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終撃 〜決着・野良猫・桜色〜

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 ……弾頭が炸裂した瞬間、「ああ、これで死ぬんだ」と彼女は思った。爆発の衝撃が襲い掛かるその瞬間まで。彼女は目を瞑り、自身を破壊するであろう衝撃に備えた。――が、衝撃波は彼女の髪を掻き回しただけに留まる。
「……え?」
いくら近接信管タイプの砲弾だったとしても、不適切な距離での爆発。それが示すのは、ただ1つの事実――誰かが砲弾を撃墜したという事だ。
『何とか間に合ったか。それにしてもまあ、そんな状態で浮いていられるものだな』
ノイズ混じりに聞こえてくる無線。そして、レーダーには味方の識別信号が1つ、指し示されている事に気づく。さっきまでは確認できなかったのに、と彼女は首を傾げた。もしかして、頭部のアンテナも破損しているのだろうか。
『こちら桜花、ここは私に任せて撤退しろ。マスターの現在位置は特定しているな?』
「え、ええ」
『なら問題は無いな。早く行け』
冷淡で、しかし温かみの感じる相手の声。その声に追い立てられるようにして、彼女は戦域を離脱した。ありがとう、と呟いて。

 「――無事離脱したか」
レーダー範囲から外へと彼女の識別信号が消えた事を確認し、桜花は軽くため息をついた。ノーマルキャラクターにしては善戦したのだろうが、やはり敵の数に押されたか。生きていただけでも運が良かった、と彼女は思う。さて……。
「いい加減仕掛けてきたらどうだ、野良猫(ストレイド)」
一部始終を悠々と眺めていた敵機に向き直ると、彼女は右手の銃を『それ』に向けた。
「敵性NPCだけかと思っていたが、プレイヤーまで関与しているとは驚きだ。しかも、それが『お前』とは」
『悪い意味で運命とやらが作用しているようだ、と』
無線越しに、敵機が返答を返した。一切の感情も感じない、本当に無機質な声。その声に僅かな恐れを抱きつつも、彼女は冷静に問いかけた。
「これは何の真似だ?」
『依頼。貴方の言う、敵性NPCからの』
そう言って、相手はブツブツと呟き始める。
『正直、貴方とは会いたくなかった。師(あなた)を手に掛けるような真似はしたくなかったから。……でも、遭ってしまった以上は仕方が無い』
「ここで降伏すれば避けられる事だ」
『それは無理。依頼の遂行は絶対』
そう答えた直後、一方的に通信を遮断された。同時に、レーダーが高速で飛来してくる物体を複数映し出す。
「交渉決裂か。……仕方ない、撃墜する!」
 彼女は、まっすぐ飛んできたミサイルに向けレーザーを放った。青色の光条を受け、ミサイルが次々と爆発していく。爆煙で前方の視界が遮られたが、敵の位置はレーダーに表示されているので見失う事は無い。左方へと平行に飛び、こちらへ接近しようとしている機影に向けてレールガンを放つ。
「そう当たるものでもないが、な」
音速以上で迫る弾を辛うじて回避する敵機を前に、彼女は苦笑する。そして、撃ち返されるライフル弾を楽々と回避しつつ、詰められた分の距離を取り戻した。一定の距離を保ちながらの射撃戦、それを主眼に設計されたアセンブル。重量面での問題から、近接戦闘用の兵器は一切搭載していない。ゆえに、不用意に敵を接近させるわけにはいかないのだ。
「多少は戦いのやり方を覚えたようだが、まだ甘い」
 そう呟きながら、肩部に装備したポッドから高機動ミサイルを射出。白煙を吐き出し、ミサイルが回避機動を取った敵機を執拗に追う。そして、必死に逃げる敵機の進行方向へ、彼女は容赦なくレーザーを連射した。
『――ッ!』
眼前を通過する光条に、敵の足が一瞬止まった。たかが一瞬、――されど一瞬。直後、ミサイルがその背中を掠め、爆発する。背面のメインブースターを破壊され、落下。敵機は成す術もなく海中へと没した。
「ストレイド撃破を確認。……馬鹿野郎が」
かなりの高さから落下したのだ、生存している確率は低い。生きていたとしても、戦闘はできない。彼女は着水地点から視線を離すと、主人のいる方向へと向かう事にした。

