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プロローグ 断ツ者絶タレル者

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雨はすべてを洗い流す代わりに新たなものを運び込む。

涙を流せば 光を運び
血を流せば 不幸を運び
時を流せば 未来を運ぶ

あるモノを失えば あるものを手に入れる

それは言い換えれば

あるモノをつかみ取るには 
あるモノを差し出さなければならない

だから 俺は

罪とつながりを流した代わりに
罰ときっかけを手に入れた
                   ~断ツ者ノ詩~
 
 1.逃避

 その日、雨は一日の始まりから終わりまで家を包み込んでいた。乱れた音程、しかしメトロノームの針のように一定のリズムで屋根を叩き、カエルの合唱の伴奏をしながら・・・。
 そんな周りの音を一切感じさせないような異様な静けさが、家の中を漂っていた。そこにあるのは少年の荒い息と、何かが床を伝って流れる音。

 少年の目は鮮度を失った死んだ魚のようだった。灰色の朽ちた瞳は、一寸先も見えないほど、定まらず、震えていた。

  どくんっ

 少年の足元にはどす黒い、いや鮮やかなバラの花を連想させるような、赤い血が溜まっていた。ポタ・・・、ポタッ・・・と少年の右手に持つ、ダガーナイフの刃先から、血と右手から流れ出す汗が混じって、共に伝い落ちていく。

  どくんっ

 少年の前には二つのモノがあった。
 二つの男性と女性の遺体には数え切れないほどの刺し傷があり、そこから未だに生々しい血の流れがあった。

  どくんっ

 長いときが過ぎた―――やっと少年の目に光が戻った。そして自分の置かれた状況を再確認した。
  ・・・・・
 少年は今までの動揺が嘘のように落ち着き、わずかに笑みを浮かべた。そして刃物を振り上げる、空を切る刃物、しかし確かに手ごたえを感じながら、また振り下ろした。


 少年は何もかもを捨てて、唯一ダガーナイフだけを握って逃げ出した。
 土砂降りな雨の中を走り抜けた。
「なんで、なんであんたらが死んでるんだ!!」
 そんな風に吐き捨てた言葉も、一時的な現実からの逃避に過ぎなかった。
2, 1

  


2.破壊衝動

 今日も雨だった。
 
 窓の外は黒い雲が隙間なく詰め込まれていて、空の青色をのぞかせようとはしなかった。
 その黒いカーテンが空の青や太陽の輝きを隠そうとする様子は、どこか自分のことを示しているようで詰まらなさそうに心の中で独り笑った。
 
 夏の時期には少し早いが、今日は雨も手伝ってか、妙な空気が教室に流れていた。
 教室にいた人影は、しだいに少なくなり、廊下に多数の声が鳴り響いていた。・・・誰かが言っていたが、人間は、湿度が高くなるとなぜだか不安になり落ち着きをなくす、とか。 
 無我 絶(むが ぜつ)はこの雰囲気を気に入っていた。そのまるでこの世界から断絶された四角い箱の中に一人閉じ込められているような錯覚に落ちいれられる時間が。
 
 人というものは一人では生きていけれないと言われているが、食料や生活するための人事を除いて、一人の方がよっぽど生活しやすい、というのは、コミュニケーション能力もそれほど高くなく、人前で何かすることに抵抗のある絶の本音だった。
 それは対人恐怖症だとかではなくて、ただ単純に付き合いをしようと思う人間がいないだけ。「昨日のテレビ何見たー?」とか「今日カラオケいこうぜ」とか「あっ携帯変えたんだ~」など毎日、意味の無い会話に馬鹿騒ぎし続ける同じ年齢の『くらすめいと』っていうのばかりで、気に入らなかった。
「・・・めんどくせぇ」



 数分後、朝のHR(ホームルーム)が始まった。
 集団の中には多分三つの人がまとまっている。集団に適している人、適していない人、そのどちらでもない人。
 だいたい学校という集団には適さない人がいて、適する人、どちらでもない人を攻撃する。例えばいわゆる『不良』と呼ばれる人は適さない人だ。
 そんな不良たちの中ではやっぱり不良たちの中で一番、力を持つボス的な存在がいるのである。
 そいつは絶のクラスにいた。そして、そいつにいつもべったりくっついている金魚のフンのようなやつも二人。
 そんなクラスを牛耳っているのはその三人組だ。他人から見れば・・・だけど。

