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8th.Match 《Roller Coaster Day》

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「「どーいう事だ! 詳しく説明する事を我々は要求する!」」 
 次の日俺が授業を終えて部室に入ると、いきなりゲンキや先輩たち数人に取り囲まれてしまった。
 はーいミステリアスシチュktkr~。
 お顔を拝見するからにどうやら各人かなり御乱心の様子。真っ先に飛んできたゲンキに至っては、血走った眼で俺の肩を掴み前後に激しくシェイク・シェイク。うわーい、ブギーな胸騒ぎー↓
 どーいう事っつっても、ねぇ……。俺別に今日はまだ悪事とか働いてない筈だぞ?
 まるでさっぱりだ。とりあえず、このこんがらがった糸的状況を1つずつ解し1本の線にしなくてはなるまい。
「あーっと……、何の話を――――。」
「とぼけたって無駄だぞ!!」
 ちょ、ちょっと待った。ジャストウェイティーン。
 彼らはいったい何に対して憤怒の感情を抱いているのか、俺はそれが知りたいだけだ。なのに、知ろうとしたらとぼけるな、と? 俺はまだ何1つ事情を飲み込めていないぞ。 
 どうか落ち着かれたし!
「ごめん、さっぱり事情が把握できない。3行で説明して貰えると助かるんだけどな……。」
「オマエまだそんな事言って――――。」
 もう今にも拳を天高く突き上げそうなゲンキ。だがそれを遠巻きに傍観していたキャプテンがゲンキに声をかけて諌めると、何だか申し訳無さそうに俺たちの輪の前まで歩いてきた。
「ええと、な。昨日の事なんだ。昨日お前が鵜飼と帰った事をコイツら根に持ってんだよ。」
 キャプテンの言葉に、俺の周囲がそれしか考えられないだろと言った顔でうんうん頷く。
「ええっ!? あれはキャプテンが半ば強引にくっつけたようなもので別に他意は……。」
「うむ、全くもってその通りなんだが、言っても全然聞いてくれなくてな……。すまん、ついうっかり口を滑らせてしまった俺のせいだ。わ、悪いが後は任せる。健闘を祈る!」
 と言って片手で謝意を表すと、キャプテンはもはや我関せずとばかりにすいっと部室をお出になられてしまった。
 いや、健闘を祈るとか言ってないで助けて下さい!!! 置いてかないで!!
 部室の中心で、助けを請う。されど、救いの手は差し伸べられず。
「さあ、こっちに座ろうか、容疑者渡瀬功一。」
「うっ…………はい。」
 結局、上手に3行にまとめたキャプテンの後ろ姿が見えなくなった後、俺は昨日の『マネージャー唆し容疑の件(真実ではない)』について、延々と取調べを受けるハメになってしまったのである。

「天災は忘れた頃になんとやら、とはよく言ったものだな、まったく。」
「悪ィ! キャプテンに2人で帰ったって聞かされて、もうさゆりちゃんが誑かされたとしか考えられなかったんだよなー。んで、すぐに『渡瀬を抹殺する会』結成よ。お前が部室に来る2、3分前にな。うちのマスコットを手にかけるなんて愚行は許せるもんじゃねー! とか熱くなっちまってさ。」
 なんだその妙な解釈は? マスコット? そんなことマネージャーに言ってみろ、激怒するに決まってるぞ。……マスコットかもだけど。
 部活が終わって荒れたコートを整備しながら、結局かなりの時間を要して和解に成功した先のくだりを俺はゲンキと振り返っていた。なんでも、ゲンキは俺がマネージャーといつの間にか恋愛関係になっていたと勘違いしたようで、何故そんな大事なことを告げずに隠していたのかと憤怒する気持ちと、互いに彼女がいない状況から俺が抜け出したことへの敗北感とが複雑に入り混じった精神状態に陥り、我を忘れてしまったらしい。
「そういった事実はないから安心しろ。確かに一緒に帰ったが、さっきも言ったようにキャプテンが俺をコートに入れさせないようにするために、もう仕事を終えたマネージャーをたまたま見張り役に立てただけだ。俺と帰りの方向も同じだったしな。」
「そうだよな。あーあ、もっと落ち着いてキャプテンの話を聞いてりゃなー。」
 だいたいコーイチにそんな甲斐性あるわけねーしな、とケラケラ笑って続けるゲンキ。
 む……、多分当たっているっぽいから言い返せない。
 俺はうっせ! とだけ笑う親友に返すにとどめ、まだ半分位残っているコート整備を急いで終わらせるべく、後ろ手に持ったブラシを駆け足で這いずらせた。


