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ロケット花火

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コンビニで見つけたロケット花火に、思わず目が釘付けになった。

あれからまだ何年も経ってない。

暗い夜の中、笑い声を出しながら走り、きらきらと輝く花火の影が目に焼きついて離れなかった。


未だにそれは目に焼きついている。


 スキ 


と書かれた花火のあとが。







高校生2年生の夏休みの始め、バイトしかしてない俺に友達から「お誘い」メールが届いた。

近くの女子高と合コン紛いの花火大会へ行くという。

考える必要なんかない。

俺はバッチリ髪をワックスで固めて、少しラフな格好で、金をたっぷり財布に突っ込んで玄関から飛び出した。


夏だから。

理由なんてそれだけ。


でも、それが始まり。


女の子達は可愛く浴衣を来て、不慣れな様子でパタパタと歩いた。

初めて女の子がこんなにゆっくり歩く生き物なんだと知った。

友達がはしゃいで喋りまくっているので、俺は実際「寡黙な男」になっていた。

いつもは友達の誰よりかっ飛ばす俺が、緊張している。


それもそのはずだった。


俺は、俺の隣でゆっくり歩く女の子の髪飾りを見つめた。



小学生の頃、彼女は他の女の子達にいじめられていた。

理由なんかないに等しかった。少し背が高いとか、大人しいとか、話し難いとか、それくらい。そんなもんだ。

俺はそれを知っていたし、周りのクラスメイトは皆知ってたけど、誰も先生なんかに言わなかった。

別に靴を隠されてたわけじゃないし、机は教室にあったし、体操服も水着も切られたりされてなかったから。


でも、俺は知ってる。


彼女はいつも朝と昼休みと放課後を図書室で過ごしていて、本を読みながら微笑んでいた事。

虐められた時は絶対に泣かなくて、図書室の一番奥の見えないところで、こっそり泣いていた事。


いつだったか、偶然彼女が泣いているところを目撃してしまい、しかも見付かってしまい、約束をさせられた事がある。

「誰にも、先生にも、兄弟にもお母さんにも、言っちゃだめ。言ったら、絶対佐藤君が大変な目に遭うよ」

彼女は泣いて赤くなったウサギみたいな睛で俺を睨んで、そういった。

俺は子供で、全然彼女のようにオトナじゃなかったので「わかった」と真剣な顔をして(ろくに意味を考えずに)指きりげんまんをした。


それっきり、彼女とは話したことはなかった。




その彼女が今、俺の隣で、俺が奢ったワタアメを食べている。

わざわざ手で千切っているところが、小学生のときと変わってない雰囲気を感じた。

「おいしい?」

「…うん、ありがと」

「ううん。俺もなんか食べようかな」

「うん、そうしなよ」

上手く会話が続かなくて、俺は口になんか突っ込んでれば格好がつくだろうとすぐ横のフランクフルトを二つ買った。

もちろん、一人で二つじゃなく、二人で一つずつ。

と思ったのだが、そんなに奢ってもらわなくても平気だから、と普通に笑って流されて、まだ勧める俺に、じゃあと言って隣で俺の友達と話してた太った子にあげてしまった。

微妙にショックを受けながら、とりあえず花火スポットへ移動しつつ、俺は何とか彼女と会話を弾ませようと躍起になった。

が、無理だった。

そもそも、趣味が多分合わないのが原因だと思った。俺はよくいる普通の高校生なのに、彼女は本を読む文学少女なのだ。

