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「葵 古都の走馬灯」

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 私の住む町にはちょっとした言い伝えがあります。それを聞いたのは私のおばあちゃんからだったでしょうか。鈴虫の鳴き声が鳴り響く庭で、風鈴という季節外れの音を聞きながらおばあちゃんはポツリポツリと話してくれました。

「古都。この町では何が有名だい?」

古都というのは私の名前です。正直あまり気に入らない名前だけどおばあちゃんが呼んでくれると不思議と悪くないと思っていました。おばあちゃんは長い間着ているお気に入りの着物の裾をぎゅっと握り締めて私に聞いてきます。

私は畳の上で寝転んでいたのでしょう。おばあちゃんの声は降り注ぐ天啓のように聞こえました。ゆるやかに上下を繰り返す私の胸を自分で見ながら私は上がり口調で答えます。

「梟かな?」

私の答えを評価してくれたのはおばあちゃんではありません。梟でした。開いた窓の向こうからホーホーと鳴いているのをまだ覚えています。おばあちゃんも私の答えに満足げに頷いていました。

「そうだよ。そして梟はこの町の神様なんだ」

神様?私はにわかには信じられません。神様が私の身の回りにいるなんてことあるわけがないと思っていたからです。でもおばあちゃんの顔には嘘をついているような白々しさがありません。

「梟はね。私たちが死んだら私たちを弔ってくれる。天国にいけるようにと私たちの体を運んでくれるんだよ。だからいつも私たちの身の回りに寄り添ってくれているんだ。死んだ人をすぐに天国に連れて行けるように。ね」

おばあちゃんはそこまでいうと咳き込み、自分の布団の中にもぐりこんでしまいました。私は上体を起こして、おばあちゃんの様子を伺いますがおばあちゃんは疲れきったのか眠っていました。

邪魔をしてはいけないので私は部屋から退散しようとして、おばあちゃんが風邪をひいてはいけないから窓を閉めようと窓際まで歩きます。庭には大きなポプラの木が生えています。私はそのときポプラの木に数羽の梟がとまっているのを見ました。

くりっとした大きな瞳が闇の中でぎらぎらとひかり、私を見つめています。そして梟は首をゆれるように上下に動かし、最後にはホーホーと合唱し始めました。私が窓を閉めると同時に梟も飛び立っていきます。ばさばさと羽音を立て、数枚の羽根がひらひらと空中に舞っていったことでしょう。

私はそのまま無言で寝る支度をすると布団に入りました。その日はとても寝苦しくて、何度も寝返りを打ちました。頭を振って耳にこびりついた梟の鳴き声を消そうと試みるも結局できませんでした。

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私の町は梟が有名です。それは私の町を住んでいない人からの評価ですがとにかく梟が有名です。朝も昼も夜も、梟は私たちと寄り添って生きています。この町から離れて住んだことのない私はそれが普通だと思い動物図鑑の梟の項目を見ては間違っていると指差して笑っている少女時代をすごしました。

でも実際は動物図鑑のほうが正しく、私たちの町がただ珍しいことだけだったのですね。町のいたるところの塀の上や、木の枝に梟がとまっていることは極めてまれだったのです。その数は道路標識の数を軽く越えていたでしょう。

だからこの町の特徴、そして誇れるところとして梟があげられ、それを神聖視することになったのだと思います。おばあちゃんの言っていることはそういうところが原因にあるのでしょう。梟をあがめるあまりにそれを神格化し、それに恥じない逸話をつけてそのような言い伝えができたのだと思います。

現におばあちゃんは梟を馬鹿にすると怒ります。まだ穏やかに笑いながら怒っていましたがその怒りは本物であることを私は理解していました。

なぜこの町にだけ梟が巣くっているのかは分かりません。だけど私たちを見守っているというおばあちゃんの主張に私はいつまでも納得できませんでした。窓の外に必ずいる梟はまるで私を監視しているようで気味が悪かったからです。

だからおばあちゃんが言ってくれた梟の言い伝えに私は信じることができませんでした。
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私が高校生になって一週間が経過したとき、おばあちゃんは帰ってこなくなりました。今でもそのときのことを覚えています。

いつものように学校から帰り、いつものように扉を開き、いつものようにただいまと挨拶をしました。おばあちゃんからの返事は届いてきていません。私は首を傾げました。おばあちゃんは耳が遠くないので私が叫べば必ず答えてくれます。

