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明日って今さ-03

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 そうしてそのまま、長針が半周する程度の時間が経過した。
 教室では、五限目の授業が展開されていることだろう。ここまで捜索の目が届いていない事を見るに、梔子高が上手く口を聞いてくれたのかもしれない。
 もう、決意したのだ。
 決意した以上は、今は授業の優先順位を下げる必要がある。元々聞いているのか聞いていないのか自分でも解っていなかったのだから、それほど弊害は出ないだろう。
 今は、もっと優先的に進めないといけないことがある。
 とはいえ、だ。
 決意したのは良い。
 ただ、決意をしようがしまいが、解らんものは相変わらず解らんわけで。
「もっと、協力者はいないものかな」
 そもそも、最初に編成されている人数が少な過ぎるのだ。たった二人では軍人将棋も出来やしない。
 しかし、だ。
 実のところ、協力者と成り得る人物には、心当たりがあった。
 ポポロカは言った。異空間同位体は、原則として同じ世界に同時滞在することは出来ない、と。
 でもそれは、裏を返せば、あっちにいないということはこっちにいる、ということである。
 トテチトテの視点を借りた時に目の当たりにした人物、ポポロカのお祖父さんの姿を思い起こす。
 ポポロカのお祖父さんがあっちにいるということは、ポポロカのお祖父さんの異空間同位体はこっちにいる筈だ。
 そして、あの姿形である。
 異空間同位体が誰なのかなど、考えるまでもない。
 屋上と校内を隔てる扉が音を立てた。その音に振り向く。教諭が僕を探しに来たとしたら、随分とのんびり捜索していたものだ。
 しかし、扉の向こうから姿を現した人物は、教員の誰でもなかった。
 凡そ校内で見かける事は無いと思っていた、だがしかし、ある種の「やっぱりな」感が否めない、そんな人物である。
「ここにおられましたか」
「……板垣さん」
 白髪より銀髪と表現する方が適切であるような髪の毛をオールバックにまとめ、綺麗に整えられた髭が物腰の柔らかさを醸し出す、執事服の映える長身の老紳士。
 梔子高が生まれる遥か昔から梔子高邸に住み込み労働し、今では梔子高の第二の保護者と言っても過言ではない、梔子高家切っての名執事。
 板垣さん、その人である。


「梔子高なら教室ですよ、今は五限の最中ですからね。あ、僕がここにいることは内密に……」
 などと、言う筈が無い。
 先日あのようなことがあって、そして今このタイミングで、満を持しての登場である。到底「千穂お嬢様の忘れ物をお届けに」なんてことを言うとは思えない。
 好都合だった。
「板垣さんがここに来るってことは、僕に協力してくれる、という解釈でいいんですよね?」
「これは、これは」
 口髭を指で弄びながら、板垣さんは僕を見て微笑んだ。流石は梔子高家専属使用人である。梔子高のあの振る舞いは、案外この人の影響なのかもしれない。或いは逆か?
「貴方様への評価を改める必要がありますな。てっきり、状況が飲み込めずに狼狽しているものとばかり思っておりましたが、よもや私の存在にまで思慮が行き届いているとは」
「狼狽はしましたよ。ただ、そろそろそれすらもしていられなくなってきたな、と思って」
 フェンスに寄りかかっていた姿勢を正して立ち上がり、板垣さんと相対する。この人に対して、ぞんざいな振る舞いをしていい理由が無い。
「板垣さん。貴方は知っているんですね? 今ここで、どんな事態が発生していて、僕が、どんな役目を担っているのかを」
「そう思う理由を、お聞きしてもよろしいですかな?」
 否定はしなかった。理由を聞くということは、それは九割がた肯定ということでいいのだろう。違うのであれば、何を言われているのかすら解らない筈だ。
「梔子高は言っていました。ポポロカは『猫が生きている世界』と『猫が死んでいる世界』を同時に観測出来る数少ない存在だ、と」
 今なら解る。それはつまり、自分の異空間同位体と、何かしらの方法を以っての情報伝達が可能である、ということだ、多分。
「数少ない存在だ、と言ったんです。唯一の、とは言っていない」
 数少ないと言っている以上、その広告に偽りは無く、絶対数は少ないのだろう。
 だがしかし、それが多数であろうが少数であろうが、他にもそういう存在が在るのは確かなのだ。そしてそんな希少な人材が、今のこの事態を迎えて尚、まばらに散らばっているとは思えない。
「後はヤマ勘です。ポポロカのお祖父さんと貴方が似ているというそれだけの理由で、板垣さん。貴方は協力者なのではないか、って考えました」
 とはいえ、自信はあった。それすらも、ポポロカに出来てお祖父さんに出来ない筈は無いという短絡的な根拠に縋ったものに過ぎないのだが。
「推理方法はどうあれ、その結論に辿り着いたという結果は、評価に値しますな」
 こうして見ていると、本当にそっくりだ。ポポロカは板垣さんと会ったことはあるのだろうか? もし既に相対済みだったならば、是非にその時のポポロカのリアクションをお聞かせ願いたいものである。
「最初、私の異空間同位体が、〈ンル=シド〉への干渉を貴方様に任せると決定した時、私は懸念したものです。私が最後にお見受けした貴方様を鑑みるに、到底この役目を真っ当出来まいと考えていたものですから」
 やっぱり、か。
 罰の悪そうに眉を顰めたが、そんなに申し訳無さそうに振舞う必要はこれっぽっちも無い。それは僕自身が、誰よりも考えていたことだからだ。
「十にも満たない年の経過は、私のような成長を止めた老人にとっては、瞬きの時間に等しい程に些細なものです。だがしかし、貴方様のような若人にとっては、これほどまでに成長させる、長い長い時間なのですな」
「……お久しぶりです、板垣さん」
 ようやく。
 僕と板垣さんの、四年無いし五年以上のご無沙汰を経て交わすものとして相応しい挨拶が出来た。
「御久しゅう御座います、延岡様。本当に、大きくなられた」
「ミヤコでいいです、小さい時みたいに」
 梔子高と仲良くこの人のお叱りを受けた回数は、両手の指で事足りるものではない。上等な食器に油性マーカーで落書きした悪戯が発覚した時の、申し訳程度にしか恐ろしくないお人好しな般若のような形相は、今でもたまに夢に出て来る。
 それくらい、僕や梔子高に気をかけてくれた人だ。恩師と言ってもいい。


 この上無い程に、頼りになる協力者である。
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六月十七日 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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