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リーと馬

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 ある夜、青年が厩舎で馬を丁寧に世話している。青年の名前はリー。年は十九歳だ。彼は両親を十二年前に亡くした。村を襲った盗賊に両親は殺されたのだった。両親も馬を育てるのが商売だった。それから、彼は叔父夫妻に育てられた。彼は叔父夫妻とはほとんど話さなかった。もともと無口だったのが両親の死で、さらに無口になった。
 彼は両親が残した、馬を一生懸命育てた。それは端から見ると異常なほどだった。寝るときと食うとき以外のほとんどの時間を馬を育てるために使ったのだ。もともと才能があったのか、それとも努力の賜物か、彼が育てた馬はことごとく名馬になった。足が速く体格も立派で見ていても美しい。高い値段で売れた。

 やがて、リーが育てた馬の評判を聞いて、この村に名のある武将がやって来た。武将は馬を見ると
「素晴らしい」
 と呟き、驚いた。そして、馬に乗ってみると
「素晴らしい。本当に素晴らしい」
 と呟き、さらに驚いた。
 その武将から話が広がったのだろう。様々な武将がリーのところに馬を買いに来た。そして、リーの馬は戦場で華々しく戦った。馬を買った武将は名を馳せていった。ついには君主までもがリーの馬を買うようになった。そんなわけで彼の馬を育てる能力が人並みはずれて高いことは皆が認めていた。

 だが、家族はリーのことを嫌っていた。それはリーがあまりにも無愛想だったからだ。
 例えば、今から数年前叔父夫婦の子供つまりリーのいとこが物心ついた頃の話。いとこは興味本位で厩舎に近づき、馬に触れた。やがて、リーはやって来て顔を真っ赤にして怒鳴った。
「そこから離れるんだ!速くしろ!」
 いとこは泣きながら、家へと戻っていった。
 君主が馬を飼ったときもリーは無愛想だった。ほとんど君主の質問に答えず、叔父が慌てて
「こいつは少し頭が弱いんです。すいません」
 と言ってごまかした。特にいとこが彼を嫌っていた。前述の話が原因だろう。ある時いとこは彼がいる前でわざとこう言った。
「リーから馬を育てる技術が無くなったら本当の役立たずだ。死ぬしかないね」
 と。それを聞いて、リーは不気味な笑みを浮かべこう言った。
「それで十分だ」

 話を現在に戻す。リーが今世話している馬はリンという馬だ。全身が真っ白で体も大きく、気品にみちあふれていた。無論美しいだけではない。足も飛び抜けて速かった。そのためリーはこの馬をこよなく愛していた。なのでリーはこの馬を売ろうとはしなかった。叔父から
「売ったらどうだ。大変な金になるぞ」
 と言われたときも、
「生活できるぐらいのお金は稼いでいます。売る必要はありません」
 と言って取り合わなかった。

 リーが丹念にリンを手入れしていると突然叫び声が聞こえた。
「盗賊だ。皆逃げろ。馬に乗っているぞ」
 が、彼は逃げなかった。馬を守るために彼は家に剣を取りに言った。厩舎から家までは近い。彼は馬に乗らずに走っていった。が、彼は剣を見つけるのに手間取った。何しろほとんど使っていないのである。やっと彼が厩舎に着いたときには盗賊は既に去り、リンもいなかった。代わりに盗賊が乗っていた馬が一頭残されていた。リーは呆然と立ち尽くした。
 不思議なことにリーには悲しいとか悔しいといった感情はわき起こらなかった。ただ、リンを取り返したい。その一点がリーの心のなかに激しく存在していた。そのためリーは、村の人々があの盗賊はどうやら長安の方で暮らしているそうだぞ。と言っているのを聞くとすぐに長安に行くことを決意したのだ。皆反対した。
「危険すぎるぞ。リー。盗賊は十人ぐらいいるし。戦いに熟練してる連中だ。叔父として反対するのは義務だ」
 と叔父は言った。口ではこんな風に言うが、それはもちろんリーの身の安全を思ってのことではない。反対するのは、リーがいなくなれば家族は収入が格段に減るからだ。叔母は
「別に馬一頭ぐらいどうなってもしょうがないじゃない。確かにあの馬はすばらしいわ。売れば、普通の馬の十倍ぐらいは軽くしたわ。でも命の方が大事よ」
 と言った。リーはその言葉を冷笑した。
「そうですね。あなたにとってはみればただの馬一頭ですよね……」
 薄笑いを浮かべるリーに叔母は嫌悪感を感じたが、なぜか何も言い返せなかった。

 結局、翌朝リーは金と剣を持ち、残された馬の中で一番速い馬に乗り長安に向かった。ここから真っすぐに南へ馬を全力で三時間ほど走らせれば長安に着く。
 長安に着くと彼は聞き込みを始めた。それによって盗賊の居場所が分かった。山の洞窟にいるという。彼が今いる場所からそう遠くはない。リーはそこに向かっていった。南へ十分ほど走って着いた。
 リーは林の中から盗賊達を眺めた。盗賊達は酒を飲んでいたり、博打をしていたりした。リーはリンを発見した。リンは木に縄で繋がれていた。リーにはリンが寂しそうに見えた。もうすぐ助けてやるからな。そうリーは思いながら、長安へと戻っていった。リンを取り戻すのは夜の方がいいと思ったからだ。
 
 夜になるとリーはまた、馬を走らせ、盗賊達の洞窟へと向かった。
 林の中から見ると見張りの盗賊が洞窟の入り口に立っていた。そこから十mほどの距離にリンが繋がれている。リーは何時間もそこで機会をうかがった。そして機会がやって来た。三人目の見張りの盗賊が寝始めたのだ。
 リーはゆっくりゆっくりと近づいていく。幸いにも盗賊は彼に気づいていないようだった。彼はついにリンの縄を剣で切り始めた。太い縄を着々と切っていき、縄を切り終えた。
 そこまでは良かった。が、見張りの盗賊が起きて、リーに気づいてしまった。盗賊は驚き、仲間に向かって叫んだ。
「みんな起きろ!盗んで来た馬が盗まれるぞ」
 と。リーはその声を聞き慌てて馬に乗ろうとした。が、盗賊が彼に切り掛かって来た。彼は落馬してしまった。彼は自分が生き残ることをあきらめた。リンを思いっきり引っぱたいた。リンはもの凄い勢いで走っていく。そして彼は必死に盗賊と戦った。リンを逃がすためにだ。が、盗賊は続々と来る。彼は戦いをしたことはない。胸を刺され、彼は倒れ込んだ。死の際に彼に馬が北へと向かっていく姿が見えた。リーは心なしか微笑しているようだった。
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