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依頼 〜殲滅・協働・繁華街〜

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 奇妙な内容のメールが届いたのは、事件から1週間と数日が過ぎた頃だった。送信元はMGBAクラン連合――簡単に言えば、各クランを纏めている管理機構。無所属な上に、セミオフラインプレイばかりの俺には関係ない筈の団体から、何故か連絡が来ている。気になった俺は、このメールを読む事にした。
「どれどれ……『突然のメール、申し訳ありません。――』」

『突然のメール、申し訳ありません。MGBAクラン連合所属、依頼仲介エージェントです。今回連絡させて頂いたのは、貴方に引き受けてほしい依頼について、概要を説明させて頂くためです。
 現在の状況を、貴方は多少なりとも把握しておられる事でしょう。運営側が問題の対応に奔走していますが、彼らの戦闘能力を以ってしても、未だ戦力不足である事は明らかです。そして、このまま我々が傍観できる状況でない事はご承知の通りだと思われます。
 そこで、我々プレイヤーが彼らの掃討作戦を補助しようというわけです。この案には、オーメルを始として、殆どのクランが賛成の立場を表明しています。ですが、我々には彼らとの交戦経験はありません。そこで、貴方の力を借りたいのです。
 貴方の戦歴を見る限り、彼らとの戦闘経験も少なくはない筈です。貴方と貴方の機体が協力して下されば、この作戦はより有効なものとなるでしょう。我々皆が、それを望んでいます。
 我々の考えに賛同して頂けるのなら、以下に記した場所に……』

要は、敵性NPCの討伐のために俺の力を貸して欲しい、という事らしい。メールの雰囲気から察するに、俺以外の所にもメールが行ってそうな感じがするが、果たして彼らはどうするだろうか。
「……愚問、か」
ここに至って尚、傍観を決め込む者は殆どいないだろう。誰だって、いつまでも彼らの脅威に脅かされているわけにはいかない事は理解している筈だ。それに、これからもほぼ単独で行動するのはリスクが高過ぎる。できれば複数人で――最低でも、敵に対して対抗が可能な程度の戦力を維持しての行動が望ましい。
「スミレ」
俺は、愛機の名を呼んだ。ブックスタンドの影から彼女が姿を見せると、俺は――一言だけ告げる。
「久々のミッションだ」

 連合からの依頼は、昨日繁華街付近を襲撃した敵性NPCを誘い出し、これを迎撃するという内容だった。連合側から支援機を派遣してくれるという事だが、果たしてどんな機体が来るか……。
「……とりあえず、対多数戦闘用のアセンブルに切り替えた方が良さそうだな」
そう呟きながら、PCを起動する。MGアセンブラを立ち上げると、さっそく各部の装備を変更する事にした。
 背中のウイングブースターをタイプ:セラフィムの重装備対応タイプに変更し、両肩の武装を8連装マルチミサイルに取り替える。取り外したライフルは、アサルトライフルに変更して右腕に装備。左腕にソニックブレード代わりのワイドレーザーブレードを積み、空いた腰部マウントに追加ブースターを取り付けて機動力を底上げする。更に、メインブースターと足のアーマーも重装備対応のものに変更。ジェネレータ関係も弄って調整したところで、殆どの作業が終了した。
 「スミレ、付けてみて問題は無いか?」
装備の変更が終わったところで、俺は彼女に具合を訊いた。
「多少重くなった気がしますが……、問題ありません」
屈伸や跳躍など、一通りの確認動作を終えた彼女がそう返事を返す。多少動作が緩慢になった気もするが、無理矢理重装備にしているのだから仕方ないだろう。彼女の戦術コンセプトを崩さずに強化するのは、これが限界といってもいい。
「今回のミッションではこの装備で行く事になる。重武装だけに動きもいつもとは違う。弾が切れたら、構わずパージしてもらって構わないからな」
「了解しました」
彼女はいつものテンションで答えた。実際のところ、武装の使い捨てを前提とした構成にしてあるのだから、当然と言っちゃあ当然だ。しかし、こういう事は予め伝えておくのが賢明だろう。
 「――1つ訊いても宜しいでしょうか」
唐突に、彼女が尋ねる。彼女から質問してくるのは珍しい……、いや、こんな尋ね方は初めてだな。とりあえず、いつもキキョウにしているように訊き返してみる。
「どうした?」
「もし、私が負けたら……私を嫌いになりますか?」
――あまりにも意外な言葉が返ってきた。まさか、冗談だろ。
「急にどうしたんだ、スミレ。お前らしくないな」
「わかりません。ですが、今までのように落ち着いていられないのです」
そう答える彼女の顔は依然として仏頂面だったが――、目が怯えていた。彼女たちには、架空上の存在にはある筈の無い感情が、まるでそこに宿っているかのように。
「怖いとは……恐怖を感じるとは、こういう事なのでしょうか」
「……」
「傷つく事が、……死ぬ事が怖い――」
そう言って、彼女は俺の目を見た。普段なら無機質染みた輝きを持つ青色の瞳も、今は――帰らぬ親鳥を待つ小鳥のような、怖れと不安に満ちた輝きを放っている気がした。
 だから――。
「――大丈夫だ。お前は……墜ちない」
いつの間にか、そんな言葉が自然と漏れていた。
「え……」
「お前はきっと大丈夫だ。マスターの俺が言うんだ、間違いない」
呆気に取られた様子の彼女に、俺はそう言って笑いかけた。俺には、そうやって励ます事しかできないんだ。それでも、励ますしかないだろう。そう思いながら、俺は笑った。

