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第三話『ヒロイックな出会い:前編』

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「啓ちゃん、いい加減泣き止めったらー」
「だって……」
 小学生の頃、俺と佐藤の関係は今と違っていた。それというのも、俺が強気で佐藤が弱気だったからだ。……その二人が一緒に行動すれば、必然として俺が率先して動くことになるのはわかるはず。
「ほら、一緒に探すからさ! とりあえず校庭からさがしてみようぜ!」
「う、うん」
 いやはや、この頃の俺は光り輝いていた。それが今となっちゃどうだ、現実を見ないで妄想に思いを馳せているという体たらく。
 ……気付けば俺は捻くれた奴に、佐藤はどうしようもなく眩しい奴になっていたのは言うまでもなく。



「遅かったな、武田智和……って、佐藤!」
「す、すまんすまん、遅くなってすまんな本堂! どうやら特大のうんこだったようだ! それに続いて紙まで無いときた! もう笑うしかないよな!」
「そ、そうか。尻は……拭いたのか?」
「……ポケットティッシュで」
 あれから二人してトイレから出たら、本堂が物凄い形相で俺を睨んできた。もしかして、ずっとその顔で待っていたのか、と言おうと思ったが、本堂は佐藤を見るなり普通の顔に戻ってしまった。
 佐藤はというと、普通通り。さっきのことがなかったかのように振舞っている。
「なぁ、そろそろ帰らねーか? まだ夏休みじゃないし、あんまり遅くまでいると店員に難癖つけられるぜ」
「武田智和の言うことにも一理あるな」
 携帯の時計を確認すると、もうすぐ18時になろうとしていた。時間以前に、腹が減った。そういや今日は朝飯を抜いて、昼飯も妨害されたから何も食ってないことになるな。
 ……それから三人はゲームセンターを出て帰路に着く。
 まず最初に、佐藤が別れた。小学校までは俺の家からさほど遠くなかったのだが、中学に入る直前に少し遠くへ引っ越してしまった。その所為で、違う中学になった。
 いやぁ、あの時は盛大に喧嘩したな。佐藤は泣いてるし、俺は俺で「俺の家で暮らせよ!」だなんて、滅茶苦茶なことを言ってた記憶がある。
「武田智和」
「む?」
 と、思い出に浸っているところ、奇しくも帰り道が同じ本堂が口を開く。その顔に敵意はなく、どちらかと言うとどこかしら物悲しい表情だ。
「お前は、その、佐藤と知り合いだったのか?」
「……あぁ」
「ふ、ふん、聞きたかったのはそれだけだ。俺はここでお暇する」
 最初から最後まで何をしたいのかわからない奴……。
 本堂はT字路を右へ、俺は左へ。ちょっと遅めの夕日が空を赤く染めている中、俺は本堂と別れた。



「只今ただいま」
 家に帰ると、いつも通り人の気配がしない。まぁまぁ、慣れるとこれが丁度良くなるというかね。学校に行ってるからなのかどうかは知らないが、人恋しさに心を痛めるということはまずない。そもそも俺は生粋のロンリーウルフ、人付き合いなんか無くても生きていけるのさ。
 靴を脱ぎ捨て、服を脱ぐ。そのまま風呂へ直行し、シャワーで済ます。予め用意してあるパジャマを装着。
「寝よ」
 よし寝るかと部屋の電気を消そうとしたところで、急に思い出す。
 今日何も食ってねぇ。かと言ってもう寝る気満々の俺が料理をするエネルギーを消費できるはずがなく、ふらふらと布団に吸い込まれてしまうのであった。
 ……あぁ、今日は色々ありすぎた。日課となっていた妄想すらする暇が無いとは、さすがの俺でも疲れるというか何というか、思い出したくねぇ。明日は絶対ゆっくりしてやる。
 他愛もないことを考えているうちに、いつの間にか俺は眠りについていた。


