トップに戻る

<< 前 次 >>

7手目:天元

単ページ   最大化   

「俺はここに打つ!」

まだ持ち方も覚えていないこの俺が、精一杯のかっこいい打ち方をしてみた。
盤の中央の黒い点がある場所に力強く打ち込む。木を固いもので叩いた、乾いた音が響いた。
俺は自信満々に葵を見てみると、少し興奮したような強張ったような顔をしていた。

「そこはね、"天元"と言ってねあんまり打たないところなの」
「天元……俺と同じ名前だ!」
「うん……前から思ってたんだ。囲碁と関係がある名前なのかなって。珍しい苗字じゃない?」
「そうだったのか、だから葵は俺を何回も誘ってたんだな」
「そ、そんなつもりじゃなかったけど。別に一緒にやりたかったってわけじゃないんだからね」
「ま、まぁ置いといて。打たれないってことは、弱い一手なのか?」
「いや……19路盤ではシチョウに有利になるだけで、全然地に絡んでこない一手なの」
「9路盤は狭いから中央を押さえたら勝てるんじゃないのか?」
「序盤はね、布石と言って盤面全体に大まかに打っていくことなのよ」
「うんうん、そいで?」
「隅の方がね地を作りやすいの。ほら、石を取る時に少なく済むでしょ?そんな感じ」
「ああ、4つから3つ2つだったな」
「だからね、三々、小目、星と打つ人が多いの」
「三々は、3番目と3番目の重なった点だろ?星ってのは、この黒い印のやつだろ?」
「そうそう、小目はね3番目と4番目の線の交点、4番目と3番目の線の交点の所よ」
「なるほど、星の横2つなんだな。これは端っこが固められてる感じだな」
「でしょ?じゃあ私は、右上の隅に打つわ」

葵が打った音は、俺のとは違って澄んだ高い音が鳴った。
持ち方もなんかよく分かんないし……。やっぱりキャリアなのか?

「あなたみたいに初手に天元を打つ人を見るのは初めてよ。もっと私を楽しませて!」
「なーんか定石とか布石とかあるみたいだが、そんなのは関係ねえな!」

俺は出来るだけ葵のまねをして、鋭く打ち込んだ。
吸い込まれるような感覚に陥り、自分に酔っているみたいだ。

「……ホントに初めてなの?3手目をここに打つわけがない」
「隅を打てって言ったじゃん。だから、右の隅を打ったんだよ」
「右下じゃなくて天元から右に1間トビ。右上に打った私の石を牽制しながら、自分の地を広げたのね」
「何言ってんのかわかんねえけど、早く打ってな」
「優斗、あなたの才能にはビックリ。でもね、感だけでもう打てないわよ」
「おい、あんまり教えてくれてないだろ!そんなんじゃ無理だって」

そこからはただ石を打つ音だけしか聞こえなかった。

「取れるのか……?これ」
「ふふっ、死活の問題は難しいから……ってなんで私こんなにムキになってるの?相手はさっき始めたばかりの初心者。なのになんでこんなにも……」
「へへ、ここだと全部取れるだろ!」
「え?なんでそんなこと」
「さっき葵に同じことやられたからな。もう覚えたぜ」
「でも、残念。それはさっきの優斗の返しが悪かっただけ。私なら死なない!」
「え、そんな……そこに打っただけで取れないのか。……」
「大した洞察力と記憶力ね、じゃあ私からすべて盗みなさい」


「……俺の12目負けか」
「実際にはコミが入るからもっとね」

はぁ、まだまだ強くならないとな。でも、自信が付いてきた!
これなら1週間であの部長をぶっ倒せる!

「ね、もしよかったらさ、明日ネットカフェ行かない?」
「ん?いいけど?」
「私がネットで碁を打つから横で見てなさいよ。慣れたら打っていいから」
「ネットでそんなのがあるのか?行く!」

葵は嬉しそうな顔で微笑んでいた。囲碁を好きになったから喜んでるのかな?
帰ったらパソコンで囲碁の詳しいルールでも調べるかな。

そうして、俺は葵の家を後にした。とはいっても1分で俺の家だがな。
22

桃あいす 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る