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別に眉にわざわざ唾ぬらなくてもいいのよ、由乃実。

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 風通しの良い和室の真ん中には、おあつらえ向きのちゃぶ台が、ちょっと気恥ずかしそうに鎮座ましましていた。
 奥から手前に吹き抜ける風が、出掛けに風鈴とぶつかる。──おっと、こりゃ失礼。何、お気に召されるな。ちりんちりんとな。──

「カムバック、春!」
「黙れうるさい窒息させるぞ」
「うちわー、うちわ返してー」
「はーるがきーたーはーるがきーたー」
 ちゃぶ台は合計八本、四人分の足を突っ込まれて、尚気恥ずかしそうに黙りこくっていた。別にそれで涼がとれるわけでもないというのに、四つの人影はちゃぶ台を中心にして、放射状に溶けきっている。
 風はそれらを歩き踏みつけて縁側から何処へと向かう。──今日も暑いですねぇ。いやはや全く。ご自愛召されよ? ちりんちりんとな。──

「どーこーにー 来たー」
「お前の頭」
「後生だからうちわをー」
「ウェルカム秋! この際冬でも可!」

 ──冬は困りまする。私も老いさらばえて久しい。今年の空風には、追いつけぬやもしれぬ。鞭打ったとして、それは若い者に背負わせてしまうゆえ──
 通り過ぎたはずの風が戻ってきて、盛大な独り言に茶々を入れてくる。

「うっさいわね黙ってとっとと行きなさいよ、澱むのよ空気が」
 言葉を返したのは放射状に溶ける人影の一人。ちらりと縁側に視線を向けた時に、差し込んだ光の反射が眼鏡をひからせる。
 そこに風が居た、としても、風に色も形もありはせず、笑うように音が鳴いて、それだけ。あとに残るのは生温い陽光の残滓。



 この家は古い。見たからに古い。むしろ古すぎて新しさを感じてしまう。雑誌に特集を組まれてしまうような、ふいに懐かしさと入れ違った新鮮さすら覚えてしまうような、はたまた身に覚えのない懐かしさを強制してくるような。
 ありていにいえばそんな感覚になる。この家に生活している彼、そして彼女たちであるなら殊更なのだ。
 古い家屋には昔からけものや神仏の類が住むという。
 がぶっちゃけそれとはまったく関係なく、割とナチュラルに八百万の神は我々人類の生活にアクティブに接触してくるようになっていたのだった。
 みんな慣れっこである。へのかっぱなんである。

 放射状なんてそれっぽいたとえではぐらかしてはみたけれど、居間にたたずむいい年した女やもめ四人組は、いびつなクローバーみたいに、アジの開きとなって畳にフルオープンしていたんである。
 眼鏡はいい加減イライラしてのっそり起き上がる。最初に寝転んでからすでに一時間近くが経ち、いい加減どんな体勢で何をしようがこの熱気が安らぐことはないと諦観したのである。
 急に起き上がったもんだから視界がおかしい。平行なはずの縁側のふちどりが段々々々左に傾いている気がしてならない。揃えて首を傾げてみる。もっと傾く。追いかけていずこ、畳の上に側頭部をぶつける音がする。
 痛みというより衝撃が白い波動みたいになって、底辺を深く突き抜けてびびびび、という振動を与えてくれる。それが痛みなんである。

「誰か冷蔵庫からアイス」
 真っ赤に恥じらうちゃぶ台を挟んだ、眼鏡の反対側で長い長い髪の毛が水藻のように散らかして叫ぶ。人の体はついているがあんまり髪の毛が長いもんだから髪の毛が喋っているようにしか見えない。
 もちろん髪の毛は喋る。だって八百万だもん。

 眼鏡はその視界に捉えた長髪のうざったさに、思わず足を蹴りつけた。足下の攻防に、ちゃぶ台も思わず悲鳴があがる。
「うるせえよ黙れぶっ殺すぞ」
 眼鏡の右手で歪みねぇ悪態をつくのは金髪の娘子。舌打ちとか貧乏ゆすりとか口ピとか色々と怖い。ちゃぶ台もちょっと身をすくめたりする。可愛いねぇ。
「ぶっこーろすーあーんじぇるす?」
 口から出る言葉は完全にうわの空。眼鏡の左手でマンガを読みふけっているのは坊主頭の幼子。女人化したアニメの一休さんみたいだ。服はもちろん私服だが。味気ないオレンジ色一色のダボダボのTシャツ一枚で飄々とマンガに没頭している。
 それぞれお互いの足先が交差するちゃぶ台下戦争。誰しもしっかり足を伸ばしたくて、対面から、時には左右から遅い来る靴下たちをあちらへこちらへと追い払いあう戦いが続いていた。


 眼鏡の視線はいつの間にか縁側を飛び越え、防風林チックな樹木の隙間を通り抜け、遥か遠く遠く遠く遠くに見えるあおっちろい空に飛んでいた。ちょっとヤバ眼である。ややレイプ目でもある。
 しばらくの静寂の後に、眼鏡はちゃぶ台を大きくたたいた。身悶えるちゃぶ台。若干キモい。

「出かけるわよ」


 ──どこのラノベのヒロインだ──耳聡い坊主娘が、しかし視線をマンガから外すことなく、頭の中でそんな言葉を唱えていた。
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