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1st.Match game2 《メイと団欒》

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 部活が始まった。
「今日は通常の練習が終わった後に1年の力をみるからな。うちは実力主義だから、1年は物怖じしないで自分の力を見せてくれよ。2、3年は入ったばっかの1年に負けないよう気合入れてくように。以上だ!」
 初めにキャプテンの岩崎さんがその日のメニューを皆に伝え、練習が始まった。
 顧問の坂下先生は大体練習の中盤くらいに顔を出す。坂下先生は男女両方を指導するので、あまり具体的な指示はしない。だから、毎日の練習メニューは先生と相談しながらではあるが基本的にはキャプテンとマネージャーが考えているのだ。だけど皆から不満があがることもない。キャプテンとして皆に信頼されていて、ホントすごいと思う。
「それじゃあ、1年生はまず外周をまわります。正門に集まってください。」
 マネージャーがいつものように特上の笑顔で地獄行きを宣告した。
 外周=6キロ走。
 長距離が苦手な俺には過酷すぎるメニューだ。しかも学校周辺は実に起伏に富んでいる。ファッキンアップダウン。
「30分以内に帰ってこれなかった人はその後の筋トレにペナルティーつけますから、頑張ってくださいね!」
 ちくしょう、その笑顔に激しい殺意がぁぁぁぁぁぅぉぉぉぉ。
「コーイチどうしたー? 顔が引きつってるぞ、腹でも痛いってか?」
「ん、何だオマエ仮病でも使って逃げる気か?」
「ち、ちげーよヨコ。別にいたって健康だっつの。」
 俺が胸に湧いた黒い感情を沈めようとしていると、
「よーい、ピッ!」
 ホイッスルが鳴って、世にもしんどい地獄ツアーが始まった。

「はぁ、はぁ……。」
「だからさ、やっぱ俺的には恵姫が一番なの! あのルックスとバランスのとれたボディーライン。頭も性格も良し。まさにパーフェクト! あー、どうしたら今よりもっとお近づきになれるかなぁ。やっぱ毎日お前んちに迎えに行って一緒に学校に通ってだな……。」
「はぁ、ふぅ……。」
「いや、待てよ。もしくは……ブツブツ……。」
 ゲンキの奴、何でそんなに喋れるんだ? こっちは喋る酸素も惜しいってのに。
 ギブミーモアオーツー。ギブミーモアオーツー。
「おいコーイチ! ちゃんと聞いてんのか? 今大事なことを議論してる途中だぞ!」
 聞いてるよ。ゲンキんちはガッコ挟んで俺んち、いや恵姉んちと反対方向だから、通うのはかなりだるいぞ。それから、恵姉は男には表向きの顔しか見せてないから騙されんな。あー、テレパシーとか送れたら楽だよね、こういう時。

「よ、よし……。なんとか…時間内に………帰ってこれたぞ……。」
 地獄の長距離走を何とかやり過ごすことに成功。これでも最初の頃よりずっと走れるようになった。だって最初は『完歩』だったし。とにかく長距離は苦手だったのだ。今もだけど。
「オツカレ。だいぶ走れるようになったな。まだトークは無理だけどな。」
 ゲンキは何でもなかったみたいに涼しい顔で俺を見ている。な、なんてヤツだ……。
「はい休憩終了でーす。続いて筋トレしまーす。」
「「「うぃーっす。」」」
 その後もマネージャーの執拗ないじめ(筋トレ)を受け続けた俺たちだったが、死にそうになりながらもどうにかこうにかこなしていった。
「はいお疲れ様。5分休憩をはさんで、その後コートに入ってくださーい。」
 キタキタキタァー。ついにボールが打てる!
 俺は体の疲れを感じつつも、コートに入れる喜びに浸っていた。

