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第六話『恋する佐藤はせつなくて相手の事を想うとすぐ(自主規制)』

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 なんともまぁ。
 “どっから来たの?”、“趣味は?”、“好きな食べ物は?”、“好きなタイプは!?”。
 一時限目が終わり、二時限目までの小休止。我らが麗しの転校生を取り巻く状況は、これまた期待を裏切らないというか、お約束の展開となっていた。
 転校生に対しての質問攻め。まさか現実でこんな光景を見ることになるとは。また、数々の質問に全部答えているあたりが凄いというか何というか。驚きを通り越して呆れてきた。
「佐藤、次は数学の授業なのだが、宿題はやってきたのだろうな?」
「ん? あぁ、忘れてきたなあ」
 ふと佐藤の方を見ると、いつも通り本堂が取り巻いていた。見た感じ、とても空回りしている。
 宿題をやってきていないと予想して見せてやろうと思った。しかし、それを言い出せないほどまでに佐藤が暗い。そんなところか。
「その、なんだ。良ければ俺の宿題を見ればいい。どうせやってきていないと思っていたからな」
「さんきゅ」
 差し出されたノートを受け取る佐藤。しかし、その目は違うところを向いている。……転校生? そう、転校生。杉林さんのほうをじっと見つめている。
 見れば杉林さんの方は一通り質問が終わったのか、少しばかりの静けさが戻っている。問題はその転校生を何故佐藤が見つめているのかという点だ。
 実は生き別れの妹だった、実は親が決めた許婚だった、実は幼馴染だ、実は……なんでだろうな、これらの可能性を完全に否定できない自分がいる。ここ最近起こったことを考えると、十分に有り得そうだから怖いもんだ。
「おっおっ、武田君も転校生の事を見てるお。このクラスの男子は全員骨抜きなんだお」
 杉林の方を見ながら変なことを考えていると、これまたいつも通りのにやにやした顔で内藤が近付いてきた。
「んなこたぁない。正直俺はどうでもいいんだ、面倒なことにならなきゃな」
 いや、確かに最初は可愛いと思いましたよ。でもみんながみんな可愛いって言ってると、なんかどうでもよくなったというか。他人と同じものを使いたくないとか、たぶん、そんな感じのガキっぽい理由だと思う。
 急に静かになった俺を、内藤が変な顔をしながら見ている。変な顔をしていると分かるあたりが凄い。
 と、気を取り直して話を続ける。
「しかし全員が骨抜き、か」
「どうしたんだお?」
「いや、内藤から見て佐藤をどう思う。やはり例に漏れず杉林の事を見ているんだが……骨抜きにされたように見えるか?」
「佐藤君は……最近は死んだ魚の目をしているからわからないお。でも、そう言われるとそう見えないこともないお」
 中々にひどい物言いだが、まぁ、俺も同意見。窓の外を何も考えずに見るような目に見えるし、恋に焦がれた目にも見える。詰まるところ、よくわからない。
 ――と、チャイムが鳴る。適度に騒がしかった教室は瞬時に静まり、立っていた生徒達は各々の席に戻る。しばらくして、数学担当の教諭が現れた。



 時間は移り午後12時半。いわゆる昼飯時、昼休憩。俺達三人は各々の食料を手に、ある場所へ向かった。それと言うのも屋上である。
 向かう途中、やはり三人だけになると空気が重くなってしまった。原因は言わずとも、我らが佐藤君。思いっきりダウナーな溜め息を隠さずに吐き出す辺り、手に負えないことを表している。
 ……屋上の扉を開けた。
 ここに来るまでに交わした言葉はゼロ。三人固まって座るはいいが、とにかく暗い。食が進まない空気というものがあるとすれば、俺は第一にこの状況を挙げよう。
 と、悶々としている俺を他所に、事の張本人である佐藤が口を開いた。
「――ずばり、俺は恋をした」
「…………は?」


