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帰れない帰らない

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 ごそごそと、俺が納戸の中で服を漁る音だけが聞こえる。
 あれきり女は黙っている。なんか空気が重い。
 俺は目当ての服を全部出し終えると、ジャージとTシャツを女の方へ放った。
「とりあえずそれ来て、上にあがってこい」
 女は返事をせずに、こくっと頷いた。
 調子が狂う。さっきみたいにギャーギャー言われてた方がまだマシだ。
 俺はポリポリと頭をかくと、ドアの外で待機しているユキちゃんにスウェットと短パンを渡し、自分の着替えをもって部屋を出た。
 ドアを閉めてため息をつく。
 二階へ上がって居間で着替えているときに、シャワーを浴び終えた女の子に出くわしても困るし、廊下で着替えてさっきの女に見られてもめんどくさい。
 俺は正面のユキちゃんの部屋に入って着替えることにした。
(・・・・・・女の子が家に来たら、青春だね!とかよく言ってたけど、実際そうなると色々と面倒くせぇなぁ・・・・・・)

 俺が着替え終って二階へいくと、ちょうど女の子がシャワーを浴び終えたのか、先ほどユキちゃんに渡した服装で居間のキング・オブ・ザ・イスににチョコンと座っていた。
 すると、ユキちゃんがトレイに四人分の飲み物をいれたコップを載せてキッチンから現れた。
 壁に掛けてある時計をちらっと見る。時刻は午前1時半だった。
(・・・・・・この時間じゃ、終電はとっくに終わってるな)
 それにこの雨じゃ、俺がバイクで送っていくというわけにもいくまい。
 視線を戻すと、ユキちゃんと目があった。
 どうやらユキちゃんも同じことを考えていたらしく、静かに頷くと女の子に話しかけた。
「この時間じゃ電車は止まってると思うけど、どうする?」
 ユキちゃんがそういうと、女の子は困った様子で答えた。
「あの・・・・・・実は今帰れる場所がなくって・・・・・・」
 そこまでいって、俯いて黙ってしまった。
 俺がどうしたものかポリポリと頬を掻いていると、またユキちゃんが話しかけた。
「ウチは見ての通り、二人暮らしの割には広い家だからさ、キミがよかったら別に泊まる部屋ぐらい用意できるけど。ね、コウちゃん」
「ぅえ!?あ、うん。別に平気、だな。うん」
 急に振られたので、変な答え方をしてしまった。
 すると、女の子はなんだかほっとした様子で俺らに軽く頭を下げた。
「ありがとうございます・・・・・・、明日になったらどこか泊まれるような場所を探してきますので。一日、お世話になります」
 礼儀正しいな。下で寝てた女とは大違いだ。
 俺がそんな感想を抱いていると、ユキちゃんに腕を引っ張られた。
 俺が『何?』って顔をすると、ユキちゃんは俺ではなく、女の子の方に話しかけた。
「とりあえず、急だったんでコイツとは何も話してないんで、少し待っててもらっていいですか?」
「あ、はい」
 女の子がそう答えると、ユキちゃんは俺をキッチンの方へと連れて行き、しゃがんだ。
 そして俺にもしゃがむように促したので、俺もしゃがんだ。
「んで、何?ユキちゃん」
「うむ、あの女の子の件なんだが・・・・・・泊る所がない、って言ってたよね?」
「あぁ、言ってたな」
 俺がそう答えると、ユキちゃんは右の拳を軽く握り締めて口にあてた。
 これはユキちゃんが何か考え事をしているときの癖である。
「・・・・・・この辺に泊まるところなんてないし、帰る場所がないって言うなら・・・・・・しばらくウチで面倒を見てあげないかい?」
「え?」
 ユキちゃんの言っている意味はわかるが、人ひとりをそんな簡単に受け入れていいものだろうか?
 俺のそんな疑問を見透かしてか、ユキちゃんは続けた。
「俺だって、これが拾ってきた猫を飼うっていうのと次元が違うことぐらいわかってるよ。でも、でもだよコウちゃん。この状況は、俺達がずっと渇望してきた状況じゃないのか!?」
「落ち着けユキちゃん、声が大きい」
 俺は人差し指を口に当てて、ユキちゃんを落ちつかせる。
 そして考えながらユキちゃんを諭すように言った。
「見知らぬ人をいきなり家に泊めるということは、色々とリスクを背負う」
「そうだね。そんな人には見えないけど、何か家のものを盗まれたり、壊されたりするかもしれない」
 そうだ、その通りだ。その辺はやっぱりユキちゃんはしっかりわかってるみたいだ。
 俺の悩んでる様子を見て、ユキちゃんは更に続けた。
「でもだよ、コウちゃん。女の子が家にいるということは『いってらっしゃい』や『おかえり』のボイスが・・・・・・女の子の声になるんだ」

