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両手

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B「アンタ、人を本気で殴ったことはあるか?」


男は肩の傷を強く抑えながらそう呟いた。
硝煙の臭いが立ち込める中、男の肩からは今も尚赤黒い血がだくだくと流れ、押さえ続ける右手を赤く染め続ける。
先程の発砲で似たような傷を脇腹にも抱えているだろう。 その前の弾が当たっているのなら左脹脛にも傷を負っているはずだ。
どっちにしろ、この傷じゃこの男は俺から逃げることは出来やしない。


A「…………」


とどめ、とばかりに俺は男に銃口を向けた。
指先に意識が集中。 狙うは動きが鈍くなった目の前の男のその脳天。
あとほんの少し。 もう少しだけ人差し指を引けば全てが終わる。
自分の一つの動作で他人の生き死にが関わってくる現状に酔いしれながらも、目の前の男に俺は皮肉の笑いを浮かべた。


B「おい、聞いてるのかよ」


だが、男は屈しなかった。
それどころか此方を一度一睨みし後、再び俺に問いかけてきたのだ。
やがて男は肩から流れる血を拭きながら一度深く息を吸い、続けて吐く。
そして、文字通り虫の鳴くようなか細い声で続けた。


B「……な、なあ、答えろよ。 アンタは今まで本気で人を殴ったことあるのか?」

B「無いんだろう? 図星だろう? ……そうなんだろう」

B「人の意見も聞く前に……そうさ、自分は圧倒的な力を持っているものな。 それだよそれ。 今まさに俺のドタマをぶち抜こうとしている奴」

B「他人の意見や事情なんて耳も通さず、自分の力を相手に見せつけてみれば全てが終わるものな」

A「…………」


淡々とした男の口調。 その言動には迷いはなく、恐怖も感じられなかった。
男は俺を見ている。 俺の眼を見ている。
それを見て何故俺が撃つのを戸惑っている?

A「…………」

B「はっ。 ダンマリか。 まあ、それもいいだろうな」

なんだ?
この男はなにを言ったのだ?
俺が今まで本気で人を殴ったことはあるか、だって?
いや、内容に関してはどうだっていいし、興味も無い。 疑問視すべき問題はそこではない。
この男の態度は一体どうしたのだろうか。 問題はそこだ。
死を目前として何故こうも落ち着いていられるんだ。 
少なくとも今までの俺の経験上、相手の行動のパターンは三つ程だ。
誰かは状況に泣け叫び、誰かは状況に狂乱し、誰かは状況を悟り大人しくなる。

しかしこの男、決して現状に屈し、恐怖している様には見えなかった。
自らの瞳を見透かすかのような彼の眼には揺るぎ無い信念さえ感じ取れるようだった。
開き直っているのか、それとも何か策があるのか。
どっちにしろ一先ず動きを見ることを選択し、俺は男の問いに応答する。


A「なんのつもりだ?」


勿論、問いに対しての応答ではない。
男に状況把握させる為のそれだ。 
現状把握能力に関して欠けている人間ではないかもしれないからだ。
策を握っているのなら諦めることでも考えさせようではないか。


B「なにって、唯の何の変哲もない質問だよ。 俺がアンタに対して疑問があったからそれを聞いているまでだ」

A「…………」

B「どうせ俺は死ぬんだろ? 殺すんだろ? その銃で一発かませば俺はあの世行きさ。 だったらその前に一つだけ聞かせてくれよ」

B「俺の質問の答えをよ」


男の反応は変わらない。
むしろ、その態度はどんどん億劫になってきている。
下出に見られているのか? この俺が。


A「命乞いか何かのつもりか。 初めに言っておくが、俺は今まで情の無い奴になさけは掛けたことなんか一度も無いんだ」

B「そうなのか。 そいつは仕事熱心なことでなによりだ。 ならば頼みがある。 殺す時には痛みも感じられない程に一瞬で殺してくれよ?」

A「…………ふん」

A「お前が今から泣き喚こうが、神に祈りだそうが、俺はお前を躊躇せず撃ち殺す」

A「この状況が分かるか? お前は今から死ぬんだ。 死ぬんだぞ? 怖くないのか?」

B「…………」

俺の言い終わると急に男の表情が曇りだす。 今までの上からの目線での接し方が嘘のように挙動不審に震えだした。
俯きながら何かをブツブツと早口で呟く男。自分に何かを言い聞かせるように、懸命に。
やがて向き直ると男の顔には焦りの表情がうっすらと浮かんでいた。 
だが、男はあくまでの平常を装いながらも、口をゆっくりと開く。


