今日の空は黄土色に濁っていた。
なんで濁っているのかそんなことは分からないけど、とりあえず濁っていた。木庭秋矢はそんなしょうもないことをまるで詩的の風に考えながら、肥料にするために焼かれたレンゲ畑を歩いていた。秋矢は気取り屋らしい。でも確かに空は黄土色だ。
ポケットから米粒をとりだすと、ジャラジャラとその辺にばら撒き始めた。そうするとスズメが腐るほどたかってきたので、素早いスナップでとっ捕まえた。
スズメを一匹ポケットに入れると、ポケットのボタンをして閉じ込めて、二匹三匹とどんどん捕まえて、上から上から押し込んで押し込んでボタンをした。中でピキュピキュという哀れな鳴声が聞こえてくるが、そんなことは別に構わない。
秋矢は家に帰りはじめた。路上は覇気さえもなくした背中の丸い人々がぼんやり歩いている姿が点在するだけだった。両側にはマンションが壁のように建ちそびえているが、なにか、なにもかもがくすんでいるように思えた。
空の黄土色と、街のくすみは黄砂の影響ではない。何もかもがただ疲れ果てているだけに見える、そんな感じ。
ポケットに押し込んだスズメ達は秋矢が家につくまで、全て生き延びていた。普通は圧迫死する。元気な証拠だ。このスズメ達を打ち上げ花火の筒に押し込んで、空に打ち上げたらどんなに胸がすーっと心地いいことだろう。ある意味ロマンチックではないか、死せる鳥、自由な鳥の死の羽、詩的なことを考えてにやついた。
そうだ、お隣の京香ちゃんに見せてあげよう。
秋矢はそう思ったので、鳥達を虫かごにとりあえず閉じ込めておいた。これでまだいくらかは生命を維持させることができる。京香ちゃんも、きっと褒め称え喜んでくれるに違いない。
秋矢にはたしか３人の妹達がいたが、たしか去年の春くらいまでに、たしか全部死滅してしまったことをぼんやりと思いだした。母親は最後の妹が死んだときは馴れているせいか全然泣かずに、葬式費用の計算をしてそれに泣かされていた。金銭的なことを秋矢も不安に感じて心が痛んだ。父は秋矢が生まれる前に遠いお国に労働に出かけているので葬式には一回も顔を見せたことがない、もう労働でくたばったんじゃないかと秋矢は思っている。つまりスズメの命も人の命もすべてお安いもの、５円硬貨くらい、あめちゃん一つくらい。
今を生きることがベストなのだ、憂えていても、風は吹く。 これこそは秋矢のすばらしい座右の銘である。
家に帰って手をキレイキレイという石鹸で洗って塩分７パーセントのナトリウム水溶液でうがいをして水を吐き出して、机に置いてあった団子を食べていると、母が目覚めてやってきた。昼寝をしていたんだろう。母は秋矢が団子を食べるようすを見ていった
「それは猫を殺すための毒団子よ」
秋矢はお腹をポンポンたたいた。
「なんちゃら薬品が入っていて、体内でボヤーと青白く発火して、じわじわ体内を焼いて、猫やもろもろを殺してしまう団子なのに、仕方のない子だわね」
母はいきなりあっさりと詐欺占い人のごとく死の予言をした。
秋矢は鼻で笑って、憂えることはなにもない、今を生きることがべすとなのだ、憂えていても風は吹く、詩吟調で甲高くうたった。母はふき出して、温かい親子の空気が流れたのだった。音痴なのだからぁ、と。
とすれば、こうぼやぼやしてはいられない。早く美しい秋矢にとっての姫さま京香ちゃんに麗しい打ち上げ花火を見せてやらねばならぬ。芸術は爆発なのだ、時間は待ってはくれない、芸術家だな俺も、秋矢は思った。
スズメの入った虫かごを抱え、夏にストックしていたでかい打ち上げ花火を片手にたずさえて京香ちゃんの家に猛ダッシュ。トイレしてようが風呂してようが虫殺してようがそんなことはお構いなし。走れメロスになった気分だ。
５メートル隣に住む京香ちゃん家のインターフォンを鳴らすと相変わらず留守だった。いつも居留守を使うのだ。多分虫殺しているからに違いない、ドアを開けると鍵はかかっていなかったので勝手にお邪魔した。京香ちゃんの部屋をあけると、京香ちゃんがルーペでカブトムシを焼いていたので香ばし酸っぱい薄い煙が鼻をさすった。
「やあ、京香ちゃんごきげんよう。
今日も虫殺して楽しんで愉悦しているんだね」
京香ちゃんは不法侵入にも驚かずに、にっこりと微笑んで首を秋矢に向けると、
「そうなのよ。いま、三匹目。ほら、これで四匹目になりそうよ。 あらあら・・死んじゃった。
けど、なにか、もっとこれよりもっと面白いことはないものかしら？」
