余計なお世話です」
 前言撤回。かわいくねーコイツ。

 食事を終えて、食器を洗い終わるとりょっちはそのまま出て行った。
 アタシも少ししてから出かけることにした。
 奇遇なことに、アタシがこれから姉のところに行くのもお見舞いなのだ。
 今まで、姉と面会が出来るようになってから、一度しかお見舞いには行っていない。
 前回お見舞いに行った時も、急に帰ってしまったから心配しているかもしれない。
 それから、二度と姉の前には姿を見せるつもりはなかったが、どういうわけか、行く気になってしまったのだ。
 やはり、アイツの影響だろうか。
 好きなくせに、忘れようと、諦めようとしているりょっち。
 アタシも潮時なのはとっくに分かってる。
 姉に、全てを話そう。
 アタシは、そう決意してバイクに跨った。

 アタシの向かった病院はK大学病院。
 ここに姉は入院している。
 入院している、と言っても今は回復に向かっており、まもなく退院できるとか出来ないとかって話だった。
 受付に名前を書き、病室へ向かう。
 806号室 鳴海 愛(ナルミ アイ)。
 苗字が違うのは、両親が離婚したからだ。
 しかし、離婚してからもアタシ達は良く会っていたので、普通の姉妹となんら変わらない。
 姉が母の元も離れ一人暮らしを始めてからは疎遠になってしまったが、それはまぁどこも似たようなものだろう。
 それでも、時々一緒にご飯を食べに行ったり、買い物をしたりしていた。
 姉が入院する原因となった事故も、そうした久しぶりの再開の時に起こった。
 テラスでの食事中。
 楽しく話していた姉が、突然目の前から消えた。
 姉の代わりに私の目の前にあったのは、スポーツカーだった。
 なんでも、昼間っから調子に乗った運転をしていて、操作を誤り突っ込んできたらしい。
 それも、姉のいる場所にピンポイントで。
 難しいことは分からなかったが、目立った外傷がない代わりに、姉は頭を強く打ったらしい。
 姉の意識は戻らなかった。
 いわゆる、植物状態という奴である。
 そうして、姉は植物状態のまま1年がたったある日。

 姉は、目を覚ました。

 一時はちょっとしたニュースにもなった。
 アタシも大いに喜んだものだ。

 アタシは大きく深呼吸をして自分を落ち着かせ、部屋をノックした。
「はい?」
 姉の声がした。
「あ、あの。アタシ、ユウだけど」
 アタシがそう声を出すと、嬉しそうな返事が返ってきた。
「ユウ!?心配したのよ、こないだは急に帰っちゃうから。早く入ってきてちょうだい」
 アタシはその声にしたがって戸を開け
「もう、本当に心配したんだから。茂(シゲル)さんも心配してたのよ?」
 そこにいたもう一人の人物を見て、固まってしまった。
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「えー、あーと」
 アタシが二の句を継げないでいると、姉が喋りだした。
「あ、こちら茂さん。ほら、あの日話そうとしたら車が突っ込んできちゃったのよ」
 フフフ、とその車に吹っ飛ばされた本人は陽気に笑った。
 そう、確かに車が突っ込んでくる直前、姉は彼氏が出来たんだと言っていた。
「『はじめまして』。白石ユウと言います」
 アタシがそう言うと、アタシと同じように固まっていた『茂』もあわてて挨拶を返した。
「あ、ああ。『はじめまして』。仰木茂(オオギ シゲル)です」
「・・・・・・二人とも、どうしたの?」
 アタシ達の様子に、何かおかしなものを感じたのか、姉は訝しげな顔をしている。
「別に?それよりも、お姉ちゃん調子はどうなの?」
 その『何か』に気付かれる前に、アタシは話題を変えることにした。
「んー、どうって言われても。私は別になんともないと思うんだけどね、お医者さんが色々と検査しろって」
 まぁ、ついこの間まで植物状態だったわけだから当然か。
「君は車に撥ねられたんだぞ?意識が戻ったからってまだ安心できないんだから、大人しくしてないとだめだよ」
 ズキ、と体のどこかが痛んだ。
「えー、だって退屈ぅ」
 甘えるような姉の姿に、自分が苛立っていることに気付く。
「だから、俺が空いてる時間はここに来るから。それでガマンしてくれ」
 痛い。痛い。
「ちぇー、ユウも遊びに来てよー。私もう退屈で退屈で」
 胸が、頭が、痛い。
 呼吸をするのが、苦しい。
「ユウ・・・・・・?」
「え?」
 二人の会話が止まっていた。
 どうやらアタシに話しかけていたらしい。
「あ、ゴメン。アタシいま風邪っぽくって。風邪うつるといけないから、今日は帰るね」
 我ながら、言い訳だけは得意だな、なんて思う。
「あら?そうなの?それじゃ無理して引き止めちゃ悪いわね。しっかり休んで治してね」
「入院してる人に言われちゃ、世話ないね」
「フフ、そうね。今日は来てくれてありがとう」
「うん、じゃぁまたね。お姉ちゃん、茂さん」
 アタシはそれだけ言うと、ふらふらと病室を出た。
 『茂さん』は終始、複雑な表情をしていた。

