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かなしみはあめにながして

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 大好きだったあの子が今、ウエディングドレスを身にまとって笑っている。
 彼の隣に並ぶ彼女の幸せそうな横顔を僕は来賓席からぼんやり見つめていた。綺麗に着飾って式を見に来ている他のどの子より、今日の彼女は間違いなく光り輝いていた。純白のそれに身を包み、普段はしない真っ赤な口紅をした彼女。オシャレはどうもねえ、と舌を出して苦笑いをしていた、そんな見慣れた筈の『幼なじみ』の姿は無い。
 式は順調に進んでいく。僕は式の始めのほうから感じていた何ともいえない息苦しさが次第に強くなってきていることを、もう否定せずにはいられなかった。もうすぐ彼女は指輪をその綺麗な左指に嵌めて、そうして僕には終に1度すらも叶わなかった――もう何度目かわからない――彼との口付けを交わしてしまう……ああ、まただ。
 もう何度目かわからない彼に対する激しい嫉妬と憎悪が沸き起こる。次いで、自己嫌悪。
 全てを受け入れて、その上でこの場に来たというのに。笑顔で門出を祝うって決めたのに。
 双拳を馬鹿みたいに力いっぱい握り締めて来賓席を静かに抜け出した僕は、やっぱりどうしようもない男だった。
 先月の初めのことだった。短大を卒業したばかりの彼女が、久しぶりにひょっこり僕の実家でやっている花屋に姿を見せた。数ヶ月ぶりに見せる屈託のないいつもの笑顔を前に、すぐに僕の心は躍った。
 いつも彼女の姿を見るだけで心臓は早鐘を打ち、何気ない会話もさりげない仕草も全部が愛おしく感じる。僕はいつものようにレジを母に任せ、彼女の待つ店先へ飛び出した。そうして小さい頃から家の手伝いをしていた僕が彼女に出来る唯一最大の話題、そう、花の話をした。四季折々の花の話をするたびに、彼女は時折質問を投げたりしながらも興味深そうに聞いてくれた。
「優君に言ってなかったことがあるんだ」
 この時期の風はとても心地良い。ひとしきりいつものように話をした後、肩まで伸びた長い髪を五月色の鮮やかな春風にそよがせて彼女は僕にこう言った。
「来月結婚するの。プロポーズされて、この人とならって思った。まだ早いかなって思ったけど、きっと彼となら頑張っていけるって――」
 頬を染めて照れくさそうに話す彼女を見て、膨らみきった僕の心は一気に萎んでいった。途方も無く長いこれまでの付き合いの中で彼女が初めて見せる顔だった。きっといつかは自分に向かってこんな顔をしてくれる日がくる、とどこかで勝手に決めつけていた自分がいたことに、この時僕は初めて気がついたのだった。
「私の方が少しだけ先だけど、優君もきっとすぐだと思うな。こんなに優しいんだもの、私が保証してあげる! きっと良い人が見つかるよ」
 違う、違うんだ。僕が好きなのは、君なんだ。どうして気づいてくれないんだ。
 胸に拳を当てて得意気に話す彼女に、僕は「ありがとう」としか言えなかった。
 告白なんかしなくとも僕の気持ちは伝わる、ずっとそう思っていた。彼女の一番近くに居続けたし、相談から悩みから将来の話まで、これまでいろんな話をしてきたのに。それなのに、彼女は僕を選んではくれなかった。
 それは多分、あまりに僕たちの距離が近すぎたからなのかもしれない。僕の描く物語のヒロインは君だったけど、君はきっと物語を僕と2人で描こうとしていたんだろう。理想のヒーローをどうやって登場させようか、きっと僕に尋ねていたのだ。その時点で僕にヒーローになる資格はない。きっとそういう事だったんだ。
 どうしようもないな、僕は。自ら進んでヒーローになるのを諦めていたなんて。
 式場を出るとあれだけ燦燦と2人を祝福していたはずの空が濁っていた。今の僕の心をそのまま投影しているようだ。何の光も見えてこない。
 近くに設置されたベンチに座ろうと足を向けると、青いベンチには既に先客があった。ピンク色のドレスに身を包み、ハンカチを片手に空を見つめている。20歳には届いていなさそうな幼い顔立ちだった。同じベンチに腰掛けるのは少し気が引けたが、ベンチはこの1台しかないし、とにかく今は座りたかった。何でもいいから何かにすがりたかった。
5, 4

  

「隣借ります」
「……」
 無言で空を見つめたままの彼女を横目に僕はベンチの端に腰掛けた。小さなベンチは2人で定員オーバー。そのまま両の手をひざに置いて頬杖をつき、地面を見つめる。芝生は水分を失っているのか暗緑色だった。
「ぐすっ」
 横で鼻をすする音がした。泣いている、と僕にはすぐにわかった。こらえていてもしゃくり声が聞こえてくる。どうして彼女が泣いているのかわからないけれど、彼女も僕と似た境遇なんだな、と理由なく確信めいたものを感じていた。
 と、いきなり彼女がその薄い胸の奥に刺さった切ない棘を抜きはじめる。
「……あのニブちんめぇ。ひっく、こんないい子が傍にいたって言うのに」
 やっぱり。ここにもいたか心の友よ。今日だけは共に嘆こう。今日だけは。
「どうして気づいてくれなかったんだろう。普通察するだろ」
「一緒のお布団で……ひっく。眠ったじゃんか」
「同じ部屋で1晩中喋ったことだってザラだぜ?」
 隣で並んで変わりばんこに愚痴をこぼすうちに涙がこみ上げてきて、俯いたまま僕は静かに泣いた。僕の涙が地面に落ちたのと時を同じくして、静かに6月の雨が降り出す。
 隣で声を上げて泣いている彼女が僕の店にアルバイト希望の面接にやってきたのは、それから1週間後のことだった。
6

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