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プロローグ

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 目を覚ましたのは、昼の1時過ぎだった。
ちょうど8月に入ったばかりの日の真昼。一度目が覚めたら、もうベッドに横になっていられない程に暑い。勇太は起き上がりエアコンのリモコンを操作しながら、よくこんな時間まで寝ていたよ、と自分に呆れた。
 ジットリとした寝汗の違和感。額をぬぐって、昨日散髪に行った事を思い出した。
昔からスポーツ刈りなどとは無縁で、男にしては長い髪をポリシーにしてきたが、高2の夏にしてようやくサッパリさせた。
思い切った理由がバスケ漫画の登場人物を真似たものだという事は、自分だけの秘密だ。
短い髪なんてダセエぜと思って生きてきた数年間だったが、短いのも案外良いもんだと思った。現に、夏だというのに頭がうざったくない。
窓を開けると、風はないけど爽やかな気持ちになった。そしてエアコンの事を思い出し、慌てて閉めた。
 ―トントン
ドアがノックされた。「おー」と返事をすると、ドアの向こうから「ユウ、起きてたの」と母の声がした。
「入っていいよ」
勇太が声を掛けてから母はドアを開けた。
別に、勝手に開けるなと常々言ってたり、親に圧力を掛けてるとかそういうのは無い。
子供が年頃である事を考慮してか自分からプライバシーを優先しているだけだ。かなり理解のある親と言えよう。
それでもたまに、外出中に勝手に部屋を片付けてくれるから困る。仕舞い忘れたエロ本は過去に二度見つかっている。
「あ、いま起きたばかりでしょ」
母はまだエアコンの効ききっていない蒸した部屋を前にしてそう言った。あるいは勇太がまだ寝ぼけ眼だったのかもしれない。返事は何も考えずに「うん」と答えた。
「おなか空いたでしょ。降りてらっしゃい」
「うん」
「トーストか何か食べる?カップラーメンにするならお湯沸かすけど」
「うん」
気のない返事を三度も続けると、母はそういうのが気に触ったらしく「下、ちゃんと穿きなさいよ。だらしない」とトランクス一丁の勇太を鬱陶しそうに言った。
親ってのはこういう余計な一言二言がうざったい。指摘すればするだけ子供が聞くと思うのだろうか。分かってるよ穿くよ降りるよ食うよ。勇太は頭の中で怒鳴った。
「あとお姉ちゃん帰って来てるわよ」
母は最後に何気なくそう言って、ドアを閉めた。
「それを先に言えよ」
勇太は誰もいないドアに向かって声をあげた。

 姉は今年、大学生になったばかりの18歳だ。
東京の大学に受かり、千葉の中でも田舎の我が家からでは通学が困難なため、一人暮らしをはじめた。その姉が夏休みという事で久しぶりに帰ってきたのだ。
とは言っても3月に出て行ってから半年も経っていない。懐かしいという実感もないし、先日母から帰ってくる事を聞かされた時も「あ、そう」の一言で片していた。
聞いた覚えでは夕方か夜に着くという話だったはずだが…やけに早いじゃん、と思いながら、放ったらかしにしておいたズボンを穿いて部屋を出た。
一階に続く階段への廊下を歩きながら、横切る姉の部屋。そういえば数ヶ月間ここには誰も入っていない。この暑さだ、虫でもわいてんじゃないか?と思うと楽しくなった。
 階段を降りリビングに入ると、向こうを向いて座る頭がソファから見えた。少し茶色い髪。染めやがったな、と思った。
本当は「よう!久しぶり」なんて声をかけてもいいのだけど、別に昔からそれほど仲が良かったわけでもないので、改まった挨拶はなんだか恥ずかしかった。
奥のキッチンでは母がお湯を沸かすのかヤカンに水を入れている。
「母さん、麦茶入れて」
わざとダルそうに声をかけると、それに気づいた茶色い頭がこちらを向いた。そして目が合った。
「……誰?」
久しぶりに再開した姉弟は、互いに同じ言葉を発していた。
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