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実から出た嘘

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 さて、りょっちが大学へ行ってしまうととても暇になってしまうアタシ。
 本格的ニート化。どうしたものか。
 気分転換に換気でもしようかと思い、ベランダに続く窓を開けたところで、携帯電話についているペンギンのストラップが光った。
 着信があると、光るタイプのストラップである。
 りょっちからだった。
「呼ばれて飛び出てユ『頼みたいことがあるんだが』
 最近扱いが酷いと思う。
 携帯の着信に対して、様々なバリエーションを練るのだって一苦労なのだ。
 そうした無駄な努力は、是非とも買ってもらいたい。
 本当は文句の一つも言いたいが、りょっちの声が真剣みを帯びていたので、通話を切るのは勘弁してやることにする。
 アタシってば空気読める子!りょっちと違って。
「何さ、急に」
『あぁ、ちょっとこれからK大学病院に来てくれないか』
「え?K大学病院?なんで?」
『いや、来てくれるだけでいいんだ。頼む』
 いつもだったら、『いいじゃねぇか、どうせ暇だろ?』とか言ってきそうな気がするのだが、どうやら本気で頼んでいるようだ。
 りょっちが下手にでているのは気分がいいが、しかし何だってK大病院なんだ。
 姉のことや、茂のことはりょっちには詳しく話していないから、それは関係ないはず。
 智恵がりょっちに話すとも思えない。
 智恵‥・?あー、そういえば、智恵の彼氏が入院してるのもK大学病院だったけ?
 それとなんか関係あるのか?
『ユウ?』
「あー、聞こえてる聞こえてる」
 うーん、迷う。迷うが、K大学病院はかなり広い病院だ。
 まぁ、鉢合わせることもないだろう。
「わかった、K大学病院に行けばいいのね?着いたら連絡する」
 そういって、通話を切った。
 駐輪場で待ち合わせをすると、下手すると茂と鉢合わせになりかねない。
 仕方ない、帰りはりょっちに乗せてもらうとして、ヘルメットだけ持って行こう。
 しかしフルフェイスヘルメットを持って街中をうろつくのは躊躇われる。
 確か、りょっちは半帽・・・・・・ハーフヘルメットを持っていたとか言ってたな。
 収納の奥のほうに、箱に入ったまましまわれていたのは片付けの時に確認済み。
 そいつを拝借しようとして、収納からヘルメットを出してみた。
「こ・・・・・・これは」
 その半帽は、パンダのペイントが施してあった。
 ・・・・・・か、かわいい!
 多分、智恵のために用意した半帽だろうが、この際仕方ない。借りよう。
 アタシはその半帽を紙袋に入れて、部屋を出た。