「そしてお家の中に女の子がいると、華やかに―――」
「―――なる」

「更にお家の中に女の子がいると、良い香りが―――」
「―――する」

「つまりお家の中に女の子がいると、フラグが―――」
「立つ!」

 気づくと俺はそう答えていた。
 もう迷いは無かった。
「GOだ。俺は青春に賭ける!」
「コウちゃんならそう言ってくれると思ってたよ」
 俺たちはお互いの右の拳と拳をぶつけると
「青春!」
「万歳!」
 それだけ言って今に戻ることにした。

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「―――と、そんなわけで、キミさえよければしばらくウチで寝泊まりしてもらってても構わないよ」
 と、ユキちゃんがいきなりそんなことをいったので、女の子はきょとんとしていた。
「え、あ、いや、そんな迷惑を掛けるわけには―――」
 当然の反応。だがそこで引き下がるわけがないのがユキちゃんである。
「別に迷惑なんかじゃないよ。二人で住むには広すぎて部屋の管理が行き届いてないくらいだし、ちゃんと掃除さえしてもらえればむしろ俺らとしてはありがたいくらいだよ。ね、コウちゃん」
「だな。それにさっきどこか寝泊まりできる場所を探すって言ってたけど、この辺りにそんな施設はないし、俺もそうした方がいいと思う」
 つうと言えばかあ、ああと言えばこうというのが俺とユキちゃんの仲である。
 目的が一緒ならば全力で協力するのだ。
 しかし、こうして一気に押したところでコウちゃんは
「あ、でも別に無理に泊ってけわけじゃなくて。嫌なら別に構わないんだ。いきなり見ず知らずの怪しい男の家なんて怖いだろうしね」
 と、なんか少し寂しげな表情をして言った。
 演技派だ。
 すると、女の子は慌てた様子で言った。
「そ、そんな別に嫌とかってわけじゃなくて・・・・・・その、本当はそうさせてもらえると、助かります」
「いいっていいって。それに下の個室はカギが掛かるから安心してくれていいよ」
 そうユキちゃんは言うが、個人宅の部屋の鍵なんてたがが知れてるけどな。
 と、俺がそんなことを思っていたら、背後から声がかかった。
「あ、あのさー。実はアタシも今行くところも金も足もなくて困ってるんだよね」
 振り返ると、今までの話を聞いていたのか、ジャージに着替えた女が階段からひょこっと顔を出していた。
 なんだこいつ。厚かましくも自分も泊めろというのか。
 だがここは宿でもなければ、俺は慈善事業家でもない。
 俺はユキちゃんは睨みつける。
(だが断る。そう言ってやれ)
 俺が眼だけでそう語ると、ユキちゃんはわかったというようにウィンクをして俺だけに見えるようにぐっと親指を立てた。
 流石ユキちゃん。俺の事なら何でもわかってくれているようだ。
 俺が安心して胸を撫で下ろすと
「いいよ」
 とユキちゃんは言った。
 何もわかってねぇじゃねえか。

