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残り一秒の思考

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『残り一秒の思考』

著者 たに

 漫画に向いている短編かどうかは分かりませんが
 感想をもらえたら幸いです。
 雰囲気はシリアスなものとなっています。
 

 例えば……
昭和の人間にテレビやパソコンを教えるのは無理だろう。
彼らにはそれらに関する理解力が圧倒的に足りない。
彼らの想像力の範疇を超えているのだ。
だけど現代人が何でも受け入れるというのも間違っている
彼らにも信じられないものがある。
例えば……幽霊。
私だって幽霊なんて認めていなかった。
自身がこうなるまでは。

 私は幽霊の体に満足していない。
かなしいとかうれしいとか怒りとかを感じることも私にとって難しい。
私には刺激が足りない。人間関係が薄いのだ。
これは幽霊だから避けられないことなのに
人間だったときの経験のせいで私はそれを求めている。
周りの人間と私は大きな違いが一つあって
その違いのために私は全てを失っている。
それを思うと私は消えたいと思う。
文字通りこの世から霧が晴れるように消えるのだ。
そのやり方を私はなぜか知っていた。
たぶん「あ」を「あ」と知らないうちに読めていたような感覚だろう
正確には成仏のやり方ではなくて自分が消える方法といったほうが正しい。
消えるとはどのようなことかは自分でも分からない。
とにかく私はこうすると消えてしまうのだろうというのは
直感的に分かっていた。
私は消えたい。でも私は執着している。
消えよう。何度もそう決意して、でももしかしたら
自分の存在に気づいてくれる人がいるのではないかと
甘い期待を胸に抱いていた。
何回も裏切られては何回もまだ来ぬその人に胸焦がれる。
そしてそれは来てくれた。

 彼は私と共にいる。何気なく私に話しかけてくれる。
私に向かって優しい笑みを届けてくれる。
学校にいるときは彼は私の話し相手になってくれていた。
私は夢までに見たその人を少し警戒したけど
すぐに打ち解けられた。
一番私が驚いたことは彼が私の正体を知ったときも
私を受け入れてくれたことだった。
このとき私は久しぶりに涙をこぼしてしまった。
胸があつくなって幽霊になって初めて私はこの世界にいる
という感触を実感した。
それから私はいつまでも彼の傍にいたいという思いを
強めていった。彼も私といるととても楽しそうだった。
でも……私が消えるべき日はじわじわと近づいている。

 私は知っている。彼が皆から奇異の視線を向けられていることを。
無理も無い。他人から見れば独り言を言っているように聞こえるのだろう。
彼はそれには気づいていない。いや私の前で気づいていないような振りをしている。
鈍い私でもそれは分かる。友達を求めた私だが私は彼の友達を全て奪ってしまった。
彼はそのようなことを言わない。つらいはずなのに……何も言わない。
彼は私のために自身を犠牲にしようとしている。
私はその思いに感謝はしたい。
でも私は彼の全てを捧げられるほどの存在なのだろうか?
私はもう死んでいるのに……
本当ならここにはいないはずなのに……
だから消えよう。私はもうこの世にいてはいけないのだ。
幽霊になって、望みを手に入れた後に気づかされたこと。
それは幽霊は何も望んではいけないということだった。
徐々にぼんやりと頭の中がかすんでいく。
自分が泣いているのかも笑っているのかも分からない。
そういえば私以外の幽霊に出会うことはなかった。
もしかしたらこの世に幽霊はそんなにいないのではないのか?
消え行くときにふとそのように思った。

 幽霊とは生きている人間が作った死に対する恐怖の言い訳だろう。
完全に消える一秒前にできあがった私の答えだ。
幽霊が消え去った後には何も残らない。
何も……


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