 クラスで絶の立場は三つの中でどちらでもない、言い換えれば中立的な、悪く言えば無関心、だった。
 
 奴らは今日も騒ぎを起こしていた。金魚のフンA(俺は交友関係を持たなくてもいいと思った奴の名前は覚えてない。)学ランを頭にかぶせて、机に突っ伏している。時折プラスチックがこすれたような音がするから携帯ゲーム機でもいじっているのだろう。
 不良ボスとフンBは窓側と廊下側で配られたプリントをくしゃくしゃに丸めてキャッチボールをしていた。大声で喋りながらのそれは、迷惑以外の何ものでもない
 「・・・ああー。ウルセーな。」
 俺は誰にも聞こえないぐらい小さな声で非難の声を上げた。でも絶対自分から動こうとは思わない。
 それは何故かと言われると、それは単純にめんどうだから。
 
 何かを変えるためには、待っていても何も起こらない。起こるのは時という概念が進むだけ。
 もし、何かを変えるために自分が行動するとき『責任』という足かせが科せられる。その大きさは大抵、行動する内容に比例する。
 歴史に名を残した、偉人、有名人は、歴史に名を残すだけの行動を自ら起こし、『責任』の重圧をはねのける力を持っていた『勝者』と、目的は果たせなかったが、それに見合うだけの挑戦をしたことに称賛を得た、事実上の『敗者』だと思っている。(例外もあるんだろうけど。)
 
 つまり、何が言いたいかと言えば、それは、行動もしなければ責任も無い、必要最低限で生きようと思うのなら、大それた事はしないということ、だ。
 俺は学校の出来事なんか、全くと言っていいほど無関心だし、こんなめんどくさがりな性格だから、必要最低限で生きる法則を素直に実行しているのだ。
 
 と、そんなことを考えていると、ボスとフンBが投げていた紙くずが頭に当たった。
「何やってんだよー。」
「はぁ?てめぇがカーブ投げろっつったから投げたんだろうが。」
 どうやら今、足元に転がっている紙くずは、ボスが投げたものだった。だが、紙くずが当たった絶の席は、ボスから見れば右側、つまり球種でいえばシュートに当たる方向に投げられていた。

 ・・・ヘタクソ。

「おーい、絶ゥー。足元のボール取ってくれぇ。」
 今、親しくも無い奴(たとえば名前すら覚えられて無い奴とか)に、いかにも親しそうに名前を呼ばれるのは、なかなかシャクに触ることが良く分かった。しかも、紙くずをぶつけた謝罪が無いのがさらに怒りを増大させた。・・・怒り心頭って奴だ。
 
 怒りがついに頂点に達したとき、突然、意識がとんだ。

 俺は足元に転がっている紙くずを見つめる。そしてゆっくり足を上げ、おもいっきり踏みおろした。
 
 パンッとはじける音が盛大に鳴って、教室中の視線が一瞬で集まる。
 困惑、怯え、非難、そして怒り。実に様々な感情が目からうかがえる。まあ、怒りは一人の顔全体で表されてとーっても分かりやすいけど。

「おい!絶。・・・今のは冗談だよなぁ。それか、あれか?拾おうとして、うっかり踏みつけちまったか?でも、それにしちゃあ、力いっぱい踏み潰したように見えたけどなあ。ま・さ・か、自分から踏もうと思ってたんじゃ・・・。」
「その『まさか』だったら・・・どうするんだ?」

 少し語尾に怒気が現れ出したボスはまさか、普段おとなしそうな俺が、途中で微妙に神経を逆撫でするような、挑戦的な発言をするとは思っていなかったようで、鼻っ柱を殴られたようにキョトンとしていた。が、我に返ったとたん、椅子を蹴り倒した。
 椅子はぶっ飛び、後ろの掃除道具入れに当たり、ベコッと穴を開けた。
「ッチ。」
 ボスは顔を鬼のように真っ赤にしてズンズンと向かってくる。俺は冷静に待ち受ける。表面上だけ。

「調子に乗ってんじゃねえぞ、ゴルァ。」 
 ボスは俺の机の横に来ると、胸倉を掴んで椅子ごと後ろに押し倒した。そのとき椅子が後ろの机に当たってその席の男子がヒィっと声をあげた。それにつられて、周りの女子が悲鳴を上げた。

 そういえば担任がいつの間にか、居ないな。
 自分には手に負えないと感じて、他のクラスの体育会系の教師でも呼びに行っているのだろうか。―――いや、どうせ逃げ出しただけだろう。ほんと生徒も、教師もゆとりばっかりだ。

