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そのひと

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 4月初めの朝、家を出ると、ユキちゃんが待っていてくれた。
「ごめんね、遅くなって」
「いいのよ別に。今日くらい一緒に登校したいじゃない」
「そうだね、ワクワクするなぁ」
「あんた、虐められないといいわね」
「こっ、怖い事言わないで……」
「ふふ、冗談よ」
 待ちに待った入学式の日がやってきたのだった。
 憧れの中学に、親友と共に入学できる私は果報者かな?

「私白川女學館にしようと思うの」
「あんたが? 大丈夫なの」
「だって、ユキちゃんと同じ所、行きたいし……駄目かなぁ?」
「いっ、いいけど……あんたに入れるかしらね?」
「私頑張って勉強する!」
「サト……うん、頑張って! あたしも頑張らなきゃ」
 私が白川女學館に入学を決めた理由は、幼馴染のユキちゃんと一緒の学校で勉強したかったからだ。
 白川女學館は地元でも有名な私立学校で、中高一貫だ。入って成績を維持できれば、6年間ユキちゃんと一緒の学校にいられるんだ!
 合格発表を二人で見に行った。私の受験番号とユキちゃんの受験番号が、並んで掲示してあった時の喜びといったら! 私は胸が躍った。
 抱き合って泣いて喜んだ。嬉しくて仕方が無かった!
 しかし――そのさなかにあっても、まだ誰にも話した事の無い密やかな思い出が、私の胸を内側から叩いていた。
 たった一度しか会ったことの無いひと、でも一生忘れることは無いだろう、私の大切な思い出の中のひと。
「白川女學館に行く、それが私の夢なんだ。知ってる?」
「白川……? 大学?」
「違う違う、中学だよ」
「そこ、すごいの?」
「すごいよ。でも……私はね、別に勉強をしに行きたいわけじゃないんだわ。何ていうかなー」
「すごいんだー」
「そう、すごいんだぜ。えーっと……」
「サト。名前、サトだよ」
「ああ、サトちゃん。君とまた会いたいな」
「私も会いたい。もっと遊びたいな」
「じゃあサトちゃん。白川女學館で待ってる」
「……いつあえるかなぁ」
「3年後にはきっと」
「あっ、名前……」
「ああ、私かい? 私は――」

 あなたは。

「ついたわ」
「すごい、立派な体育館」
 入学式は華々しく執り行われた。先輩の式辞に気を引き締めつつ、私は体育館を見回した。
 とても広く、整備が行き届いているようだった。だが新品っぽいと言うわけではなく、歴史を感じさせる木造の床は鈍く軋んだ。伝統ある「お嬢様学校」ならではというべき、趣のある雰囲気が学校全体を包み込んでいる。
 ここで6年間学ぶんだ。ユキちゃんと、そしてあの人と一緒に。
 長い長い式が終わった。少し疲れたけれど、これも伝統なのだ、と自分を戒める。ユキちゃんと並んで自分の教室に向かう。ユキちゃんと私は同じクラスだった。まずは1年、ユキちゃんと一緒だ。
「ごめんサト、ちょっとあたしトイレ行って来るわね」
「うん、待ってるよ」
 それにしても……広い校舎だ。廊下が異常に長く、横幅も広い。教室だって、かなりの広さに違いないだろう。私はちょっと苦手かも。まあ、6年間、狭い公立小学校で暮らしてきたからかもしれないけど……慣れが重要なんだ。郷に入っては郷に従え……ちょっと違うかな?
「違うかもね」
 右隣から声がした。見ると、少し背の高い女の子が私の目をじっと見ていた。
「サトちゃん、だったよね」
「あっ……あなた……」
「何年ぶりだっけなぁ? どんくらいだっけ?」
 懐かしい顔が笑っていた。そうだ、私はこの人と会いたくてここへ来たんだ。
 つらい受験勉強とも、お父さんとお母さんの励ましとも、ユキちゃんと勉強できる、嬉しさとも――どれとも違う、もう一つの理由があった。
 私は、あなたに会いに来たんだよ。
 ねえ、ユウちゃん。
5, 4

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