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1.かいたいしませう

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―1―

 俺は、建設現場を見るのが好きだ。
理由は――単にカッコいいから。
「何がカッコいいの?」と聞かれても返答に困るけど、とにかくカッコいいと思う。
特に、高層ビルの建設作業なんかが最高。
 親父が土建屋をやってるおかげで、何度か作業を見せてもらったことがある。
新しい都庁――今じゃ首都(ココ)のシンボルみたいになってる場所だったんだけどさ。
大木の幹みたいな鉄柱が何本も刺さった場所で、沢山の重機がせわしなく動き回ってた。
その殆どが無人のロボットだ、と親父が教えてくれてさ。
それ聞いたら、こいつらも俺たちみたいに考えて動いてるんだなって思って。
何だか、物凄く応援したい気分になったんだ。
それ以来、ずーっと好きだった。

 「――で、今は建設現場を写真に収めて回る若き写真家と」
某都立大学のカフェテリア。その窓際に腰掛けていた女子学生がため息をついた。
彼女の視線の先――テーブルの上には、何枚もの写真とデジタル一眼レフがあった。
その持ち主の青年は、呆れる彼女をよそにニコニコ笑っている。
「そりゃ、腕が確かなのはわかるけど、被写体が工事現場のロボットってねぇ……」
「何を撮ろうと俺の自由だろ。さすがに少数派かもしれないけどさ」
彼がそう言うと、彼女は肩をすくめて言い返した。
「よくもまあ、そんなのん気でいられるわね。
 1週間も授業をすっぽかした人間とは思えないわ」
「ハハハ……」
「いい加減にしなさいよ!」
手元のカップが飛び跳ねるほどの強さで、彼女がテーブルを叩く。
突然立ち上がった女子生徒に、居合わせた学生たちは驚いて目を向けた。
 周りの視線が2人に注がれる中、彼女は半ばキレ気味の表情を彼に向けた。
「いいこと、私がどれだけ先生方に頭下げてアンタが落ちないようにしてるかわかる?
 アンタの取ってる全教科の先生の部屋に出かけていって、わざわざ謝って!
 『彼は必死に芸術活動をしているんです、どうか見逃してあげて下さい』って!
 それなのに……アンタは工事現場を回って趣味を追求してたなんて」
「いや、その」
しどろもどろする彼に、彼女は痛烈な言葉を浴びせ続ける。
「幼馴染だから気にかけてるのがわからない?
 アンタが写真の道を究めたいって言ったから、やり易いように工面してるのに!
 全部アンタの為を思ってやってるのに、何で!」
いつの間にか、2人の周囲には大きな人だかりができていた。
彼女は最後に大きなため息を1つ吐くと、俯いたままぼそりと呟いた。
「……期待して損した。もういい。工事現場と結婚しろ」

 ふらふらと歩き去っていく彼女。
その後姿をボーっと眺めている青年の肩に手が置かれた。
「ったく、女性を怒らせるなんて失礼な奴だよな」
「いつもの事だって。数日経てば、いつもの彼女に戻るさ」
そう言って、彼はテーブルの上で乱雑に散らばった写真を掻き集めた。
「で、また撮りに行くのか?」
彼の友人が尋ねると、彼は写真の向きを揃えながら言った。
「ああ。ちょうどいい場所が見つかったんだ。
 今日の夜、撮りに行ってこようと思ってる」
「へぇ……。まあ、頑張れよ」

―2―

 雲ひとつ無い空に、満月が白く輝いている。
その光に照らされて、高層ビルの建設現場は幻想的な雰囲気に包まれていた。
無骨な鉄の骨格と僅かにはめ込まれたコンクリートの板が、
地上に複雑で奇妙な影を作り出している。
 その一角で、青年はカメラを空に向けて構えていた。
彼の一眼レフは、おそらく青白く照らされた骨組と満月を、
そのレンズの内に収めているのだろう。
 彼は2,3度シャッターを切ると、立ち位置を移して再びシャッターに手をかけた。
「やっぱり満月に建設現場は良く似合うなぁ……」
そんなことを呟きながら、カメラを徐々に下げていく。
 と、フレームの端に建設作業用の無人重機が映った。
通常なら電源を切った状態で置かれる筈だが、電源を切り忘れたのだろうか。
半透明のカバーの内側から、緑色の光が漏れ出している。
「あんな状態で放置しておくなんて。
 まったく、管理状態がなってないんじゃないか?」
一眼レフを下ろし、彼はひとり呟いた。
そして、重機が置かれている場所へとゆっくり歩いていった。