ムリムリ、となんともふっつーに友達にも言われてしまった。

「それよっかお前マリちゃん誘えよ。アヤちゃんじゃなくて。マリちゃんお前狙いできたっぽいのにかわいそーじゃん」

「うっせーな。マリちゃんはいーんだよ。お前のほうが巨乳好きだろ。俺は知らん」

「はっはーん!きどっちゃってーっ!」

異様にはしゃぐ友達をほっといて、俺はアヤちゃん―吉岡彩子さん―の横に並んで座った。甘いワタアメの匂いがしたのは、多分気のせいじゃない。

「もうすぐ始まるってさ。7時からだって」

「そっか」

「もうつかれた?」

「ん…少し」

「そうだよね、人すごいし。実は俺も疲れた。ここんところずっとバイトしてるか家に居たから」

「バイトしてるんだ…すごいね」

「そーでもないよ、皆してるよ、俺のトコ。親は小遣いくれないしさ、もう子供じゃないとか言って。まだ高校生だッつの!」

「ふふふ…そうだよねぇ」

ほんの少し笑ってくれた彩ちゃんにどきどきしつつ、これは本当にヤバイんじゃないかと俺は思い始めていた。

実際のところ、俺は彼女をつくっても恋をしたことがなかった。

恋がどんなものであるかも知らなかったし、女の子がこんな風に甘い香りがするとか、ドキドキするほど可愛いと感じたりとか、そんなのなかった。

そういうのはいわゆる「夜の出来事」のみのシュチュエーションだと思っていた。

まあ、今も夜だけどさ。



ひゅるるるるるるる…………―――どおぉん――ぱちぱちぱち

「はじまった!」「わぁ…」


何度も何度も上がる花火の、紅や碧や黄色に色づけられた彼女の横顔が気になって、俺は何度もその横顔から目を引き剥がさなくちゃならなかった。





それから何日かして、俺は何とか苦心して手に入れた彩ちゃんのメアドを片手に、誰も居ない自室のベッドの上で正座して携帯を睨んでいた。

花火楽しかったね…もう10日たつのにそりゃないだろ…

今何してる?…いやいやいきなり?…

夏休みどっかいった?…これもなんかな…

今日も暑いね…バカヤロ天気の話タブーだっつの…

昨日の夜中から多分千回は繰り返したメールの1通目が送れず、俺はベッドに14回倒れて15回起き上がった。

が、送れず。

でっかい溜め息を吐いて、とうとう今日はもうやめとこうと携帯を放り出してお茶でも飲もうと腰を上げたときだった。

ヴヴヴヴヴヴヴヴ…ヴヴヴヴヴヴヴヴ…

表示の「吉岡彩子」を見て飛びついたのは言う必要も無く。


バイトのことや学校の事を何度も話すうち、俺も彼女も映画大好き人間だって言う事がわかって、ほっとして俺は何度か映画に誘える事が出来るようになった。

無論、まだ二人きりとは行かず、何度もダブルデートだと称して友達に頭を下げた事は言わずもがな。


ようやく二人で買い物やお昼を食べたり、映画に行けるようになった頃、俺は思い切って彼女を夜の花火に誘った。

まだまだ、俺は恋には初心者で、しかも実は結構自分がうぶで純情だったのに気がついていたので、そのときは親睦を深めるため、と云う名目だった。

もちろん、もしも俺に勇気があって、決心がそこでついて、俺の心臓が止まらなかったら、言うつもりでも居た。


「おまたせ!」

「あ、おう!」

とか言いつつ、これが異常ないくらい気合バッチリの格好で俺は花火を大量に買って駐車場で待っていた。

本当は公園なんかが一番いいんだけど、そういったら彩ちゃんは「公園は花火禁止だし、花とかに火がついたら危ないしかわいそうだから」と返信してきた。

なっなんて優しい子なんだ!!(俺ってバカ!

