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 何日も晴れ間が続いていたのに消えない水たまり、それって奴らの可能性が高いです。

 ジージージー。セミの鳴き声がただただ暑苦しい、夏の昼最中。とあるさびれたアパート。白塗りの外壁は黒ずみ、窓ガラスは埃で透明度がかなり低くなっている。二階の窓が半ば開いている。カーテンなんかついているはずもない。収納という言葉を知らないとしか思えないその部屋に二人、人がいる。
 まずは部屋の左端、窓の手前の机にいる女。二十代半ば。肩につく程度の黒髪で、前髪がかなり長い。つやつやときれいな髪だが、いかんせん櫛でとかしたのか疑いたくなるナチュラル加減だ。その割に服には気を使っている風で、白のカッチリしたVネックTシャツに、黒のタイトスカートが決まっている。物で表面が見えなくなっている机に足をドンと投げ出し、くしゃくしゃに開いた新聞紙を読んでいる。
 もう一人は部屋の真ん中、ボロボロのソファーに座っている男の子。小学5年生くらい。茶毛の猫っ毛が天然パーマで緩くカールしている。真夏なのに長袖のジャージ、耳にはヘッドホンをあてている。ヘッドホンのスピーカーからは音楽が流れている訳ではないようだ。そもそも音楽を得るためのそのコードは、切り取られてなくなっている。窓の外、灰色で無機質に突き出すビルの群れからわずかに見える青空を、ぼうと見上げている。
突然男の子の視界が真っ暗になった。

 「わぁ」

 驚いてソファーに転がると、女の声が聞こえる。

「この前の!またよ、信じられない!」

 キーキーと女が喚き立てている。顔に手をやると、クシャクシャの新聞紙だ。またか。男の子は内心うんざりした。

 「分かりきっていた事じゃないですか」

 顔に覆いかぶさった新聞紙を取りながら、ため息まじりに男の子は答えた。女は3日前の、密入国者摘発事件の記事の事を言っている。35歳敏腕やり手捜査官またもお手柄、と大きな見出しにその捜査官の顔写真が、笑顔でこちらを見つめている。その写真を見つめ返しながら男の子は言った。

 「桃地さんはそれありきでウチを頼ってんだもん。文句言うのはお門違いですよ」

 ソファーから起き上がり、女の方へ歩きながら続ける。

 「しかも!倍額ふっかけて、正当な捜査依頼断り倒しているのは何処の誰ですかっ」

 女に新聞紙を押し付けると、鼻息を立てながら少し睨んだ。女は新聞紙をグシャグシャと丸めると、女のいる机の対角線、部屋の入り口横のゴミ箱めがけて投げた。きれいな弧を描きそれはゴミ箱に見事に入ったわけだが、女はそんな事を気にする風もなくゆっくりと口を開いた。

 「あんた、その誰かさんに飯食わして貰ってんの、分かってんの?」

 男の子は呆然として何も言えなくなった。何で僕はこんな奴の下で働いているんだろう、と白黒映像になった女を見つめて考えた。答えは至極明白な訳だが、結論が出る事は無い。男の子は諦めたように、女の後ろに広がる煤けた青空に目を移した。
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