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 いろいろと騒動はあったが、びしょ濡れだった女の子はシャワーを浴びてスウェットに短パン、ギャル女は俺の高校時代のジャージ、ユキちゃんはまだ作業をするのかTシャツにジーパンと普段着で、俺は寝間着代わりの作務衣という恰好で全員が居間に集合していた。
「そしたら簡単に自己紹介だけしちゃおう。お互い何て呼べばいいかわからないし」
 と、ユキちゃん。
 確かに、いつまでもキミとか、アンタってんじゃ味気ない。
「えーと、じゃぁ俺から。俺は堺 幸雄。ユキちゃんでもユッキーとでも好きに読んでね」
 ニコっと笑うユキちゃんだったが、女の子たちは若干引き気味だ。
「俺は佐久間 幸一」
 俺は眠いのでそれだけ言った。
 そして、アゴで「次はお前だよ」とギャル女に振った。
「指図すんな」
「うっせ、ねみーんだ早くしろ」
 俺がそういうと、ギャル女は「チッ」と軽く舌打ちをしてから自己紹介した。
 面倒くさいやつだ。
「アタシは吉本 奈緒子(よしもと なおこ)、まぁ、テキトーに呼んでよ」
 ダルそうなしゃべり方だ。
 人のことは言えないが、愛想のないやつだ。
 そして、残すところ一人になった、雨の中突っ立ってた女の子。
 どうやら、シャワーを浴びて正気に戻ったのか、先ほどのように無表情というわけではなく、むしろ今はなんか焦った表情をしている。
『はわわ!私の番だ!どうしよう!』
 といった感じである。
 俺の勝手な妄想だけど、かわいいなぁ。
 とか思っていたら、女の子が自己紹介を始めた。
「えっと、市川 志穂(いちかわ しほ)です。よ、よろしくお願いします」
 と言って、ぺこりと頭を下げた。
・・・・・・か、かわいい。
 思わず固まってしまった。
 ユキちゃんも固まっているのか、変な沈黙が訪れた。
 すると、この沈黙が自分のせいだと思ったのか、あわてて女の子が言った。
「あ、えっと、堺さんと、佐久間さん、それから吉本さん・・・・・・でいいんですよね?」
 女の子・・・・・・もとい、市川さんがそう言ったところで俺は我に返ったが、何かしっくりこない。
『佐久間さん』ねぇ・・・・・・。他人行儀だな・・・つっても他人なんだから仕方ないんだが。
 と思っていたら、ギャル女・・・・・・もとい吉本とやらが言った。
「んー、『吉本さん』って呼ばれんのアタシ嫌いだからさ、下の名前で呼び捨てにしてくんない?それと、さん付けは勘弁。つーか吉本ってなんか芸人みたいじゃん?」
 とかほざきやがった。
(へっ、芸人とかぴったりっぽいけどな)
「なんか言ったか?」
「いや、別に」
 思っていたことが顔にでも出たんだろうか。
 若干空気が悪くなったところで、ユキちゃんが割って入った。
「じゃぁ俺らの事も呼び捨てもらっていいかな?なんか堅苦しいのは苦手でさ。むしろユキちゃんコウちゃんと呼んでもらった方がしっくりくるし」
 うんうん、と一人頷くユキちゃん。
 そして一人おろおろしている市川さん。
 なんかそうおろおろされると、ついいじりたくなってしまう。
「試しに呼んでみなよ」
「え!?私ですか!?」
 おう、とばかりに頷く俺。
 そして市川さんに集まる視線。
 さらにおどおどする市川さん。
 そして助けを求めるように、いじり主である俺を見つめてきた。
 あ、なんか可哀想になってきた。
「コウちゃん、でいいよ」
 可哀想になってきたが、ハードルを上げてみた。
 おどおどしていた市川さんだったが、両手のこぶしをぎゅっと握りしめ、俺をキッと見つめ・・・・・・いや、どっちかっていうと睨みつけているという感じで言った。
「コ、コウちゃん!」
「ん、何?シホちゃん?」
 呼べと言っておいてそれはないとも思うが、なぜか俺にそう言わさせてしまうオーラが市川さん改め志穂ちゃんにはあった。
「え!?な、何って言われても」
 案の定慌てる志穂ちゃん。うーん、新鮮だ。
「ははは、冗談だよ。ま、そんな感じでよろしく」
(つーか、思わず言ってしまったが、女の子を下の名前でちゃん付けで呼ぶとか何年振りだろう)
 と、感慨にふけっていたら、横から胸倉を掴まれた。
 ユキちゃんだった。
「コーちゃん!ずるいよ!一人だけそういうの!俺もやりたいよ!」
 落ち着けユキちゃん、女の子の目の前だぞ―――そう言ってやりたかったが、頭をガクガク揺さぶられてそれどころじゃなかった。
 その様子をケタケタ笑いながら見ていたギャル女こと吉本 奈緒子が割って入ってきた。
「まぁまぁ、なんならアタシが呼んでやるよ―――ユキちゃん」
「うわぁ、ときめかねぇ」
 あ、思わず口に出ちゃった。
「んだとこらぁチャラ男!」
 先ほどまでこちらの様子を見て笑っていた顔が一変して鬼の形相になった。
 どうやらこっちが本性のようだ。
 だが、ここで黙って聞いてやるほど、俺は人間できていない。
「誰がチャラ男だギャル女!」
「なんだ?やんのかチャラ男?」
「上等だボケ。表でろや、10秒で三途の川に送って―――」
 ごつっ―――と、鈍い音がした気がした。
 いや、気がしたじゃなくて、俺の脳天で響いたのだ。
 ユキちゃんの拳だった。
「コウちゃん、ギャル女じゃないでしょ、奈緒子ってさっき自己紹介したでしょ」
 そう言って、ユキちゃんは手をぷらぷらさして少し間をおいてから