『ヒロイックな出会い:前編』


 さて、俺はいつも通り学校に来た。それは間違いない。家から学校までは別段変わったこともなく、いつも通りと言えた。言えたのだが、おかしい。どうもおかしい。
「あれ……やっぱり、武田先輩じゃない?」
「ほんとだー」
 自意識過剰とか多感なお年頃とか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。……間違いなく俺が注目されている。それも半端ない人数に。
 教室は三階。今いる場所は玄関。見た限り生徒の数は30人程度。その全員が俺を見ているというのはどういうことなんだ……と、傍に同じクラスの女子がいたので話しかける。
「な、なぁ、こりゃいったいどうしたん」
「キャー!」
「ごっ!?」
 言い終わるか終わらないかの刹那、名前すら知らない女子の拳が急所である水月を穿つ。もちろん俺の。一瞬呼吸できなくなった。どうしようもなく泣きたくなる。
 走り去る女子を見送る。殴られた生理反応で涙が溢れる中、何気なく周りを見渡してみる。……どいつもこいつも蔑みというか奇異の目線というか、そう、物珍しい人間を見る目だ。
「くそっ、俺がなにしたってんだよ!」
「キャー!」
「う、うわぁ!?」
「尻を隠せぇーッ!」
 まるで蜘蛛の子を散らすように、俺が近付くとその分離れる生徒達。……涙が流れてるのは殴られた生理現象だ。別に悲しいわけじゃないんだ。
 一階、二階、そして三階に続く階段と、一様に同じ反応をされた俺の心は既にボロボロだった。さりげなく一年くらい無視されてきた分、この手を返したような反応の多さは予想以上に俺への負担が多いと現在進行形で知る。
 で、教室前。どうやら中が騒々しい。……他のクラスの奴らでさえ、あの反応。一体この教室ではどのような阿鼻叫喚地獄絵図が繰り広げられるのか。考えただけで泣けてきた。
「……何をそんな所で突っ立っている」
「……」
 そもそもの話、俺は何もしていない。何もしていないのに反応がある、これ如何に。とてもじゃないが、俺の脳みそじゃ原因解明は出来そうにない。
「武田智和! そこを退け!」
「ひっ」
 教室の扉の前で立ち尽くしていた俺を、なんと、見れば本堂が睨み付けていた。……ふっ、なんてことはない。こいつの弱みを握っている以上、下手なことは出来ないはずだ。
「お前までそんな反応をするのか。一体今日はどうしたというのだ……はぁ」
「え? お前までって、本堂、お前もなんかあったのか」
 よく見ると、本堂の顔には疲労が浮かんでいる。なるほど、どうやら本堂もこの騒ぎの被害にあったらしい。……ん? なんで本堂と俺が被害に遭うんだ?
「どうやら貴様も同様のことがあったらしいな。まっこと遺憾だが、なるほど、どうやら読めてきたぞ……想像もしたくないのだがね」
「なんだよ」
「教室に入れば全てが分かろうよ。……いざッ!」
 ――ガラッ! 勢いよく扉が開かれる。本堂の後ろから中の様子を覗う。今まで騒がしかった教室が、一瞬で静まり返っている。
 その生徒達の目は、今朝、ここに来るまでに出会った奴らと同じ目をしていた。色んな感情があるのだろうけど、一番分かりやすいのは“好奇心”。
「おはよう諸君」
 本堂はまるで気にしていないかのように、自分の席へ向かう。慌てて俺もそれに続いて自分の席へ。
「ねぇねぇ、本堂君。あの話って本当なの?」
「あの話とは一体何のことやら、わかりかねるな」
「えぇ!? だ、だってほら! この新聞に……」
 席に着く。どうやら本堂が言い寄られているようだが、俺には関係ない。いつも通り朝のホームルームまで惰眠を貪ろうと――。
「――ふっ、ふざけるな!! これは一体……何の冗談だ!」
「きゃっ!」
 夢の世界へいざ往かんとしていた時、急に現実へ引き戻される。誰かと思えば、また本堂か! なんでこうも俺の邪魔ばかりするんだ、あいつは!
「武田智和ッ! 屋上へ来い!」
「え」
 俺の答えを待たずに、本堂は早々と教室を出て行ってしまった。……誰が行くか。まーたホモがどうだの佐藤がどうだのと、面倒な話をされるに違いない。
「「「じー」」」
 ……心なしか、俺が注目されている。いやね、さすがにもう慣れたけどさ、クラスの全員が全員俺のほうを見ているのは壮観というか何というか、平たく言うと居心地が悪い。俺の席が窓際の一番後ろというポジションなだけに、尚更性質が悪い。逃げ場が無い。
 見る目見る目が俺を非難しているようで、なんだ、どうやら行かない俺が悪いと言いたいらしい。……どうしようもない、俺は何も言わずに重たい腰を上げて屋上へ向かった。