「次、前衛に幸田元気! 後衛に渡瀬功一!」
「「はい! よろしくお願いしますっ!」」
 テストはキャプテンが3本球出しをし、それを打ち返すというものだった。
 どこに上げられるかは言われていないため、フットワークが大事だ。
 また前衛と後衛に分かれて、前衛はキャプテン側に入り後衛の返球に備え、後衛は前衛にボレーされないようにコースを考え返球する、という形式だった。まあいうなりゃ実戦形式だ。
「行くぞ!」
 1球目。
 コートの中央に立つように指示され構えると、ボールはフォア側バックライン際にきた。
 すぐに打球体勢に入る。
 ゲンキは俺のストレート打ちを警戒し、コートの右側に立っている。
 (……ここは対角に深いボールを打つ!)
 俺はゲンキを目で牽制し、思い切り振り抜いた。
 ボールはバックラインギリギリに入った。
「ナイッショー!!」
 先輩達が褒めてくれた。よしっ、次だ。
 2球目。
 今度は反対にコート左側バックハンド側に飛んできた。
 1球目よりもやや強いボールが来たため、打球体勢に入ったものの前衛を見る余裕がない。
 (……ゲンキはコート中央まで出てきている筈。多分苦し紛れの返球を狙ってる。なら!)
 俺はバックハンドで対角に深いロブを上げて、ゲンキの頭上を狙った。
 悪くない手ごたえ。
 ボールは見事にゲンキの上を越して、ライン際に入った。
「おぉーっ!! やるな!」
 先輩達も驚いた様子だ。
「ラストー!」
 3球目。
 ふわっとしたボールはコートの中ほどに来た。
 チャンスボール。
 俺は前方へ駆け出し、ゲンキに向かって、
「前衛アタック! 勝負!」
 と宣言し、前衛の恐怖心を煽って決めようとした。
 ゲンキも前の2球を決められているため、ここが勝負とばかりにラケットを構える。
「うりゃーっ!」
 俺の打ったボールはゲンキのラケットの脇を抜けたが、勢いがつき過ぎてアウトになった。
「よし! テストはこれで終了だ。今日の練習はこれで終わりだが、この後マネージャーと3年は残っていてくれ。では解散!」
 こうして俺たち1年の実力テストは終わった。

 その帰り道。
「あーっ、疲れた。もうヘトヘト。」
「お疲れ。で、どうだったの? ちゃんと自分の力を出せた?」
「3球しか打てなかったけど、まあ何とか上手くいったよ。最後前衛アタックが決まってたら文句無しだったんだけどなー。」
「そっかそっか。」
 恵姉は安心したように笑っている。
「で、女子の1年の力はどうなの?」
「うーん、まあまあかな。飛びぬけたコはいないわね。初心者も多いし、とりあえずはレギュラー落ちもなさそうかな。」
「ふーん。」
「そうだ、昼休みにさゆりちゃんが言ってたけど、男子は後衛が弱点らしいじゃない。アンタ見込みあるから頑張ればレギュラー取れるかもって言ってたわよ。」
「マネージャーが? そうかなぁー。先輩達見てると全然自信ないぞ? 球はぇーしオーラ出てるし。雰囲気で萎縮しちまうって。」
「そこがアンタの課題かもね。もっと自分に自信を持つことよ。功はやればできる子だし。」
 やればできる子、ねぇ。どうかなぁ。
 なんて考えていると、
「あっそうだ!」
 恵姉は突然振り向いて、俺をじとっとした目で睨みつけてきた。
「な、何だよいきなり?」
「……アンタ、学校で女の子達に変な催眠術でもかけてるんじゃないでしょうね?」
 ほわっと????
「ハァ?? 催眠術ぅー? 何を寝ぼけたことをおっしゃいますかねこの姉は。」
「だってどう考えてもおかしいじゃない! 功よ!? これよ!? この情けない顔よ!?」
「何気にひどいことを言われていますがさっぱり事情が飲み込めないわけだが。」
「世も末だ……。」
「だから何がだーっ!!」
 なんて喋りながら、俺たちは家路に着いたのだった。 