 電車で三駅ほど行ったところに、K大学病院はある。
 到着したので、連絡を入れようとしたら、りょっちが丁度入り口の門のところにいたので声を掛けた。
「おら、来てやったぞ。感謝したまえ」
「おう、サンキュ」
 やけに素直である。これでは張り合いがない。 
「基本的にユウは何もしなくていいから、なんか話振られたら適当に答えてくれ」
「へ?あ、うん」
 それだけ言うと、りょっちは病院の方へ向かって歩き出した。
 アタシも慌てて後に続く。
 いつも下ろしている髪を縛ったり、ニットキャップを被ったりして分かりにくくしているが、一応周囲を警戒しながらりょっちに続く。
 エレベーターに入っても、りょっちは無言だった。
 普段はうるさいくらいなのに、この変わりようはなんだ?
 心なしか、りょっちが緊張しているように見える。
 エレベーターは八階で止まった。
 姉は六階に入院しているので、アタシは少しほっとした。
 そのままりょっちはつかつかと廊下を歩き、一つの扉の前で止まった。
 その扉の横には、ネームプレートがあり、誰が入院しているのか分かるようになっている。まぁ、当たり前だけど。
 しかし、当たり前ではなかったのは、そこに書いてある名前だった。
『渋井丸卓夫』
 と書いてあった。
 ・・・・・・誰だ?
 と思っていたら、さっきまで無言だったりょっちが、前を向いたまま急に喋りだした。
「なんかこの病院って、事故で運ばれてくる人多いみたいな。
 この人も、ビッグスクーターで走ってる時に、トラックに撥ねられたんだって。こえーよな」
「う、うん?」
「・・・・・・」
 また黙った。なんなんだ。んで、誰だコイツ。
「すまん、何でもねぇ。覚悟はしたつもりだったんだけど、まだダメだったみたいだ」
 何を覚悟したのか、それはこの部屋の向かいに誰がいるかを考えれば、おおよそ予想は出来た。
 向かいの部屋のプレートには『高峰 達也』と書かれていた。
 優柔不断。
 挙動不審。
 駄目人間。
 こんな四字熟語がピッタリなりょっちだが、いつのまにかそんな決意をしていたのか。
 それでも、やっぱりここに来て怯んでしまったのだろう。
 格好つけようとしても、最後で格好つかないのがりょっちだ。
 仕方ない、今は仮とは言えアタシはりょっちの彼女だ。
 少し勇気付けてやるか。
 アタシは周囲をきょろきょろ見回した。
 丁度誰もいなかった。
「りょっち」
 クイクイと袖を引っ張る。
「ん?なん・・・・・・」
 りょっちが振り向いた時には、アタシはもう動いていた。
 二度目のキスだった。
 一歩下がり、言ってやった。
「仮とは言え、アタシみたいな可愛い子が彼女なんだぞ?少しは自信を持て」
 片手を腰にあて、もう一方の手でビシっとりょっちの顔を指差してやる。
「アタシはね、出来る男しか彼氏にしない主義なの。だから仮とは言えりょっちは出来る男だよ。仮とはいえ」
「何回も仮って言わなくていいぞ。逆に意識してるのがバレバレだぞ」
「うるせえぶちころすぞ」
 そういったりょっちの顔は
「まったく、俺なんかよりお前のほうがよっぽど男前だよ」
 いつもの捻くれた、生意気なものに戻っていた。
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 まったく、男らしくないな。
 そういう俺に、ユウは
「ま、それがりょっちじゃん?」
 と言われてしまった。まったくだ。
 後は、決めたことを実行するだけだ、気分もいくらか落ち着いていた。
 いつもの酸欠になるような、周りの空気が消えていく感覚はもうない。
 大丈夫、上手くやれる。
 俺はユウに呼ぶまで少し扉の前で待ってもらうことにした。
 扉を開けた向こうには、達也と智恵がいた。
 智恵にさっきのような取り乱した様子はもう見られない。
 急に取り乱すが、立ち直りもまた早い。
「よう、達也」
「あぁ、りょっち」
 達也にも、メールに見られたようなおかしな様子はない。
 しかし、智恵がこの場から離れたら、誰もこの部屋にいなくなったら、ああなるのだろう。
 コルセットを巻き、足にギプスがつけられた達也の姿が痛々しい。
 達也もまた、苦しんでいるんだろう。
 達也のため、ワタルのため、智恵のため、そして何より自分の為に、俺は前へ進む。
「何かお見舞いの品ないの?」
 達也は少し茶化すような感じでそんなことを言う。
 しかし、内心は『コイツなにしに来たんだ?』という気持ちも少しはあるのかもしれない。
「ねーよ。俺にそんな余裕があるとおもうか?」
「ないな、りょっちはいっつもキュウキュウしてるイメージがある」
「自分で言っておいてなんだが、凹むなそれは」
「事実だからしょうがないよね」
 笑いながら三人でそんな会話をする。悪くない空気だ。
「まぁ、でも土産話ならぬ、お見舞い話ならあるぜ」
「何それ?」
「いやさ、ちょっと前から言いたかったんだけど、うちらの中で彼女持ちなのってお前だけだからさ」
 そうやって前置きをして、俺は扉のほうの前に戻り、扉を開けた。
「ユウ、入ってきてくれ」
「・・・・・・いいの?」
 ユウは既に俺が何をするつもりか分かっていたみたいだ。
「まだ、アタシが入らなければ、誤魔化せるよ」
 まったくもって、コイツは俺ってものをわかってらっしゃる。
 でも、そこはもう「俺らしい」で通しちゃいけない所なんだ。
「あぁ、いいんだ」
 それだけ言うと、ユウも俺の覚悟を理解してくれたようだ。
 ユウを連れて、再び達也の前に立つ。
 心なしか、智恵が変な顔をしている気がする。
「・・・・・・どちら様?」
 達也が聞く。
 俺は悟られないように、小さく一呼吸して言った。