 すぐ傍まで近づくと、重機の全体像が肉眼でもはっきりと捉えられるまでになった。
どうやら柱に取り付いて作業を行うタイプの重機らしい。
大きさは、ちょうど大型のバンと同じくらいだろうか。
巨大な爪のような前方部分と、様々な機器が取り付けられた後部が対照的に見える。
その上面に備えられたカメラのカバーから、例の光が見えていた。
「普通に起動してるみたいだな。本当に切り忘れたんだろうか……」
重機の脇に設置されたステータスモニタの表示を見て、彼はふと思った。
 多くの場合、無人重機は作業現場に設置されたコントローラーで遠隔制御されている。
この場合、コントローラーからの操作指示を受けない限り重機が動くことは無い。
これは、重機がスタンドアローン状態になり暴走することを防ぐ為の仕様でもある。
「でも、コントローラーまで立ち上げた状態で放置するなんて。
 どう考えても、……あり得ない」
 彼がそう呟いた瞬間だった。
ブンッという低い唸り声が聞こえたかと思うと、付近に置かれていた重機が一斉に起動した。
――そして、その全てが彼の方に向きを変えた。
「えっ!?」
慌てて後ずさった彼を、重機の『目』が一斉に睨み付ける。
まるで、彼らの領土に踏み込んだ侵入者を排除しようというかのように。
まるで、縄張りに踏み込んだ余所者を食い殺そうというかのように。
「ま、待ってくれ!すぐ出て行くから!」
彼が叫ぶように言った瞬間、重機たちが一斉に動き始めた。
彼は確信した。
間違いない、彼らは自分を殺そうとしている。
そして、彼らに背を向けると全速力で走り始めた。

 『緊急事態発生、出動要請です』
無機質なガラクタで埋め尽くされた部屋に、警報が響き渡った。
その発生源――壁に掛けられた据え置き型の無線機――の受話器がグローブで掴まれた。
その手の主――対G防御スーツを着た女性が、受話器を耳元へと引き寄せる。
「こちら第2機器暴走対策課だ。……うむ。
 ……そうか、了解した。直ちに向かうと伝えてくれ」
手馴れた応対を返し、彼女は受話器を置いた。
そして、同じようなスーツを着用した女性2人に目を向ける。
その内の片方、茶髪でショートボブの女性は欠伸をかみ殺しており。
もう片方の、小柄で蒼髪の少女は、正座した状態で分厚い本を読んでいた。
 そんな2人に向かって、彼女はこう言った。
「支度をしろ、任務が入った。
 事の詳細は移動中に説明する」
その言葉で、2人ともが顔を上げた。

3, 2

  

―3―

 「何なんだよ、アレ!」
歩く人もまばらな夜の通りを駆け抜けながら、彼は叫んだ。
建設現場から相当離れた筈なのに、まだ彼らに追いかけられている。
鋼鉄製の猛獣たちは、低い唸りを響かせながら執拗に追跡してきていた。
その奇妙な追いかけっこを、人々は驚いた表情で見ている。
 交差点を左に曲がり、彼はふと振り返ったが……未だに追跡してくる重機が見え、
慌ててペースを早めた。
「幾らなんでも、いい加減制御不能になって止まるだろ?
 何でまだ……クソッ」
とうに体力の限界は来ていたが、ここで止まれば彼らに追いつかれてしまう。
そうなれば、先に待つ運命は1つしかない。
とにかく死にたくない、その思いだけが今の彼を支えていた。
「とにかく……あの場所から、コントローラーから引き剥がせば……ッ」
彼がそう思ったときだった。
 今度は前方からも、重機独特の駆動音が響いてきたのだ。
彼が想像するまでもなく、すぐに別の重機が姿を現す。
杭打ち用のアタッチメントを取り付けたショベルタイプの重機だ。
「挟み撃ち!?一体どうなってるんだよ……」
予想外の事態に、思わず彼の足が止まった。