「ね、ナオちゃん」

 と、極上のスマイルで言い放った。
「あ、うん―――」
 と、急に自分をちゃん付けで呼ばれたからなのか、とたんにしおらしく返事をした。
 いや、これは急に呼ばれたことが原因って感じじゃないな、むしろ―――
「惚れたか」
 と、俺がポツリと呟くと
「は!?」
 と、顔を真っ赤にして過剰に反応した。
 図星か。
 きっと今まで優しくされたり、ちゃん付けで呼ばれることなんてなかったんだろうな、こんな性格だし。
 哀れな女だ。
「誰が哀れな女だ!」
 がーっとまたかかってくる。
 しまった、思わず口に出ていたか。
「ほらほら二人ともストップ。もう遅いんだから、ちゃんとお互いの名前を呼んで仲直りして」
 仲直りも何も、『仲』なんてものがあったのかね。
 しかしそこは俺も大人だ。空気を読んで、この不毛な会話を終わらせることにしよう。
「あー、なんだ。とりあえず許してやる。ありがたく思えよ―――ナオ」
「誰が許されるんだ?寝言は寝てからいうんだな―――コーイチ」
 このアマ・・・・・・。
 ナオは歯ぎしりをしながら八重歯をむき出しにして睨んでくる。なんとも凶暴な形相だ。
「―――くす」
 と、俺達がにらみ合いをしている横からかすかに笑い声が聞こえた。
 シホちゃんだった。
「何がおかしい!」
「何がおかしい!」
 嫌なことに、ナオとハモってしまった。
 向こうも同じような感想を抱いたのか、チッと舌打ちをした。舌打ちの多いやつだ。
 しかし、シホちゃんは俺達のそんな様子などお構いなしに笑顔のまま続けた。
「その、仲がいいなって」

「どこが!?」
「どこが!?」

「ほら」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 俺もナオも、憮然とした顔のまま黙ってしまった。
7, 6

  


