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第二十六話 ツキとヤミ

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 今夜の勝負ではチョンボはやり直しにする取り決めだった。
 そうでなければ、大差が開いた途端にみんなチョンボで流してしまうからだ。
「では、東二局一本場をやり直しましょう。
 これ以降、この仕掛け卓の機能は凍結させていただきます。
 これは雨宮様が行った手牌の総入れ替え以外にも適用されますのでご注意を。
 もし、再び誰かがイカサマをするのを私が発見した場合、その場で決着とさせていただきます」
 カガミの宣言に天馬と雨宮の二人が重々しく頷いた。
 倉田と八木は息をするのも苦しそうに顔をゆがめている。
 それをぼんやりと眺めながら、天馬の気持ちはやはり不思議と静かなままだった。
 あの雨宮に一杯食わせたというのに、気が晴れない。
 そんなことよりも、次の配牌が気になって仕方なかった。
 まだイカサマを封殺しただけで、点棒上では雨宮とマンガンの差がある。
 勝利の女神はまだその顔を隠したままだ。




 天馬はこれから少しは自分の風になるだろうと予想していたが、またもや裏切られた。
 やり直しの一本場で雨宮がリーピンをツモり、続く二本場も同じくリーピンを倉田から取った。
 天馬も悪い配牌ではなかったが、わずか四五順でリーチを喰らってはなかなか追いつけない。


 天馬…23100→21700
 倉田…25000→20100
 雨宮…31900→38600
 八木…25000→23600


 これで一時はマンガン圏内まで迫った雨宮の背中が再び遠くなってしまった。
 まだ東二局とはいえ、このままやつを暴走させておくわけにはいかない。
 なんとかアガらねば、と三本場の配牌を開いた。

<天馬 配牌>
205, 204

  

 四四五五六六①③⑦⑧34東

 そこそこ好配牌だ。雀頭がないので被ったら悲惨だが、東を外してうまくいけばタンピンイーペーコ。
 リーチや裏ドラ次第ではハネマンもありうる。ツモれば逆転だ。
 が、第一ツモが東。タンピンが消えてしまった。うまく東がアンコになればくっつきテンパイにもっていけるが、果たしてそううまくいくだろうか。
 どの道、もう東とは一連托生だろう。思い切って③ピンを外した。
 すると次に②ピンを引いてくる。これが麻雀である。
 天馬はイライラして牌を強く打ちつけたりしないように気をつけながらツモギリ。
 それからがひどかった。
 二萬、また③ピン、7ソウ、8ソウ。ぜんぜん関係ないところを引いてくる。
 これじゃまた雨宮にアガられちゃうかな、と天馬は対面を窺った。
 表情は隠されているが、今までよりも汗をかいている。
 まだテンパイしていない、そう踏んでチュンチャン牌を気にせず叩き切ることにした。
 しばらく無駄ヅモを繰り返した挙句、①ピンをツモった。なんとなく意地になって残していた牌だ。
 東も出てこないし、この手はチートイツと定めた。⑦ピン切り。
 鳴かれるかな、と思ったが倉田は一瞬停止した後、ツモ山に手を伸ばした。可哀想になるくらい鳴き気配がプンプンだ。
 どうして鳴かないのか。
 この順目だ、鳴けばテンパイか好形のイーシャンテンくらいには持っていけるだろうに。
 倉田の捨て牌はモロにタンヤオを目指してチュンチャン牌をガメっている。
 ざっと河を見渡して、ああと思った。
 天馬の河にヤオチュウ牌がひとつもないのである。
 そして四枚見えているヤオチュウ牌もなし。
(よし、怖がらせてやる)
 うまい具合に⑧ピンを持ってきて、4ソウを横にした。
「リーチ」

<天馬 手牌>
207, 206

  

 四四五五六六①①⑧⑧3東東

 リーチチートイの3200、三本場も入れて4100だが、やつらにはそう見えないだろう。
 本来なら国士無双でリーチなどかけるはずもないが、逆にそこを狙っているのでは。
 そう考えればもう打てない。
 幻想の国士は、三人の戦闘意欲をすっかり破壊してしまった。
 河にアンパイが延々と並んでいく。
(たぶんアガれるだろう。国士相手に3ソウはアンパイだからな)
 しかし不思議と3ソウは出てこなかった。
 周りの4ソウや2ソウはかなり出ていて、3ソウは余りやすいはずなのに……。
 結局、流局に終わった。
 他三人はノーテン。罰符の3000点が天馬に入ったが、リー棒を供託しているから実質は2000の収入である。
(あともう一押しアガれば……)
 しかしそのもう一押しが茨の道なのだと、天馬は予感していた。


 天馬…21700→23700
 倉田…20100→19100
 雨宮…38600→37600
 八木…23600→22600

(供託1)



<東三局 親:八木>


「やあやあ、調子はどう?」
 久々にシマが現れた。ちょうど配牌をとり始めたところだった。
「微妙」
 天馬は正直に答えた。さっきのチートイツをアガれなかったことが、かなり痛いと感じていたからだ。
 シマは点棒状況をカガミに聞くと天馬の肩をバンバン叩いた。
「大丈夫だって13900差ぐらい。あっという間だよ。親も二回残ってるし」
「そりゃ東場なんだから誰にだって親は残ってるよ。それよかおまえ、またあのキツイ香水つけたな」
 辺りにはつーんとくる刺激臭が再び撒き散らされていた。カガミがハンカチで鼻を覆っている。
「もう意味ねえってそれ」
 卓を囲んでいる四人はいま、牌のことしか考えていないのだ。
 たとえどんな刺激臭がしようと、注意力の1%も減衰しないだろう。
「いやいや、これが後々効いてくるんだって」
「ホントかよ――」
 そうこう喋っているうちに配牌が終わった。
 背後のシマが立ち去る気配はない。
 しばらくウロチョロしていたようだが、これからは最後まで見守るつもりなのだろうか。
 しかし、誰がそばにいようと関係ない。
 これは天馬の闘いなのだから。
 場の空気が、一層熱をもったように感じた。


「リーチ……」
 リー棒を放ったのは相変わらず好調の雨宮。
 その時、天馬はホンイツのリャンシャンテンだった。
 オリる気はなかった。
 ここ数局、雨宮の打ち筋に変化があったからだ。
 これまでのやつなら、14000の大差があるのにリーチなどかけてこない。
 ではなぜ突っかかってくるのか。
(オリて欲しいんだ……オレに)
 雨宮は場の牌よりも、天馬の動向の方に注意を払っている気配があった。
(ホント、馬鹿のひとつ覚えだな……刀を首筋に押し当てりゃ誰でも言うこと聞くと思ってやがる。
 思い知れ……!)
 そして有効牌を引き入れ、イーシャンテンに。
 危険牌を無視して通し、さらに三順後、テンパイ。
 迷わずリーチで吹っかけた。捨て牌は誰が見てもソーズのホンイツ気配。マンガン確定。
 雨宮の顔色は、蒼白になりつつあった。


「ロン」


 牌を倒したのは、やはり雨宮。カン⑦ピン待ちだった。
 放銃した天馬が1300を支払う。それに供託のリー棒二本も回収され、2300の収入である。
 天馬が手牌を開けてホンイツのペン3ソウ待ちを見せると、雨宮は無表情を装いながらもホッとしたようだった。倉田が大きくため息をついた。
 それを見て天馬はぐっと卓上の手を握り締めた。
 安堵のため息なんぞついたこと、後悔させてやる――


 天馬…23700→22400
 倉田…19100
 雨宮…37600→39900
 八木…22600
208

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