B「怖いさ。 死ぬのは確かに怖い。…………だがな」

A「なんだ」

B「それ以上に好奇心の方が今の心境は上まっているんだ。 知りたいだけだ」


俺は思わず笑った。
この男、頭が少しおかしいのか。 
違う。 違うな。
少しなんかじゃないな。 大分おかしい。
死よりも好奇心の方が上だと? 学者かセラピストにでもなったつもりか。
自分の死に酔いながら、今まさに引き金を引かんとしているこの俺を下に見て楽しんでいるのか。
楽しんでいる。 男は笑っている。 嘲笑している。 見下している。 俺をつまみに笑いもの扱いってか。
そうならば許せない。
何故見下す? 彼は死ぬ前であって、絶望に顔を歪めさせることも無い。 
何が彼をそうさせる? 確実に信用できる策でもあるのか?
解せない。 全くもって解せない。

だがこの状況下で笑っていいのは誰だ?
目の前の男か? そうだ。 この男か。

―――――違う。

笑うのは俺だ。 自分に酔うのは俺だけでいい。優越感に浸るのは俺だけでいいのだ。
絶対的な力を持つ俺が自分自身の感傷に浸れればいいのだ。 死の特権を握っているのは俺なのだ。
男を見ると瞳の中には俺がいた。 その俺はどんな顔をしていた?

怯えていた。 


違う!


B「…………」


男の瞳の中の黒は何処までも俺を見通すほどの黒さを持っていた。
事実、俺はその眼に怯えているのか? 怯えてなんかいない。
優勢なのは俺であって、劣勢なのは目の前の男。
上なのが俺。 下が男だ。
どこかの浮浪者にこの場を見てもらって答えさせても良い。
浮浪者はこの場合何と答えるだろう?
分かっている。 「俺の方が上だろう」と。
怯えてなんかいない。この男には策なんて無い。最後の最後で命乞いしているだけだろう。
俺は怯えてなんかいない。