でも今日に限ってどうして無声のままでいるのでしょう。昼寝をしているのでしょうか?それともお買い物にでも出かけているのでしょうか?それなら玄関に鍵がかかっていないのは可笑しいです。

でも私はそれほど心配はせずにおばあちゃんの部屋へと進みます。私がいないとおばあちゃんはこの家で一人です。おばあちゃんに顔を見せて早く安心させなければいけません。そんな使命感を抱きながらおばあちゃんの部屋のふすまを開きました。

おばあちゃんの部屋は明るい光で包まれています。私はその光に一瞬目がくらんで持っていた鞄を落としそうになりました。ほんのりと温かいぬくもりを感じるこの部屋でおばあちゃんは横になっていました。

私の感情は激しくゆれ動いたと思います。安心したと同時に、なぜ畳の上で寝ているのだろうかと疑問を持ち、その疑問を自己解決しました。私はおばあちゃんを呼びかけ、肩を揺らします。

おばあちゃんは私のあつかいに抵抗することなく、揺さぶられ続けました。抵抗する意思がないかのように、その力がないかのように。私はそれが信じられなくて、それが私を驚かす演技だということにしてどんどん揺さぶりを激しくします。

おばあちゃん。もういいでしょう。そろそろ起きて私を驚かせて。ねぇ早く。私分かっちゃったんだから。どうしたのおばあちゃん。私が泣くまで起きてくれないの。泣くなんてそんなのできないよ。私もう高校生なんだから。

私がどれほどおばあちゃんをぞんざいにあつかってもおばあちゃんは安らかな寝顔を保ち続けていました。私は少しずつ現実を受け入れ、その度合いと反比例するかのように揺さぶりが小さくなっていきます。やがて私のゆさぶりが止まったとき、おばあちゃんの顔に小さく水滴が落ちました。

止めようと思っても止まるものではありません。私はそれでも力をためて涙をこらえようと頑張り、結局大きな声を上げて泣いてしまいました。そのときおばあちゃんが近くにいてくれたら私を指差して笑っていたことでしょう。

ひとしきり泣いて、泣きつかれて畳の上で寝ていた私は、起きると空の色が墨をこぼしたように黒くなっているのに気づきました。かなりの時間がたっていたようです。でもおばあちゃんの様子はそのままでした。

私は無表情のままおばあちゃんの体を見下ろすとどこに電話をかけていいのか迷いました。やはり病院でしょうか。しかしお医者様は死亡を治すことはできません。それなら警察ですか。しかし誰がおばあちゃんを殺したのでしょう。

平静を保っていると思っていた私ですがとんちんかんなことしか思いつきません。最後に私は窓を見ました。梟に知らせるべきでしょうか。私はある種の皮肉のような考えを思いつきそっと立ち上がるとふらつきながら窓の外を開きます。

相変わらずでした。窓の外に止まっている梟は私と見るやいなやホーホーと鳴き始め、翼を広げ自分の体を大きくしようとしています。私は彼らの様子を赤く泣きはらした瞳で見つめ、やっと救急車を呼ぶ決心がつきました。

私の家に在る年季を感じる黒電話を手に血が通っていないような白い指でダイヤルを回す。電話をかけるだけにこれほど神経を使ったことはないでしょう。私は何を言ったかを覚えていません。救急隊の人に誘導されるように住所と名前を述べた後私は吹っ切れたかのようにその場に崩れました。

私は部屋に戻りました。なんとなくおばあちゃんが救急隊に連れていかれるような気がして、だから一秒でもおばあちゃんのそばに行きたかったのです。

あの時は信じられませんでした。梟が数羽ほどおばあちゃんの周りにとまっていました。開けっ放しの窓から入り込んできたのでしょうか。真円の瞳が何個もわたしの顔を映しています。私は目の前のことを受け入れることに精一杯でした。部屋の入り口で立ったまま私は梟たちを見続けています。

おばあちゃんの言葉が蘇ってきました。梟たちは自分たちの翼を体にしまい、小さく縮こまっておばあちゃんを取り囲んでいました。そして申し訳ないようにホーホーと鳴いています。おばあちゃんを連れ去ろうとしている。例え天国でも私から切り離そうとしている。

このとき私は梟がただの神様でも、ただの鳥でも、思えなかった。あいつらは死神だ。人の死体に群がるハイエナだ。このときは心の底からそう思いました。
2, 1

  

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思い返してみれば私の家族といえばおばあちゃんだけでした。私はそれになんら疑問を持つことはなかったのです。おばあちゃんも私の両親のことは語ってくれなかったし、私も知るつもりは一切ありませんでした。