「何よそ見してんだ。しばくぞ。」
 ボスはもう顔は赤に染まり過ぎて、怒っているのか、それとも、今更になって自分の行いに恥ずかしがってるのか分からないほどだった。まあ、後者は100%ありえないけど。だが、凄みはあるが、その顔に恐怖は感じない。
 
 こいつ、まるでゴリラみたいだな。いや、それはゴリラに悪いか。なんせ、頭が悪すぎる。

「何、笑ってやがんだよっ!」
 いつの間にかボスは腕を振り上げ、殴りかかっていた。
 それを俺は手のひらで、受け止めて、つかんだ。

「っな?」
 ボスは、必死に掴まれた拳を振りほどこうとした。だがびくともしない。
「まだ分からないのか?俺はお前からして見れば、弱くて自分より劣っている奴だとでも思っていたんだろ。でもな、残念だがそれは見当違いもいい所、なんだよっ!!」
 
 まだ混乱状態のままのボスの顔面を殴った。後ろに吹っ飛ばないように軽く。それでも強かったのか、ボスは白目をむいて気絶をしていた。仕方なく鳩尾を膝で蹴り上げ起こした。
「っは!・・・お、お前・・・ゴフッ。」
「俺はなあ、これでも鍛えてんだ。お前みたいに無駄な筋肉なんかひとつもつけてねぇ。必要な筋肉だけだ。無駄は無駄しか生まないからな。」
 ちなみに喋っている間、痛みを与え続けるように気絶しないように腹を殴り続けている。
 
 殴りながら周りを見ると、全員驚いて声も出ないという風に俺たちを見ていた。フンBは窓まで下がって腰を抜かしていた。
 フンAの姿は見当たらなかった。まあ、なかなかいい判断だろう。
 
 殴るのを止めると、倒れて、ボスは激しく呼吸をし始めた。今度はボスの胸倉を俺が掴んだ。
「結構殴れてすっきりしたぜ。あんまり殴りすぎると面白くなくなるからこれぐらいにしといてやる。それと呼吸はしなくていいぞ。もうすぐ、する必要がなくなるから。最後に、お前の失敗を教えてやろう。それはお前がバカで、こんな場所で、調子に乗っていたこと、だ。」

 だいぶ落ち着いてきたボスから手を離し、上着のポケットからダガーナイフを取り出した。さすがに危険を感じたのか、他の生徒は悲鳴を上げながら、廊下に飛び出した。教室に残ったのは俺とボスとフンBだけだ。
「ヒィィィィッ!!」
 さっきまで真っ赤だったボスの顔が今は真っ青に変わっている。しかしそれは殴られ続けたり、ナイフを突きつけられたからではない。
 
 
 ボスの視線は俺の目を見ている。眼球が黒く染まり、瞳が真紅色になった目を見て、怯えているんだ。この”特殊な目”を見て。
 俺の今見えているのは、今までの風景と赤色をした、『点と線』だ。俺はボスの右腕にある深い赤色をした点と、太い線を見つけ出した。
 
 そして左手に線を握り締め、右手でダガーナイフを腕に突き刺した。
 肉をえぐり、引きちぎる感覚がダイレクトに伝わった。血を顔や体全身に浴びながらその感覚を楽しむ。
 
 ボスの断末魔が教室に響き渡った。
 ボスは膝から倒れそうになったが、俺の持っている、線のせいで空中に留まった。
 ピクリとも動こうとせず、ダラリと体を傾けたまま。
 
 左手の線を引き寄せた。ボスの体から出ているこの線は、動脈を握っているようにドクドクと動いていた。
 「あばよ。ボス。」
 
 ボスの存在は消えた。



 その後、授業は問題なく終わり、生徒たちは次の授業の準備をしていた。
「また、やっちまったか。」
 俺は用意もせず、周りを見渡した。

 フンA、Bは相変わらず頭が悪そうな服装だったが、ボスがいなくなって、後ろ盾がなくなったせいか、おとなしくしている。
 椅子が当たった掃除用具入れは穴があいていない。
 かつてボスがいた机や椅子はなくなっていて、何もない。
 そしてボスの返り血を浴びていた制服も元の黒に戻っている。
 生徒たちは、ボスが居なくなったことを、まるで不審がらず、元々居なかったように気にせず、いつも通り動き回っていた。

「早く、コントロールしなきゃいけねぇな。たくっ。めんどくせぇ。」
 この奇妙な現象を知ってか知らずか、雨は止むことを知らず、むしろ段々強く、激しく降り続けた。
4, 3

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