B「おい」

A「……!?」


男の呼びかけに思わずハッとする。


B「おい、どうなんだ。 いい加減質問に答えたらどうだ?」

B「気にくわないことがあれば、そいつに向かって指先に力を少し込めれば良いだけだろう? 違うか?」

B「現に今のアンタだってそうだ。 何を思っているか知らないが、俺に底知れない不安感を抱いているのだろう?」

A「違う!」

B「その不安だって、今すぐに俺の頭を撃ち抜けば解消されるんだ。 いいモンだよな。 力を持った奴ってのは」

B「その力を使うとどうだ? 優越感を感じれるか? 特別な存在だと思えるか? 思えるよな」

B「他人にはない圧倒的な差を見出して自分は特別な何かになったかとも思える。 違うか?」

B「だが、アンタは特別なんかじゃない。 世界の物語の主人公や、皆から慕われる英雄でもなんでもない」

B「アンタが世界だとすれば、主人公はアンタだ。 だが、他人の人生を奪える事が可能となってアンタはどう変わった?」

B「代償を払えばそれなりの物が望めるようになっているこの世の中だが、アンタはその代償を自ら払うんじゃなくて他人で払うんだ」

B「そんなアンタは今までどうしてきた?」

B「今回もそうだろう頼まれたんだろう? 誰かに。 俺を殺してほしい、と」

B「俺もな……、今まで友人や知人を蹴落とし、踏み台にしながら生きてきたのだから恨まれても文句は言えないさ」

B「だから死を少しでも覚悟できる。 実際は怖いけどな。 怖すぎて泣きだしたいくらいさ」

B「でもな、そこで泣きだしたなら今までの蹴落としてきた奴らに対して、逆に申し訳ないと俺は勝手に思い込んでいるんだ」

B「だから、アンタに屈することなんて無い。 それだけだ」

B「……俺の事情なんてどうでもいいんだ。 今はな」

A「…………」


男はばつが悪そうに表情を濁す。


B「話を戻そう。 俺を殺し終わった後、アンタは依頼人が狂喜しながら渡す袋いっぱいの金貨を報酬として貰うんだろう?」

B「そうしてアンタはその金で飯を食い、服を買い、女を抱く」

B「それが仕事。 アンタの仕事だろう? そしてアンタの生き方だ」

B「アンタがどういった感情で俺を殺すかなんて俺は微塵も興味がない。 それはアンタが俺を殺す動機と一緒だ」

A「殺す動機……?」

男の言葉が俺を惑わす。 妨害電波でも垂れ流した機械の様に。
男は何を言っている?
俺は何をしている?
引き金を引くだけ。 引き金を引くだけ。
それですべて終わる。
今までもそうしてきたじゃないか。 今回も今までと一緒だ。
何も考えず撃てばいい。 殺せばいい。
殺せば男の声も止まるはず。

止まるはずだ。



A「ふ、ふふ」

B「……なにがおかしい?」

A「…………」

B「……まあいい。 お前は今までどうして生きてきた? どういった過程で殺し屋なんてやるようになったんだ?」

B「学歴や金の問題か? 不幸にも行きついた先が殺し屋ってか?」

B「『自分の明日の生を守るため、今日も俺は引き金を引く』ってか?」

B「…………はあ」


わざとらしい溜息。
男のこの一つの言動だけでも気が弾けそうな自分が酷く情けない。
しかし、こちらの事情もお構いなしに男はやはり話す事を止める訳もなく、休まず口を動かした。


B「虚しくないか? 誰かを犠牲にしてまで生きるものなのか?」

B「アンタの人生は人を殺すまでの価値があるものなのか?」

B「守りたい人でも守るのか。 その圧倒的な力を使って」

B「それも『作られた力』で、だ」

A「…………」

B「銃はお前の力じゃない、銃は銃だ。 アンタはアンタで、アンタ自身の力ってものがあるんだ」

B「それを使わず、圧倒的な差の力に頼ってるんだよ、アンタは。 それか確実な逃げだ」

B「アンタは辛い現実からずっと、目を逸らして逃げ続けてるだけなんだよ」

B「だがアンタは知っている。 自分の力が誰よりも弱いって現実を、な」

B「自分の本来持っている弱い部分を隠し通すために銃を持ち、自分と同程度の弱者を撃つのか」

B「まぁ、今のアンタは加害者にも被害者にでもなれるのさ」

B「金に困ったらそのお気に入りの相棒を使って弱者を殺してもいいし」

B「サツにでも捕まったのなら過去の自分の鬱々としたエピソードを語って、刑事たちの同情を少しでも買ったらいい」

B「悲劇の英雄気取りでもしているつもりか。 嘆かわしいぜ、本当に」

B「そんな生き方に価値なんかあると思うのか? 赤子の手をひねるような状況下において尚もまた力を使うのか?」


B「アンタが弱いから」

B「弱さを役変わりして銃を使って」

B「自分の全力を使わないで」

B「変な感違いをしながら」

B「これからも過ごしていくのか?」

B「そこに答えはあるのか?」

B「そんな風に生きていくのか?」

B「生きていていいのか?」

B「意味はあると思うか?」

B「…………」

B「アンタにもう一度問おうじゃないか」

B「これは俺がアンタに言った最初の質問だ」

B「アンタは人を本気で殴ったことが―――――







気が付けば拳を振るっていた。
一発、二発。
確実に男の顔面へと命中する。 そして呻き声。
男の口からは折れた歯が勢いよく飛び出し、同時に鼻から噴き出す血が左手をじわりと濡らす。
三発、四発。 
銃を捨て堅く握りしめた己の両手は男の体の中心に深くめり込んだ。
ひゅう、と身体を九の字に曲げながら必死に空気を吸い込む男。 だがすぐに大きくせき込むんだ。
せき込む際に此方へと付き出た無防備な背中への追撃。 これは殴ってくださいと言っているものだろう。
俺は無防備な男にゆっくりと近づき、両手をきつく握りながらそのまま男の延髄へたたき落とした。
よろめく男の顔面へ再び攻撃を仕掛ける。 がむしゃらに突き出した右手が、見事、顎にクリーンヒット。
勢いのまま振り切ると同時に男の体は路地の壁へと一直線に吹き飛んでいく。
男はそのまま壁へ激突し、辺りに大きな騒音を轟かせながらその場に倒れた。
 