おばあちゃんの死は事務的に行われ私も事務的にそれをこなしていきました。葬式はつつましく、悪く言うと寂しく行われ葬儀に参加した人のほとんどは私の知らないおばあちゃんの知人たちでした。

彼らに対して何を言ったのかは覚えていません。多分どうでもいいことと無意識的に判断したのでしょう。結論から言えば私はおばあちゃんが死んだことを認める葬式などに期待はしていなかったのです。

さて、おばあちゃんの人生は終わりましたが私の人生はまだ続いています。そして一つ問題がありました。私はこれからどこに住めばいいのかということでした。簡単な解決策はこのまま同じ家に住み続けることです。

ですがたった一人減っただけなのにこの家がとても広く思えています。この家に住めない。私はもう家を維持していく自信がなくなりました。私はこの家を売り払う決心をしました。要らない家具を全て売り払うと家は余計に広く感じます。幸いにも高校に寮施設があったので、私はそれを利用することを考えました。

家から出て行くときの私を姿見で見たことはあります。その姿見はおばあちゃんが愛用していたものでどうしてもそれだけは捨てられませんでした。いつかこの家を買い取る人がいたら使ってくれるだろう。それがこの姿見のためになるに違いない。

話がずれました。姿見を見たときの私の姿についてです。肌の色は血が通っていないかと思うほどに白く、そのためか私の髪は驚くほどに黒々としていました。体はやせこけていてぴったりだったはずの制服がサイズが合っていません。体には力が入っていないようで少しだけ押されると倒れて立ち上がれないような気がしていました。それなのに目だけは異様な光を封じていて、ぎらついています。

私はもう自分自身を見るのが耐え切れなくなり、そのまま飛び出していった。飛び出していった私は鞄しか持っていないことに気づきましたがもどる気にもなれませんでした。

寮の部屋には何もありません。備え付けの机とベットがあるだけです。空っぽな部屋を見ているとそれは私にお似合いのようで自然と笑みがこぼれています。だけど涙は止まりません。そっと座るベットの硬さに思わずため息が出てしまいます。

部屋を変えても、環境を変えても梟の鳴き声は聞こえてきます。梟の姿を窓から捉えることができます。

このときから私は梟が大嫌いになりました。梟の言い伝えなど信じなくなりました。

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でも言い伝えは本当だったのです。現に私はこうして梟に連れ去られようとしています。大の字で倒れている私の上に数多もの梟が覆いかぶさっています。腕や、脚や、胸や顔に梟が……。私をついばんでいます。

夜の中で木々のざわめきが耳に入っていく。それでも梟の羽ばたきのほうが断然大きく聞こえます。月の光が梟の体を照らしていました。そして月光は梟の翼に通され私の体を優しく包みます。それはまるでおばあちゃんが死んだときの部屋に溜まっていた光とそっくりでした。

梟たちは私の服をはぎ、皮膚に嘴を突き刺し、私の肉をちぎりとっていく。何かの契約のように梟は私の肉を少しずつ取り去っていきます。それは訓練されているように的確な動きで、統率が取れていました。おぼろげな瞳でその様子を観察しながら私はその動きになぜか感心しています。私はおばあちゃんの言っていることを少しづつ実感していきました。

梟は私の体を天へと連れて行く。痛みはそれほどありません。でも体はかなり興奮していて、血がたぎっているのが分かります。指先まで熱が溜まっていて、心臓の鼓動で胸が張り裂けそうです。痛みを感じないのはなぜでしょう。私の体が私のものではない気がしてなりません。

おばあちゃんも私がいなかったらこうされていたのかな。私は自分の灯火が消えようとしているのにおばあちゃんのことを考えていました。呆れるほどに私はおばあちゃん子だったのです。

そしてふっと私の意識はぷつんと途絶えました。

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■人物

○葵 古都 あおい こと ♀

 高校一年生。まだ大人になりきれていないどこか子供臭い人間で夢見ることがある。
 他人に頼ることが多いが、本人もそれではだめだと考えていた。
 そのためなのか他人と距離を置いて接することが多い。
 いつまでも自分を認めきれなくて、公私を使い分けるのに長けている。
 両親とは押さないときに死別して、祖母と小さいときから二人暮しをしていた。
 祖母には甘えきっていてそれは高校生になってもなかなか巣立つことはない。
 祖母は唯一素の自分を見せていた人物であった。
 これから活躍するかは正直微妙。つーか生死も微妙。
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