「俺の、彼女」


「え?」「え?」
 声は達也と智恵からだった。
 達也の声は、純粋な驚きの声。
 智恵の声は、なんだかその後に「ありえない」と続きそうな疑問の声。失礼な奴である。
「達也がこんな時でわりーんだけどさ、こんな時でもないと紹介できねーからさ」
 皆の前で言おうものなら、袋叩きにされるからな。と冗談めかしていった。
「へえー!そうなんだ!よかったじゃん!りょっち!」
 達也は素直に友人の幸福に対する喜びが半分、それからモトカレの脅威が去ったことが半分、といった感じの喜び方だった。
「まぁ、あれだ。イケメンの俺にかかればちょちょいのちょいですよ」
「誰がイケメンだ誰が」
 後ろから蹴られた。
 喋らなくていいと言ったのに。
「えーと、なんて名前なの?」
 達也がそう俺に聞いてきたが、ユウがずいっと前に出てきて。
「ユウです。白石ユウっていいます」
「へ?おんなじ苗字?」
「そうなんだよ、被ってた」
「へぇー、面白いこともあるんだね!運命じゃん!」
 運命、か。
 確か、俺が智恵とであった時も、結構運命的な出会いだったはずだ。
 でもそれはもう『良い思い出』だ。
 これで達也のメールやブログに対する書き込みも少しは落ち着くだろう。
「・・・・・・」
 しかし、一つ気になることがある。
 先ほどから智恵が一言も喋らない。
 いつもだったら、こんな奴のどこが好きになったの?とか、失礼極まりない質問でもしそうなものだが。
 とりあえず、俺のすべきことはした。
 これ以上の長居は無用だ。
 二人の時間を邪魔するのも良くないだろう。
「さって、あんまり邪魔しても悪いし、ユウ、帰るぞ」
「あいよ」
 俺達が帰ろうとした、その時、やっと智恵が口を開いた。
「あ、私も飲み物買いたいから、入り口までついでに送るよ」
 そういって、俺達3人は部屋を出た。
40, 39

  

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 達也の部屋を出ると、智恵がズカズカと歩いていく。
 ついてこい、そういう意味なのだろうか?
 廊下の突き当りを何度か曲がる度に人気が減っている気がする。
 2、3ど突き当りを曲がったところで、行き止まりになった。
 それにしても広い病院である。
「それで、りょっち。どういうつもりなの」
 何故かご立腹である。
 何に対して怒っているのか、さっぱり検討がつかない。
 俺は嘘だって付いていない。仮ではあるが、ユウは俺の彼女だ。
「何が?」
 少し白々しく聞こえたかも知れないが、それしかいえなかった。
「何が?じゃないわよ!そりゃ達也を大人しくさせるにはよかったかもしれないけど、ユウちゃんのことも考えなさいよ!」
 ユウちゃんとは、また馴れ馴れしい小娘である。
「あ、あの」
 何か言おうとしたユウを手で制する。
 コレは俺の問題だ。
「お前がユウの何知ってるっていうんだよ?『他人』の彼女に口出しするんじゃねーよ」
 突き放す。
 ここまで来たらもう徹底的に突き放す。
 しかし、そうやって突き放した程度で怯む女じゃないことも重々承知だ。
「あんたの嘘の為に、ユウちゃんにこんな真似させるなんて信じらんない!」
「あぁ?嘘じゃねーっつの。何も知らねーくせに偉そうにほざいてんじゃねーぞ?」
「はぁ!?何も知らないのはあんたでしょ!?死ね!氏ねじゃなくて死ね!」
「なんでわざわざ死んでやんなきゃならねーんだよ。死んで欲しかったら殺しに来い!」
「上等じゃねーか!歯ぁくいしばれや!」
「女だからって容赦しねーぞコラァ!」