A「は、ハハハ。 ……ど、どうだ。 これで満足か!?」


そう叫びながら、地面に転がる拳銃を拾おうとした瞬間に、声は響いた。


B「ち、違う」

A「な……」

B「……ち、違うぞ。 全然違う」

B「ほ、本気の殴りなんてこんなものじゃない。 今のは『感情に任せて殴った』だけだ」

B「……いや、違うかな? も、もしかすると今のがお前の『全力』であり全ての力を出し切った『本気』だったのか……?」

B「それが、……本当ならやはりアンタは弱い。 過度な期待した俺が馬鹿だった。 謝りたい。」
 
B「やっぱりアンタはただの弱者だ」

A「…………」


地べたに雑巾のように転がる男へ飛びかかり、体制を維持しながら体重をそのままに殴る。
男の胸部に沈む俺の両手は深く、なるべく深くと徐々に突き進む。
男は耳障りな変な声を出しながらもその両手へと掴みかかってくるが、体重をかけてある俺の体制では、その対抗の行動も無と等しい。
力を入れるにつれて手に響くごりごりという感触。 あばら骨だろうか。 ゆっくりと万力の様に力が掛かっていくにつれてその感触は数を増した。


B「か、……ぐげ」


男は白眼を向きながら悶え苦しむ。
俺はその顔を見て自然と顔には笑みが浮かんだ。


A「あぁぁ!」


一旦身を引き、再度のしかかる。 全体重と共に繰り出す膝蹴り。
男は必死に逃れようとするが、虫の息となったその身体は言う事を聞かず俺の体に直撃した。
のしかかった後俺はじりじりと体制を変化させる。 蛇が獲物を巻きついて離さないようにゆっくりと。
力無くぐったりとする男はもはや為されるがままで、体制を変える事は難しいことではなかった。
そのまま上半身を起こし、マウントスタイルへ移項。 
そして両足で男の身体を固定し、右手を思いっきり後ろへと振りかぶった。


B「ひっ……! ひぐぅっ」


男はこれから何をされるか悟ったのだろう、必死にもがいてまたもや逃走を図る……が勿論足で固定しているので逃げられる訳がない。
甲殻類の生物をひっくり返したかの如くもぞもぞと動く男の行動は俺にとって不快でしかなかった。


A「…………!」


殴る、殴る、殴る。

引き続け顔面を殴れば、鼻は曲がり、歯は砕け散り、目元はトマトの様に赤く腫らしてゆく。
だが俺の手を止まることは無かった。

殴る、殴る、殴る。

先程の折ったばかりの胸も集中して殴る。
殴るたびに男は叫ぶ。 この世のものとは思えない、悪魔か何かの断末魔の様に絶叫する。

殴る、殴る、殴る。
止まらない。止まらない。

殴った。 ただひたすら殴った。
聞こえるのは男の悶える声と、拳の打撃音。
心地良い風が吹く中俺はただ一心に殴り続けた。
手の皮が向け出しても殴った。 骨が露出し始めてもまだ殴った。
ただ無心に殴り続けた。



殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。

殴る、叫ぶ、殴る、殴る、殴る、殴る。

殴る、殴る、殴る。


殴る、殴る、砕く、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。

殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、砕ける。


殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、なぐ…る……?





止まる。


A「……!?」


我に帰った時には辺りは音で満ちていた。
音。騒音。

普段一番気を配るようにしているその音は、この建物をぐるりと囲むようにして辺りを騒然と騒がせていた。
赤い光が辺りを包む。 くるくる回り、真っ赤に照らす。
音、それはサイレンだ。

音はそれだけじゃない。
建物へ侵入してきた彼らがどんどん近づく等に足音が大きくなってきている。
階段を駆け上る音、ドアを開ける音、走り回る音。
怒声、そして掛声。

とっさに逃げ道を探し、見当たったのは窓の外。
だがとっさに警察の詰みにはまったのが頭の中ですぐに理解できた。
ここは7階だ。 建物の中には機動隊の連中がうろついている。


B「……か…、ぐぐ……」


驚いた。 まだ生きていたのか。
乗っていたままだった男は顔を苦痛に歪めながらも、全身に出来た打撲傷を両手で摩る。
顔一面が腫れており、元々の顔がどんなものだったのかと考えさせるような、化物面になり果てていた。
凄い。 自分はここまで出来たのか。
不安定な達成感と絶望感が心を澱めきながらも迫る音と光。
響く足跡はもうそこまで近くに来ていた。