どかっ。

 次の瞬間、後ろから重機に跳ね飛ばされた彼は、数瞬宙を舞った後――
路面に叩きつけられた。
「うう……、クソッ」
起き上がろうと必死にもがくものの、彼の両脚はおかしな方向に曲がり、
そのまま動かなくなっていた。
足元には、既に血溜まりができ始めている。
両掌も、落下した時に擦ったせいで無数の擦り傷ができ、血が滲んでいた。
 頭から落ちなかっただけ幸運だったが――同時に不幸でもあった。
それは、彼の眼前に杭打ち機の先端が突きつけられ。
「オイ、まさか……!」
今にも稼動させようとしている様を見てしまったからだった。
「冗談、だろ?」
絶体絶命の危機に出てきたのは、そんな言葉だけだった。
杭打ち機が作動し、目の前の杭が一度後ろに引かれた。
何故かスローモーションで写ったその光景から、目を背けることはできない。
こんな死に方ってアリ……かよ。
最後に浮かんだのは、そんな思いだった。
 杭が最大限まで引き込まれ、圧搾空気のバルブが開かれ。
そして、杭が勢いよく飛び出そうとしたところで。
      ・・・・・・・・・・
 杭打ち機が上下に分断されていた。

「え……?」
ぽかんとした表情で見つめる彼のすぐ脇に、極太の杭が深く突き刺さった。
もしかして、間一髪で助けられたのか……?
傷の痛みに耐えて半身を起こすと、そこには見慣れない物体がいた。
 卵のような形をした胴体に手足をくっつけただけのような外観。
人間の足を太くしてデフォルメしたかのような脚部。
いかにも重厚そうな鉄板で構成された腕部。
そして、その腕の先には刃物らしき物体が取り付けてある。
「何だ……アレ」
彼が呟いた時、紫色のそれはこちらに振り返った。
 背面と同じく全体に丸みを帯びたそれは、両腕に同様の武器を取り付けていた。
胴体下部には、機関銃らしき物体が装備されているのも見える。
その、胴体の上半分がガバッと開いた。
「間に合ったようだな。大丈夫か、少年」
搭乗者らしき黒のスーツを着た女性が、彼に声をかける。
楽観的に考えても無事とはいえない状況だったが、彼はできる限りの笑顔で答えた。
「何とか生きてます」
「そうか。救急車両を手配した、動けるなら路肩まで移動しておけ」
「あ、はい」
一体何者だろうかという疑問はひとまず置いておき、
彼はガードレールへと這っていった。

 保護対象者が離れたことを確認すると、彼女はハッチを閉めた。
プシュッというエアロックの音の後、『殻』の内部に外の様子が表示された。
「『紫電』より各機へ、対象者を発見した。
 これより付近の安全を確保する」
『『飛燕』了解、支援攻撃を開始』
『『隼』、了解しましたっ』
抑揚のない声と、多少緊張気味の声とが返ってくる。
「作戦内容はちゃんと頭に入っているな?
 『隼』は単機で重機のあった場所へ向かい、コントローラーを停止させろ。
 『飛燕』はこちらの作業が終了しだい、彼女の援護に向かえ」
『了解』『了解です』
一通り通信を終えて、彼女はふっと息を吐いた。
そして、眼前に映る暴走した重機たちを見据え……。
「――斬る!」
まっすぐに飛び出した。

―4―

 「あちゃー……。完全に塞がれちゃってるよ」
建設現場の入り口に積まれた大量の建材を前にして、彼女は困惑していた。
本来ならば、重機にそのような動作をするだけの知能などない。
だとするなら、これはおそらく……。
「ともかく、こいつを一度除けないとなぁ。
 ミサイルで吹き飛ばせればいいけど……」
もし無理なら、また彼女に助けて貰わないといけないな。
そう思いながら、彼女は機体を路地の向かい側まで下がらせた。
ウェポンセレクタを多用途小型ミサイルに設定し、
ターゲットを眼前のバリゲードに定め――発射した。
パシュッという控えめな破裂音とともに、推進剤の白い尾を引いて弾頭が飛ぶ。
放たれたミサイルは巨大なオブジェの中心付近にぶつかり、爆発を起こした。
 辺りに爆発による黒煙が広がり、視界が一瞬だけ阻害されたが、
瞬時にカメラが赤外線感知へと変更される。
緑色の風景の中で、バリゲードは文字通り木っ端微塵に砕け散っていた。
「これでよしっと」
彼女は安心したように呟くと、機体を前進させた。

