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雨の日、二人で歩く道

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雨が降っていた。私は駅を降りると傘をさして歩き始めた。
 こんな雨の日には少し遠回りして、ある道を通ることにしている。それは小学校のときの通学路だった道だ。
 道を歩きながら、私はあの日のことを思い出していた。
 あの日もこんな風に雨が降っていた。傘を忘れてしまった私は学校で途方に暮れていた。友達はどんどん帰っていく。一人だけ取り残されてしまった感じだった。でも、しばらくすると母が傘を持って迎えに来てくれた。
「ユキちゃん、帰ろうか」
母は私に傘を差し出すとにっこりと笑った。私もつられて笑った。私は母の優しい笑顔が大好きだった。
 私たちは土手の上を並んで歩き続けた。私はこの道が好きだった。人通りが少ないから母と二人きりで歩いている気がしたからだ。そして、しばらくすると信号に差し掛かり、私たちは立ち止った。
 すると、突然母が「危ないっ!」といって私を突き飛ばした。私はいきなりのことに何が起こったかわからなかった。すさまじい轟音と母の悲鳴が重なった。
私は立ち上がって母を探した。見当たらなかった。すぐ近くに車が倒れていた。その下敷きになっているのが母だと気づくのにしばらくかかった。私はどうしたらいいかわからず、雨の中茫然と立ち尽くしていた。
 私は母が死んでしまったことが信じられなかった。お葬式がすんでも、まだ信じられなかった。信じたくなかった。
 しばらくして、また雨が降った。私は母のことを思い出して憂鬱な気持ちのままあの道を歩いていた。すると隣に気配がしたので、振り向いた。
 母だった。どうして死んだはずの母がいるのかわからなかった。母はあの日と同じ姿のままだった。そのことをたずねても母はただあの優しい笑顔を浮かべるだけだった。
 それからというもの、雨の日にあの道を通ると必ず母がいた。中学生になり、高校生になり、就職しても、私は雨の日にはあの道を通り、母といろいろなことを話した。
 そして、もちろん今日も母はあらわれた。そして優しく笑った。私も母に向かって笑った。私たちはいつものように並んで歩いた。でも今日はいつもと違った。私は母に大事なことを報告しなければならない。
「ねえ、お母さん。私、お母さんに報告したいことがあるの」
 母がこちらに顔を向けた。
「私ね、子供が出来たんだ」
 母は少し驚いた表情を浮かべた後、
「そっか、ユキちゃんもお母さんになるのね」と言った。そして私の大好きなあの優しい笑顔を向けて「じゃあ、もう大丈夫だね」
 そう言って母はすうっと消えてしまった。
 私はもう雨の日にも母はあらわれないだろうと思うと目から涙がこぼれた。そしてお腹の中の子に向かってつぶやくように言った。
「私もお母さんみたいな立派な母親になれるかな?」
 大丈夫、と母の声が聞こえた気がした。私はうなずくと家に向かって歩き始めた。そして、お腹の中の子が産まれたら今度は私とその子の二人でこの道を歩くのだろうと思った。
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