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夢時雨

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僕には好きな子が居る。
その子は背が低くて顔も小さくて、それにとても可愛い。
その子の事が、僕はたまらなく好きだ。
毎日毎日考えて、変態じみた妄想を膨らませて自分の性欲をおさえる。
でも、僕は絶対にその子に関わらない、いや・・・「関われない」が正しいか。
その子はとてつもないお嬢様で、僕みたいなやつは・・・相手にしてくれない。
目に留まることもない。
自慰行為をした後に、僕はいつも、あの子に嫌われた気分になる。
その時だけ、僕は恋心から開放される。
そしてまた、僕は彼女を思うのだ。

***

寝覚めは最悪だ。
嫌な夢を見た、彼女に告白する夢だ。
普通は恋が成就する夢を見るだろう。
しかし僕は決まってこの夢でメチャクチャに言われてふられるのだ。
僕はゆっくりと布団をはがして体を起こす。
薄暗く狭い1LDKの部屋が目に入り、次に空気の冷たさに身を縮める。
もう冬だ、全てが眠りにつき、そして新しくなっていく季節。
僕は一人暮らしで、親は海外に行っている。
兄弟は居ないし、それに親戚も遠く離れていて実質本当に一人暮らしだ。
時計を見るともうそろそろ準備をしないと危険な時間だ。
っさて今日も彼女を眺めに行くとしよう。

僕の容姿は半端じゃないぐらい不細工だ。
目は細いし唇は何故かはれぼったくなっているし。
目が細いせいで皆に物凄く怖がられるから髪の毛を鼻辺りまで伸ばして隠している。
まぁそのせいで皆からはヲタクと思われているのがどうもあれだけど。
でもアニメや漫画は嫌いじゃない、単純に面白いし。
僕は大体いつも教室で孤立している。
僕の席は絶対窓際の一番後ろ、僕は背が高い方なので先生に席替えのときに申し出た。
大体の人はその席が周りからのサポートを受けられないと分っている様で了承してくれた。
僕の好きなその子は僕とは逆で目が悪いからいつも一番前。
交わることがないから僕にとっては好都合だ。
それに授業中にも彼女の後ろ姿が見られるしね。
今日は月に一度の席替えの日。
僕の周りは皆興奮気味にあの席がああだとか、あの人の隣はどうだとか。
五月蝿いなと思いながら窓の外に目をやれば曇った空から無数の雫が落ちてきている。
っふと視線を感じて辺りを見回すとあの子と目が合った。
僕はドキリとしながらも気付かないフリをして窓の外に目をやった。
何故彼女が僕を見ていたのだろうか。
僕は気になって彼女の方を盗みると、僕を指差しながら談笑している。
なるほど、そういうことか、と思いながら僕はまた外に目を向けた。
心の中まで雫が落ちているような気分だった。
僕はこの後起こる大事件など知る由もなくただ、外を見ていた。

***

「よ~し席に着け~、席がえすんぞ~、号令」
能天気な担任(27歳独身)が能天気に言う。
「きり~つ、れいっ」
「「おねがいしま~す」」
「ちゃくせき」
なぁなぁで済まされる号令。
いまだ3限目ということもあったのだろうか。
だが皆もうそれどころではなく席替えの事で頭がいっぱいのようだ。
僕は冷めた気持ちでその様子を見ていた。
「えぇ~とじゃぁいつもどおり席替えするぞ~」
と担任が言ったとたん彼女が手を上げていった。
「私コンタクトレンズにしたので前じゃなくてももう大丈夫です」
彼女の美しく上品な声が響いた。
男子はへ~とかそんな感じの淡白さを装いながら心の中ではガッツポーズを盛大に決めたことだろう。
僕はというと、焦った、そして自分に何度も言い聞かせた。
(落ち着け、隣や前になる確率はきわめて低い、たった20分の1じゃないか)
僕は何とか落ち着いて、平然を装って外を見つめていた。
でもどこか頭の片隅に、最悪な状況がよぎった。
***

