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第十掘「暗君胎動」

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村井。 久坂。 松野。 そして、江川と尾藤。
最初は、敵同士だった。
入学当初は、四つの派閥に分かれて、菊門高校一年の覇権を懸けて争った。
知略と狂気で圧政を敷く、最大派閥の村井派。
少数だが、体育会系上がりが多く、実力派揃いの久坂派。
中学から不良界を束ね、入学時から圧倒的な知名度と支配力を持っていた松野派。
派閥には属さず、別格扱いされていた狂犬、江川と尾藤。

まず、動いたのは村井だった。
タイマンで久坂と松野に対抗し得ない村井は、江川と尾藤を、人数をタテにした質量攻撃で潰し、自分の支配下に置いた。
だが、自分の拳のみを矜持とする久坂にとって、村井は最初から眼中になかった。
久坂は、早々と松野に対峙し、一年最強の座を巡ってタイマンを申し込んだ。
校舎からほど近い廃工場。
ギャラリーの見守る中で、久坂と松野のタイマンは始まった。
それは菊門史上に残る凄まじい喧嘩だった。
二人の実力は拮抗しており、どちらも戦いによって尋常でないダメージを負った。
だが、最後に立っていたのは松野だった。
顔は血塗れに、拳の肉が剥き出しに、膝が完全に笑った状態になりながらも、松野はタイマンに勝利した。
その瞬間を狙って、江川と尾藤を擁した村井派がなだれ込んだ。
死闘を終えたばかりの久坂と松野にそれに抗する手段は無く、圧倒的な数の前に二人はボロ雑巾のように敗れ去った。
そうして、菊門の一年は村井派によって掌握されたかに見えた。
だがその二週間後。
病院から退院した久坂と松野は、手を組んで村井派の前に現れた。
数量的には村井派に劣るとはいえ、久坂派と松野派は体育会上がりや中学で名を売ってた猛者が多い。
提携すれば、質では村井派を遥かに上回る。
結果として村井派は、久坂派・松野派の連合軍によって潰される事となった。
敗走の将となった村井に待っていた仕打ちは過酷だった。
村井は、跪いて松野への口淫を強要され、精液を嚥下させられた。
そして松野は学年のトップに立った。

松野の黒ずんだ肉棒の感触を。
舌でこそぎ落とさせられた恥垢の異臭を。
嚥下させられた精液の苦い味を。
あの屈辱を、村井は決して忘れない。
あの時に、村井は学んだのだ。
相手を追い込む時は徹底的に追い込まなければならない。
久坂と松野のタイマン後、漁夫の利を狙って襲撃した時、村井は一度勝利を手にした筈なのだ。
だが、それに慢心し、二人を病院送り程度で済ませてしまった時。
思い返せば、その時に自分はすでに負けていたのだ。
あの時、自分は相手の今後の人生を考慮してしまった。
あるいは、刑事事件となった時の可能性を考え、自分の保身の為に追い込みを躊躇してしまった。
それこそが致命的な誤謬だったのだ。
所詮、この世は弱肉強食の世界だ。
強者を生かしておけば、いずれ自分をまた喰いにやってくる。
分かっていた事だ。
自分は弱者なのだ。 自分は弱者なのだ。
そう、村井は弱者なのだ。
たとえば、サバンナの草原で、草食動物である自分がチーターに襲われたとする。
その時、幸運な事にチーターが草原にたまたま空いていた穴に足をひっかけ、気絶してしまったとする。
自分はその時、僥倖に感謝してその場を去るのみか?
いや、違う。
自分はそのチーターの脚の一本でも食い千切って、不具にしてやるべきなのだ。
そうしなければ、自分はこの先ずっと目が覚めたチーターの脅威に怯えながら過ごす事になる。
そうだ、あの勝利を手にした瞬間に。
二人の膝の皿を割ってやるなり、その場で二人にホモ・セックスをさせて動画に収め、二度と睨みを利かなくさせてやるなり、やり方はいくらでもあった筈なのだ。
もっとも、最大の誤算は、松野が真性の同性愛者であるという点であったが。
少なくとも、その出来事が村井の歪んだ行動哲学を育んだ事は間違いない。

誰にも知られてはならない。 絶対に誰にも知られてはならない。
あの恥辱を。 あの耐え難い屈辱を。
常に人の上に立ち続けてきた村井にとって、跪いて同性の股間に顔を埋める事がどれだけ屈辱的な事であるか。