 帰り道、俺は隣を歩く恵姉に今日の災難を報告していた。
「参ったよ、一緒に帰っただけでこんなに大事になるなんて。これからマネージャーと付き合うヤツに心底同情するね。」
「あはは。本人は気づいていないけど、あの子人気あるのよねー。アタシのクラスの男子も狙ってるヤツ多いみたいだし。功も昨日まんざらじゃなかったんじゃないのー??」
 恵姉はそう言うなり、体ごと傾けてこちらを覗き込んできた。
 うっわ、いやにニヤニヤ。
「んなコトねぇよ! 確かに美人だとは思うけどさ。なんかピンとはこないっつーか、あくまでマネージャーはマネージャーっつーかさ……。」
「ふぅーん。ピンとこない、ねぇ……。」
 頬に人差し指を当てて思案顔の恵姉。
 いや、どんな瞬間ヒトを好きになるのか俺だって知りたいくらいだよ。
 恋におちる感覚、ってモンをさ。
 15年生きてきたが、未だに俺は誰かを恋する感覚がよく判らない。
 それは『好き』の境界線が判らないからだ。
 友達や家族の好きと恋愛のそれの境界線が俺にはまだ不透明だ。一目惚れでも出来ればいいのだが、あいにく俺はその衝撃を受けたことがない。その辺の回路が俺の体には備わっていないのだろうか。
「恵姉は誰か恋焦がれてるヒトとかいるの?」
「えっ!? い、いないわよそんなの。言い寄ってくるのはいっぱいいるけど、アタシも何かピンとこないっていうか……。どいつもこいつも綺麗、可愛い、美しい……そんなんばっか。つまんない!」
 普段の恵姉見てないと解んないからなぁ。どんだけ怖いかとか、負けず嫌いかとかはさ。
 中身知ってんのは身内だけだもんなー。
 恵姉の口ぶりから鑑みるに、ゲンキの想いが成就する可能性は限りなくゼロに等しいな。
 だが決して散るのは恥ではないぞ、相棒。
 恵姉の話に耳を傾けながら、俺はもう真っ暗になってしまった空を見てそんなコトを考えていた。ひとしきり考えがまとまり視線を戻すと、少し頬を赤らめて話していた恵姉はぷいっと髪を振り乱しそっぽを向いて、
「まあアタシは彼氏作ろうと思えばすぐだろうけどさ。それより功はヒトのコト考えてる場合じゃないわよ。ただでさえモテないんだしね。」
 なーんてぼそりと毒を吐いた。
「余計なお世話だよ。がぁーっ、腹減ったな。今日のメシはなんじゃろかい、っと!」
「あ! ちょっと!」
 なんだか無性に走り出したくなった俺は、後ろで何か文句を言っている恵姉をほっぽり出して家までの道をダッシュで駆け抜けた。