「最悪だ」
今日始めて口にした言葉がこれかと思うと少しうんざりする。
こんな最悪状況になったのはかれこれ数分前のこと。
僕のあたって欲しくもない予感が見事に的中した。
彼女は見事に、面白い具合に僕の横をくじで引き当てたのだ。
不幸中の幸いか彼女の右側の席はこのクラス1のイケメンだ。
これで横がヲタクだったら多分俺は死んでいただろう。
彼女は向こうに話しかけるだろうと思っていた。
しかし、それが大誤算だった。
4限目に彼女が教科書を忘れたので見せてくれ、というのだ。
僕が「あぁ~・・・うぅ~」とかうなっているとイケメンが。
「俺の見なよ」といってきた。
すると彼女は「あっ・・うん」といっていけメンの方に席をつけた。
イケメンに心から感謝しながら僕はまた難しいわけでもない授業内容に耳を寄せた。

4限目が終わり僕は少し考える。
学食にすべきか、それとも移動して弁当を食べるか。
外は雨、普段使用している立ち入り禁止の屋上は雨のため使えない。
「はてさてどうしたもんか。雨だから学食は人が多いし・・・」
僕はふと頭に浮かんだ場所に行くことにした。
靴を履いて傘を差して、校舎に沿って西側に行き。
そこから森の中に伸びる一本道を二分ほど歩いて。
そこは視界が開けていて洋風のベンチらしき建物がある。
ここは晴れの日には人が多いが雨の日はいない。
「これは盲点だった、今度から雨の日はここにしよう」
一人ごちた。

***

昼食を食べ終えて僕は、この寒い中つい寝込んでしまったようだ。
もう時計の針はとっくに四時半を回っていた。
「しまったな・・・5・6限をサボってしまった」
僕はゆっくりと立ち上がってさっきより強くなった雨の中傘をさして帰った。

今日はなかなかに頭が痛くなる日だった。
あんなに近くで彼女と長い時間居ることはほとんどなかったし。
それに5・6限をサボってしまった。
教室に帰るとまだ何人か教室に残っていた。
まぁお察しの通りとてつもなく気まずい。
「おいおいお前何サボってんだよ~」
「不良でオタクってか!?超うけるんだけど!」
よりにもよってイケメンどもじゃないか。
僕は彼らをそっと見据え(もとい睨みつけ)。
「・・・・・・」
何も言わずにそっと教室を後にした。

下駄箱で靴を履いて外で降っている雨をみつめる。
周りには誰もいない・・・と思う。
「くだらない」
ぼそっと呟いた。
「くだらない・・・くだらない・・・くだらない!・・・くだらないくだらない!!」
くだらない。くだらない。くだらない。くだらない。くだらない。くだらない。
頭の中で響き続ける。
足が動き出す。
傘もささずに。
涙という雫が絶え間なく降り注ぐ。
外側に。
「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
走ってこけて。
涙がこぼれて。
人にぶつかって。
鼻水でぐちゃぐちゃになって。
ものに突っ込んで。
鼻血が出始めて。
繁華街の路地裏で僕は息絶えたように壁にもたれかかって座り込んだ。
冷たい。
でも不思議と寒くはない。
うつろな目をして空を見つめ続けた。
「・・・・・・くだらない」
やがて夜がくる。

2, 1

  

***

「なにがくだらないのかもわからない」
繁華街の喧騒から多少離れた路地裏に僕は座っていた。
「いくら空を眺めていても、空を飛べないように」
僕は自分を説得する。
「いくら彼女を眺めていても、彼女は手に入らない」
泣けてきた。
「・・・・・帰らなきゃ」
ゆっくりと僕は立ち上がって。
まだ雨の降りしきる繁華街へゆっくりと。
ボロボロで泥と血に汚れている体を引き摺って。