『恋する佐藤はせつなくて相手の事を想うとすぐ(自主規制)』


 学校の屋上、生徒立ち入り禁止のこの場で朝食を摂る俺と本堂、そして佐藤。その佐藤が妙に暗かった空気を、一瞬にしてわけのわからない空気にした。
「ま、待て! 待て佐藤! 恋をしたというのは、ほ、本当なのか!? 相手は! 性別は! 名前は!」
 本堂がオーバーヒートした。……なるほど、俺にとっちゃ悪いがどうでもいいことだけど、本堂にとっては他人事じゃないわな。そして性別は女に決まっているだろ。
 普段の本堂とは比べ物にならないほど錯乱した様子を見て、佐藤は食いかけのサンドウィッチを地面に落としてしまう。 
「ほ、本堂。少し落ち着こうよ」
「これが落ち着いていられるか! あの佐藤が、佐藤が恋をした……恋……も、もう駄目だ」
「本堂は放っておくとして、相手は誰なんだ? 俺も知ってる奴か?」
 勝手に騒いで勝手に落ち込んだ本堂を他所に、俺が質問する。そりゃ話題もクソもなかった昼飯時、こんなネタを振ってこられちゃ反応しないわけにはいかない。
 佐藤はしばらく本堂を見ていたが、すぐにこちらに向き直って口を開く。
「あぁ……相手は杉林さんだ。今日転校してきた子だよ」
「なんと」
 まずいな。
 いや、別に佐藤が杉林に惚れたってのはおかしくない。むしろ男子として正常な反応だと思う。しかし、このままだと俺にまで影響が及びそうな事態になってしまったぞ。主に本堂的な意味で。
「で、どうすんだ。告白でもすんのか?」
「いやぁ、さすがに転校初日に告白する勇気はないよ。それに、俺は本気なんだ。勢いに任せたような軽い告白はしたくない」
「ご立派なこって」
 本気も本気、どうやらべた惚れのようだ。詳しい話を聞かなくても、目の前の佐藤がにやにやしている時点でえらいことだ。
 あそこまで暗かった佐藤をここまで気持ち悪くするとは、転校生、もとい恋、恐るべし。
「さ、佐藤……お前、本気なのだな」
「本気だぜ。一目見た瞬間、こう、びびっと来たもんよ」
 本堂は既に諦めモードだ。だが、悲しみに満ちた目が段々と、子供の恋の行く末を応援する親の目に変わってきている。本堂も佐藤に対しては本気だったのだろう、その潔さは評価したい。
 と思ったら手でおにぎりを文字通り握りつぶしていた。大人げねえ。
「はぁ、杉林さんとお話したい……」
 対する佐藤は既に恋する乙女モード。暗い昼飯がピンク色に染まってしまい、これもこれで飯を食う気分じゃなくなってしまう。
 ――と、急にバターンと屋上の扉が開いた。
「話は聞かせてもらったわ、佐藤君! この私がなんとかしてあげる!」
「げぇーっ! 三島早紀!」
 真っ先に本堂が反応する。
 また面倒なのが来たぞ。話を聞かせてもらっていたとか、やはりこの女は要注意人物だ。どうやら盗み聞き、盗み見を生業としているらしい。下手なことは口に出来ないな。
 ずかずかとこちらに歩み寄ってくる三島。その瞳は好奇心という名の悪意に染まっており、一週間ぶりに騒動を予感させるものだった。
「佐藤君、とりあえずお話しするには共通の話題が必要だと思うのよ」
「あ、あぁ、そうだな。でもそんなことわからな」
「そんなこともあろうかと! ここに心ちゃんのプロフィールが!」
 ババッとスカートの下から取り出されたるは数学のノート。もはやどこから出しているんだ、それ数学のノートじゃねぇか、なんていう突っ込みをする気にはなれない。
「そんな個人情報満載のノートを見せてくれなんて言う奴はアホの子しかいないだ」
「プロフィール!? 見せてくれ!」
 アホが一人。
 佐藤が目の色を変えて三島に詰め寄る。それを三島が大人になだめる。その顔は、あれだ、魚が釣竿にかかった時にする釣り人の顔だ。
「ノンノン、慌てちゃ駄目よ。これはおいそれと他人に見せられるほど軽い情報じゃないのよん」
「どんな情報だよ」
「あっ、たっけだ君いたんだー。おいす!」