「うるさい!」

 怒鳴ったのはユウだった。

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 まったく―――
 こいつら本当に元カップルなのか?
 そう思わなくてはいられないほどのやり取りだ。
 しかし、このややこしい状況を作った原因はアタシにもある。
 面倒くさいが、一つ一つ誤解を解かねばなるまい。
「なによ」
「なんだよ」
 今度は二人してアタシに突っかかってきた。
 あぁ、なるほど。
 ぱっと見は仲が悪そうに見えるけど、二人ともよく似てるのかもしれない。
 喧嘩ばっかりしてたのも、お互い言いたいことを言い合える仲だったと考えられなくもない。
 智恵もりょっちのことをよくわかってるのだろう。
 でも、それはその時のりょっちだ。
 今のりょっちは、変わろうとしている。
 その時傍にいたアタシのほうが、りょっちのことを『よく知っている』。
「あのね、りょっちには言ってなかったけど、アタシたまたま智恵と知り合う機会があって、話もしたことがあるの」
 二人とも黙ってアタシの話を聞く。
 そもそも、この状況はアタシにとってものすごく関係ないところで始まったはずなのに、今中心にいるのは何故かアタシだ。
 いっそ放棄してどっかに行っちゃっても良かったんだけど、いや、むしろいつものアタシだったらそうしてた。
 でも、きっとりょっちならそうしない。
 関係ないことで、巻き込まれて、いつの間にか問題が自分に降りかかってきたら。
 この男は黙ってありもしない責任を果たそうとする。
 なら、りょっちの彼女ならアタシもそれに倣う。
「その時、りょっちには少ししか話してない『彼』のことについて、相談に乗ってもらったの。
 それから、智恵にもその時話してないことがある。『契約』の件」
 そう、話がややこしくなったのは、アタシがそれぞれに話してないことがあるから。
「それから、アタシりょっちの幼なじみなんかじゃないんだ。出会ったのはたまたま。
 それも、多分りょっちじゃなかったらりょっちの所に居座ろうとしなかったかもしれない」
 出会った時、こいつはアタシがむちゃくちゃ言ってるのなんかお構いなしに、バイクを診てくれた馬鹿みたいなお人よしだったから。
「智恵にはわかんなかったかも知れないけど、りょっちは今変わろうとしてる。
 今まで築いてきた自分自身を崩しかねないほどのことをしながら。
 だから、アタシは手伝ってあげようと思ったの。別にりょっちがアタシを利用したとか、そういうんじゃないんだよ」
 色々と、細かい部分を説明するのは難しかった。
 だから、なんだか抽象的なことばっかり言ってしまったが、こんなんで智恵は分かってくれるんだろうか?
 智恵は納得しかねる、といった顔だ。
「・・・・・・よく分からないけど、ユウちゃんがそれでいいなら、いいわ。
 二人が付き合ってるっていうのも、半分くらい本当みたいだし」
 そういうと、さっきまで放っていた殺気をしまいこんだ。
 ん?殺気?あれ?この娘マジでりょっち殺す気だったのか?
「ユウちゃんの話、知らなかったなら仕方ないけど、ユウちゃん凄い苦しんでるんだからね」
「そんな事くらい、分かってるよ。
 いいからお前は達也と自分の心配だけしてろ」
「余計なお世話よ」
 なんだか喧嘩腰だが、多分二人はいつもこんな感じなんだろう。
 智恵は踵を返して、病室に戻ろうとした。
 そこにりょっちが声を掛けた。
「そういや、お前らにずっと言い忘れてたことがあったんだ」
「何?」
 そうやって振り返った智恵に、りょっちはこれまでずっと言えなかったことを言った。
「二人とも、おめでとう。よかったな」
 二人が付き合い始めたと知った時、ずっと言えなかった祝福。
「達也にも伝えといてくれ」
 智恵は、一度だけ頷くと再び歩き出した。
「ほれ、俺達も行くぞ」
 りょっちも、歩き出した。
 ずっと止まっていたりょっちの時間。
 それも、一緒に進み始めたようだった。

 駐輪場につくと、そこにはやはり茂のCBXがあった。
「あれ?お前のバイクはどうした?」
「歩き。だから後ろ乗っけて」
 そういって、アタシは持ってきたパンダメットを取り出した。
「・・・・・・それ持ってきたのかよ」
 りょっちはそのメットを見ると、少し顔をゆがめた。
 やはり智恵の為に用意したものらしい。
「いいじゃない。それに可愛いし」
 アタシがそういうと、りょっちは意外そうな顔をした。
「何よ、アタシが可愛いもの好きだとか、意外だとか言いたいわけ?」
「いや、それ俺の手作りだからさ。なんだ、お前そういうの好きなんだ」
「いいじゃない」
「だれもダメなんていってねーだろ」
 ホラ、とりょっちがバイクを出して、タンデムシートを叩く。
 アタシは跨り、りょっちの腰に手を回す。
「別に、お前バイクには乗りなれてんだから、そんなにがっちり掴まなくても平気だろ?」
 それでも、アタシはりょっちの腰に回した手を離さない。
 何も言わないアタシに、りょっちは諦めたのか、そのままバイクを発進させた。
 だって、今りょっちは寂しいはずなのだ。
 アタシに智恵の代わりは出来ないが、寂しさを紛らわしてやることくらいは出来る。
 りょっちと走ったことなんて数えるほどしかないが、基本的には荒々しい危なっかしい運転を好むというのはなんとなく分かっていた。
 しかし、今はゆっくりと、安全に走っていた。
 コレが、りょっちとの初めてのタンデムだった。
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鮭王 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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