と云うわけで、色気もムードもない駐車場。でも、彩ちゃんと一緒なら殺風景な荒地にだって俺は居られる。

恋ってそういうものだと、最近ようやく思った。

その頃の俺は彩ちゃんと一緒に出かけたり、ご飯食べたり、話したりすることにとにかく夢中で、彼女が読みそうな本や読んだ本を頑張って読んだり、とかく一生懸命だった。

彩ちゃんが機嫌がいい時、俺は最高潮で、少しでも(たとえ映画で感動して)泣いたりすると、心臓が「すわーー」と冷たくなった。

彼女は可愛くって、優しくって、時どき会話がかみ合わなくなると少し困った顔をしたりとか、見上げる目とか、長いお下げとか、とにかくもう、俺はぞっこんだった。




だから、その花火の後を見て、思わずパニックに陥って真っ白になって、自分でつけた花火で火傷しそうになって彩ちゃんに怒られた。(でもそれも嬉しい

「ほんとに、もう気をつけなくちゃ…」

ばじゃばじゃと俺の足を水で冷やしながら、彩ちゃんは怒った顔で言った。

「ご、ごめん。でもほんとに俺びっくりして…真っ白になっちゃって」

「……あのね、あの…」「いや!あの!」

俺は精一杯男の意地を張って、彼女の言葉をさえぎって、じっとその可愛い顔を見つめた。

「(すーーっはーーっ)おっ俺は、彩子さんが、すき、ですッ!だっだから、俺とっ、つっ…付き合ってください!」

「はい…」



そうして、その夜、俺たちはめでたくカップルになった。

その後、とっておきと言って残しておいたロケット花火の束を、二人の祝福と愛を祝って!といって夜空に高く打ち上げた。



ぴゅうううぅぅぅ……ぱん、ぱあぁんぱあああぁぁ……ん…



花火がきらきらと降り注いで、俺はそっと彼女の手を握って、少し驚いた顔の彼女にキスした。











そうして、その日彼女の命は終った。




原因は交通事故だった。

よくある話で、居眠り運転のおッちゃんがトラックで突っ込んできたのだ。

時間は俺とわかれて、30分も経ってない8時50分頃。目撃者も多く、他の人も何人か巻き込まれて重症らしい。でも、それよりも彼女が。



彩ちゃんが、死んで、しまった



俺の希望


俺の恋人


俺の愛


消えてしまった


消えてしまった、俺の全ての想い


俺の全て


俺の彩子





病院に駆けつけた時親父さんに思いっきりぶっ飛ばされても、小母さんが泣き始めても、何故かお袋が駆けつけて俺を叱って泣き出しても、医者が通告をしても、涙は出なかった。

親族だけといわれて遠くから彩子の横たわる白を見ても、まだ泣けなかった。

白は彩子の大好きな色だった。

さっきも白いワンピースを着ていた。ピンクのリボンを腰でベルトのように巻くワンピース。

さっきまで一緒に居たんだ。

花火をしてたんだ。

自販機でジュースを買って、彩子が花火を持って、俺が水の入ったバケツを持って。

ずっとどきどきしてたんだ。きっと彩子もどきどきしてたんだ。

そうだろ?

だって、俺たちはこれからもっと、もっと、もっと、色んな所にいって、色んな映画を見て、色んな本を読んで感想を言いあって、図書館に行って、それからご飯も食べて、遊園地にも行って、一緒に沢山デートするんだ。

それで、彩子がいいって言ったら、キスするんだ。

嫌がることなんかしないし、ずっともっと楽しくさせてあげるんだ。

楽しい話ばっかりしてあげるんだ。

だって、そうだろ?

