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2/4 : 残す派と残さない派と第三勢力

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 昨日の雪は夜中に雨に変わり、路面を濡らした。今はただ、どんよりとした雲が都会の空を覆う。雨の名残で、ところどころ滑りやすくなっているのに気をつけながら、待ち合わせの場所に向かう。
 彼の長めの髪の色をそのまま映したような、焦げ茶色のダッフルコートを纏ったシルエットに、俺は声をかける。
「おーっす」
「お、やっと来たか助ちゃーん」
 近付きつつ声をかけると、薫はおどけながら反応した。首に巻いているマフラーが口元にまでかかっているせいで、声が少しくぐもって聞こえた。
 ――助ちゃんって、お前の方がよっぽど薫ちゃんじゃねえか。
 そうやって、ツッコみたくなるような彼のコンプレックス。女に見える男。だが今は弄るのをやめておこう。これから初対面のヤツらとも会わせるのに、コンプレックスを意識させてしまうのは酷だ。
「――あれ、誰か一緒に連れてくるとか言ってなかったっけ?」
「ああ、もうすぐ二人一緒に来ると思うぜ。……昨日も言ったけどな、今日は別に女みたいな振る舞いしなくていいからな」
 念を押す。
「ああ、電話聞いてたんだっけ?」
 少なくとも弥生は聞いていたし、薫がどんなヤツなのかは説明した。問題はハルカのリアクションだが……あいつなら空気を読めるだろう。
「たっすくー!」
 やたらに元気な声が鼓膜を震わせる。
「あの二人?」
 向こうからやってくる二人に視線を向けつつ、薫が聞いてきた。
「そ、やかましい方がハルカ」
 静かな方は弥生――と、ハルカの隣を大人しく歩く弥生を指しつつ紹介した。
 少しずつ二人が近づいてくる。
 ――バカだな。遠くから声をかけると、接近するときの間が居心地悪いじゃないか。
 どうでもいいことを考えていると、充分に近づいたハルカが間の抜けた質問をしてきた。
「まだ一人? 薫くんって人が来るんでしょ?」
「……いるけど」
 薫を普通の男だと思い込んでいるハルカは、俺の隣で立っている薫を見ても当人だと気が付かない。
「はじめまして。助くんに聞いているとは思いますが、望月弥生です」
 対して弥生は、至極自然な流れのまま、薫に自己紹介した。
「あっ、どうも、私が桃井薫です」
 とっさのことに女口調になる薫。
「お前、弥生は分かってるんだから普通の喋り方しろよ」
 小声で薫にだけ聞こえるように囁いてみる。
「だけど……よ」
 無理やりつけた終助詞が痛々しい。
 こいつは昔からこうだ。初対面の相手はこいつを七割方女だと思い込む。いちいち訂正するのも面倒で、親しくなるまでは女のフリをしてしまう癖がある。
 何しろ向こうは薫を女だと思い込むから、いきなり男の振る舞いをするよりは、女のフリをして、説明する時間と余裕を稼ぐ方がいいのだ。
 ――きょとんとしていたハルカが、慌てて口を開いた。
「あ、あなたが薫く……ちゃん?」
 訂正した挙句に呼称の選択を誤るハルカ。
「はい」
「失礼だけど、男の子だって聞いてたのに――」
 弥生のヤツ、肝心なところを教えてなかったな。
「男ですよ」
 女声、薫お前それ、女声だから。
「――失礼」
 そう断ったハルカの手が、ダッフルコートの胸の部分に伸びる。
「お前は何をしてんだ!」
 さすがに手首をつかんで止めた。
「一番手っ取り早いのは胸を確認することかと」
 こいつ、全然読めてない。空気が読めてない。
「バカか! ――悪いな、薫」
「気にしてねえよ、慣れてる」
 男口調に戻っても、地声が中性的だ。
「でも、そこらへんの女の子より可愛いわよ」
 弥生が言った。
「――そりゃどうも」
 少し照れたように薫が返す。
「とりあえず、お店に行こうよ」
 弥生が提案すると、俺たちは自然にまとまって、目的の店へと向かった。

 店へ向かう間、ハルカは薫に無礼を何度か謝り、薫はそれを気にしていないと言った。
 ――これなら大丈夫か。
 俺は安心した。薫は実は、男としての扱いを受けることも、女としての扱いを受けることも嫌いではない。だから、俺が茶化して冗談で言うのは別として、「可愛い」と本気で言われても抵抗を示さない。
 ――薫のコンプレックスは、気味悪がられ、気持ち悪いと言われることにある。
 だがそれを刺激するようなことは弥生とハルカにはなく、むしろオープンに二人は薫と接した。それに安心したのか、薫も「男モード」に入るのが早かった。
 店に着くまでには、三人はすっかり打ち解けていて、俺の方が取り残されているみたいだった。

