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独裁者

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ここはある精神病院。その一室に40歳ぐらいの男が押し込まれた。
その男はつぶやいた。
『くそっ。私をこんなところに閉じ込めやがって。あの連中
ここから出たら、たたじゃあおかない。』

診察第一日目
白衣の男が部屋に入ってきた。
『やあどうも。私があなたの担当医です。』
『やあどうもじゃない。ふざけるな。国家最高指導者である私を
こんなところに押し込めやがって。』
『その妄想がいけないのです。あなたはそんな地位には
付いたことがない。』
『ふざけるな。お前もあの男の手先なんだろうが。』
『あの男とは誰なんですか。』
『あの男に決まってるだろう。結党当初からの私の部下で私を
裏切ったあの男だ。』
『そんな男などいませんよ。』
『私はあの男の住所も電話番号もいえるぞ。』
『では言ってみてくださいよ。』
医師が男の言った番号に電話をかけた。そして男に言った。
『繋がりませんよ。妄想だということを認めたらどうです。』
『住所のほうはどうだ。』
医師は面倒くさそうに男が言った住所を調べ、電話番号を
割り出しそこにかけた。
そしてやれやれといった表情で男に話しかけた。
『老婆が出ました。』
『なぜ老婆だと分かる。』
『声でですよ。』
『信用できるわけないだろう。私に代われ。』
『はいはいわかりました。』
そして男は老婆と話し出しました。
『私のことは知っているだろう。』
『え、わたしゃ最近耳が遠くなったもんでね。』
男は電話を切ってつぶやいた。
『ダメだ話にならない。』
『そうでしょう。』
『あの男のことだから、これぐらいの偽装工作はするさ。』
『全くあなたという人は…。私の経験上貴方のような人は
社会復帰までに時間が掛かるんですよ。何しろ我々の言うことを
まったく受け入れないんですからね。死ぬまで入院した人もいましたよ。』
『俺はそんな連中とは違う。』
『世の中で精神障害者と呼ばれる人たちは皆そういうんですよ。』
男は顔を真っ赤にしてどなった。
『俺はキチガイではない!』
『そんな言葉を使ってはいけませんよ。まあ自分のことをなんと言おうが
勝手かもしれませんがね。ハハッ。』
男が医師に掴みかかったので警備員が男のことを抑えた。
『何するんです。いきなり。』
『お前が私のことを馬鹿にするからだ。』
『心外ですね。そんなつもりは全くなかった。まあとりあえず今日は
この辺で終わりましょうか。あなたは興奮なさっている。』
そして医師は出て行った。医師が出て行った後男は更正ビデオ
を見せ続けられた。食事の時間中もだ。就寝中もずっと流されぱっなしだ。

診察第二日目
『どうですか。調子は。』
『どうもこうもない。あのビデオのせいでろくに眠れなかった。』
『そうですか。これもあなたのためです。そのうち慣れますよ。あのビデオは
診察時間以外ずっと流れますからね』
『ところで、昨日考えたんだがインターネットを使わせてくれ。』
『ダメですよ。外部との接触ができるようなものは。』
『やはりそうか。わが党の検閲がかかっているからな。党のページにいくと、
あの男の肖像が出てしまうんだろう。』
『全く、あなたは本当に重症ですね。まだ疑っているとは。大体本当に
クーデターだったらすぐに殺すんじゃないでしょうか。』
『うむそう言えばそうだな。なぜ私を生かしているんだろう…。』
『そうでしょう。だんだん自分の話に矛盾が生じてきたでしょう。』
『では今の内閣総理大臣は誰だ。』
『何でそんなことを聞くんです。』
『早く答えろ。』
医師の答えた人物は男が知っている人物だった。その男は確か自分の前の
政権で財務大臣を務めた人物だったはずだ。
『うむ。そうか。』
他にも男はいろいろな質問をしたがおかしい点は見付からなかった。
医師は少し自信を失っている男に言った。
『あなたの妄想は、実際の人物などが登場しているからたちが悪いんです。
まあ頭を冷やしてください。』
医師は出て行った。男は考える。だんだん俺の記憶に自信がなくなってきた。
俺はおかしいんだろうか。そうやって考えている間にも更正ビデオは
流れ続ける。

