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11.始まりの場所 <1.4>

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  11

 数分後、ゴラスが十名の兵士を引き連れ、カルツの部屋に戻ってきた。
 サナは部屋の隅に座り、頭を垂れている。ゴラスはサナをちらっと見やり、うっすらと笑みを浮かべた。
「城の様子はどうだ」
 カルツの問いに、ゴラスは姿勢を正す。
「はっ。城内で倒れていた兵士は、ウル様を除いて全ての者が気を失っており、しばらく目を覚ましそうにありません。ただ、命に別状のある者はいないようです。ウル様は寝室の柱に縛りつけられておりましたが意識ははっきりしており、縄を解くと、少し寝ると言ってベッドに向かわれました。ベリア様が付き添っておられます」
「そうか、あいつらしいな……まあ、ばあやがついているなら心配はいらないだろう。それよりも、少し予定が変わった。今使える兵士は何人いる?」
「この十人に加えまして、城外にいる百名ほどはすぐにでも」
「よし。ゴラス、お前を含めて五人ほどでスントーの村へ向かえ。この国の男女二人が、その村へ向かっている。その二人より先に村に着き、待ち構えて捕らえろ。石はその二人が持っている」
「なんと……了解致しました、ただちに――」
「待って」
 カルツとゴラス、兵士達は同時に声のした方を向いた。サナが座ったまま、死んだように青白い顔で虚空を見つめている。
「その二人には危害を加えないで」
 呟くようにそう言ったサナをカルツはしばしの間見つめ、小さく数回頷いた。改めてゴラスに顔を向ける。
「危害を加えずに、捕らえるんだ。石さえ手に入ればいい」
「……了解致しました」
「もう一つ。街に出ている兵士も含め、三十人ほどを城に戻らせ、警備に当てておいてくれ」
「はっ」
「以上だ、頼んだぞ」
「はっ! では、行ってまいります」
 ゴラスはカルツに敬礼した。後ろの兵士達もそれに倣う。
 兵士達はぞろぞろと部屋を出て行った。

 数分経った時、慌しく階段を駆け下りる音が響いた。カルツが訝しげにドアを見る。
足音はドアのすぐ近くで止まり、外から声がかかった。
「カルツ様、よろしいでしょうか」
「入れ」
 ドアが開くと、息を切らしたゴラスが部屋に入り、跪いた。
「どうした? 早く村に向かわないと間に合わないだろう」
「……カルツ様、非常事態です」
「何?」
「民衆が……反乱を起こしているようです」
「……何だと?」
 カルツは眉をひそめた。サナも顔を上げ、カルツとゴラスの方を向いた。
「規模は?」
「既に数百人を超えているとの事です。報告によりますと、民衆を率いている者の名はロイ。十六歳の少年です」
 ゴラスの報告に、サナは目を見開いた。口から擦れた声が漏れる。
「ロイ……? どうして……」
 カルツがサナを振り返る。
「もしかすると、君が逃がした少年か? サナ」
 サナは心ここにあらずといった状態で頷いた。
「なるほど、ならば好都合だ。その少年がいるという事は、連れの女も一緒の筈だ。スントーまで行く必要がなくなったな。兵士達を全て集め、暴動の鎮圧に当てろ」
「ですがカルツ様……」
「どうした、何か問題があるのか?」
「報告によりますと、そのロイという少年は異常なほど強く、武器も持たずに先頭に立ち、たった一人で全ての兵士を退けていると」
 カルツとサナの目の色が同時に変わる。
 少しの間があり、カルツは笑った。笑みを浮かべたまま、振り返ってサナを見る。
「どうやら、君の逃がした少年は石の力を手に入れたようだね」
 サナの表情が歪む。
「なんで……あれほど言ったのに……」
 カルツは立ち上がった。
「まあ、人それぞれの考え方があるからね。そのロイという少年も、色々考えた末の決断だったんだろう」
 他人事の様に言い、カルツは口元に手を当てた。
「だが、それなら通常の兵士達では束になっても鎮圧は不可能だな」
 ゴラスは跪いたまま、カルツを見上げた。
「カルツ様。もしやこの女が――」
「それは無い」
 自分の考えを即座に否定されたゴラスが深々と頭を下げる。
「……失礼致しました」
 カルツはゴラスの謝罪を意に介する様子もなく呟いた。
「さて……どうするか」
 カルツは少しの間、天井を見つめて思案し、それからサナを見下ろした。その唇の端が持ち上がり、邪悪に歪んだ。




