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パスト9573

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「お嬢様、明日映画でも行かない?」
 クラスメイトの彼女は私に気があるのか、というレベルの猪突猛進を。
「ごめんなさい、生憎明日は用事が入っておりまして」
「なーんだ、残念」
「また今度行きましょう」
「うん、そうだね」
 今度はないよ、一生、おそらく。
 わたしの意地の悪さは、とりあえず自分でも血統書など発行してみたい水準で、筋金入りとしか言いようが無かった。
 生まれた瞬間から教育されて育ってきたので、人の顔色を伺う事などとっくに慣れっこだった。言いたい事は胸の奥に。角を立てない、迷惑をかけない、騒がない。
 これをこうすればアンタは喜ぶ、そうだろ?
 なので、顔色の伺えない人間は苦手だった。
 そう、あなたですあなた。ユウ先輩。
「お嬢さん明日ヒマだろ?」
「……ヒマですけど」
「んじゃ映画でも観に行こうよ?」
「ユウ先輩、何か観たいんですか」
「何も観たくないけど」
「じゃあ何で…」
「ヒマだね」
「ヒマなのはもういいよ、ユウ先輩ボーリング行かないです?」
「ボーリングか、良いかも」
 褒められた。イエス!
 まあ――結論から申し上げるならボーリングは糞つまらなかったし、スコアは50点台だった。
 ユウ先輩は200超え。死ぬが良いよ。こういう時何ていうんだっけ? ああクレイジー?
 クレイジー・ユウ、あなたは世界の中心。
「私ねぇ、転校生なんだ」
「ユウ先輩が?」
「そう。ずっと昔にこの辺に住んでて、で一度東京に。白川に入る時に、ここに戻ってきたワケよ」
「へぇ」
「……あれ? この話どう?」
「あんまり面白くはないですね」
「そうかー……」
「でも興味深いです、もっと聞きたいかも」
「聞きたくないって言っても話すつもりだったけどな?」
「はい、わかったですって、続き早く」
 ボーリングの帰りだ。品の良い喫茶店で、わたしとユウ先輩は暇を持て余す。
 ユウ先輩の過去の話には興味があった。が、わたしが続きを促したのは単に暇だったから。
 それだけだった。
「今はもうなくなっちゃったけど、公園があってさ。そこでいっつも一人で遊んでたんだけど――ああ、私暗い性格だし、友達もできなかったんよ」
「暗い性格だったんですか? 想像できないなぁ」
「まあ……ね。それで一人で遊んでたんだけど、今でも忘れないね、小学3年の時さ。いつものように私がそこに遊びに行ったら、何か明らかに幼女偏愛者っぽいメガネがいてね。そいつに襲われかけてさ。私はもう大泣き」
「怖いなー……え泣いたんですか先輩。可愛いですね、想像できないけど」
「想像しなくて良いぜ別に。んで何か、もうヤバイ犯されるって所で、女の子が来て……確か中2とか言ってたっけ、その子がメガネをめちゃめちゃに殴ったのさ」
「凄いなぁ、っていうか女の子怖ッ」
「だろ? でもお構い無しに殴るもんだからメガネも泣いて逃げていったんだけどね。結果的に助けてもらったってワケな」
「可哀相なメガネですねー、いきなり現れた女に殴られて」
「そうなんだよ。でもその人が助けてくれたおかげで私は貞操をだね」
「大変良かったですね」
「大変良かったんだわ。その人にジュース買ってもらって、公園のベンチで二人で飲んだんだ。名前聞こうと思ったんだけど、教えてもらえなかった」
「何だったんでしょうか」
「さあ。でさぁ、その人がこれから旅行に行くとか言ってたんだよ。大きなリュック背負ってたし。私も連れて行ってもらおうと思って、「連れてって」って言ったんだけど」
「何考えてるんですか」
「さあ、小学3年の時だったし。やっぱり連れてってもらえなかったんだけど、その人の学校が白川だったんだよね」
「へぇ! じゃあそれに憧れて?」
「うん、まあそうなるかね」
 ユウ先輩はその後すぐに転校したらしい。戻ってきたのは白川に入るとき。
 知らない過去の話は興味深かったが、その「きっかけ」が、実は私に絡み付いている事には、この時点では気づいていなかった。
 日々が輪郭を帯びて少しずつ形を変えてゆく、少し前の出来事だ。
10, 9

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