 俺はオマケ扱いか。というか気付いてただろ絶対。
 今更ながら思うのだが、コイツってこんなキャラだったっけ。もうちょっと奥ゆかしいものがあった気がするんだが。親しき仲にも礼儀は持って欲しい。
 だがまあ、コイツが絡むとろくなことが無いのは想像し難くない。今回も必ず、何かをしでかすはずだ。
「それじゃあ、まずは心ちゃんの素性から」
「す、素性って……どうやって調べたんだ?」
 ごくり、と。佐藤はあられもない想像をしてしまったのか、生唾を飲み込む。
「ひ・み・つ☆ ……えー、知っての通り名前は杉林心。彼の有名な車のメーカーSUGIBAYASHIの社長、その一人娘」
 おいおい、本当にお嬢様かよ。期待に応えるとか、そんなレベルじゃねーぞ。
「で、母親は12歳の頃に病気で亡くなっているわ。その後は父親が一人で育ててきたらしいわね。……最初に言っていた引越し、あれは父親が腰をすえて仕事をするってことを知らない所為みたい」
 そこまでの情報を、転校してきた当日に何故三島が知っているのか。そんな疑問を抱かざるを得ない。なんかもう考えるのも面倒になってきた。
 しかしまあ、情報を聞く限りでは中々に大変な身の上らしいし、佐藤も大変だな。
「佐藤、こりゃとんでもない相手に惚れたもんだな」
「くっ、俺の恋はこんなところじゃ挫けないぜ」
 最近は忘れがちだが、佐藤は根っからの主人公だ。なるほど、逆境になればなるほど燃えるというわけか。面倒な性格だ。……嫌いじゃないけど。
「それで……っと、彼女は18歳、つまり私たちよりも一つ年上ね」
「「な、なんだってー!」」
 思わず俺と佐藤が同時に同じ事を言う。……童顔だったから、むしろ年下に見えたのだが。ところがどっこい、その実態はエロ本を堂々と買える年だったとは。なんか年上って気まずいな。
 佐藤は俺と同じようなことを考えているようで、こころなしか表情が曇っている。傍では本堂が気遣うような視線で見つめている……と、急に佐藤が妙に明るい顔を上げた。
「年上、つまりはお姉さん。イコール、俺の守備範囲ど真ん中ストライク……ッ!」
「お前年上好きだったのか。どうりで後輩の告白をいい感じに全部断ってると思ったぜ」
「なっ、佐藤は告白されたことがあるのか!?」
 いまさらな事に本堂が噛み付く。反応するのも鬱陶しいので、ここは無視を決め込む。
「うーん、留年した理由はさすがにわかんなかった。で、この辺りは地雷ポイントね。話したら即嫌われると思っていいと思う」
「なるほど」
 佐藤の奴、律儀にもメモしてやがる。ここまでくれば既に奇行、どうしようもなく生暖かい目で見守るしかない。
「心ちゃんの趣味は裁縫、ぬいぐるみとか自分で作ったりしているらしいわ。……同じ女のわたしでも惚れ惚れするほど完璧というか何というか、こりゃ高嶺の花っすわ」
 三島はおどけているが、その言葉には概ね同意。杉林は接触するのではなく、ガラスで隔てて遠くから見ている類の奴だ。おいそれと手を出したらどうなることやら。
 ……それでも佐藤は諦めない。その目には不屈の炎を宿し、握り締めた拳にメキメキと破滅的な音を立てるペンがなんとも言えず燃える展開を予想させる。出来れば俺のいないところでやってくれ。
「そこで! わたしは考えたのよ!」
「な、なにをですか!」
 三島が前振りを言う。次に本題を言い放つのだろうその顔は待ちきれない様子。多分、それを言うためだけにここへ来たのだろう。
 佐藤が三島に対して丁寧語を使い始めたのは、この際無視しておこう。
「――部活よ。私たちで裁縫部を作り、心ちゃんを誘うのよ!」
 ズバーンと。漫画やらアニメならとんでもないエフェクトを背後にかませているような、そんな動作で三島は言い放った。
 ……そんなわけで、俺の予想通り事は大きくなり始めていた。





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