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第2話

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HRが終わり、教室で部活のための準備をしていた。
周りには野球部がちらほら居るぐらいで、他の生徒はすでに教室から出ている。
ここ、生徒が出た後の教室が野球部専属の着替え場となるのだ。
うちの学校には、男子のための着替え場という贅沢なものは無いらしい。

しかし、自分も含め男というものはどこでも着替えられればいい。
この教室では野球部の男子とサッカー部の男子が机の並びを崩しながらダッシュで走り回っていたり、
その一方では野球のベルトをムチのようにしならせて暴れている無法者までいる。

そんなものも我関せずと
脱いだ制服やかさばる荷物をむりやりカバンに押し込んでいたとき、一人の男子生徒が俺に寄り添ってきた。
といっても、マユゲは無く、制服の第一ボタンは外れている。いわゆる不良といった感じのイカツイ風貌だ。

「はなまよー、一緒に部活へいこうぜ?」

あえて言っておくと俺は「はなまよ」なんて陳腐な名前じゃない。
自分自身こと「横井 武」のあだ名である。
どうして付けられたのかはさっぱり分からないが、「はな」が付いてるあたり身体的特徴だろう。
それよか、なぜ不良風の男、「仲居 准」がこうも俺に親しくするのかは良く分からない。
自分は武道での段を持っているわけでもないし、家庭が裕福なほうでもないし、頭もよくない。
俺は、不良を刺激するフェロモンを出しているのだろうか…?そういった偏屈な解釈をした。
聞いてみないと分からないし、逆に殴られちゃ困る。
分かることは、中学野球にはこんなやつらばかりということだ。
漫画なら不良と弱虫の弱肉な関係になるであろうが、現実はこういったフツーの関係だ。

「ああ、分かった。ちょっと待ってろ。」
「分かった。」

汗ばんだ足で履きにくいローリングスのソックスをせっせと履き終え、準備を整えた。
そして練習道具で異様な形になったバックを背負い、足並み早く教室を出た。

3階の廊下の窓からは桜が見える。去年、上の階の1年生だった頃には見えなかった光景が今。―
やっと進級したんだという気分になれた。

そのとき、髪をいじっていた仲居が微笑みながら呟く。

「俺も先輩かー!」
「え・・?」

たわいの無い会話の中に、一瞬の。ほんの一瞬の驚きと緊張が込み上げた。

「知らないのか?明日は新一年が部活を見に来るんだぜ?」
「そうなのか。だけど、お前みたいなのが先輩って終わってるな。」
「うっせー」

そしてその緊張は仲居の飄々とした態度によって終息した。というより、押し殺したと言っていいだろう。
そして、また心に砂時計の如く澱を零していく。


仲居と共にグラウンドを見渡すと野球部のダイヤモンドは閑散としていた。
見る限りは5、6人程度しか部員は居ない。
うちの部活は人数が集まり次第、集合をかけ練習を始めるのでだいたい、フリーでいろいろと練習前はしている。

お遊び程度で一塁横にあるブルペンを使って投球練習をしていたり、
フェンスで壁当て、キャッチボール、タイヤに人を乗せてソリのように紐でひっぱったりと・・多種多様だ。

仲居と共に荷物を石段の上に野ざらしで置くとバックからスパイクを取り出した。
愛用のミズノのスパイクを白濁としたレザーローションで擦り付け、スポンジで伸ばす。
ローションをかけた部分だけが黒く、そして光沢ある色に染まり、煤けてぼやけたまわりの色と比べると
新品を買ったときと同じような気分になってとても気持ちいい。
このまま履かずに保管しておきたいところが、履く前提のものなのでそういった感情を抑え込む。

時を忘れたように熱中していると隣で帽子のツバを何度も折り曲げて、
真ん中に割れ目が出来た見事にだらしない屋根型の帽子を眺めながら仲居は言った。

「『NE-YO』って知ってるか?」

しらねーよ・・。と咄嗟に洒落を思いついた。が、言うと言うだけなんだか疲れる。
仲居と俺は身長差が数cm程度しかなく、喧嘩になれば勝てるだろうがピンフを重んじたい。
そう考えてせっせと半ば無視し作業を継続させるが、仲居は調子付いて笑いながら