 「はあっ!」
気合とともに振り下ろされた一閃が、重機を両断する。
先ほどまで彼女を包囲するようにいた重機たちの姿はなく、
周囲には幾つもの切片に切断されたガラクタが大量に転がっている。
何機かは原形を留めているものの、その頭部には例外なく巨大な穴が穿たれていた。
 最後の1機を強制停止させたところで、彼女は腕の刃を格納した。
どうやら、ここでの戦闘は終了したらしい。
『状況終了。これより『隼』の援護に急行』
「了解した。任務完了後はその場で機体を回収し帰還するように」
了解、という返答が返ってくると、彼女は無線を待機状態に戻した。
「それにしても、これだけ大量の重機が暴走するとは……。
 何か嫌な予感がするが」
そこで言葉を切り、彼女はハッチを開いた。
ちょうど救急車が到着したらしく、あの青年を担架に乗せて搬送する準備をしている。
彼女は担架に歩み寄ると、青年に声をかけた。
「ひどい怪我だが、本当に大丈夫か」
「ええ、まあ」
多量の失血で青ざめてはいたが、それでも彼はしっかりとした声で返事を返した。
内心ほっとしながらも、彼女は冷静な表情で言った。
「後でうちの社員から事情を訊かれる。返答の準備だけはしておけ。
 それと……」
「それと……何か?」
青年が訊き返すと、彼女は首を横に振った。
「いや、――訊いても知っていそうにないな。
 今のは忘れろ」
彼は、一体何なのか理解できない、といった表情を浮かべた。
そして何か言おうとしたが、口にする間もなくそのまま搬送されていった。
 サイレンを鳴らして走り去る救急車を見送りながら、
彼女はひとり、考えに耽っていた。

 銃身から最後の薬莢が吐き出されたところで、彼女はふうっとため息をついた。
無数の薬莢が散らばっている建設現場には硝煙が立ち込め、
つい先程まで牙を剥いていた獣たちが物言わぬスクラップとなって転がっていた。
 元々対物機関砲として開発された軽量型機銃を片側に2門備え、
もう片側にミサイルランチャー・レーダー・突撃ライフル砲が組み合わさった
複合兵装ユニットを装備した橙色の機体。
これこそが、彼女の愛機『隼』。
中距離での撃ち合いに特化した暴走機器対処兵器として、霧雨重工が開発した機体。
その卵形の胴体部は、『紫電』や『飛燕』と共通の構造になっている。
整備員曰く、『多少弄れば戦場にも持ち込めるほどの戦闘能力』を持ち、
その手の記者に言わせれば、『自衛隊に売り込む為のコンセプトモデル』らしい。
「ちょっと撃ち過ぎちゃったかなぁ……。
 また莉那ちゃんに辛口評価されちゃうかも」
機銃の残弾を確認して、彼女はまたため息をついた。
 そんな彼女を、1機の無人重機が見下ろしていた。
彼女が撃ち漏らしたのか、あるいは今まで潜伏していたのか。
いずれにせよ、重機は眼下の敵機を照準に捉えていた。
重機は巨大な爪で掴んだ柱を、彼女に気づかれぬようゆっくりと降下し始めた。

 「もしもーし。こちら『隼』、敵の一掃を完了しました」
『よし。コントローラーを破壊し、その場から撤退しろ』
彼女の報告に、『紫電』の搭乗者が返答を返した。
「了解しましたっ。
 ところで、莉那ちゃんは?」
『そちらへ向かっている筈だ。回収をそちらで済ますからな。
 万が一の場合は彼女を頼れ』
こっちに来るのかぁ、と思いつつも、彼女はライフルをコントローラーに向けた。
引き金に手を掛け。
「これで終わ――」
 その瞬間、彼女は上部に衝撃を受けた。
機体のバランスが崩れ、狙いを外されたライフル弾が地面を穿つ。
「きゃあっ!?」
『どうした?『隼』、応答しろ』
彼女の悲鳴を聞いた『紫電』が訊き返したが、それに答えている余裕などなかった。
彼女は機体を前後左右に揺さぶり、取り付いたモノを必死に振り落とそうとした。
しかし、既にガッチリと掴まれているのか、落ちる気配はまったくない。
「離せっ、この!」
半ば狂乱した状態で、彼女は機体を揺さぶった。
 その時、甲高い金属音が聞こえ始めた。
何かが装甲の表面を削ろうとしているかのような音だ。
「まさか……切断する気じゃ……!」
それを想像した瞬間、ぞわっと鳥肌が立った。
このまま機体と一緒に切断されたりしたら……。
「嫌ァァァアアア!!!!」
いつの間にか、彼女は絶叫していた。
装甲を削る音は徐々に変化していき、そして。