 ハッ―――ハッ―――!
 痛い。苦しい。
 ハッ――ハッ――ハッ――!
 頭では理解しても、体がその事実を受け入れない。
 姉のためを想うなら。
 ハッ―ハッ―ハッ―ハッ―!
 アタシはとっとと―――
 ハッハッハッハッ!!
 アタシはそこでガクッと膝を突いてしまった。
 呼吸が上手くできない、息が、上手く吐けない。
 まずいまずい、こんなところで騒ぎになってしまったら、間違いなく姉達の耳に届く。
 そうしたら、そうなった理由を聞かれて、そうしたら、アタシはどうすれば―――
「ちょっ、あなた大丈夫!?」
 壁にもたれかかっていたアタシに、誰かが手を貸してくれた。
「これ、使って!」
 渡されたのはビニール袋、どうやら、アタシは過呼吸になっていたようだ。
 渡されたビニール袋に顔を埋め、呼吸を繰り返す。
 ビニール袋を渡してくれた人は、優しくアタシの方を抱いていてくれた。
「大丈夫だよ、落ち着いて、呼吸して」
 混乱していた頭が、だんだんと落ち着いていく。
 呼吸は次第にゆっくりと落ち着いていき、何とか喋れるまでに収まった。
「大丈夫?丁度病院だし、診てもらったら?」
「いえ、大丈夫です。もう落ち着きましたし―――」
 そういって、手を貸してくれた人の方に顔を向けると、そこには見知った顔があった。
「あれ?ユウちゃん?」
「あ―――赤羽、さん?」
 赤羽智恵だった。
28, 27

  

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 今、アタシの目の前には、胸焼けしそうな、いや、確実に胸焼けする量のケーキが並んでいた。
 そのケーキを一心不乱に食べているのは赤羽友恵である。
 赤羽智恵は、よく言えばスレンダーな体系。悪く言えば痩せ過ぎである。
 見た目から小食そうな彼女は、どこにそんな胃袋があるのかと思わせるほどケーキを食べていた。
「食べないの?」
 その姿を呆然と眺めていたアタシに、赤羽智恵は理解しかねる、と言った顔で聞いてきた。
「あー、うん。そこそこ食べてるよ、さっきから」
 こちらからすれば、そっちが理解しかねる。
 アタシが一つケーキを食べている間に、赤羽智恵は三つ食べている。
 アタシも多くの女性がそうであるように、甘いものは嫌いじゃない。
 それでも、限度というものがある。
「そう?それならいいんだけど」
 そういうと、赤羽友恵は空になった皿を持って再びケーキを取りにいった。

 アタシは今、どういうわけか赤羽友恵とケーキバイキングに来ている。
 先ほど助けてもらった後、礼を言って立ち去ろうとしたら
「あ、ねぇ!この後時間あるかしら?」
 と引き止められ、ここに来たのだ。
 いったい、どういう魂胆なんだろうか?
 知り合い、というより顔見知りレベルだ。
 そんな人間をケーキバイキングに誘う心境と言うのは、どういうものなんだろう?
 そう考えていると、赤羽友恵が戻ってきた。
 ええい、考えてもよくわからん。聞こう。
「あの、赤羽さん」
「あ、待った」
 待ったをかけられた。
「そのさ、赤羽さん―――っていうの止めない?それと敬語も。タメでしょ?」
 あぁ、そういえばアタシは『りょっちの幼なじみ』ということになっているんだった。
 と言うことは、必然的にアタシはりょっちと同い年ということになるのか、多分。
「アタシも下の名前で読んでるし、智恵って呼んでもらえないかな?」
 なんてニコニコ言う。
 なんかそう無防備な笑顔を向けられると、沈んでいたアタシの顔も、思わず緩んでしまう。
「そうね、じゃぁそう呼ばせてもらうね」
「そうこなくっちゃ!もう私達はマブダチ!で、ところでユウは『フジョシ』って分かる?」
 フジョシ?って婦女子のことだろうか。
「えーと、女性を指す言葉、ってこと?」
「あー、オーケイ、分かった。俺自重、俺自重しろ」
 なんだか後半は自分に言い聞かせているようだった。
 心なしか、なんかがっかりしているように見える。
「えーと?」
「あー、気にしないで!うん!今のは忘れて!」
 手を前に突き出してブンブンを振り回した。
「え、ああ、うん。分かった。ところで、智恵はなんで急にアタシを誘ってくれたの?」
 よく分からなかったが、とりあえずアタシは先ほど抱いた疑問をぶつけてみることにした。
「あー、いやなんだか落ち込んでたみたいだから、ケーキ食べれば気分が晴れるかなって。あと私ケーキ食べたかったし」
 前半対後半が2:8くらいな気もするが、どうやらアタシに気を使ってくれたみたいだ、二割ほど。
「んでも、りょっちの所に遊びに来てるから、りょっちに話して気晴らしすんのかなーとも思ったんだけど、あの男人の話聞くの下手だからさ」
「そうね」
 聞き手には向いていない性格だ。あの男は。
「でまぁ、あんまり関係ない人間の方が話やすいかなーと思って。私でよければ話聞くけど」
 確かに、アタシは今まで『この話』を誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
 そう思ってりょっちに寿司屋で話したけど、なんだか勝手にりょっちが悩み始めてしまったので結局全ては話せずじまいだった。
 こうして、誰かに聞いてもらえれば、少しはすっきりするかもしれない。
「あんまり、面白くない話なんだけど、聞いてもらえるかしら?」
「もーう、気にしなくていいって。マブダチだって言ったでしょ」
 バシバシと肩を叩かれる。
 一見すると実際の歳よりも幼く見えられる外見や仕草をする娘だけど、なんだか母親のような暖かさがある。
 りょっちは、そんなところに惹かれたのかもしれない。
 アタシは、知り合ったばかりの智恵に全てを話すことに決めた。
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