秋矢は今からスズメをロケット花火に入れて打ち上げにいこうと誘い、自分には時間が残されていないことをすべて説明した。
「まぁ、かわいそう。 スズメさん達、かわいそう。 でも、楽しそう。」
京香ちゃんはそういって、焼きかけのカブトムシをゴミバコに投げ入れると白く美しい上着を羽織って、さぁ死刑しにいきましょうと勇んだ。
世界でたった一つの打ち上げ花火を上げる場所は、子供とおじいさんが背中を丸めて佇んで点在している病み川公園というところ。芝生がしなしなとひかれでも所々禿げ、猫のフンが落ちまくっている病原菌のプール的砂場と、塗装のはがれたベンチ、猫の糞がなすりつけられたブランコとすべり台、ごく普通のみんなが想像してくれるような一般的な公園だ。
秋矢は砂場に京香ちゃんを誘い入れると、虫かごからスズメを出して打ち上げ花火の筒に詰め込みはじめた。スズメは大分衰弱していた、京香ちゃんはそれを哀しそうにみて
「弱っていて、駄目ね。 もっと、生きが良かったらもっと沢山もがいて楽しかったのに・・・・哀しいわ」
「大丈夫だよ京香ちゃん。 たとえ弱っていても、まだ生きているんだから、生きてこそいるのだから、そんな哀しいことを言ってはいけないよ、物事は悲観しちゃいけないよ。」
「そうね、大丈夫よね、生きては、いるのだから・・・・」
京香ちゃんは秋矢の言葉に元気をもらって、少し涙目になって、スズメさん達ありがとう、といった。
でも秋矢はマッチを忘れていた。せっかくすずめを筒に詰め込んだのに火をつけて打ち上げることができない、今からマッチを家に取りに帰っているとスズメ達はその間に衰弱死してしまう、どうすればいいんだと苦悩した。自虐的になった。
京香はいまこそ秋矢を助けるべきときだと察し、ルーペをポケットから取り出した。
「これで・・・」
秋矢はわざと京香ちゃんの手に必要以上にべたべた触りながら受け取って、沈みかける太陽に祈りながら導火線に、ルーペの光の焦点を合わした。
ジリ・・ジリジリ・・ジリ・・・導火線が焼ける。
もうすぐだ、もう少しだ。京香ちゃん、見てくれ。ぼくから京香ちゃんへの気持ちだよ。
ついに努力の結果導火線に火がついて、そして花火がまだ死なずにすんだスズメをのせて大空に打ちあがった。
京香ちゃん、受け取れ！！
スズメの絶望苦悶激痛の叫び、断末魔。そして花火の破裂音がミックスして辺り一面に響き渡ると・・・・美しい花火の黄色の光と、スズメの血肉の赤が、くすんだ空に広がって、そらのスクリーンに咲き散る美しい彼岸花を形作った。肉片がボトボト落ちてきて老人や子供の頭や肩に降り注いだ。
京香ちゃんは秋矢の方に振り向くと、秋矢君は芸術家ね、と讃えた。
秋矢は嬉しかった。でもなんかお腹が焼けるように痛かった。もう団子が胃の中で燃えはじめているのだろう。
秋矢はメーンイベントはほんとうはこっからだよ、と京香ちゃんに微笑みかけると、ポッケからノリと米粒を取り出した。ノリを頭や体全身に塗って、米粒を体に降りかけた。
体全面に米粒が張り付いた。スズメやカラスがその一部始終を見ていた。そして全面に米粒が張り付いたのを確認すると、一斉に秋矢目掛けて飛んできた。
スズメやカラスは秋矢にたかって米粒をついばんだ。けれど鋭い嘴は米粒のみならず秋矢の肉をも一緒に引き裂くことになった。スズメは米粒がなくなった時点で飛んでいってしまったが、肉食性のカラスは飛び立って行かずについばみ続けた。
秋矢は骨になったまますっ立っていた。
京香はそれを見て拍手を送った。老人や子供もみんなつられて拍手を送った。場に和やかな調和のとれた優しい空気がながれた。母親もその後京香の報告でことを知ったが、葬式費用のことで痛む頭をかかえながら泣いた。京香もそれを見ていたらもらい泣きがでた。
そうだ、京香は提案をした。
京香は秋矢の骨を母からゆずり受けると家の犬のポチにあげることにした。これで秋矢の肉体、魂はスズメやカラスに乗って世界を旅し、そしてポチの体内でも永遠に生き続けることができるのだ。
人の死は、生きた証、笑わなくちゃ。詩吟調に京香は歌った。これが、私の座右の銘よとでもいわんばかしに。秋矢の母親もそれを聞いて嬉しそうに、葬式なんていう悲しいことは絶対しないことを京香に向かって誓った。
だって、秋矢は色々の生き物たちと共に、生きているのですからね。笑わなきゃ、そう、笑わなくちゃ。
よどんだ空が一瞬鮮やかな色合いを見せたように思えた。