「――何も言わずにこれを見ろ」
「うわ、っと」
 屋上へ来て早々、紙切れを投げ渡される。夏の屋上だ、風で飛びそうになるのを慌てて掴む。
 ……渡されたのは新聞部が発行している学校新聞だ。なになに。
「スクープ、男女共学の学校で繰り広げられる薔薇の世界」
「……ッ」
「七月三日昼休み、一人の女子が屋上へ昼食を摂ろうと足を運んだところ、二人の男子が揉み合っているのを発見した」
 七月三日、昨日だな。で、屋上。一人の女子。
 なにやら嫌な予感がする。
「女子の証言によると、二人の呼吸は激しく、顔が紅潮している辺り、どこをどう見てもこの二人は他の生徒の目が届かないところで、密やかな秘密の花園を繰り広げていたに違いない……おぉあ!? 写真つきかよ!」
「俺と貴様だ!」
 ばちこーん。
 また本堂に殴られた。これで三度目だ。ただでさえ昨日殴られた場所が痛いというのに、ご丁寧にも痛くない反対の頬を殴りやがった。コイツ、人のほっぺたをなんだと思ってるんだ。俺の頬は安物じゃないんだぞ。
「痛い。ほんとに痛いからまじやめて」
「……どうしよう、とんでもないことになった」
 殴った張本人である本堂は、殴るだけ殴って自分の世界にダイブしている。うわ、泣き始めた。きめえ。
「泣くなよ! まるで俺が悪いみたいな状況を作り出すな!」
「佐藤に嫌われるー! うわぁぁぁ!」
「おぶ!?」
 殴られた。ほんと、怒るよ俺。恋する乙女になるならせめて慎みを持ってくれ。いやほんとに。泣きたいのはこっちのほうだ。
「お前なんか、どこかへ行ってしまえ!」
「こんの……わぁったよ! いくから拳を握るな! 行くから、いやほんとに行くから勘弁――」



 ジャー。水道の水が流れっぱなしになっている。それもそうだろう、俺の繊細な頬を冷やすためだからな。
 屋上から降りて、階段の向かいにある四階男子トイレ。その中の鏡の前で、俺は苦しんでいた。
「い……ってぇぇぇええ!」
 殴られた場所を触ると、とんでもない痛みが襲う。昨日よりも一回多く殴られた俺の頬は、なるほど、やっぱり繊細。とっても青くなっている。
 濡らしたハンカチを頬に当てる。痛い、痛いが我慢。筋肉が傷ついたときは、とりあえず早く冷やせと授業で習った気がしなくもない。……まさかその習った場所でこうなるとは、誰が思っただろうか。
 きゅ、っと蛇口を捻る。鏡で見た感じはそんなに腫れていないようだが、油断は禁物。明日起きてみたらパンパンに腫れていましたとかそんなこともあるだろうから、あぁ、泣きたくなってくる。
 トイレに来た流れで、用を足そうと個室の扉を開ける。そうだよ、大きいほうだよ。今はホームルームの時間だし、人が来ない内に済ませるんだ――。
「――――ど、どうも」
 ばたむ。扉を閉める。
 ……さて、状況を確認しようか。俺は四階の男子トイレに来た。うん、間違いない。そんで頬を水で冷やした。その流れで用を足そうと個室の扉を開けたら、女の子がいた。うん、間違いない。
 再度扉を開ける。
「お、おはようございます。今日も……い、いー天気ですね」
 髪はセミロング、黒ぶちのちょっとセンスを疑うようなメガネを装着。制服はうちの学校。そしてこのどこか印象に残りやすい奴は……。
「三島さん……」
 なんてことはない。男子トイレの個室を開けたら、そこには同じクラスの女の子が座っていた。





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