 ぐしゃっ。

 彼女に取り付いていた重機は、どこからか飛んで来た砲弾に抉られて吹き飛んだ。
「ひっ……。あ、れ?」
呆気に取られた彼女の耳に、抑揚を欠いた声が聞こえてきた。
『油断大敵』
「莉那ちゃん!
 うわぁ、助かったよぅ」
彼女は涙ぐみながら僚機に感謝した。
 見れば、四方を覆っているフェンスの一部に穴が開いている。
ということは、このフェンス越しに重機を撃ち抜いたというわけだ。
「やっぱり莉那ちゃんは凄いよ……」
人間離れした狙撃技術に、彼女は今一度感心した。
 『隼』はバランスを取り戻すと、突撃ライフルをコントローラーに向けた。
「それじゃあ、今度こそコントローラーを壊」
『既に撃破済み』
「えぇーっ!?」
驚いてコントローラーを見ると、確かに停止しているらしかった。
その中央には砲弾の着弾痕が確認できる。
おそらくは、先程の狙撃でコントローラーごと撃ち抜いたのだろう。
「そ、そんなぁ……」
『全目標の沈黙を確認、作戦は終了』
『飛燕』からの無感情な声が、『隼』のコックピット内に響いた。

5, 4

  

―5―

 夜が明ける頃には、後始末を含む全ての作業が完了していた。
路面に散らばった無数の残骸は清掃ロボットたちによって完全に回収され、
戦闘により破壊された設備の修復も既に終了している。
大規模な上に被害者が出ただけあって、朝方のニュースで取り上げられたものの、
その反響も心配していたほどではなかった。
 久々の夜勤を終え、3人の『掃除屋』は各々私服に着替えてくつろいでいた。
「それにしても」
と、『紫電』の搭乗者である黒髪の女性が呟く。
「今回の事件、やはり気になるな」
「確かにそうなんですよね……」
その言葉を聞いていたらしく、茶髪の女性がむむむ、と考え込んだ。
「解析班が言うには、元々広範囲無指向型の無線装置が取り付けてあったとか。
 しかも、民間用じゃなくて軍用規格のですよ。
 どう考えたっておかしいじゃないですか」
「決め付けるには尚早過ぎる。
 正式な解析結果が出るまではわからん」
彼女はそれだけ言って黙り込んだ。
「そうですけどねぇ」
不服そうな表情で、彼女は言葉を濁した。

 「両足骨折とは、いい口実を作ったものね……」
両足を上から吊り下げられた奇妙な格好の青年に、女子学生は呆れた表情を向けた。
「いやあ、まさか建設用の重機に追い回されるなんて思わなかった。
 まったくもって驚きの体験だったよ」
「アンタにはちょうどいい薬になったんじゃない?
 これを機に、建設現場への不法侵入から足を洗ったらどう?」
相変わらず笑顔の青年に、彼女は嫌味たっぷりの口調で言い返した。
 が。
「ああ、そうする」
「はぁ!?」
あまりにも素直な返答に、彼女は思わず困惑した。
「アンタさぁ、足だけじゃなくて頭もぶつけたんじゃないの?」
「そういう事じゃなくてさ。
 もっと撮りたいと思える被写体が見つかったんだ」
 もっと撮りたいと思える被写体が……?
彼女の中で、淡い期待が膨らみ始めた。
「何?アンタ何が撮りたいの?
 ほら、私に言ってみなさいよ!」
彼女は、にやけた表情で彼の体を激しく揺さぶった。
「ちょっと、痛いって!イタタタタタッ!!」
「あ、ごめん」
青年が本当に痛がっている事に気づき、彼女は慌てて手を離した。
「それで、アンタが撮りたいものって何?」
「『掃除屋』さん」
「……あっそ」
――淡い期待は儚くも散った。

 ぱらり、と紙をめくる音が静かな部屋に響く。
「……ところで、今回の仕事について評価貰ってないなぁ」
唐突に、彼女が呟きを漏らした。
ページをめくる手が、ぴたりと止まる。
「まあ……聞きたくもないけど」
「優希、B-(ビーマイナス)。
 減点対象は機銃弾の浪費と上方に対しての不注意、加点対象はなし」
莉那がぼそっと呟いた。
ふうーっとひときわ大きなため息がこぼれ、彼女はがっくりと肩を落とした。
「礼華はA-(エーマイナス)。
 減点対象は特になし、また加点対象もなし」
 「で、莉那ちゃん自身の評価は?」
優希が訊き返すと、彼女は本に視線を落としたまま答えた。
「客観的な評価ができないため、評価不能。
 優希や礼華が評価しないと駄目」
「ああ、そう……」
どうでもいい、といった調子で彼女が言った。
そして――大きなあくびをまたひとつ、かみ殺した。

「暇だなぁ……」

6

おじや 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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