「ただいまー。」
「お帰り。メイの足は拭いといたげるから、功ちゃんはお風呂先に入っちゃいなさい。」
「あーい。ステーイ・ウィーズ・ミー……。」
 出迎えた希さんにリードを渡し、廊下を突っ切り風呂場のドアに手をかける。
 が、陽気に鼻歌を歌っていた俺はドアを開ける直前の希さんの声に気がつかなかった。
「功ちゃん、待ってまだ――――。」
 ガチャ。
「ガラスの少ぉ年時ぃ代……のぉぉっ!!??」
「え!? ぎゃっ!!!」
 と、一糸纏わぬ女神……もとい、大きなバスタオルを纏った恵姉がそこに!
 大事なトコロは運悪く? 隠されていて見えないが、豊かな曲線であることは言うまでもなく、超刺激的な姿であることにもまた変わりない。
「わわわ、これは事故だ! 希さんが――。」
「わぁーっ!!」
 両手を広げて必死に弁解する俺に、恵姉はだっと駆け寄り右手で俺の視界を塞いだ。
「見るなーっ! 見たら殺すよ!!」
 そのままドアの向こうに押される。
 左手でタオルを押さえているが、慌てていて抑え方がゆるく、徐々にずり落ちてきている。
 そして塞がれた手の隙間からはタオルからはみ出した大きな胸の谷間がちらちらと……。
 これは、やばい……。
「バカ功っ!!」
 ドアが、閉まった。マッハ3位のスピードで。
 尻餅をついてドアの前で放心状態になっている俺に近寄ってきた希さんは、
「ごめんねー功ちゃん。まだ恵が入ってるのスッカリ忘れちゃってたわ。でも恵のハダカ、結構よかったでしょー?」
 と、ペロッと舌を出してキッチンに戻っていった。
 いや、娘のあられもない姿を見られて言うセリフじゃないですって……。
「これは……噴火してしまった……。」
 予測の通り、その後恵姉は俺の必死の謝罪にも全く耳を聞き入れてくれず、黙々とゴハンを食べ終えるとすぐに部屋に戻ってしまった。
 こうなるとかなり姫のご機嫌を直すことが難しくなってくる。
「ごめんね、功ちゃん……。」
「いえ、すぐに出なかった俺が悪いんです。ちょっと部屋に行ってきます。」
 心配顔の希さんを置いて、俺は2階へ向かった。
 何度か恵姉を『噴火』させているが、今回の被害は計り知れない。目すら合わせてもらえなかった。
 長丁場になるかもしれないが、謝る以外の選択肢はない。
 部屋の前で深呼吸をして、ドアをノックした。
「恵姉、ちょっと入ってもいいか? 話がしたいんだ。」
「…………嫌。」
「ならここで話すから、少しの間聞いてもらえないか?」
「…………。」
「ごめん、恵姉。見たことは俺が全面的に悪かった。」
「…………。」
「恵姉の気が済むまで何回でも謝る。無視したって構わないし、殴ったっていい。」
「…………。」
「でも、希さんには何も罪はないから。ドアを開ける前に止めようとしたけど、俺が歌を歌ってて聞こえなかったんだよ。だから、希さんは悪くない。悪いのは俺だけだから。」
「…………。」
「これで話は終わり。聞いてくれてありがとう。ホントに、ごめん。」
 言うべきことは言った。
 俺は冷戦になる覚悟を決め、自分の部屋に戻ろうとしてドアに背を向けた。
 その時。
「……見えた?」
 ドア越しに、恵姉が問いを投げかけてきた。
「な、なにが――。」
「見えたかって聞いてるの!!」
 察しろ、って言ってるんだな。ごめん、野暮だった。
「……見えなかった。き、きわどかったけど。」
「でも見ようとした?」
「いや、そんなこ――。」
「見ようとしたかって言ってる!」
 お見通し、だ。
「……ごめん。」
 ドア越しに大きくため息をつく音が聞こえてくる。
 そして、静寂が場を包んだ。
 背中を汗が流れて行く。
 互いに息を潜め、無音の世界が形成されている。
「…………、ママのコトはわかったわ。」
 気の遠くなるような時間にも感じられた沈黙を破って、恵姉は再び口を開いた。
 良かった、2人が喧嘩するのはおカド違いだからな。
「ありがとう。じゃあ、行くから。」
「待って!」
 ほっと胸を撫で下ろして歩き出そうとした俺を恵姉は制すると、ひとつひとつ言葉を選ぶように声を紡ぎだした。 
「ワザとやったんじゃないってのはアタシにだって分かるわ。功はそんなヤツじゃないもの。アタシはね、功がすぐに部屋を出なかったのが許せなかった。」
「……うん。」
「今日はどんなに謝っても許してあげるつもりはなかったわ。」
「……。」
「でも、功はママを護るためだけに部屋に来た。」 
「え?」
 瞬間、ドアが開いた。
 薄い壁で仕切られていた2人が対峙する。恵姉は普段とは比べ物にならないほど真剣な顔で俺の瞳をじっと見つめてきた。
 俺の気持ちを確かめていると感じ、俺も心からの謝意を瞳に篭めて見つめた。
 しばらく俺たちは見つめ合っていたが、やがて恵姉はふっと表情を和らげると、徐に俺の目の前に右手の平を広げた。
「ん……?」
 そして、中指を曲げて力を溜め、思い切り俺の額を打ちぬいた。
「ってーーーっ!」
「バカ。これで今回は許したげる。下に降りましょ、ママが心配してるわ。」
 そういうなり、恵姉は階段に向かって歩き出した。
 だが4歩ほど降りた後、突然ぱたりと動作を止めた恵姉はこっちを見上げて、
「コロンブスのイチゴショート奢りなさいよ!」
 そういってニッコリ微笑んだのだった。

 
 
 ……それで笑顔が戻るなら、いくらでも奢ってあげますとも。 
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