 同じ頃、スミレは敵の司令機と交戦していた。群れ、と表すのが適当だろう――大小様々なミサイルを巧みに回避しながら、高速で飛び回る敵機に向け撃ち続けている。
『無駄ですよ。私の機動性とミサイルカーニバルの前には、勝つ事など不可能です』
背面ユニットに格納されたマイクロミサイルを一斉に放ちながら、敵機――バンガードが笑った。それらを撃ち落とし、複雑な機動で翻弄しながら彼女は言い返す。
「根拠が無い以上、勝率はゼロではありません」
『最後に勝つのは私です――』
その言葉と共に、翼下の大型ミサイルが4発とも発射される。彼女は、そのミサイルへ突っ込むような形でひょいとかわした。が、その後方でミサイルの胴体部が割れ、中から3本の小型ミサイルが姿を現す。ミサイルは即時反転すると、一斉に彼女を追尾し始めた。
『驚きましたか?これが私の作品、デュアルミサイルです』
「何とも厄介な代物を……」
そう言い返しながらも、彼女は平然とした表情のまま、突然停止した。瞬間的にソニックブレードを引き抜いた状態で。
「ですが、所詮はミサイル」
彼女目掛けて飛来してくるミサイルに向かって、その刃を振るう。青い刃は真っ向からミサイルにぶつかると、その胴体を縦に切り裂いた。一瞬遅れて爆発が起こる。
「撃ち落としてしまえば同じです」
『フフフ、当然これだけではありませんよ』
全く動じないどころか、一層弾むような声でバンガードは笑い出した。
『何しろ、都合の良い実験場です。まだ試すミサイルは山ほどあるのですから、性急に結論を出す必要はありません。何度も追い掛け回され、何度も爆発を受け、そして死ぬ間際に結論を出して頂かなくては困ります』
 狂気以外の何者でもないオーラをまとわせながら、彼女が再び巡航形態へと変形した。そして、胴体下部のウェポンベイが展開し、ずんぐりとした形のミサイルが吐き出される。
「弾頭部に大量の超小型爆薬を多数搭載……。近距離での撃破は危険ですね」
その外見とは裏腹に、物凄い速度でこちらへ接近してくるミサイル――クラスター弾頭弾を解析し終え、彼女はライフルを展開した。安全圏での撃破タイミング、発射角度を一瞬で算出し、右手を銃身に添えてライフルを構える。……不思議な事に、バンガードからの攻撃は一切無い。
「3……、2……、1……、発射」
カウントと同時に放たれたライフル弾が、ミサイル弾頭部への直撃コースを辿っていく。ミサイルが回避機動を取ることもなく、予定通り弾が命中する――筈だった。
『まだです……まだ落ちませんよ、そのミサイルは』
その言葉と同時に、弾頭が炸裂した。ただし、着弾の直前に。
「自爆!?」
飛び散った子爆弾とライフル弾が接触し、爆発を起こす。が、ミサイルの胴体部は損傷を受けることなく、彼女に向けて飛来する。そして――今度は胴体部が炸裂し、弾頭に詰め込まれた以上の子爆弾を周囲に撒き散らした。その1つが彼女のライフルに接触し、
「な――っ!」
爆発した。たちまち他の子爆弾が誘爆、彼女を含めた一帯が、一気に炎で包み込まれる。その様子を目の前で眺めながら、バンガードは恍惚の表情を浮かべた。
『爆発は芸術、そう――これこそが芸術!』

