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第十二話 牌喰い

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「半荘一回戦目、終了でございます。勝者、シマ様・馬場様ペアです」
 久々に登場したカガミの冷たい声によって、天馬たちのひとまずの勝利が確定した。
「ふう、ドキドキした」
 大げさに胸をなでおろしたシマに天馬は疑いの眼差しを向ける。
「とてもそうは見えねえぞ」
「あ、そう? わたしポーカーフェイスだからなあ」
 ころころとあどけなく笑うシマに、その単語はひどく似つかわしくなかった。
 それにしても、本当に勝ってしまった。
 役満を直撃され、敵三人に囲まれながら、その圧力を跳ね返して。
 自分だったら、今ごろ死んでいただろう。
 天馬は今夜この少女に出遭えた幸運を神に感謝した。
 相棒に大げさに崇め奉られているシマはのん気に伸びなどしている。まるで退屈な授業が終わった後のように弛緩しきった表情だ。
 対する雨宮陣営のムードは最悪。
 リーダーの雨宮は激昂して歯を噛み砕き、敗北の文字がちらつき始めた八木と倉田の顔色は蒼白だ。
 天馬は、この光景を見て「ざまあみろ」という気持ちが湧き上がってくる……と想像していたが、実際は違っていた。
 なんだか、ひどく哀れな気分だった。街中で車に轢かれて死んでいる野良犬を見るときのような、なんともいえない気持ち。
 恨んでいたはずなのに、どういうわけか静かなのだ……。
 そんな浮かない天馬の脇にカガミが飛び降りてきた。
 本棚はそこそこ高さがあるのだが、カガミの足に負担がかかったようには見えない。よほど鍛えてあるのだろう。
 さきほど取り押さえられた時に打ったらしい顎を天馬は痛そうにさすった。
 カガミは雨宮の側に寄ると、ポケットからハンカチを取り出して口元の血をぬぐおうとしたが、
「触るなっ!!!」
 カガミの手は雨宮に弾かれてしまった。カガミはすぐに頭を下げる。
「申し訳ありません。ですが、血を止めた方がよろしいかと。牌に付着すると面倒ですので」
「……そのうち止まる。いいから黙ってろっ!!」
 もうジャッジの心証を考慮する気はないようだ。
 ジャッジといえども、想像していたよりも放任主義だということが判明してきた。イカサマについては、どちらかが現場を押さえない限りはノータッチなのだろう。
 選手の陰になっていれば肘鉄があってもファールにならないバスケみたいなものか、と天馬は思いつつ、ぼんやりとカガミを見つめていた。
 と、目が合った。
「なにか?」
「あ、いやなんでも……」
「…………?」
 少しキツそうな吊り気味の目、天馬よりやや低いが女子にしては高めの身長、スラリと伸びた足……。
 大人びた態度を取っているが、その顔をよく見れば天馬やシマとさほど変わらない年齢に見える。どういう経緯でこんなアングラな仕事に就いたのだろう。
「ほら、休憩しようよ馬場くん」
 シマに腕を引っ張られ、天馬はずるずると書斎から連れ出された。


 東場終了時に来たときとは打って変わって穏やかな気分で、天馬は休憩室のベッドに腰かけた。
 ふと見ると雨宮が用意したという茶菓子があった。さっきはテンパっていて気づかなかったようだ。
 安心したせいか、腹が文句を訴えてきたので茶菓子に手を伸ばしてみる。毒入りの可能性も疑ったが、その辺はさすがにカガミが仕事してくれているだろう。というか、どことなく不恰好なこれは彼女が焼いてくれたのかもしれない。
 シマは天馬の後ろに横たわって目を閉じている。真剣勝負の後だ、無理もない。疲れも出るはずだ。
 静かにしておいてやろうかと思ったが、やはり礼を述べておくのが真の紳士というものだろう。
「お疲れさん」
 シマはふかふかの毛布に顔を埋めている。寝られたら困るな、と天馬は思った。
「ん? うん。あ、一個ちょうだい」
 差し出されたシマの小さな手にクッキーが置かれた。
「あいよ。……勝ったな」
「だから言ったでしょ? 心配いらないって。……ん、おいしいねコレ」
 シマは寝転がったままクッキーを頬張っている。
「ああ……そうだな」
「……あ、思い出した。さっきの牌貸して」
 シマは天馬から牌を受け取った。
「それ、どうすんだ? まあ、あいつら予備の牌は用意してると思」
 クッキーの残りと一緒にそれを飲み込んだ。
「なぁにやってんのおおおおお!? 出せ、出しなさいっ!!」
 慌ててシマの肩を揺さぶるが、当の本人はケラケラ笑いながらぐだんぐだんに揺れるだけだ。
「大丈夫だってば。わたし特技があってさあ、自由にモノを吐きだせるんだ。出したげようか」
「いや、いい。つーか、なんでわざわざそんなことすんだよっ! 牌を見つけられたら困るにしても、隠すとかあるだろ!!」
「自分のおなかの中が一番安全だし。……あーもう、見せなきゃよかった、そんな蒼ざめないでよ。胃から腸にいく前に吐き出すから」
「ったく……おまえはなんつーか……向こう見ずっていうか……野蛮っていうか」
「や、野蛮って……ちょっとぉ、ひどいなあ。馬場くんが臆病すぎるんじゃん?」
「じゃあ、おまえは怖くねーのかよ。さっきだって、あんな打ち方しててさ……」
「そりゃあ怖いよ」
「じゃあ、どうして」
「怖いからだよ」
「はあ?」
 シマの視線は茫漠と天井に向けられている。どこか寝言のように抑揚のない声が、彼女の口から流れ出した。
「怖いからこそ、やってみたい。どうなるかわかんないから、手を出してみたくなる。
 勝負って、そういうものじゃないかな。
 勝つか負けるか……そのスリルを楽しめなきゃ、柔軟な発想はできないし、機に気づけない。
 そんなに怖がらなくていいんだよ。むしろ『恐怖』はわたしたちを目覚めさせてくれる特効薬なんだから、きっと友達になれる」
 天馬は視線を窓の外へ向けた。どこどこまでも闇が広がっている。
「……俺にはできねえっつーの、そんな狂人じみたマネ」
「そんなことないよ」
「いいよ、気ぃ遣わなくて。おまえはただ、次の半荘のこと考えててくれ。これで勝てば、晴れて自由の身だぜ」
 天馬は手についた菓子の粉をぱらぱらと払い落とした。
 そんな天馬の背中を、シマは無表情に見上げていた。
 じい……っと。
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