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9手目:実力

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「な……」

初めたばかりの俺だが、一目見ただけでどちらが優勢かはわかった。
昨日葵と1回戦った時気付いたんだが、死んでいる石っていうのがなんとなくわかってきた。
葵はまだ基本しか教えてないけどって言っていたけど、実践が一番練習になるんだ。
バスケをしていた時も、何度先輩から教えてもらうより実際にやってみたらすんなり出来たとか。
――俺もバスケの頃の話を思い出すなんて……変わってきたのかな。
っと、それより今は囲碁だ。
この盤面を見る限り黒である若村が優勢なのはわかりきっている。
囲碁はオセロと違って4隅とっても勝てないということが昨日分かった。
じゃあなんで隅に打つのかというと、地になりやすいかららしい。
これはもうわかりきっている。けど、これはおかしい。
序盤にあったであろう白の陣地が、全くと言っていいほど無くなっている。
相手は……俺は咄嗟に黒板の対戦表を見、絶望する。
副部長だと!?こんなにも差があるのか!?
と、白石がある一点に置かれる。力強い一手に俺は深々と盤上に目をやった。
これは……まだ決まっていない黒地を荒らすのと同時に、薄手になった白の補強をしている。
なるほど、さすが副部長か……。だが、こいつの打ち返しが気になるな。
あれ?なんで俺こんなにわかるんだ?おかしくないか?――なぜわかる!?
勉強の成果なのかな。俺昨日頑張ったし。
そいえばなんか碁盤の横に時計みたいなのあるし、打った度にパチパチ押してるな。
あ、葵の勝負見るの忘れてた。そろそろ行かないと怒るかな。
俺が葵の方に行こうと背を向けたときだった。
まるで俺に見て行けと言わんばかりの鋭い音。静寂状態の教室にこだました。
気になったからちょっとだけ見ようと思い振り返る。
俺は大体あそこに打つだろうなと検討していたから、答え合わせのつもりだった。
だが、俺の思っていた所とは大きく離れた無関係な場所に打っていた。
ここの黒石は捨てたのか!?それじゃ損が大きいと思うんだが。
すると副部長は水を得た鯉のように、すかさず致命点に打ち込む。
しかし若村の方から全然焦った感じは窺えない。
いつも通りの口元に笑みを浮かべた表情をたたえている。
そこに乾いた風が窓から舞い降り、一同の髪を揺らしていく。
その瞬間、短めの髪の隙間から見える若村の目の色が少し変わった気がした。
次の一呼吸をするまでの高速なスピードで石を放つ。
――あ、そういうことか!囲んでいたはずだった白石がいつの間にか囲まれている!
全く気付かなかった……そうか、若村は一つの場所じゃなくて、盤面全部を見ろってことなのか。
そこに集中しすぎると、周りを見失うってことか。くくく、おもしれぇ。
でもな、若村。
俺は葵の勝負見てくるわ。機嫌悪くなったら、ネットカフェ行ってくれないだろうし。

んーどうなんだろ。どっちが勝ってんだろ、わかんねぇや。
さっきまでのはどしたんだよ、俺。
ただ一つ言えること。葵の表情が柔らかい!
いつもの2つに結ばれた純黒の艶のある髪の毛は、風を受けて楽しそうに遊んでいるし。
うん、心配することはないな。こいつにゃポーカーフェイスなんて言葉ないからな。

「参りました」
「ありがとうございました」

どうやら終わったみたいだな。勝者に一声かけてやるか、一応褒めとかないとな。

「すごいじゃん、おめで――」

俺の言葉はそこで完全にシャットダウンされた。
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