 「貴方が今回の僚機ね。私はメリーゲートよ、宜しく」
右肩のアーマーにスマイルマークを付けた機体――メリーゲートは、そう言って微笑んだ。メリーゲート、通称『スマイリー』。噂によれば、大手クラン『G.A.』の本隊におけるナンバー2であり、あの演奏屋(ローディー)ですら一目置く新参らしい。使用しているアーマは、G.A.が標準と定めているタイプ:エイブラムス。その名の由来に違わず、防御能力・砲撃能力に優れた戦車型アーマーだ。
「さすがは支援機だな。装備も防御力も充実している」
俺は、今回の僚機に対して率直な感想を述べた。
「もしもの時は、貴方の機体の盾として使っても構わないわ。何時でも言って頂戴」
そう言って、また彼女が笑う。エンブレムそのままの少女、といった所だろうか。自分を盾にしろ等という冗談が言える辺り、自信の程が伺えるな。
 「それにしても……本当に誘い込めるのか、これで?」
俺が尋ねると、相手――メリーゲートのマスターである翠芽衣は、余裕の表情で答えた。
「彼らの襲撃理由は、今のところプレイヤーだけよ。格好の獲物が2人もいる状況で素通りする、なんて余裕もない筈だから――必ず来るわ」
「自信満々でいられるのが羨ましいね。俺なんて、NPC数体で強襲を掛けられたら……なんて考えで頭が一杯だ」
何しろ、つい先日そんな目に遭ったばかりだ。あの時は6体もの戦力がいたからどうにかなったものの、今回はスミレとメリーゲートの2体のみ。増援など期待できない状況で、以前同様の規模を相手にするのは、――絶望的としか言いようが無い。願わくば、1体のみで掛かって来てくれればいいのだが。
 と、いきなり額を翠さんに突付かれた。
「なっ……」
「ネガティブな思考は判断を鈍らせるわよ。彼女たちに指示を送る側として、しっかりしなさい」
本当に新参なのか、と思ってしまうほどしっかりとしているものだ。いや、アリーナでの戦闘経験は多いのだろう。彼女とその相棒を見ていると、そういう感じがする。
「私達は正面から行くわ。それしか能がないの」
「構わない、こちらが回り込んで挟み撃ちにする。それと、――太刀打ちできないようなら一旦退いてくれ」
とはいえ、こちらが不利である事に変わりは無い。互いにあまり無茶をしない方が得策だろう。そう思い、俺は彼女たちに忠告を促した。
「消極的なやり方は好みじゃないけれど……、そうさせて貰うわ」

