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11th.Match 《快晴処により曇》

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 翌朝、普段より1時間ほど早めに設定しておいた目覚ましで眠りから覚めた俺は、昨夜布団に入る直前に時計の傍に書き残しておいた自筆の『まず天気を見ろ』のメモでおぼろげな意識を覚醒させると、勢い良くカーテンを開けた。
「よし、予報通りだ……!」
 窓ガラス越しに映えるめいっぱいの青に、ほっと胸を撫で下ろす。
 ベッドを出てそのまま着替えを済ませ、音を立てないようにゆっくり階段を降りる。まだ神崎一家は皆夢の中だ。起こしちゃ悪い。
 でも、俺の細心の注意にも拘らず起き出してきて階段の下で待ち受けているヤツがいた。
「お、メイメーイ。おはよーさん。」
 小声でアイサツして、頭を撫でてやる。俺と目が合った瞬間からシッポをブンブン振り回していたメイは、頭を撫で終えて手を戻そうとする俺に、
《駄目よコウイチ、足りないわ。もっと撫でてちょうだい。それから紅茶の準備を(ry。》
 と言わんばかりに体を俺の脚に摺り寄せておねだりの構えだ。ったく、かわいいっての。
 その後しつこい位にメイを撫で回してやり、洗面所で顔を洗ってリビングへ向かった。昨日希さんに朝練へ出る旨を伝えておいたので、テーブルの上には俺の弁当と朝ごはんが既に用意されている。希さんには毎度ながら感謝感謝だ。
 ささっと朝ごはんを済ませ、家を出ようと玄関で靴を履いていると、
《もう行くの? そう……。ふん、早く帰って来なさい。コウイチ、夕方のお散歩の時間を忘れてレディーを待たせたら承知しないわよ。私はそれまで名探偵クンク(ry。》
 紅い首輪をお召しになったお嬢様がお見送りをしてくれたのだった。
 はいはい、了解しました。なるべく早く帰るから待っててくださいな。

 
 部室に着くと、先に来ていたマネージャーはボールの空気量を調整していた。
「あ、おはよう渡瀬くん。」
「うっす。それにしても早いな。体大丈夫? ただでさえ電車通なのに……。」
 新しいガットの感覚が一体どんなものなのか気になって居ても立っても居られなくなり、昨夜俺はマネージャーに鍵のしまってあるダイヤルロック式ポストの暗証番号を聞こうと電話した。するとマネージャーも明日は早めに学校に行くとのコトだったのだ。
「全然平気。それに部室の片付けはみんなが居ない時じゃなきゃ出来ないしね。あ、こっちの箱のはもう調整済みのボールだから好きに使っちゃってください!」
 ほら、これだ。まったく頭が下がる。
 目の前のポニーさんは屈託の無い笑みを浮かべ、再び仕事に戻り空気入れをせっせと動かしている。他に上手な表現を思いつかないから言うが、こんなに潔く身を削ってくれるマネージャーもそうはいないだろう。
 まさに鑑と言えるのではないだろうか。
 俺たちが普段気持ち良く練習に打ち込めるよう、いつも陰でこうして頑張ってくれて。
 こんな姿見せられちゃー、こっちも頑張らずにはいられないだろ、常考!
「ん? どうしたの?」
「いや、何でもない。よし! ちょっとボール借りるわ。とりあえず壁打ちでも――。」
 俺も全力で応えなくちゃだな。
 部室を出ようとしてドアノブに手を掛けようとすると、勢いよくドアが開いた。
 向き合いたるは、まっこと意外な人物。
「宮奥さん!? おはようございます。どうしてこんな早く……って、ゲンキに上野も!?」
 ちょ、ええっ!? なんでこんな時間にみんな来てんだ??
「「「いや、壁打ちでもやろうかなって……。」」」
 ええええっ!!?? まさかのハミングキタァー!!
 互いに顔を見合わせる3人。それなんて予定調和? ネタか??
 訝しげな俺をよそに、何かを感じ取ったのかマネージャーはクスクスと笑っている。
 しばしの静寂を打ち破って、
「まあ、ちょうどいいから乱打でもしようぜ。」
 カバンを置きながら上野がぽそりと言った。

 軽く柔軟をして、コートに入る。
「行くぞー。」
 上野はラケットをひらひらさせて合図を送ると、こちらに向かってボールを打ち出した。
 ゆっくりとした山なりの軌道を描きながら、白球がこちらに飛んでくる。
「頼むぜ……。」
 どうかじゃじゃ馬じゃありませんように。空気を読めるコでありますように。
 グリップを力いっぱい握りしめてラケットに願いを篭めながら、俺は腰を落とし重心を低くして打球体勢に入った。
 跳ね返ってきたボールをよく見ながら、思い切りフォアハンドでスイング。
「パコーン!!」
 ボールはネットの白帯付近に引っかかってぽとりと落ちたが、初めにしては予想していたよりずっとイイ感触だった。
「おお……!」
 これはいけるかもしれない。いや、かなりの上玉っぽいぞ。