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 俺とナオが睨みあっていると、ユキちゃんが手をパンと鳴らした。
「さて、自己紹介も済んだところで今日の寝床だけ決定しちゃおう」
 はっとなって時計を見るとすでに二時を回っている、これから飯食ってシャワー浴びてたら3時を過ぎてしまう。
 仕事場までは一時間かかるため、朝は七時起きだ。
 朝には恐ろしく弱い体質なので、早く寝ないと余裕で寝坊する自信がある。
 俺は寝床をさっさと決定するべく、部屋割の提案をすることにした。
「今家にはふとん2セットと、ベッドが一つあるから、女の子がふとん二つ使えばいいんじゃないか?」
 ベッドというのは、俺の部屋にある通販で買った高級マットレスが敷いてあるベッドで、残りの二つの布団はユキちゃんが実家から持ってきた布団で、部屋で寝るための布団と、今に置いてある仮眠用の布団だ。
 ユキちゃんの衣類やら道具やらはほぼリビングに置いてあるので、ユキちゃんの部屋が使用不可能になったところで当面は問題ないだろうし、俺のウォークインクローゼットにはまだ使ってない場所が結構あるので、そちらに移せば問題ない。
 それにベッドが一つしかないといっても、俺もユキちゃんも生活リズムはほぼ正反対のため、同時にねることなど殆どないから一つあれば十分だろう。
 俺の高級ベッドを使われるのに少し抵抗があるが、この際我慢するしかあるまい。
 と、俺が一人納得していると、ナオが口を挟んできた。
「えー、あたしあのベッドで寝たい」
 そういえばコイツ俺のベッドで寝てやがったな。ファック。
 つーかどこまで自己中なんだ。
 俺が「今すぐ死ね自己中」と言う前に、今度はシホちゃんが言った。
「あ、あのそれじゃぁお二人はどうやって寝るんですか?」
 うんうん、普通まずそう言うよな。そっちだよな言うべきは。
 俺がそれは問題ないという前に、ユキちゃんが説明した。
「俺達の寝るって時間かぶらないから、それは平気だよ。平気だけど―――コウちゃん、ベッドは女の子に譲るべきだよ」
 と、ユキちゃんは俺の色んな計算のもとに弾き出した寝床の配置を一蹴した。
「それに、俺達の寝る時間もまったく被らないってわけじゃないしね。コウちゃんのベッドって確かダブルベッドだったよね?二人とも小柄だからコウちゃんのベッドで普通に寝れると思うよ」
 更ににっこりとコウちゃんは話を進める。
 待て待て待て、俺がどれだけ苦労してあの部屋を構築したと思っているんだ。
「いやいやユキちゃん、何も寝床だけの話じゃないんだ。部屋の荷物の移動とかだってあるだろ?俺の部屋にはデスクトップパソコンとか、機材とか、クローゼットの服とか、日常的に使うもんが多いじゃない。それに比べてユキちゃんは殆どのものをリビングに持ってきてるから、そうした移動の手間も考えると―――」
「コウちゃん」
 俺は諸々の事情をまくしたてて説明しようとしたが、やんわりとユキちゃんに遮られた。
 すると、シホちゃんが慌てた様子で割り込んできた。
「あ、あの!私達は居候させてもらう身なんで、そ、そんなお構いなく!ね、奈緒子さん!」
 そうナオに振るシホちゃんであったが、ナオは「えー」とでも言いたそうな顔である。
 しかし、シホちゃんの言うことも最もだと思っているのか、口には出さない。
 よし、いい流れだ。
「ホラ、コウちゃん。彼女たちもこう言ってることだし」
 俺も便乗してそう言うと、ユキちゃんは軽く握った手を顎に添えて、少し考えてから言った。
「いや、俺あの柔らかいベッドだと落ち着いて寝れないからさ。コウちゃん我慢して」
 嘘をつけー!
 俺は知っているぞ!俺のいない時に勝手に俺のベッドで気持ちよさそうに俺のベッドで寝ているということを!
「だ、そうだぞ。コウイチ。ユキちゃんのためだ、アタシ達がベッドを堪能してやるから諦めろ」
 ニヤニヤという表現がぴったりすぎる笑顔でナオはそう言った。
 俺の中で地獄に落ちること間違いない奴ベストスリーに、こいつがランクインした瞬間だった。
 (ちなみに栄えある1位はダントツでユキちゃんである。)
 だが、そこで引き下がる俺じゃない!
「ユキちゃん!ポケットコイルでダブルサイズのマットレスいくらしたと思ってるんだ!?つーかユキちゃんこないだ俺のベッドで寝て―――ふごっ!?」
 そこまで言ったところで、ユキちゃんに口を塞がれた。
「コウちゃん、以前俺が怪我をして腰を悪くしたって話さなかったっけ?それであんまり柔らかすぎるベッドはよくないんだよ。それでも―――だめかな?」
 確かにそんな話は聞いたことがある気がする。でも普通に俺のベッドで寝てただろ。
 まだ食い下がろうとする俺に、ユキちゃんはぼそっと呟いた。
「・・・・・・あんまり俺達が言い争うと、また女の子たちに気を遣わせちゃうよ?」
 そう言われて、チラっと女の子二人を見る。
 シホちゃんはおろおろしている。
 ナオは「もっとやれー」て顔をしている。
 ナオはどうでもいいとして、何か事情があって本当は心身共に疲れきっているであろうシホちゃんにこれ以上気を遣わせるのは確かによくない気がする。
 俺が溜息とともに体の力を抜くと、ユキちゃんは手を放してくれた。
「荷物運ぶのは俺がやっとくから」
「いや、俺が大人げなかった」
 俺達の和解したとわかったのか、シホちゃんはほっとした顔をしていた。
「その通りだな」
 一人納得顔のナオ。
「黙れ小娘」
 こいつは一度シメたほうがいいな。