B「あ、……アンタの本気ってのも……、中々凄かった」

A「…………」

B「感情で物事も忘れて理性もふっ飛ばして……あ、あそこまで殴られるとは思ってなかった……」

B「しかしな、……アンタは時間を稼いでくれた。 分かるか? ゲームオーバーだ」

B「聞こえると思うが既に機動隊が此方へ向かっているんだ。 あ、あまり変な真似をしない方が身の為だぞ……?」

A「…………」


足元へ視線をちらとやる。
殴り始めた時に転がっていったのだろうか。 拳銃は自分のすぐ足もとにあった。


B「お、おっと。 変な真似はするなと行ったろう……?」

B「今ここで私を殺した所で何が……で、できる? 結局は捕まって法に裁かれるだけ……だぞ……?」

B「だがな、法なんて案外幾らでも穴があるようなもの、……だ。 金にモノを言わせれば実際何だってなるんだ」

B「そこで、……私と一つ契約をしないか……? 連中がここ来るまで私に一切危害を加えないのなら。……そう、誓うのならだ。 君の安全も約束してやる」

A「『無かった事に』、ってことか」

B「良く分かっているじゃないか。 その通りだよ……。 警察に取り調べられたりしたとしても逮捕されたとしてもすぐに釈放してやるんだ」

B「す、……すべては無かった事に、だ。 な、いい考えだろ? アンタは俺に危害を加えないだけでいいんだ」

A「…………」





B「はは、はははは。 笑えるだろう。 機動隊が来るまで時間が掛かると聞いたから、ネゴシエーターよろしくアンタに説教垂れこんだ結果がこれだよ」

B「結局はどうしてでも己の力を利用すべきなのさ。 行程がどうであれ、物事は結果がすべてだ」

B「アンタが俺の説教もどきをどう受け取ったかは知らないが、好き放題やってくれたこの傷を入れれば講師料はチャラにしてやるよ」

A「…………」

A「…………礼を言うよ」

B「なんだと?」

A「ありがとうって言っているんだ。 お前のありがたいお説教とやらに心打たれてね。 心境の変化って奴さ」

A「一回死んでまた生き返ったかのような清々しい気分だ。 すべての物がまた新しく新鮮に感じ取れる」

B「……何を言っているんだ」

A「簡略化して説明しようじゃないか」

A「前の俺なら死に物狂いで生きてきたのだから、今回だってお前の契約を飲んで生きる事を選んだだろう」

A「お前が釈放してくれるかも分からないのにな。 俺は生きる方を選んだと思う」

A「だがな、俺はお前の講習で生きる事の汚さを知った。 どうして俺が生きている? 何故そこまで『生』に執着しなきゃならない?」

A「答えは、ただ怖かったんだ。死ぬのがね。 それはお前だって一緒だ。 死ぬのは怖いと最初に言っていたよな」

A「だが俺には使命が出来た。 この世の中に俺はいちゃいけない。 だったらすぐに俺はいなくなるべきだ。 今すぐにな」

B「……な、なにを?」

A「ああ、誤解しないでくれ。 俺は気なんか狂っていない。 至って平常だ。」


足元の拳銃をゆっくりと両手で掴む。 
冷たい鉄の感触が掌へどっしりと伝わる。
足音はもう扉のすぐ目の前だ。


A「だけどな、お前は言った。 『今まで友人や知人を蹴落とし、踏み台にしながら生きてきた』ってな」

B「…………!?」

A「どういう意味だか分かるか?」

A「俺と一緒なんだ。 お前と俺はね。 俺と同じくいなくなるべきなんだ。 今すぐに」

B「ま、待て。 アンタは生きたくないのか!」


目の前の男の顔がみるみる内に蒼白に成っていく。
だがこれからどうなるかは十分に理解できているだろう。


A「それじゃ、講習ごくろうさん。 ありがとうな」

B「ま、待てッ! もう一度話しあ――――――――








ドアが蹴破られると同時に、軽い破裂音が二つ続けて鳴り響く。
その後を追うように、銃口を自分のこめかみに突き付けて、俺は躊躇なく引き金を引いた。






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