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「えっ、4人で映画に!?」
 驚きを顔いっぱいに湛えたまま、いづみは私にそう訊き返してきた。
「う、うん。なんか色々あって、功とゲンキくんとさあやの4人で――。」
「なんでさあやがそこに加わってんのよ!? 確かアンタとゲンk……。」
「んっ?」
「あ……なんでもない。兎に角、事情を説明しなさい。これは命令です。」
「め、命令ぇー??」
 家から教室に着くまでの道のりを使って、私はいづみに昨日の”リフレッシュ会”が行われた経緯から順を追って説明した。ゲンキくんに誘われたコト、さあやに電話をもらったコト、それから功も一緒に連れてったコト。それからそれから……そうだ。
「映画のレビューも必要だよね? ざっとあらすじを言っちゃうと――。」
「ああ、ノーサンキュー。」
 ノクターン・レビューはあっさり却下されてしまった。ちぇ、どいつもこいつも興味ナシかい。折角頑張って無い知恵絞って脳内創作したっつーn(以下自主規制w)。
「あっそうだ忘れてた! コラいづみ!! おととい帰る時コソコソ功と何やってんのさ!」
「へ? おととい? 何よ、別に私は特に…………あ。」
 私に言われて漸く思い出したのか、いづみはそう言うと『しまった!』とばかりに右手を口に当てて私の顔からひょいと目を逸らした。
「あは♪」
「あは♪ じゃないっつの!! まったく2人ともアタシに隠れて。あの場で言ってくれればよかったじゃん!」
 私の口撃が一段落するのを待って、静かにいづみは切り返した。
「目立っちゃいけなかったんだよ。あの時ウチらが黙ってたのはね、ゲンキくんへの配慮。恵を誘おうと決めたゲンキくんの意気込みを、功一くんもアタシも陰ながら応援したのよ。第1あの場で話しちゃったらゲンキくんが誘う意味が無くなっちゃうじゃない。」
 まあ結局バレちゃったからしょうがないんだけどさ。
 いづみは『うまく訊き出したと思ったんだけどなーw』と続け、苦笑いを見せた。
 そうだったの、か……。
「でも、ゲンキくんはデートじゃないって言ったわ。ただのリフレ――。」
「バカ! デートって言ったらアンタが来ないに決まってるから、そう言わざるを得なかっただけよ。それ位わかってやんなさい! まったく恵は変にニブいんだから……。」
「むうーっ……。」
 ずばっと斬り込まれ、私は思わずむくれてしまった。
 でも、確かにその通りなんだよね。
 ゲンキくんの気持ちに気づかないフリをして、映画観たさにオーケーしたと言ってもいい。というか殆どそうだ。そうなんだけど……。
「出来ればさ、ゲンキくんには真っ直ぐアタシに尋ねてきて欲しかったなぁ。」
 功に頼むんじゃなくって、さ。
 いづみは私のコトバに何度か頷いていたが、
「でも結果的には映画が観れたんだし、ちょっとはアタシにも感謝しなさいよねー。」
 と両手をあげて冗談混じりに言うと、上目遣いでニヤっと笑みを浮かべた。
「もう、いづみってばー。」
 学校に着いて靴を履き替えて教室に向かう道すがらも、私たちはぐだぐだと喋って笑った。
 ただ1つだけ、今でも気になってしまっているコトを隠したまま。

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 すんなり力がボールに伝わる感じ、というのが一番近い表現だろうか。俺はかつて経験したことの無い初期感覚に、正直驚いていた。と言うのも、打ち始めてすぐに全く違和感無くボールを打つコトが出来たからだ。
 こんなコトは今まで無かった。
 これまで俺は、ガットを張り換えてからの数日はみっちり時間を掛けて打ち込んでも打球感覚を掴みきれず違和感が残り、球筋も安定しないため徒に不満だけが募っていく、という状況に陥るコトが常だった。ラケットを放り投げたくなる衝動に何度も駆られ、コート上で奇声を上げたくなるくらい、自分に対する悔しさや不甲斐なさに支配されるコトも間々あった。
 それがまるで嘘のように、すうっと新しい打球感覚を自分のモノに出来た。朝の乱打ですぐに大体の感覚を捉えた俺は、昼休みの自主練と放課後の部活でほぼ以前の力が出せるところまで”戻って”これたのだった。
「よし、これはいけるぞ! さすがは伊達様だ、モノが違うぜ!」
「はいはい、良かったわね。」
「ちょ、そこはもっと感動しろって!! 『ホント!? やったじゃな~い!』とかさー。」
「ほんとー。やったじゃなーい。」
「……。うん、絶対そう言うと思ったよ。」
 帰りの間も、俺は今日の成果を恵姉に切々と語り続けた。誰でもいいからこの感動をわかって欲しかったのだ。このビッグ・バン的革命的出来事を。
 でもそんな俺の熱意を知ってか知らずか、隣の恵姉は華麗にスルーする。リアクションが欲しくてパスを出しても、ボールをこっちに返そうとしない。
 でも、どんどんパス出すよー。新しいスパイクはじゃんじゃん使うんだぜww。
 その後も俺は熱く喋り続けた。サーブはまだまだだけど、フォアハンドはほぼ狙い通りのコースに打てるようになった。これまでより飛ばなくなった分、より思い切りラケットが振れるようになった。
「後はロビングを鍛えてサーブレシーブに手を回せれば―――。」
「功。」
 玄関前で、俺の言葉を遮ってそれまで黙っていた恵姉が口を開いた。
「ん、何? オレ喋り過ぎだった?」
「いや、あのね……。」
 俯いて口ごもる恵姉。なんなんだこの空気は。
「昨日さ、帰りにさ……。」
「うん?」
「だから、帰りに言われたでしょ………その、ありがとって。」
「え、何を?」
 何だ??
「だから、あの……いい、やっぱなんでも無い。」
「へ?」
「なんでも無い! もう、バカ……。さっさと散歩に行って! メイが待ってるから。」
 そう言うと、恵姉はそのまま走って家に入ってしまった。
「あん???」
 ワケ、わかんねーぞ。
 しばらく俺はその場でボケッとつっ立っていたのだが、
《コウイチ! まったく、何をぼんやりしているの!? とっくに散歩の時間を回っているっていうのに……。早く私を散歩に連れて行きなさい!》
 メイに叱咤されて現実にひき戻され、首を捻りながら玄関のドアノブに手を伸ばした。 
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