 ロイはネティオ中央広場に立っていた。
 五年前にウルの王位就任セレモニーが行われ、ロイの父親を含む百以上の罪のない国民が殺された場所である。
 ロイの隣にはレイリ、二人の前には数百を超える民衆達が集まっており、二人の後ろには城へと続く道が伸びている。ロイは声を張り上げた。
「皆さんはここで待機してください。この先は僕達二人だけで行きます」
 ロイの言葉に民衆がどよめく。ロイは手を上げて彼らを制した。
「ここまで、こちらには誰一人として犠牲者は出ていません。ですが、それは単に運が良かったからです。ここから城に向かえば、今までよりも遥かに多い兵士が道を阻んでくるでしょう。僕一人で、兵士数人の銃弾を全て止める事は不可能です。大勢で進めば、必ず犠牲者が出ます」
 多くの人々は顔色を変え、口をつぐんだ。不安そうにロイを見つめる者、隣同士で顔を見合わせ相談を始める者、鍬や棒などの粗末な武器を握り締める者。
 一人の男が前に出ようとしたが、隣にいた女がその腕を掴んで止める。他に、一歩でも前に出ようとする者はいなかった。

 彼らは最初、反乱を起こそうとするロイの説得に耳を貸そうともしなかった。誰も自分の身を危険に晒す勇気はなかった。
 だが、ロイは彼ら数人の目の前で一人の兵士に悪態をつき、激昂した兵士の撃つ銃弾を全て素手で叩き落した。その兵士を倒し、ロイは振り返って住民達に頭を下げた。
「僕についてきてください。決して皆さんに危険な思いはさせません……だけど、皆で行かないと意味がないんです。お願いします」
 その場にいた人達はロイの超人的な強さを目の当たりにし、彼の後についた。この少年と一緒にいれば、自分は傷つくことなく自由を手にする事ができると、そう信じて。
 そしてロイが兵士を倒し前に進む度、その人数は増えていった。

 ロイは黙りこくった人々から目を逸らし、レイリを見つめた。レイリはロイを見上げて頷く。ロイも頷いて返した。
「行こう。君は必ず僕が守る」
「うん。信じてる」
 ロイとレイリは城の方に目を向けた。
「……!」
 ロイは目を見開き、レイリの前に手を広げ、彼女を制した。レイリが不思議そうにロイを見上げる。
 ロイの視線は遥か前方に向けられていた。
「しまった……兵士達が一斉にこっちに向かってる。油断していて、気が付かなかった」
「えっ……」
 レイリは前方を見据えた。夜の闇に包まれているため、石の力を得ていないレイリに兵士の姿は見えない。
「くそ、兵士達がこちらに到着する前に彼らを全滅させる。他に方法はない」
 そう言ってロイが足に力を込めた時、彼の視界に、兵士の持つ白い旗が映った。
「あれは……白旗?」
 ロイは呟いた。よくよく見れば、行進して近づいてくる兵士のいずれも、鎧は身に着けているものの武器を持たず、両手を上げている。そして先頭を歩く兵士は大きな白い旗を掲げていた。
 レイリが口に手をやった。
「白旗を揚げてるの? じゃあもしかして、サナが……」
 ロイがはっとしてレイリを見た。サナがカルツの救出に成功したのかもしれない。ロイは改めて兵士達を見た。
「……彼らが武器を持ってないのは間違いない。様子を……見よう」
 レイリは頷いた。ロイが後ろを振り返り、集まっている民衆達を見回した。
「皆さん、落ち着いて聞いてください。城の兵士がこちらに向かっています。但し、武装していません。白旗を揚げています」
 人々はどよめき、顔を見合わせた。その表情が徐々に輝きだす。
「相手の出方を見ます。皆さんはそのまま動かないでください」
 ロイはそう言い、彼らに背を向けた。後ろから、無責任な歓喜の声が響いている。
 両手を上げたまま行進する兵士達が肉眼で確認できる距離に近づくと、人々の声は徐々に静まっていった。
 兵士達は、ロイの数メートル先で行進を止めた。
 ロイが一歩前に出る。
「……降伏したと受け取っていいですね」
 どの兵士も問いに答えない。ロイは訝しげな表情を浮かべた。
 ロイが更に一歩前に出ると、兵士の列が中央から割れた。兵士達の最後列に、一人の女の姿が映る。
 彼女は俯いたまま、ロイに向かってゆっくりと歩き出した。ロイとレイリの表情に安堵の色が浮かぶ。
「サナ……」
 しかしサナは二人に目を合わせようとはせず、黙ったまま兵士達の間を通り、前に出て足を止めた。
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