「「ただいまー。」」
「ワンッ!」
「メイただいまー! メイメイメーイッ! 相変わらずきゃわいいでちゅねーっ!」
 帰るとまずはメイのお出迎えだ。もうはちきれんばかりにシッポを振っちゃってます。あ、恵姉は玄関で毎日ムツゴロウになります。ちなみに頭をわしゃわしゃされるのがメイのお好みです。 
「おかえりなさい、恵、功ちゃん。お風呂沸いてるから先に入っちゃいなさい。あがったらご飯にしましょう。」
「じゃ、メイを連れてってくる。」
「ん、任せた。いいわねメイ、道端に落っこちてるモンを拾い食いとかしないよーに!」
 恵姉は左手を腰にあて、右腕と右手親指・人差し指をビシッと伸ばし、顔をきりっとさせて命じた。
「ワンッ!」
 ホントにわかってんのかね、コイツは。
「外はもう暗くなってるから、車に気をつけていってらっしゃい。」
「うん。よし、行くぞメイ!」
「ワンワン!」
 学校から帰ってまず最初にするのがメイの散歩だ。
 メイはうちに来てからもう今年で5年目になる。小学校5年生の時の遠足の道中に掲示されていた犬の貰い手を募集している張り紙を見つけ、家に帰った後急いで恵姉に話し、2人で希さんと猛さんをなんとか説得して飼う許可をもらった。それから車でその遠足のコースを辿って張り紙から飼い主の住所を割り出して、やっとの思いで貰ったのだった。
 メイという名前は猛さんが思いついた。
 まだ体長20センチくらいの小さな子犬を貰った帰り道の車内で、みんなで名前をどうしようかと考えた。
「雑種だからちょっと茶色がかった白ねぇ。しろ、ちょっとしろ、ほわいと……うーん。」
「めぐちゃんママ、僕急には決められないよ。」
「あたしもー。」
「あらあらどうしましょうか。パパ、何か考えは浮かばない?」
 3人ともきっとすごく可哀想な顔だったのだろう。猛さんはうんうん唸っていたが、
「……そうだ。ママ、5月に貰ったからメイっていうのはどうかな?」
「メイね。メイ、メイ……うん、いいわね! パパにしてはいいセンスね!」
「「めい……。」」
 あの時はまだメイの意味もよくわかっていなかったけど、俺も恵姉もすごくいい名前に感じたんだ。

「うまかったー。ごちそうさまでしたっ!」
「功ってばご飯食べるの早すぎ! ちゃんと噛んでる?」
「噛んでるっつーの! 恵姉が遅すぎなんだって。」
「アタシはちゃんとひとくち30回位は噛んでるから。」
「うわっ、恵姉おばあちゃんみたいなこといってら!」
「何ですって!」
 恵姉はヤクザみたいにどすの利いた声を出して俺を睨みつける。
「へっへーだ!」
「まったく。功はいつまでたってもガキなんだから!」
「あら、おばあちゃんよりはマシよねー。」
「ですよねー。」
「ちょっとママまで!」
「「あはははっ。」」
「一家団欒だねぇー。良きかな良きかな。」
 神崎家の夕食はいつも和やかだ。すごく癒される。

 夕食後部屋でくつろいでいると、希さんと猛さんがやって来た。
「功ちゃん。裕子ちゃんと聖司くんから手紙が来ているわよ。」
「ありがとう。まったく、父さんも母さんも息子を置いてあっちゃこっちゃと……。」
 俺が眉をしかめると、
「まあ大変な仕事だからなあ。でも、聖司たちも功君のことが心配なんだよ。よく電話がかかって来るよ、グレて皆に迷惑かけてないかー、とか、恵に変なちょっかい出して困らせてないかー、とかね。」
 と猛さんが諭した。
 手紙には、『たまには電話くらいしなさい!』とか、『テニス頑張れよ!』とかたわいも無いことが書かれている。
「ったく……。」
 自然と笑みがこぼれてくる。
 希さんと猛さんは、そんな俺を見て互いに寄り添いニコっと笑いあっていた。  
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