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『プロローグ』

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 男の子に生まれた以上、いわゆるヒロイック願望は誰もが持つことだろう。そんな俺も例に漏れず、狭い界隈では中二病と言われるような主人公になった自分を妄想している一人だ。
 実は物凄い人物の息子でした。こうみえて、凄まじい力を持っている。気付けばそこは異世界。何もしなくても女の子が言い寄ってくる。と、他愛もない妄想。
 あぁ、そうだとも。俺は主人公になりたい。自分を中心に世界が回っているということを感じてみたい。……そんなことを考えているうちに、気付けば俺も高校二年生。
 周りを見れば親友と呼べる人はおらず、彼女のかの字も見当たらない。勉強も出来るかと聞かれれば首を横に振るしかなく、運動に限っては通信簿で毎回1という、ある意味の快挙を成し遂げている。
 不肖、わたくし武田智和16歳はどこで人生を間違えたのか、気付けば世間から孤立していた。


『プロローグ』


「おはよー」
「あー、早紀ちゃんおはよーう!」
「おはー」
 始業式から幾日か経ち、ようやく普段通りの学校生活が始まっている今日日、新しいクラスとなったこの教室でも既にいくつかのグループが出来上がっていた。
 以前と変わらない面々は必然的に集まり、知人と離れてしまった者は持ち前のムードメーカー気質を以って数人を束ねている。よくあるクラスの風景。
 と、主人公である武田智和は未だこのクラスに馴染めずにいた。いや、このクラス“も”馴染めずにいた。
「さっとしー! 確か今日って現国だよな、な! 何も言わずに宿題見せて!」
「なにかと思えば、またそれか。……ったく、俺の眼力も衰えたものだ。一目見たときはこんな奴だと思わなかった」
「まぁまぁ、それはご愁傷様ということで。みーせーてーくーれー」
「ほらよ」
 宿題を忘れ、なにやら騒いでいる男子。名を佐藤啓太。どこのクラスにも居そうで、実は結構希少種という明るいムードーメーカー。図らずとも彼は既にクラスの男子と親交を結んでおり、いわゆるカリスマ的存在となっている。対して、宿題を見せているメガネ男子。本堂恵、めぐみじゃない。さとしと読む。……父がどこぞの大学で講師をしているという彼は、血を受け継いだのか成績は常に学年トップ。クラスではハカセ的な立場を確立していた。
 武田智和はその様子を無言で見つめている。そう、言うなれば佐藤啓太の方が主人公に相応しい。良き友人に囲まれ、日々を輝かしく生きている。彼を取り巻く者達も、佐藤啓太と共に騒動を起こしたり――傍から見れば楽しそうな――と、十二分に楽しんでいる。
 何故こうなってしまったのだろうか、武田智和は考える。首を捻り、手を顎に当て、さながら名探偵の如く考える。……わからない。武田智和は馬鹿であった。
 そんな武田智和が輪に入れない理由、それは言動にあった。自らをまるで世界の中心とするような物言いは、多感な境界期の人間には受け入れられなかったらしい。
 一年生の頃、大多数が初対面であるのに対して武田智和はやってしまったのだ。その時のことは割愛するが、まぁ、自業自得とも言う。かなりの確立で俺様キャラというのは、どんな集まりであっても歓迎されない。
 悲しきかな、それ以来武田智和に話しかけるものはいなかったという。
「な、なぁ、俺にも宿題、見せてくれないか」
「え?」
 それでも武田智和は諦めない。佐藤啓太と同じく宿題をやってきていない彼は、メガネこと本堂恵に交渉を持ちかけた。交渉と言っても、宿題を見せてもらうだけなのだが。
「答えはNOだよ、武田智和君。君のあまり気分のよろしくない噂はよく耳に入る。俺もその噂に関しては同意権なのでね」
「…………」
 本堂恵はそう言い捨てると、武田智和に背を向けた。目を逸らすどころか、体を張っての否定。いくら我らが主人公が馬鹿だったとしても、その意図は掴めたようだ。
 ……それが武田智和、今日最後のコミュニケーションであった。



