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突然ですが、世界を救って下さい。-05

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【出来たの】
 そう言われても、僕はどうすればいいのだろうか?
【目を使って見ようとしても見えないのね、今のミヤコには目が無いの。だから『認識』しようとしてみて。何かを『見る』んじゃなくて、そこに存在するものを『認識』するようにしてみて】
 そう言われても、普段から目や耳に頼って確認しているものを、それら無しで認識するなんて芸当は、僕には出来ない。ヘレンケラーだって、それが出来るようになるまでに砂を噛むような思いをしたんだぞ。

 あ、出来た。

 出来たというよりは、脳の内側から流れ出て来る情報を感じ取った、と言った方が解りやすい。飽くまで比較論であって、その例えそのものが解りやすいかと言われればその限りではないのだが、それはともかくとして。
 見慣れない場所だった。映像として伝わって来る情報群……ううん、自分でもややこしくなってきた、普通に「見る」と表現しよう。
 今僕が見ている風景は、少なくとも天照町のどこかの施設ではない。西洋、だろうか? 建物の内部と思われるその場所は、西洋の建物に見受けられる趣を備えている。
 ポポロカと同じようなキャソックを身に纏った人々が、わらわらと犇いている。ポポロカのようにとんがり帽子を被っているのもちらほらと混じっていた。下はポポロカよりも年下だと思われる子から、上は板垣さんと同じくらいの年齢の人達まで、選り取りである。ちなみに忘れてしまった人の為に再度説明するが、板垣さんとは梔子高家に使える執事さんのことだ。
 しかし、この視点は妙だった。何がどう妙なのかと言うと、
【この視点は、ポポロカの異空間同位体の視点を一時的に共有しているものなのね。だから意識に届く映像は、異空間同位体が認識している映像と同一のものなの】
 つまり、先ほどから通りすがる人すれ違う人の脛、或いは足しか映らないこの映像は、違う世界のポポロカの視点をレンタルしているものだと言うことらしい。僕がほふく前進をすれば、こんな視点になるのではないだろうか?
 つまり、低いのだ。人の顔や出で立ちを確認しようとすれば、否応無しに見上げるような形になってしまう。子供の視点とかそういう段階ではなく、小動物のような視点だ。幸い、この視点の本来の持ち主は見上げ癖のようなものがあるらしく、人々の人相や背丈格好を確認する分には不都合は無い。
 視点は、どこかを目指して進んでいるようにも見える。
【異空間同位体は、ポポロカがこの視点を共有している事に気付いているのね。だから、ポポロカの要望に答えようとしているの。今は、おじじ様のところへ向かっているのね】
 おじじ様。
 確かポポロカは、同じ単語を以前の会話で使っていた。僕に事態の概要を説明していた時だ。
【この世界は、ポポロカ達が元々存在していた世界なの】
 疑問に思った。この視点は、ポポロカの異空間同位体の視点と同一のものであり、今のこの風景は、元々ポポロカ達が存在していた世界のものだと言う。
 つまり、ポポロカ達の世界には、ポポロカと同一の存在が二人居た、って事になるのか?
【異空間同位体は、元々はポポロカ達の世界の存在じゃないの。異空間同位体は、同時に同じ世界に留まることは出来ないのよ。だけどポポロカがミヤコ達の世界に来たから、元々ミヤコの世界にいたポポロカの異空間同位体が、バランスを取る為にポポロカ達の世界に移行したのね。だから今、ポポロカ達が見ているこの風景はポポロカ達の世界のものだけれど、この視点の持ち主は、ポポロカ達の世界の存在じゃないの】
 よく解らなくなってきた。つまり、ポポロカは二人居て、あっちのポポロカがこっちの世界に来て、こっちに居たポポロカがあっちに行って……。
【こう言えば解ると思うの】
 僕の混乱を察知したのか、ポポロカは次に、単純明快な答えをくれた。
【この視点の持ち主の名前は、トテチトテ。トテチトテは、ポポロカの異空間同位体なのね】
 僕の脳裏に、梔子高家のペットであるオスのポメラニアンが浮かんだ。確か、板垣さんが散歩に連れて行っている途中に忽然と姿を消したということだった筈だ。
 ……成る程、探しても見つからないわけだ。
【ポポロカがミヤコ達の世界に来たから、トテチトテはバランスを取る為にポポロカ達の世界に行ったの。今はおじじ様がお世話をしてるから、安心して欲しいのよ】
 納得である。言われてみればこの視点は、トテチトテの目を間借りしたらこんな風に映ると思う。それにしても、ポポロカとトテチトテが異空間同位体って設定か……既に生態の段階で差異が出ているのに、妙にしっくり来る。
【緊急事態っていうのは、そのことなのね】
 そのこと、と言われても、一体どのことなのやら。
【異空間同位体は、同時に同じ世界に留まることは出来ない。出来ない筈なの。だけどイレギュラーが発生した。異空間同位体が、同時に同じ世界に留まっているのね。これが何を意味するのか、何の為なのか。どうあれ、おじじ様にそのことを報告しなければいけなかったのよ】
 して、何でその報告を、僕に見せる必要があるのだろう?
 そう考えてから、気付いた。
 もしかして、その同時に同じ世界に存在している対象っていうのは、僕か、或いは梔子高のことなのか?
 だから僕だけには見せるし、或いは梔子高には伝えない方が良いのか?
 考えている間に、トテチトテは大きな扉の前に辿り着き、二回ほど鳴いた。その鳴き声は、確かに四年以上前に聞いたトテチトテの声に他ならなかった。
 がちゃりと、扉が開く。
【おじじ様なの】
 苦笑のようなものが漏れた気がした。
 板垣さんだ。
 ポポロカがおじじ様と呼んだその人は、その修道衣のような出で立ちを省けば、そっくりそのままとは言わずとも、一目で板垣さんの異空間同位体だと理解出来た。
 
