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鼻の話

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第三話「ピューリタン賞」


いつも見慣れた上司や同僚達が僕に注目している。気になっていた同僚の女の子もこっちを見ている。

「いやー、君は鼻が高いねえ!」
「ハハハ、そんなことはないですよ……」



 僕は別に権威を誇示するような質ではないのだが、今ではこんな状況に少し安心すらしている。僕は何故か今朝起きると新聞でとある賞を受賞したことになっていた。僕はその横文字の賞がいったいどんな賞で何のためのものだかわからないし、今までに聞いたこともない賞だったのだ。そういえば今朝方から視界の真ん中に見えている鼻がすこしばかり高くなっているような気がする。



 いつもより少し早く出社してから昨日残業をしても終えることのできなかった仕事に手を付け始める、途端に上司の一人が走って来て私に声をかける。

 「急いで記者会見に行ってくれたまえ」

 私はどういった用件だかさっぱり飲み込めないでいたが、会社の面目にかかわるというので仕方なく上司の運転する車に乗りとあるテレビ局に赴く。上司の話を聞く限りでは例の賞の記者会見とのことだった。携帯電話の電源をつけてみると相変わらず迷惑メールのような着信の量に面食らってまた電源を消す。テレビ局に着くとすぐに関係者と思われるような人の誘導でカメラを持った人だかりをかき分けて建物の中へ入る。大きい自動ドアをくぐり、広いロビーを抜けエレベーターへと行く、その間に何人かどこかの編集者だとか議員だとか言う人の挨拶と名刺を貰う。その後エレベーターを降りた後、何やら騒がしい宴会場のような広さの部屋へ誘導された。



 「今のお気持ちはどうでしょうか」

 大勢のカメラやマイクやメモ帳を持った人の前で僕は率直にただ驚いているとか信じられない、何が起こってるのだか理解できないと述べるが相手側の反応はいまいち薄い。続いてその後とある大学教授のスピーチがあるという案内の後、拍手とともに会場へ一人の人がやってくる。

 「えーとですね、おほん、この賞はピューリタン賞と申しまして、とても由緒ある賞であります。その名の通り勤勉に働き、そして経済に貢献している人に贈られる賞であります。」

僕は聞いててよくわからなかった、もっと経済に貢献している人なんてたくさん居るだろうに。そういえばなんだかこの大学教授とやらはさっきの上司が単に白衣を着てカツラを被っているだけのように見える。なんだろう、会社ぐるみで僕をからかって遊んでやろうって魂胆なんだろうか……

 「えー、ですが、それだけではこの人が選ばれる理由にはならないのでありまして、この人の経歴はいたって平凡でありまして、えー、皆様は今朝の新聞などでご存じかと思われますが」

そういえば僕の経歴は確かに今日の朝刊に書いてあった。あれはプライバシーの侵害ではないのだろうかと思ったが今朝は早く出社しなければならないしそんなことは気にしないでおいた。

 「えー、この人の好きな食べ物はステーキですね」

ハハハと会場に笑い声が響く。そんなことまで経歴に書いてあったのかと僕は驚く。その後僕の前にステーキが届く、おそらく食えという意味なのだろうが朝からこんなものはとても食べられない。それとさっきから何だか胃がきりきり痛む。

 「えー、それはさておきですね。ピューリタンという言葉は元々とある敬虔なキリスト教徒の一派を指す言葉でありまして、ですから何か熱心な信仰をされている方に贈られる賞でもありますな」

たぶん朝刊の経歴にも書いてあるだろうけど僕には信仰してる宗教だとかは一切無かった。

 「えー、この方は現代社会を熱心に信じておられる方であります。今の現代の社会に何の懐疑も抱かず、全て一切を是認しておられる方ですな。こんな方はなかなかおられない。つまりこの方は我々が時としてあまりの胡散臭さに唾を吐きかけたくなるような政治だとか経済、科学などをすべて容認しておられるのですな」 

ここでさっきとは比べものにならないくらい大きなハハハという声が会場に響き渡る。僕だって別にすべてが良いと思ってるわけではない、ただ仕事が忙しいからいちいちそんなことチェックしてられないだけであって……

 「えー、さながらマリア様のようなお方ですな。私宗教学者ではありますがマリア様の考えはよくわからないのですが、まあこのようなもんですな」

ここでまたハハハと響く。いい加減この周りの状況にうんざりして来たがどうにも抜け出せる様子ではない。抜け出したところで上司に怒られるだろうから抜け出すわけにもいかない……

 「と申しますのはですな。私たち学者というものは、えー、いや学者でなくても何かしら専門的な分野を扱う人であればもちろんでありますが、その分野の事などさらさら理解してないし、全く重要だとは思ってないのであります。つまりは金のためだけにやってるわけですな。もしそうでないと反論する方がおれば、ハハハ、そんな奇特な方はおられないと思いますが一応念のために……あなたが何故そのために一生懸命になっているのかよく考えてみるべきですな。えー、話が脱線してしまい申し訳ない。えー、それでこの人の一番お笑いなのが……いやいや失礼、この人の一番偉大なところがそのしょうもない仕事のために人生のすべてを賭けているところですな。我々はセックスのため、ともすれば家庭のために日々努めているわけですが、この人の場合それを目標としていない、つまり仕事自体を目標として日々がんばっておるんですな!ハハハ!皆さんこの人の偉大な業績に今一度拍手を!」



 ……あのくだらない式は今でもなんだったのかよくわからない。まあ僕はあの後賞金としてかなりの額の金を貰えたからよしとする。その後会社に戻ると今日は僕のための飲み会があるというのでついて行った。それで前から気になっていた同僚の女の人に声をかけてもらって仲良くなってアドレスも交換したからよしとする。なんだかとても疲れていて頭がはっきりしない、結局今日の出来事の何が正しかったのかもよくわからない。けどポケットに入っていた賞金と交換したアドレスはちゃんと確認したからまあよしとしよう。
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