 武田智和は友達がいない。彼女もいない。人付き合いすらない。そして、両親もいない。……いないと言っても、ただ隣の県に転勤しているだけだが。それだけを見ると、十分に主人公の素質があると言える。
「ただいまー、誰もいなーい」
 武田智和は一人暮らしである。兄弟はいない。ペットもいない。転がり込んできた居候なんているわけもない。いつも通り、彼はキッチンで軽い食事を作る。
 ルックスはいたって普通、目に留めても記憶に残らないタイプ。勉強は出来ない、運動も出来ない。ただ家事だけは一通り出来る。……これだけを見ると、十二分に主人公の素質があると言える。
 だが、現実はそう甘くはない。彼は今日も一人飯を食べ、一人寂しく風呂に入り、一人寂しく寝る。そして夜が更けた。



「おはよー」
「あー、早紀ちゃんおはよーう!」
「おはー」
 武田智和はヒロイック願望を持つに対し、それに追いつけない自分と周囲を呪っていた。周囲を咎めるのはお門違いだと理解はしているようだが、それでも筋金入りの妄想癖は刹那的な楽しみを与える反面、こういった暗い部分も確かに育てていた。
 主人公は一人、窓際の席で顔を伏せる。からかう者はいないし、話しかける者もいない。ただ一人、妄想に耽る。……例えば今日、いきなり転校生がやってくる。可愛い女の子だ。実は彼女、親が決めた許嫁だったんです。そこから始まる学園ストーリー。……脳内薔薇色とは、このことである。
 ――と。
「よう、武田。授業まで時間あるし、ちっとついてきてくれねえか」
「え? あ、あぁ」
 物思いに耽って――悪く言えば妄想癖の激しい――いた武田智和は、すぐ隣に立っていた佐藤啓太に気がつかなかった。急に話しかけられたことにより少しどもってしまい、よりによって佐藤に醜態を晒してしまったと、一人被害妄想。
 ……佐藤啓太は武田智和に対してあからさまな態度は取らない。それはクラスの全員にも言えることだが、彼だけは物腰が柔らかいと言えた。……それもそのはず。二人は幼少から少しばかりの付き合いがあり、一時期は親友とまで呼べる関係になっていたのだ。しかし、中学校になって二人は別たれてしまった。
 時は流れて高校。お互い連絡もせずに疎遠となっていた二人は、やはり目が合っても話すことはなかった。それというのも、武田智和のよくない噂が原因なのだろうが。



「久しぶりだよな、こうして二人で話すのってさ。昔はよく遊んだじゃん」
 屋上、朝のこの場所に人が来るわけもなく、二人きりの空間の中で、武田智和は困惑していた。人気の無いところに呼び込んだのは、直接的に暴力を振るうためではなかろうか。何かされるのではないのか。など、持ち前の妄想力を以って一人ネガティブになっている。
 対して佐藤は緩やかな風に金髪を揺らしながら、フェンスの方へゆっくりと歩いてゆく。
「そ、そうだな。……なにか、用があったのか?」
 もともと人付き合いが得意とは言えない武田智和は、この空気に耐えられなかった。すぐにでも教室に戻り、いつも通り一人妄想に身を任せたいと願うのだが、佐藤はのらりくらりと返事をするだけで、全く的を射ない。
「……」
 佐藤は沈黙している。フェンスにもたれかかり、空を見上げたまま黄昏ている様にも思える。そんな様子に痺れを切らしかけていた武田智和が背を向けようとしたとき、夏に相応しい入道雲が見える景色の中で、佐藤は口を開いた。
「俺、さ。昨日医者に行ってきたんだよ。そしたら、ヒスチオサイトーシスXとかいうふざけた名前の病気に罹ってるらしくてなぁ」
 コイツはなにを言い出そうとしているんだ。当惑する武田智和を他所に、話は続く。
「で、その中に含まれる肺好酸球性肉芽腫症とかいう、これもまた長ったらしい病気らしい」
「それが……どうしたんだよ」
 話し始めてもいまいち意図が計れない佐藤の言葉に、だんだんと武田智和は苛立ちを感じ始めていた。
 そんな武田智和の言葉を聞いて、佐藤啓太の顔がふっ、と陰る。しかし、すぐにいつも通りの馬鹿そうな笑顔に切り替わる。
「見つけるのが遅すぎたらしくてなぁ、もう治らんのだとさ」
「え?」
 イライラと半ば話を聞き流していた武田智和は、予想だにしていなかった言葉を聞いて唖然とする。
「――余命はもって一ヶ月。その間に急死する可能性もあり。……我侭言って、余生を遅らせてもらってるってわけさ」
 屋上だというのに、武田智和にはその言葉だけが嫌に響いて聞こえた。





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