 
《ζξυΓφΣ? トテチトテ》
 予想は出来ていたが、やはりお祖父さんは、先だってのハユマと同じような言葉を使用していた。「トテチトテ」という音だけは、理解出来る。英語であろうがドイツ語であろうが、僕が「ノベオカミヤコ」と言う音で呼ばれることと同じ原理だろう、性と名の順はその限りではないが。
 どうやってトテチトテという名前を知ったのだろうと思ったが、ポポロカのお祖父さんなのだから、どうにかこうにかして犬の意思を理解することくらいは、造作も無いことなのかもしれない。
《δυ……?》
 眉を顰めて、トテチトテを抱き上げた。トテチトテの視点が、みるみるうちに高みへ持ち上げられてゆく。
《……αθσΑψκ。σγπ、ψδθξ……ψΓθ、ζλΘ》
 じっと、こちらを見つめている。
 勿論、ポポロカのお祖父さんが見ているのは、トテチトテの目だ。僕達を見ているわけではない。
 しかし、見られている気がした。この掘りの深い顔立ちをした老人は、他ならぬ僕自身を見ているような気がしたのだ。
【『潜観』しているのだろう、ポポロカ? それに、あと一人】
 ポポロカとは違う、もう一つの意思だった。掠れた、老人特有の声のような意思。
 間違いない。
 これは、お祖父さんの意思だ。
 お祖父さんは、僕達が見ていることに気付いている。そして、僕達に語りかけている。
【君が、異空間同位体か。成る程、確かにリオラの流れが似ている】
 僕の事、だろうか?
【ポポロカが、ハユマではなく君を連れて来たということは。そして今、君がポポロカと同じ場所にいるということは】
 トテチトテは、おとなしくお祖父さんの目を見ている。元々人懐っこい犬ではあったが、よもや違う世界の住民にすらすぐに懐いてしまう辺り、愛玩動物である前に、犬としての誇りと本能の健在を心配する。
【ノマウスの推測が当たっていたということか。そうか……知らぬ間に成長したものだ】
 ノマウス。
 初めて聞く名前だった。誰かの名前なのだろうか? 口ぶりからして、お祖父さんの御子息か?
【ならば、私に出来ることと言えば、君に託すことだけだろう。否……何も出来ないから、君に託す、か】
 何を?
【手前勝手ではあるが、君に託したい。ポポロカを。ノマウスを。ハユマを。そして……】
【限界なの。これ以上はリオラが足りないのよ】
 ポポロカの意思が割り込んできた。そのポポロカの言葉を最後に、音に、視野に、白いノイズがかかり始める。
 そして、ノイズが混じって、もはや認識すらもままならない中。
 掠れた、老人特有の声のようなその意思だけが、はっきりと僕に伝わった。


【行く末を、君に託す】

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六月十七日 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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