「無視するなよー」
「おい?特攻の拓って読んでる?」
「オレンジレンシっていい曲だすよねー」

と鬱陶しく質問しているのか独り言を言っているのか分からない。
だいたい、特攻という単語を聞いて「特攻の島」ぐらいしか思いつかないし、
オレンジレンジは以前からずっと批判し続けた歌手だ。折れても、そんな話をしたくない。

仲居はまったく波長が合わないのにどうしてこうも執拗に馴れ合いを求めているのだろうか。

「彼は干渉されず、自己満足で補完するから」なんだと簡単に思ったが、後から考えるとそれはあながちそうではなかった。


「集合ー!!」


いきなり、キャプテンの軽く高い声が響き顔を上げた。
その声によって今まで考えていたことは忘却され、ただ集合場所のバックネット前に駆け込んだ。
踵を踏んで走ったためスパイクに謝辞の念を抱きながらも。

集合の際は一列に並ぶ。ただ、部員数が20を超えるためどうにも並ぶのが遅く列が乱れる。
そのため、「喋ったやつは殴る」や「いまからグーを出してお前らの前を歩くから当たったやつはビンタ」などどこぞの軍国主義かのような統制になる。
そこで言いがかりをつけられる奴や、アウトロー、自分からMっぷりを魅せようと喋る奴も居るため、また乱雑になる。
あきれるほどにあきれる。しかし、その理由以外にもこうも乱雑になるのには理由があった…が、忘れてしまった。
どうでもいいことだったのか、それとも抑圧で嫌なものを忘れたのか・・。

キャプテンは勝手に見切りをつけ、次の指示を出す。今度は隊列を組む。
横3列でランニングの隊形に移るからだ。前から順番に3年生、2年生と並んでいく。
必ず、学年の先頭は野球が上手い奴か、仲間内での地位が高い人間が来る。
ということは必然的に自分や仲居は後方で追随するかたちとなる。
仕方なの無いことだ。前になったらなったで反感を買って悩みの種が増えるのもごめんだから。

今度は早くキャプテンは見切りをつけ、一斉に走り出した。


「いっちに!さんし!」

キャプテンは張り上げる。

「にーにーさんし!さんにーさんし!」

惰性で周りが声を出す。いつもの光景だ。
1塁間、2塁間、3塁間…。次へ次へ個々が声を出しながら、ダイヤモンドを走り回る。
順番的に最後方なので基本、一人で声を出すことはしない。
女々しい自分に嫌気が差しながらもどうしようも無い現状に不満が溜まるばかりだ。

ダイヤモンド2週を走り、ストレッチを行った後にキャッチボールをするべく
部員全員は走りながらバットケースのところまで駆けていく。
キャッチボールの後にはトスバッティングがある為、金属バットが必要なのだ。
だが、使える金属バットの数というものが決まっている。
凹んでいたり、テープを巻いていないものは使用されないためである。

そんな果敢にバットを取りに行く部員たちの群行を俺はただ傍観していた。
これから起こることはだいたい想像がつく。
心のシコりが、澱が。言葉で言い表せないほど胸に焼きつく。

部員の中にはもうキャッチボールをしている人間もいる。
そして後を追うように、追うように周りの人間が2人1組を作りキャッチボールをはじめて行く。


やがて、予見していたことが的中した。
周りの部員達がキャッチボールをしている中、独り取り残されてしまった。
眼が熱く、グローブを持った手が寂しく、心の中では自分を自傷し、嘲笑しきってる。
はたから見れば洟を垂れ、眼を細め、寒さに耐えているようにも見えなくは無い不恰好だが。


だが、それでも自分は呪文のように唱え続ける。


『全ては自分が悪い。』

3, 2

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