「最初でしょ? ね、助」
 ――ハルカが俺に話を振ってきた。
「悪いけど、正直どうでもいいっす」
「は? どうでもいいって何なの?」
 ――いや、何故俺が怒られなくちゃいけないのか分からないんですが。
「やっぱ最後だろ? な、弥生」
 今度は薫が弥生に話を振る。いつの間にか下の名前を呼び捨てている。
「気分によるわね」
 ちくしょう、俺よりもスマートに返しやがった。
「ああもう、分かってないな」
 ハルカがもどかしそうに言う。
「最後にイチゴを食べたら、イチゴが酸っぱくなるって!」
「だからそれでいいんだよ、さっぱりするんだから! いつまでも口の中が甘ったるくちゃ気持ち悪いだろうが!」
 二人のくだらない議論をよそに、俺と弥生は同じケーキを食べていた。
「豆乳入りって、ホントに少し豆腐の味がするな」
「そうね。でも悪くない」
 ……うーん、平和だ。――というか、漫画みたいな図式になっている。
 薫が二人と打ち解けてくれるのはありがたいが、こういう打ち解け方をされると迷惑だ。
 こうやってしばらく、穏やかな時間が続いた。

 ――しばらく経って、まだ口論を続けていた二人が新たな動きを見せた。
「じゃあショートケーキ取ってこようぜ、俺はイチゴを最初に食うから」
「よし、わかったよ」
 そう言って、二人は席を立った。
 二人きりで残された俺と弥生は、黙ってケーキを咀嚼している。切りだすなら今、か。
「あのよ」
 置いたフォークが金属音を立てた。
「何?」
「昨日は付き合ってくれてありがとな」
「……ああ」
 事もなげに頷く弥生。
「優しい人だったわね」
 俺の母のことだろう。
「ああ、優しいね」
「……聞きづらいことだけど……もうすぐ、亡くなりそうなんでしょう?」
 俺をいたわるような感じで、優しく聞いてくる。
「そうだよ」
 俺の顔は固まっていたと思う。
「また私一人ででも、お見舞いに行ってもいい?」
「……喜ぶと思うよ。母さんのこと、気に入ったのか?」
 他人の見舞いに一人で行こうとは普通思わないだろう。
「あの人の話に、思うところもあってね……」
 そこで、はたと弥生の動きが止まった。
「もしかして――」
「ん?」
「ああ、いや、やっぱり違ったわ」
 何を思っていたのかは俺には分からないが、「思うところがある」と教えてくれただけでも良かった。
「まあ……悪いけど、お前もちょくちょく見舞いに行ってやってくれよ」
 そうして俺がケーキを食べようとフォークを持ち直したところで、二人が戻ってきた。
「――さあ、食べなよ」
「最後に残せよ?」
 美女二人が――いや、うち男一名だったか――ケーキにがっつく。
 弥生はもう、その様子を微笑みながら見守る余裕まで出てきた。
 ――ありがとな、二人とも。薫を紹介したのは正解だった。
 例え少しの間だとしても、一ヶ月だけになったとしても――久々に、新しい薫の友達になってやってくれよ。
 いつもお前には気を遣わせっ放しなのは分かってるんだ、薫。
 だから、お前が女のフリをしなくてもいいような友達を、もっともっと、増やしてやりたい。傲慢な言い方だけど――お前の求める理解者を与えてやりたい。
「どうした助? お前もショートケーキ食いたかったか? 言えば取って来てやったのに」
 いつのまにか俺は薫の顔をボーっと眺めていたようだ。
「違うって。お前が顔についたクリームにずっと気がつかないから、面白くて見てた」
「あ、ホントだ。可愛い」
 ハルカが茶化す。
「動かないで」
 弥生がやけに素早い動きで、ティッシュで薫の顔のクリームを拭おうとする。
「おい、ちょっと……」
 さすがに女扱いに慣れた薫も、子供扱いされると恥ずかしいのか、顔が赤くなる。
「……自分で出来るっつーの」
 頬を赤くしたまま悪態をつく。
「なんていうか、母性本能くすぐられるよね」
「確かにね」
 どうやら、見事に二人の母性本能をくすぐった薫は、友人を手に入れられたようだ。
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