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 一応話がまとまったので、朝の早い俺は起きてからシャワーを浴びようと決めて、飯は食わずに寝ることにした。
 まったく、ユキちゃんは可愛い女の子だけには紳士的になるから困る。
 この一年をかけて自分の部屋を快適にするために頑張ってきたというのに、しばらくの間は布団で寝るのか・・・・・・いっそもう一個ベッド買おうかな。
 俺がそんなことを考えていると、二階から人が降りてくる足音が聞こえてきた。
「もう一個の布団持ってきたよー」
 ユキちゃんだった。
「あー、適当にその辺置いといて、敷いとくよ」
「ん?いや、こうするんじゃないの?」
 と言ってユキちゃんはすでに敷いてある布団の上にもう一枚布団を重ねた。
「こうすれば、コウちゃんのベッド並とは言わないけど少しはましになると思うよ」
 それじゃぁユキちゃんが寝れないじゃないか。
 寝る時間が違うとはいえ、時々仮眠をとっているようだし。
 俺がそう思っていることを感じたのか、ユキちゃんは更に言った。
「あ、仮眠はクッション使うから平気だよ。女の子に良いベッドを使ってほしいってのは俺のわがままだからさ、布団一枚追加じゃ足りないと思うけどせめてそのぐらいは、ね」
 ・・・・・・あー、なんか自分がすごい小者に思えてきた。っていうか、小者だな、俺。
 ユキちゃんは別に女の子だけに気を使っているわけじゃないんだ。
 まぁ、比率は確実に偏っているけれども。
「じゃ、おやすみ」
 それだけ言ってユキちゃんは部屋を出て行こうとした。
「あ、ユキちゃん」
「何?」
「俺の座椅子使いなよ。あれにクッション引けば布団よりいい寝床になるから」
 それだけ言うと、ユキちゃんは一瞬きょとんとした後、ニコっと笑って言った。
「ありがと」
 そして今度こそユキちゃんは部屋を出て、ドアを閉めようとして、なぜか閉めずに登って行った。
(なぜ閉めない・・・・・・)
 俺はユキちゃんが開けっ放しにしたドアを閉めようとドアに近付いたら、いきなりナオがドアを開けて顔を出した。
「うぉ、なんだ」
 俺がそう言うと、ナオは目線を逸らし、頭をかりかりと掻いてから言った。
「あー、なんだ。ベッド、悪かったな。それとありがと」
 ・・・・・・?
 え?何それだけの為に降りてきたの?
「別にいいよ。つーかお礼ならユキちゃんにしとけ」
 俺がそう言って掌をヒラヒラさせると
「それもそうだな」
 と言って、さっさと二階へ上がってしまった。
 なんなんだこいつは。本当に愛想がないな。
 やれやれと俺は布団に入る。
 わざわざお礼を言いに来るなんて、可愛げがあるじゃないか、とか思ったんだけどな。
8

鮭王 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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