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第六話 必勝法

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「ちょっと出てくる」
「へーい」「ほい」
 馬鹿二人を横目に軽蔑しながら、俺は書斎から廊下に出た。
 勝手知ったる元・勉強屋敷のトイレへいくと、案の定やつがいた。
 俺と極力目を合わせないようにしながら用を足しているやつこそ今回の事件の元凶、馬場天馬だ。
 うしろから蹴り飛ばしてやりたい思いに駆られるが、ぐっとこらえる。
 そして隣で俺も用を足し始めた。天馬は緊張してなかなか尿が出ないらしく、苦しげだ。
「よう」
「……」
 無視されたが、気にせず続ける。
「あの女、シマだっけ? 誰だよあいつ」
「……俺もよくしらない」
「どうやって知り合ったんだ」
「……なんていうか、その……」
「ネットで募集でもかけたのか? 麻雀強い人~みたいな」
 天馬は助け舟を出されて猛スピードで頷いた。
 いま必要なことはシマの情報を引き出すことではない。
「なんだかずいぶん信頼してるみたいだけど、大丈夫かよ」
「……俺は麻雀、わかんないから」
 嘘をつけ。代打ちを認めてもらうための方便だということぐらいこっちがわかってないとでも思ったか?
 しかし俺はそんな素振りは露ほども見せない。
「あいつ、強いぜ。けど、俺らも負けるつもりはない。
 そこでだ、みんなが幸せになれる方法を思いついたんだ」
 天馬の表情が一気に明るくなる。
「そ、そんな方法あるのか?」
 あるわけねーだろ、バーカ。
「ああ、簡単なことだ。
 俺と倉田、八木、そしておまえが助かり、なおかつ儲けが出る」
「……なんなんだよ、それ。教えてくれ」
 俺は天性の才能として授かった人を安心させる笑みを浮かべた。



「シマを裏切るんだよ」



「……え?」
「おまえがうしろからシマの待ちを俺たちに伝える。俺らはそれでフリコミを避ける。そうすれば逆転はない。次の二回戦、三回戦も同様。それで終わりだ」
 天馬の表情は浮かなくなった。
「そ、そんなことしたら俺が助からないだろう」
「人権はもらうことになる。しかしそれは勝った後、すぐ返せばいいんだ」
「し、信用できない」
「だろうな。だからこういうことをする」
 俺はチャックを閉め、手を洗うとポケットから紙とボールペンを一枚取り出して、文章を記し始めた。


『契約書
 私、雨宮秀一はこの麻雀勝負に勝った後、取り分の馬場天馬の人権と妹・ナギサの写真およびフィルムを馬場天馬に返却するものとする。
 なおこの約束を違反した場合、雨宮秀一の人権を馬場天馬に無条件で譲渡する』


「こ、こんなの……勝った後で握りつぶしちゃえばいいじゃねえか」
 俺は呆れ半分のため息を吐いた。それも友好的な「しょうがないなあ、こいつ」みたいな母性愛に満ちた雰囲気を出しながら。
「その心配はない。なぜならこの契約書を持つのは……」
 俺は天馬の胸をトンと突付いた。
「おまえだからだ。
 俺はおまえの持つ契約書になにもできない。
 そして勝負中にプレイヤー同士で交わされた密約はGGS-NETの原則に従えば有効だ。サイト、見るか?」
 俺は携帯からNETに繋げて天馬に見せた。
 天馬は疑わしげな表情をしているが、それは表面上だけだ。本心はすでに俺の魅力的な取引の虜になっている。
 俺にはわかる。人はそう簡単に『必勝』というものを捨てられない。特にこういう大勝負では……。
 俺はとびっきりの笑顔、しかも「信じて欲しい」という願いを込めた悲痛さを含んだ表情を浮かべた。
 このギャンブルが終わったら役者になろう。
「なあ、いままで俺は散々おまえにひどいことをしてきた。
 それはわかってるし、すまないと思っている。
 本当にごめん。
 すぐには信じてもらえないかもしれない、でも……
 俺たち、友達だったじゃんか。やり直せると思うんだ」
「やり直せる……?」
「ああ。もうこんなバカな勝負は二度としない。おまえが友達になりたくなければ、今後一切、俺はおまえに近づかない。
 とにかく、このバカみたいなギャンブルから抜け出そう。
 それがいま考えうる、最善で最適な『必勝法』なんだから」
 くく、あまりの面白セリフに笑い出してしまいそうだ。
 天馬はしばらく迷ったフリをしたあと、俺の用意したボールペンで名前を書いた。