この屈辱は必ず晴らす。 
必ず―――――必ずだ。
奴のペニスを切り落として、奴に喰わせてやらねばならない。
奴の手足に、寸単位でナイフの刃を通してやらねばならない。
奴の全身に、一生消えない屈辱的な刺青を入れてやらねばならない。
ありとあらゆるこの世の地獄を見せてやる。
想像し得る、最大限の絶望を味わわせてやる。
だが、今はまだその時期ではない。
松野の力は強大だ。真っ向勝負では分が悪い。
再び、松野がその背面を自分に晒す機会を待たなければならない。
二年前、久坂とのタイマンの後、疲弊しきった姿を自分に晒したように。

だが、その機会はいずれ訪れる。
いや、近い内に必ず訪れる。
堀ススム。
奴が必ず、松野を疲弊させる。
久坂は、松野には劣るものの、それに比肩する力を持っている。
その久坂を相手取り、堀ススムは互角の戦いをしてみせたのだ。
だが、惜しむらく、彼が松野に辿り着く事はなかっただろう。
所詮、堀ススムは一人なのだ。
幸運に恵まれて久坂を倒したところで、その疲弊しきった身体で松野を上回るとは考え難い。
だが、その堀ススムが鳴亜高校と結託したとなれば話は違ってくる。
菊門には及ばぬまでも、鳴亜もこの界隈では結構な勢力を誇っている高校だ。
トップを張っていた阿久根兄弟は、江川・尾藤コンビニも匹敵する力を持っている。
もっとも、その片割れは村井によって社会復帰の困難な状態に追い込まれている。
残った兄、阿久根哲夫。
少なくとも奴には、久坂を倒すぐらいの仕事はやってもらわなければならない。
堀ススムが松野の元に辿り着くお膳立て程度の事はしてもらわなければ。






















私立鳴亜(なるあ)男子高等学校。
総生徒数、約1200名。
DQNの勢力的には、この区域において菊門高校と派閥を二分する。
現在のトップは三年の阿久根哲夫。
派閥の人数は約70名と言ったところか。
もっとも、菊門高校を松野達が仕切るようになってからは、パワーバランスの天秤は菊門の方に傾いている。
理由は明白である。 単純な人材不足だ。
DQNの数が少ない訳ではなく、統率力のある存在が鳴亜高校には不足している。
狂犬や一匹狼には派閥はまとめられない。
現状、鳴亜高校のDQNは阿久根によって統率されてはいるものの、右腕左腕となる強力な二番手に欠け、実質的なワンマンチームとなっている。
ワンマンチームとはつまり、阿久根が倒れれば、鳴亜は簡単に瓦解するという事だ。

「早い話が、ウチの基本戦略は質量攻撃しかねーんだよ」
駅前のハンバーガーショップで。
阿久根哲夫は、チーズバーガーを頬張りながら言った。
「ウチには、松野・久坂にタイマンで勝てる奴はいねぇ。 俺自身、中学の頃は久坂と同中で、空手の道場も同じとこに通ってたが、あいつに勝った事はねーんだ。 とはいえ、奴らだって人間だ。 一人で居る所を三十人で叩けば手も足も出ねぇ。 そいつはあの村井が証明して見せた事だ」
「――――――――」
ススムはバニラシェイクをすすりながら、阿久根の言葉に耳を傾け続けた。
「だが、ご存じの通り、質量攻撃勝負ならウチに勝ち目はねぇ。 奴らには頭が五つあった。 一つ頭を潰して疲弊したとこに、もう一つ頭に出て来られたら終いだ。 一人ずつ潰すには遊撃戦が一番有効だが、生憎ウチには奴らとタメを張れるのは俺しかいない」
「要するに、俺に遊撃戦要員になれって事か?」
ススムが口を開いた。
阿久根はニヤリと笑った。
「平たく言えば、そういう事だ。 残る首は三つ。 俺とお前という二枚のカードがあれば、充分勝機は見える」
「なるほど。 で、誰からやるんだい」
「次の標的はもう決まってる。 いや、作戦的に決めざるを得ない」
阿久根は立ち上がって言った。
「―――――村井だ。 あいつはどんな手を使っても潰さなけりゃならない。 私怨だけじゃない、奴は松野一派の参報だ。 奴を崩せば、後は力押しで何とかなる」
「御託は結構だ。 で、どうやって村井を潰すつもりだ? 村井の危機察知能力はずば抜けてる。 臨戦態勢の今、そうそう背中は見せないと思うがな」
「問題無い。 俺に策がある」
阿久根は、バーガーを食べ終わると、包み紙をクシャリと潰した。

「目には目を、歯には歯を……ってな…」









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