 爆発の炎が消え、黒煙が晴れていく。その中に、スミレの姿は――無い。
『おや……』
バンガードは、落胆の表情を浮かべた。お楽しみはこれからだというのに、もうギブアップしてしまいましたか。そう呟きながら、着弾点に背を向けた。
『まあ、いいでしょう。まだ実験台はいくらでもいます、彼女に執着する必要は――』
そう言い掛けたところで、突然レーダーが警告を発した。それが指し示す座標は、
『真上!?』
慌てて後ずさった彼女の目の前を、白い影が横切った。正確には捉えられなかったが、それはまさしく先ほど倒した筈の相手だった。巡航形態へと変形しつつ、彼女は驚愕した表情で叫ぶ。
『馬鹿な!高性能爆薬を詰め込んだ子爆弾の直撃を耐え切った……?』
「――おかげでシールド出力が20%にまで減衰しました」
ほぼ全くの無傷で、スミレが目の前に立ち塞がる。その右手にはソニックブレードが握られ、青い刃が光っていた。
「ですが、これでチェック・メイトです」
『まだまだ……!』
 ありとあらゆるミサイルをばら撒きながら、バンガードは彼女に向かって全速力で突っ込んだ。マッハライダーの機動力でなんとか、いや絶対に振り切る。まだ私のミサイル開発は始まったばかりなのですから。そう心の中で絶叫しつつ、彼女はバーニアを全開にした。そして、スミレの斬撃を見事に掻い潜って。
『まだまだで――』
「いいえ、これで終わりです」
すれ違いざまにスミレが呟いた。その数秒後、バンガードの背部ユニットがぱっくりと割れた。左のエアインテーク辺りからエンジンとウェポンベイを切り裂き、噴射口を縦に割る形で分離し、直後に火を噴く。
『私の、はつめ――』
最後まで言葉が紡がれる事はなく――彼女の意識は光に包まれた。超特大の火球を形成してバンガードの反応が消失する。それはすなわち――彼女が完全に『死んだ』という事を意味している。
「戦闘終了、お疲れ様でした」
誰に言うわけでもなく、スミレは呟いた。

 「敵の攻撃が、止まった……?」
101体目の敵機をシュヴェアファウストで粉砕したところで、セインは相手方の異変に気がついた。突然動きが止まったかと思うと、次々と落下し始めたのだ。そして、砂を含んだ地面に落ちると同時に、その体がガラスのように砕け散り消滅する。あっという間に、この一帯を浮遊していた敵機全てが墜落し――消え去ってしまった。
「なんやねん、一体?」
彼女がいかにも不思議といった表情で首を傾げる。
 その時、キキョウが茂みを掻き分けながら出てきた。簡易アーマー姿の彼女の腹部と両足には包帯が巻かれ、右足を引き摺るようにして歩いている。
「多分、司令機が落ちたのよ」
「ヘタレ……!?なんや、そのケガは」
「別に問題ないわよ!……少し痛むけど」
彼女が慌てて駆け寄ると、キキョウはいつもの強気な顔で言い返す。相変わらずムキなやっちゃなぁ、と思いつつも、彼女は通常アーマーを解除した。
 身軽な格好になったところで、自身の体を一通りチェックする。装甲に守られていたとはいえ、敵の攻撃があまりにも熾烈だったためか、至る所に擦り傷ができていた。シュヴェアファウストの連発で、右腕の関節も悲鳴を上げている。とはいえ、キキョウに比べれば十分マシなレベルだ。
「いいわね、重装甲で」
彼女の状態を見て、キキョウが率直な感想を述べる。それに対して、彼女はわざとらしい口調で言い返した。
「えーやろ、羨ましいやろ。アンタも砲戦にシフトせえへんか?」
「お断りだわ。遅いし格闘戦に不向きだしダサいし」
「ダサッ――!!もう一度言うてみぃ!」
顔を真っ赤にして怒った彼女を、キキョウが更にからかい始める。相変わらずの光景が、そこにあった。
 と、突然割って入るようにしてスミレが降りてきた。その体には殆ど傷が見られない。
「あ、スミレ。見たところ無事のようね」
「被弾ダメージの殆どは光学シールドが肩代わりしました。おかげで、大した損傷はありません」
キキョウの言葉に淡々と答えると、彼女も通常アーマーを解除した。
「アンタが司令機を落としたんか。さすが、ヘタレとは格違いや」
そう言って、ちゃっかりキキョウの事をけなすセイン。対するキキョウも、必死に反論し始める。
「な……そんな事ないわよ!私だって鬼神のごとき活躍を――」
「何言っとんねん。途中で戦線離脱しよったくせに、一丁前なフリせんといてーな」
「あなたが援護しなかったから、私のキャパシティをオーバーしたんじゃないの!!」
再び激しいなじり合いを始めた2人を前にして、スミレは大きなため息をついた。と同時に、全員が無事だった事に安心していた。