繁華街の中を通れば嫌でも人目を引く。
まるで汚物でも見るようにみんなが僕を見る。
突然頭を何かで殴られた。
倒れこみ。
引き摺られ。
また路地裏へと逆戻り。
DQNにフルボッコにされた。
どう見ても死亡フラグです。
ありがとうございました。
気がつけば服はもっとボロボロ。
体も服も泥まみれそして血まみれ。
雨はまだふっている。
このまま死ぬのも悪くない。

***

そう簡単にはいかなかった。
死ねなかった。
痛む体を引き摺って家に帰った。
風呂が傷にしみて。
ご飯を食べようとしたら歯が抜けているのに気付いて。
体のいたるところが痛み悲鳴をあげ。
床についてからも。
その悲鳴は鳴り止まなかった。

電話で目を覚ます。
いくら無視しても止まらない。
「・・・・・・・」
ゆっくりとした動作で携帯電話を持ち上げ通話ボタンを押す。
「・・・ふぁい」
口が痛くて喋りにくい。
『おぉ、お前どうしたんだ?無断でなんて珍しい、いや休みが・・・か』
時計は既に始業時間はとっくにすぎていた。
「あっ・・・スイマセン、昨日階段で盛大にこけたんです」
つい口からでまかせが出てしまう。
『大丈夫か?まぁわかったから今日はゆっくり休みなさい』
「あっはい」
お大事にと言う言葉が聞こえてプツッと電子音が聞こえた。
結局のところ人間同士の関わり合いなんてこんなもの。
「先生も結局のところ、僕に自殺されたりすると困るんだろうな」
乾いた笑が僕の口から漏れる。
っさて病院にいこう。
どこかの骨が折れていそうで心配だし。
それに痛み止めもうってもらいたい。
***

「いったいどぉんなこけかたをなさったんですかぁ?」
この医者うざい。
「いや、だから階段から転げ落ちたんです」
「いぃや、これはぁ喧嘩の傷ですよぉ?」
いつも思うがこの医者は僕に恨みでもあるのだろうか。
「だから転げ落ちたんです」
「いぃや喧嘩だよぉ」
急に可愛らしく笑いだす。
「もういいです、帰ります、他の病院いきます」
僕は丸椅子から立ち上がる。
「あぁぁ、まってまってよぉ」
がっしりと手を掴まれる・・・涙目だ。
この医者は容姿が幼いのでなんだかいけない気分になる。
「じゃぁ何も聞かないでください」
「わ・・・わかったよぉ」
僕は処方箋を書いてもらい診察代+その他もろもろを払って。
薬を受け取って診療所を出た。

昨日からの雨は今日も降っている。
雨は嫌いだ。
「大っ嫌いだ」
憎悪のこもった声が出た。
4, 3

  

***

私の名前は海崎綾(かいざきあや)親は巨大企業の代表取締役で。
世に言われる令嬢というやつだ。
ママに似て美人だとよく容姿を褒められることが多い。
お姉ちゃんは医者で小さな診療所で働いている。
私のいっている学校はおねえちゃんと同じ学校で結構なレベルの進学校だ。

私のクラスは特進クラスでみんながライバルのようなものだ。
でも皆そんな心は隠して上辺だけの付き合いをしている。
こんなクラスの中で変な人がいる。
それが彼浅井京山(あざいきょうざん)。
いつもテストではトップに近い点数なのにまったく鼻にかけたりしない。
いつも誰とも話さずに外を見ている。
そんな彼が私はとても気になる。
みんなは彼のことをヲタクだとか言ってるけど実際どうなのか。
私は知りたい。

「おはよぉ」
教室に入って友達と挨拶を交わして席に着く。
昨日彼は休んでいた、階段から転げ落ちたと聞いた。
大丈夫だろうかと思ったら今日は登校していた。
肌が見えるところには何かしらの傷をしているようでとても痛々しかった。
「お・・・おおはよう」
思い切って彼に話しかけるとゆっくりとこっちを見て。
「おはよう」
ボソッと呟くように言ってまた窓の外に視線を向けた。
どんな声かはわからないけどでも。
初めて会話が成立したことがとても嬉しかった。
次はしばらくお待ちください
6, 5

縛哉 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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