 ……それが来たのは、本当に唐突だった。いつもよりもトーンの高い、耳障りな高音が響き渡り――あっという間に世界が赤く塗り潰される。そして、間髪を置くことなくドローンの群れが『降って』きた。
 事情を知らない人が見たりしたら、あまりにも奇妙な光景と思うだろう。が、今の俺たちにそんな事を思う暇などない。
「スミレ、エンゲージだ!」
俺の掛け声と共に、彼女がリサイズされる。全ての外装をまとい、普段と比べやや大型の武器類を展開する。
「敵司令機の反応なし。殲滅します」
左右のポッドから幾数本もの『鋼の矢』が放たれ、降下する敵機を次々と射抜いていく。その間髪を縫って轍甲弾が吐き出され、敵の装甲を容赦なく削り取った。
「さすがね。――メリーゲート、援護を開始するわ」
そう言って、分厚いアーマーで全身を固めた少女がミサイルを射出した。まさに怒涛の勢いで32発が上空に放たれ、敵機の群れへと襲い掛かる。殆どのミサイルが直撃し、上空に複数の火球が発生した。辛うじて被弾を免れた機体も、両腕の高火力火器による掃射をまともに食らい、次々と爆散していく。
「相性がいいみたいね、貴女とは」
「お褒めに預かり、光栄です」
どうやら、彼女達は互いに馬の合う相手のようだ。機動性の高いスミレが敵機を翻弄しつつ誘導し、ある程度集まったところでメリーゲートの火力により焼き払っていく。なんとも効率的なやり方だ。
 予想以上にスムーズな流れで敵機が駆逐されていく様を見物しながらも、頭では嫌な予感ばかりが大部分を占有していた。これだけで終わる筈が無い。おそらく、主力はこんなものではない。
「これなら、アリーナの初級ランカーを相手にする方が楽ね」
最後の1機を撃ち落とした彼女は、そう言ってミサイルポッドを格納した。いや、この程度で終わるわけが無い。そう思った時、スミレがはっとしたような表情をした。
「司令機を含む本隊は別の場所にいる模様です。直ちに追撃を――」
 「ソノ必要ハ無イ」
不意に、頭上から声が聞こえてきた。忘れもしない――あの『無機質な』声だ。それはすなわち、あの機体がいるという事。
「主ハ、オ前達ノ抹消ヲ望ンデイル。従ッテ、ココデ果テヨ」
その機体――セラフは、右手に構えた大型の銃を持ち上げると、照準を2人に定めた。こちらも銃を向けよう、とメリーゲートの腕が持ち上がる。が、その途中でスミレの左腕が遮った。
「貴方は退がって下さい。あの機体との相性は最悪です」
「でも、貴女1人では……!」
彼女が反論すると、スミレはフッと笑い、
「問題ありません。私とマスターなら、対処可能な相手です」
そう言って、左右のミサイルポッドをパージした。同時に、左腕に装備したレーザーブレードを展開する。
「分かった。……メリーゲート、後退するわ。無事でいてね」
そう言って、彼女が戦域から離れ始めた。勿論、ただ退くわけではない。何処かに潜んでいる筈の司令機を見つけ出し、撃破するという任務がある。いつの間にか翠はヘッドセットを装着し、それを介しての通信を開始していた。
 残されたスミレと、真紅の天使が向かい合う。
「イレギュラーハ、排除スル」
「消されるのは貴方です」
たった一言のやり取り――その直後、光が交錯した。

 「アーァ……。暇ね……」
机の上に突っ伏したまま、キキョウはぼやいた。なんでも、彼とスミレは依頼という用事で出かけているらしい。朝起きた時には、2人とも出立した後だった。
「こういう時に限って、やりたい事が何も見つからないし……」
普段楽しいと思える事は、大抵誰かがいるからこそ成り立っている。一番大切な事を痛感させられると同時に、彼女は、ほんの少しだけ寂しさを感じた。彼女の視線は彼のペンケースからルーズリーフ、そしてノートPCへと移っていき。
「――あ、そうだ!何かメールが来てないか、先に確認しておこう」
もしかしたら、何か依頼が入ってるかもしれないし。そう思い、彼女はそばにあったマウスに乗りかかるようにして、カーソルを移動させた。
 メーラーを立ち上げてしばらくすると、通常のウインドウの上に『新着メールが2件あります』というダイアログが表示された。それを見て、彼女はニヤリと笑みを浮かべた。
「予感的中~♪――さて、と」
つい最近届いたばかりのメールを開く。差出人はあのメールと同じく、クラン連合となっている。
「えーっと、……『依頼内容を連絡させて頂きます――』」

『依頼内容を連絡させて頂きます。
 『ラインアーク』の主戦力、WhiteGlintを撃破して下さい。B.F.F.からの報告では、敵性NPCと共謀しクラン構成員の集会を襲撃、当クランに深刻な損害を与えたとの事です。この情報が事実となら、我々にとっては大きな脅威となり得るでしょう。
 WhiteGlintは、アリーナにおけるランクは9ですが、実際にはそれよりも遥かに強力な機体です。そうでなければ、このような状況は生まれていません。
 かつてあったLG戦争においては、B.F.F.主力部隊『クイーンズ・ランス』や、レイレナード本隊『エグザウィル』を壊滅させたという噂もあり、このまま放置するのは危険な存在です。
 今回の依頼は、ランク1・ステイシス、およびランク17・フラジールとの協働となります。我々は、この依頼に際し最高の戦力を用意しました。これだけの戦力を揃えれば、恐れるものは何もありません。
 無事撃破する事ができれば、こちらが抱えている憂患は解決へと向かいます。ならず者の巣窟たるラインアークも、拠り所たる機体を失えば静かになるでしょう。……』

「とんでもない事になっているみたいね……」
文章を一読して、彼女は呟きを漏らした。どうやら、私が想定していた以上に深刻な状況になっているみたいだ。
「スミレは……大丈夫かしら」
何となく、彼女の事が気になる。無事ならいいのだけど……。そう思い、彼女は窓の外を――雲に覆われた空を見つめた。

 ――彼女が『撃破』された事を知ったのは、その数時間後だった。
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