だって、俺たちは恋人になったんだから。

これからもっと、スキになって、恋していくんだから。





彩子の手に触れた途端、どうしようもなく色んなものが溢れてきて、俺は誰よりも声を上げて泣いた。泣き喚いた。


だって、そんなのあんまりじゃないか。

こんなに彩子の手が冷たいなんて、おかしいじゃないか。

いつも俺の方が冷たくて、手を繋ぐと、冷たくて気持ちいいねって、さっき、そういったじゃないか。

俺に、そういったじゃないか。


















俺はビニール袋を提げて、コンビニを出た。間延びした夜の店員の声が俺の背中に跳ね返った。


坂道をずっと登っていって、神社を素通りして、奥の方までずっと歩いたところにそれはある。

黒い石の塊。

真四角にきられて積み上げられたその下に、彩子が眠っている。

外の空気はあの時のようには熱くなかった。

だって、今は秋だから。売れ残った花火を、俺はビニール袋から出した。

あれから俺は社会人になった。大学も出た。今じゃ新人研修医だった。


あの時、彩子をひき殺した運転手は自らも電信柱に突っ込んで、即死していた。検死では眠ったまま死んだと聞いた。

俺は、それがもう許せなくて、許せなくて、そのとき運転手の家族に怒鳴り散らした。

どれだけ俺が彩子を想っていたか、どれだけ彩子が苦しんだか、どれだけ、どれだけ、どれだけ彩子の全てを、俺の愛を奪ったか思い知ればいいと思った。

しかし、そんな俺を誰も止めずに泣いてみていた人々の中から、突然平手打ちが飛んだ。

彩子を看取ってくれた医者だった。


人の命は、生きてても死んでも対等なんだ、彼も、君の恋人の彩子さんも、皆同じ命なんだ、だから、そんな風に言うな、そんな風に言うなよ。


そういって、その医者は泣いてくれた。

俺の為に、彩子の為に、その死んだ運転手の為に、その家族の為に。



俺はそれからがむしゃらに勉強して、無理だ無茶だといわれて、身体を壊しそうになりながら、バイトと勉強をして医大に合格した。

医大はきついなんてものじゃなかった。

金は掛かるし、夜は遅いし朝は早い。バイトをすれば余計時間が取れない。

それでも俺は文句も言わずに動き続けた。

時折、夜中に泣いて起きた。彩子の夢を見るのだ。

最初の頃、それは毎晩のように続いた。後悔の念ばかりが俺の神経をさいなんだ。

あの時、あの時、あの時――いつまでも続くそれはメビウスの輪に似ている。


けれど、忙しさと睡眠不足と勉強に追われていると、それはやがて薄れていった。

それにも構ってられないほど忙しくなる頃、俺は殆ど医者になる理由を忘れていた。

元々不器用な俺は、いわゆる外科一般に向いてなかった。何をするんでも大雑把にやってしまうのは性格のせいでもあった。

今も悪戦苦闘しながらも、執刀医としていつか患者の命を救うことが最優先の生活を送っている。



「彩子…ロケット花火、持ってきたけど…バケツ忘れちゃったよ」

俺はロケット花火を握り締め、しかも空き缶も忘れたからこれじゃ飛ばせないよね、と言って泣いた。


「彩子、俺、医者になるんだよ。

 ずっと夢だったんだよな、彩子の夢だもんな。医者になるの。だからあんなに一生懸命勉強してたんだろ?知ってるよ、彩子、何にも言わなかったけど。
 
 だって、彩子の好きな映画っていっつも医療関係じゃん。医者が主人公とか、患者が主人公とか。俺アクションばっかだったからさ、ちょっと涙もろくなっちゃったじゃん。

 しかも彩子、絶対見た後ぼろ泣きするしさ。心臓に悪いからやめろって、ほんとに何度も思ったよ。

 …なぁ、あや…あやこ……おれ、ちゃ、ちゃんと大人かなぁ?

 だめなんだぁ、俺さぁぜんぜん、ぜんぜんぶきっちょだからさぁ、いっつも叱られて、ばっかりでさあ、忙しいし辛いし上手くいかないし…

 ……もっ…もうおれぜんぜんだめだよなあ……

 あや…あやちゃん……おれ、そっちいっちゃだめ、かなあ…おっおれ、あ、あやちゃんと一緒、にいたい…いたいよ…あやちゃん、あや、あやこ…あやこ…あや…」








ひゅるるるるるるる……ぱああぁぁぁあん!!
「…!!」




突然、背後で大きな花火の音がした。

ぎょっとして涙でぐちゃぐちゃの顔を振り向くと、どこかの馬鹿な高校生の笑い声が聞こえた。

そういえば、この神社の裏には広い公園があった気がする。



ひゅるるるるるる……ぱんぱあぁんぱあああぁぁぁぁ――ん……



ロケット花火が夜空に向かって飛んで弾ける。


俺は泣いているのか笑っているのか微妙な声を上げながら、えらく叱られた気持ちとものすごく嬉しい気持ちで空を見た。


あの頃のままに、星が今でも輝いている。


「彩子、大好きだ。俺、頑張るから、そこに居ろよ。絶対、いつか俺も行くから。ゴメンな、いつもは俺の方が、早かったのに…今度の待ち合わせは、大遅刻しそうだよ…」

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