診察第三日目

『どうですか。少しは自分の考えが妄想だと思い始めましたか。』
『いや。しかし、少しおかしいんじゃないかとは思い始めた。』
『そうですか。良い傾向です。』
『それで先生。妄想だということを認めたらここから出られるんでしょうか。』
男は医師にたいして初めて先生という言葉を使った。
『そうです。しかしあせる必要はありませんよ。薬を使うという方法も
ありますが。』
『どういう薬なんです。ぜひ使わ』
男は出かけた言葉を引っ込めた。安易にこの男のことを信じすぎていると
思ったからだ。そこで質問をしてみた。
『あの妻には会えますか。』
『ええもちろん。それとお子さんにも。あなたが想像している人物と同じだと
いいんですが…。』
そして男は電話を掛けた。数十分後男の妻子はやってきた。男が記憶
している通りの顔だった。男は安心すると同時に自分のことが恥ずかしくなった。
妻子がいるのに俺は精神病院なんかにいて…。
会話を交わしたがどうやら俺はおかしかったようだ。記憶が一致しているのは
会社に入った頃まで。その後俺は労働組合長になり社長を退任させ党を作り、
議員になり、ついには内閣総理大臣にまで上り詰めたはずだったがそれは
全て俺の妄想だったようだ。なぜなら目の前には会社で同僚たちと働く
俺の写真が…。妻は悲しそうに言った。
『あなたが酔っ払って帰ってきたときや、寝言でいろいろなことを
つぶやいていたのは知っていたけどまさかここまでとは。』
妻を慰めるように医師が言う。
『大丈夫ですよ。奥さん。最初は更正の見込み薄かと思いましたが、今では
早く社会復帰したいと思っているようです。』
『そう。あなたは早くここから出てね。この子のためにも。』
と言って妻はまだ生まれたての赤ん坊、つまりは俺の息子を指差した。
『ああ。そうだな。』
と答えながら男は思う。俺と妻は中学時代から付き合っていた。もし脅され
ていたとしても決して命令に従ったりはしないだろう。妻子は帰っていった。
『先生、あの気になることがあるんですが。』
『何ですか。』
『私はどうしてここにつれてこられたんですか。』
『それはですね。あなたは出社途中に突然大声で叫び始めたのです。
クーデターだ。殺されるなどと。そして親切な通行人が救急車を呼び
ここに来たというわけです。』
『お恥ずかしい話です。』
『いや、そう恐縮なさることはないんです。ストレスの多い現代社会ですから、
あなたのような人はたくさんいますよ。』
『ところで先生、さっきの薬の話ですが、今日から使用するというわけには
行かないでしょうか。』
『いいんですか。』
『はい。』
『ではここにサインをしてください。』
『分かりました。』
男は早速サインをした。医師は満足げに言う。
『あなたが退院する日も遠くないかもしれませんね。』
『本当ですか。いつですか。』
『まあまあ。あせる必要はありません。妄想というのは完全に取り除かねば
ならんのです。少しでも残っていると雑草のように復活してしまいます。』
『はい。』
『ではこの薬を寝る前に飲んでください。』
『はい。』
その日から男の考え方は変わった。あれは全部もうそうだったんだと早く
社会復帰しなければと。毎日男は医師に退院日を聞いたがいい返事は
返ってこなかった。やがて数週間がたったある日医師は言った。
『今日で退院です。』
『本当ですか。』
『ええ。』
『家に帰るんですか。』
『いえ、それはまだですが…。』
少し男はがっかりしたがそれでもうれしかった。おそらく家に帰る日も遠くは
ないだろう。
『その前にあなたの妄想を詳しく語ってくれませんか。』
『なぜですか。嫌ですよ。』
『学術研究のためです。お願いですよ。精神医学の進歩に繋がるのです。』
『分かりました。』
男は自分の妄想を語りだした。たまに医師が質問をすることもあった。
数時間後やっと終わった。メモを取っていた医師は疲れた表情で男に言った。
『お疲れ様でした。終わりです。』
嬉しそうな顔をする男。すると警備員が突然男を撃った。確実にしとめるために
5、6発は撃っただろうか。そして二人の男が入ってきた。小柄の男と大柄の男だ。
医師は報告を始めた。
『あの男が言った銀行の暗証番号はこれです。』
『うむそうか。あいつは膨大な金を中立国の銀行に預けてあった。なんとしてでも
聞き出さねばならなかったが、あいつの性格では拷問などをしても無駄だと
分かっていた。しかしこんな手があったとはな。』
『わたしの言ったとおりだったでしょう。』
と側近らしい小柄の男がが大柄の男に言った。
『うむそうだな。精神医学とは恐ろしいものだな。凄まじい信念を持っていた
あいつも、妄想だと完全に信じ込まされてしまった。』
医師は自慢げに言った。
『いろいろ工作をしたり、妻を脅して登場させたりしましたからな。政争に明け暮れる
夫に愛想を尽かしていたようです。まあ私の話術が大きいと思いますが。
あなたが失脚するときも私の同業者が働くことになるかもしれませんよ。』
『やめてくれ。シャレにもならない。』
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