 ガサガサッと茂みを掻き分けながら、彼女達のマスターが姿を現した。
「スミレ、やっと戻ってきたか。2人ともよくやったな」
「セイン、お疲れさん」
スミレとキキョウのマスター、そして姫澄が彼女達に労いの言葉を掛ける。姫澄姉と大河も、彼女達の元気そうな姿に安心したのか、思わず頬が緩む。その後ろで、ユーティとチグリスに囲まれた少女が項垂れていた。
「これで一先ずは片付いたな」
「そういう事になるな」
姫澄姉の言葉に、彼が頷く。司令機を落としたのだ、あと1時間もすればこの空間は解除されるだろう。
「……さて、残るは彼女の扱いについてだが」
そう言って、彼女は俯いたまま微かに震える少女へと視線を向けた。
「この件は私に任せて貰えないか。知人に開発の人間がいるから、そちらの方で色々と調べてもらった方がいいだろう。――心配するな、連中も手荒な真似はしないさ」
「そうだと思いたいぜ……」
姫澄が感慨深げに呟くが、彼女はそれを無視するかのようにして話を進める。
「この空間が解除され次第、私は彼女を連れて会社へと向かう。お前達は、予定通り行動するといい。元々、私がいない事前提で立てた計画だ。支障は特に無いだろう?」
「あ、はい。瑛香さんも気をつけて下さい」
「分かっている」
大河の言葉に対し、姫澄姉が頷きを返した。
 その時、海上からこちらへと白色……、いや桜色に染まった機体が飛来してきた。それが目の前で静止すると、彼女はその少女を手で示して紹介した。
「私の愛姫、桜花だ」
「桜花だ、宜しく。――なるほど、無事に辿り着いたか」
当人でなければ理解できない台詞を言う彼女に対し、スミレとセインは首を傾げた。ただひとり、キキョウだけは恥ずかしそうに小さく俯く。
「とりあえず、宜しく頼むよ。いずれ協力してもらう事にもなるだろうしな」
「こちらこそ、宜しく頼む」
そう言って、彼と彼女は互いに手を取り合い――握手した。

 「――ふう。海上で墜落するなんて」
遠く離れた岸辺で、全身水浸しになった少女がブツブツと呟く。彼女が着ているのは学校の制服――それも、彼の学校のだ。
「まさかあの人まで関わってるとは思わなかったのさ」
『でも、そう大っぴらには動けない』
突然、彼女の声が無機質なものに切り替わった。まるで、人が変わったかのように。
「だけど厄介じゃない?知り合いが『アノテノダンタイ』なんてさ」
そう言って、彼女はブルッと身震いした。
『誰が何であろうと変わらない。邪魔をするなら排除するだけ』
「それはそうだけど、やっぱり気が引けちゃうのさ」
『選んだのは貴女。私はそれに従うだけ』
カノジョのその言葉に、彼女は肯定の言葉を返す。
「私とアナタで成り立つ存在。そう、それが『ストレイド』なのさ」
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まりおねっと 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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