トップに戻る

次 >>

第一話

単ページ   最大化   



 自分は世界一不幸な人間だ、と成瀬鈴は思っている。
 どのくらい不幸なのかを説明するための事例には困らない。

 例えば高校の入学式の朝、道に迷った。
 それだけなら別にいい。事前に行き方を調べておかなかった自分が悪かったのだと諦めがつく。
 問題はその後だ。会場に着いたところ既に入り口が閉められており、裏口から入ったところで困り顔の教師とバッタリ、風邪で休んでいた新入生代表の代わりに式で代表挨拶(カンペあり)をやらされ、どうやら代表挨拶はその年の入学試験でトップの成績をとった生徒がやる慣習が存在するらしく以降周囲に学年首席と勘違いされ続け、なし崩し的にクラス委員長を任され、生徒会役員に推薦され、いよいよこれはマズいと思って逃げ出したところで現生徒会の汚職現場に居合わせてしまい、てんやわんやで大手柄。
「すばらしい!」
「大手柄じゃないか!」
「いえあの、本当にそういうつもりではなくてその」
「なんて謙虚な!」
「君こそ次期生徒会長にふさわしい!」
「いえ本当にそういうのは結構ですんで。そもそも私まだ入学したばっかだし生徒会長とか無理ですって常識的に考えて」
「なんて謙虚な!」
「なんて謙虚な!」
「謙虚とかそういうんじゃないんです本当にあのちょっと聞いてます?」
 逃げ出すしかなかった。
 午後の授業をブッチしてしまったのだからまさかそのまま家族のいる家に帰るわけにもいかず、かといって学校に戻ればまたあの校長と教頭に捕まるのは目に見えており、こりゃどこかで時間をつぶすしかないとブラブラしていたところで補導員に捕まった。
「こんな時間に何をしているんだ。学校はどうした」
「あの、これには深い事情が」
「どこの学校だ。クラスと名前を言いなさい。あと今日のパンツの色も」
「変態!? おまわりさーん!」
 本当に変態だった。たまたま近くを通りかかった警官が駆けつけてくれて事なきを得た。
「いやー災難だったね。こいつは補導員を装って女学生にセクハラを繰り返していた正真正銘の変質者でね、最近このあたりによく出没するという話だったから、我々も警戒していたんだよ」
「はあ……そーなんですか」
「この時間帯はまだ明るいけど、このあたりは普段から人通りが少ないからね。犯人としても不良女学生を狙うには格好の……って、ちょっと待った。君、学校はどうしたんだ?」
「……………………ぎく」
「まさか君……」
「こ、これには深い事情がっ」
「自ら囮になって、あの変質者を捕まえようとしていたんだねっ!?」
「……は?」
「その制服は東校だろう? ちょうど三日前に東校の生徒があの変質者の被害にあったばかりだということを知っていれば、君がその敵討ちをしようと考えたことは容易に想像がつくさ」
「いえその、そもそもあの変態の存在すら初耳で」
「いやはや感心な学生だ! すぐに感謝状を贈る準備をしよう! ちょっと待っててくれたまえ……あーもしもし私だが、ちょっと感謝状の準備を……なに? 東校の女生徒の捜索届けが出ていてそれどころじゃない? 髪型はセミロングのストレートで、一年生の印である緑のタイ? ああ、その生徒ならまさに感謝状を贈ろうとしている女生徒だよ!」
「すいませんあの、この際もう誤解はそのままでいいので学校に連絡だけは」
 もちろんされた。警察から通報を受けた学校側はこのことを大々的に取り上げ、後日全校集会で表彰され、ついでに行なわれた生徒会役員選挙で満票を集めて当選した。
「新生徒会長、就任おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
「辞任しますっ!」
「おお! 就任直後にして生徒会長としての能力を自認なさっているとは!」
「なんて頼もしい!」
「お願いだから私の話を正確に聞いてーっ!」
 以降、番長、団長、総長、組長といった称号を総ナメにし、成瀬鈴は一年生にして東校の伝説と化す。その後の登校拒否すら「東校だけでは満足できず、単身で近隣の高校を制圧しにいっている」と噂されたほどである。

 とんでもない悪運である。
 悪運ではあるのだが、人によっては実に爽快なサクセスストーリーであるとも言える。
 ただ不幸なことに、他ならぬ成瀬鈴自身は、ごく平凡な学生生活に憧れているのだった。

    *     *     *

 成瀬鈴は立っている。初めて訪れた高校の正門前で仁王立ちしている。
「ここが……新都高校か……」
 空は暗く、風は速い。つい先ほどまでは澄み渡るような青空だったのだが、少女が校門前に現れた瞬間からこれだ。天性の番長体質といえよう。
 が、番長の名はすでに捨てた。所有していたことすら不本意だったわけだがそれはさておき、他の称号とともに前の学校に綺麗さっぱり置いてきた。
 殴りこみとは違う。人質の救出でも無論ない。
 転校してきたのだ。
 不名誉な称号、不釣合いな権力、不本意な伝説のすべてを捨て、新天地でゼロからのスタートをきることを許されたのだ。
 二度と同じ失敗はしない。鈴は心から誓う。
 仁王立ちは、気合をいれるためのポーズだ。怖気づかないための意気地。ちょこっとばかり本音に触れると、緊張して足がろくに動かせないという。
「……ごくり」
 これは獲物を目の前にしたときの舌なめずりではない。緊張で喉が鳴っただけだ。
「……ぶるぶる」
 これは血が騒ぎ出したときの武者震いではない。緊張で体が震えているだけだ。
 それにしてもこの少女、一挙一動が無駄に番長の品格を漂わせているのだから始末に困る。
「…………よし、大丈夫」
 呟いて、気持ちを落ち着かせる。
 今度こそは、と思う。
 今度こそ、普通の学生生活を過ごそう。平凡な毎日を送ろう。
 最初が肝心なのだ。最初さえ乗り切れば、あとはうまくいくものなのだ。
 少しの不安と期待感を胸に、少女は輝かしい明日への第一歩を踏み出していく。
 一歩目で立ち止まる。
「うう……この学校、スカート短いなあ……」
 自ら起こした(?)風に翻弄されるという、なんとも先行き不安な第一歩だった。

1

蚊鳥犬 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

次 >>

トップに戻る