 水性の、こすれば消えてしまうボールペンで。

 俺は拳で文字を消さないように気をつけながら署名をし、紙を四つ折りにした。
 その時に表面を軽くなで、中の文字をぐちゃぐちゃにしておく。
 これでこんな密約はなかった。
 天馬は俺に親切にも待ちを教えて、死んでいくのだ。
 俺は天馬のポケットに契約書を差し込むと、いかにも秘密っぽく耳元で囁いた。
「これ、シマには絶対見つかるなよ。なにされるかわかんねーぞ」
「わ、わかってるよ……それくらい……」
 俺はバンッ!と天馬の肩を叩いた。天馬が驚いて飛び上がる。
「おまえがいいやつでよかったよ。それじゃあ、勝負を再開しよう。
 まあ、結果はわかってるけどさ」
 俺は天馬に通しの方法を教えた。
 トイレを出た天馬はシマを呼びに休憩室へと入っていった。
 シマの前では契約書を開くまい。これでやつにトリックがバレる心配もない。
 ちょろいものだ、人を欺くなど。
 信じたいものを与えてやれば、人は必ず食いついてくる。
 まるで目の前にニンジンをぶらさげられたロバのように……。
 所詮やつは無力。取って喰われるしか能がない弱者。



 俺がライオンで

 やつは哀れなシマウマだ。



 卓に戻った俺は、天馬を仲間に引き入れたことを八木と倉田に伝えた。二人ともぽかんとしている。
 あれだけ辛酸をなめさせられた馬場がこちら側につくとは思わなかったのだろう。
「それじゃあ、次からは馬場の合図を見て打てばいいのか」
 やはり倉田はバカである。なんで俺はこいつを取り巻きにしているんだろう。
「いや、最初の一局は信じない。リーチやテンパイ気配があったらベタオリだ」
「? どうして? だって通しでわかるのに」
「そうっすよ。そんな武士道精神に乗っ取ることないっすよ、真剣勝負なんだから」
 真剣勝負で頭を使ってないやつに言われたくない。
 俺は灰皿にマイルドセブンの灰を落としながら言った。
「おまえら、違和感ねえのか? あんだけこっぴどくいじめられてた馬場が、どうして俺らにつくよ」
「で、でもそれはやつが確実に生き延びたいから……」
「まあな。だから9割方、問題なく、伝えてくるだろう。
 けど残りの1割、反逆してくる可能性もある。
 それで俺が三倍満でも振ってみろ。いまある60000差が一気に48000縮むんだぞ」
 俺の一言で二人の顔色から血の気が引いた。自分たちのピンチには敏感なようだ。
「だから、まずはやつが本当に俺らについているかどうか、南一局で確かめる。そうすりゃあんなイカサマにも頼らなくて済むようになるんだからな」
 できれば、現場を押さえられたら一発のイカサマはしたくない。
 三人通しと、天馬の裏切り。
 それでチェックメイトだ。



 ほどなくしてシマと天馬が書斎に戻ってきた。
 相変わらずシマはへらへらしており、俺の苛立ちを誘う。
 一方、天馬は緊張した面持ちだ。さて、これはどっちが理由かな。
 シマを裏切るからか、俺を裏切るからか……。

「カガミさん、さっきバンド飽きちゃった。次のに回していいよ」
 カガミは相変わらず本棚の上で足をぷらぷらさせている。
 父親はやたらと部屋の隅が好きだったし、妙なところにいたがる親子だ。
 席へ着くなりタバコを吸い始めたシマに眉間を寄せつつ、俺は尋ねた。
「それじゃあ、始めてもいいか?」
「どうぞ~。ぷはあ」
 こいつのこの余裕はどこから来るのか。
 まあよくいるスリルジャンキーぶったバカだろう。
 そうでなければなんだというのだ?
 ひっくり返せるというのか、6万差を。





<南一局 親:倉田 ドラ:3ソウ>



<雨宮 配牌>
39, 38

  

四五 ①⑤⑧⑨ 26 西北白白中


 よくも悪くもない。白が鳴ければ早いか、といったところ。
 俺たち三人はとにかくなんでもアガって(親は連荘しなければならないので、あまり好ましくないが)局を消費しなければならない。
 俺は二人に「字牌を切れ」と合図する。

倉田:中

 やはり正確な通しを準備しておくべきだったと後悔する。しかし倉田と八木の脳みそじゃあ間違える可能性も高かったし、それならこっちの方がマシ、と判断したのだ。
 俺は中を合わせ打つ。

雨宮:中
八木:白

「ポン」打:北
 
 これで後は食い散らかすだけ……。
 しかしその後がひどかった。来る牌来る牌かみあわず、そうこうしているうちにシマが張ってしまった。

「リーチ」

 まあいい。この局の最大の目的を果たすことができる。
 俺は天馬に一瞬、視線を送った。
 やつのサインは……
 『ピンズ』と示していた。
41, 40

  

四五八 ①⑤⑧⑨ 1266
(白白白→)

 ここはアンパイを捨てる。

 打:6ソウ

 そしてみなアンパイを切っているうちに……

「ツモ。メンタンピンツモドラ1。4000・2000」
43, 42

  

 四五六 六七八 ③④ 234 88
 ツモ:⑤ピン

 俺はシマに点棒を渡しながら、笑いをこらえるのに精一杯だった。


 な? 源三じいさん、見ているかい。
 わかったろ、あんたはやっぱり正しかった。
 弱いやつはいつになっても弱いまま。
 せめて殺してやることこそ慈悲。


 俺もホントに、そう思うよ。



 シマ 10200
 倉田 11300
 雨宮 60500
 八木 17800
45, 44

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