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第一話 「貴方には関係ない」

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 春。
 春と言えば、やはり桜の季節だ。そして、学生にとっては卒業や進級の季節でもある。
 俺、大空 翔(おおぞら かける)も、この春に自らが通う十六夜学園で二年目を迎える。
 しかし、二年生になったところで何も変わらない。今まで通りつまらない学園生活が待っているんだろう。

「……ふぅ」

 俺は新しいクラスのドアの前でため息をつく。
 いや、つまらないのは学園生活じゃなくて、俺なのかもな。
 俺自身がつまらない人間なのかもしれない
 そんなことを考えつつドアを開け、教室に入る。軽く見渡してみると、一年の時に同じクラスだったやつがちらほらいた。
 まあ、こんなもんか。別に同じクラスだったやつがいたからどうってわけでもないからいいんだけどさ。
 俺は自分の席に着き、同じクラスだったやつが話しかけてくるのに適当に応対しつつ、朝の時間を過ごした。
 
 しばらくするとホームルームを告げるチャイムがなり、新しい担任と思われる先生が入ってくる。
 って、おいおい、何か変な仮面をつけてるぞ。大丈夫なのか、この人。

「揃っているな、諸君!」

 何ともまあ、体育会系のような張りのある声だ。

「大丈夫なようだな。では、あえて言わせてもらおう。私がこれから一年間、このクラスの担任をするグラ公であるとッ!」

 なん……だと……?
 ほんの少しの間、静寂が教室を包むが、すぐにざわつきだす。
 それもそのはずだ。いきなりグラ公とか言われても理解できるわけがない。ていうかそれは本名なのか……?
 
「む、何だ少年、その顔は何か疑問でもあるのかね?」

 俺に言っているのはすぐに分かった。先生の目線と指が俺に向けられていたからだ。

「いえ、疑問というか……グラ公って何なんです? それが先生の本名なんですか?」
「無論だ」

 あっさり言い切ったよこの人。

「そ、そうですか」
「うむ。私はグラ公だ。みんなも、私のことはグラ公先生と呼んで構わないぞ」
「じゃあグラ公先生、その仮面は何でつけてるんですか?」
「…………///」

 なぜそこで頬を赤らめ押し黙る!

「…………」
「…………」
「……生き恥を晒しているからだ」

 などと意味不明なことを供述しており、動機は未だに不明。
 あんたは一体、何なんだ!
 そんなこんなで意味不明な先生を担任に向かえ、ホームルームは終了する。


                    *


 始業式から二週間後。
 授業終了のチャイムがなり、数学の教科書を片付け始める俺の所へ一人の女生徒がやってくる。この顔は元同じクラスの人だ。確か福恵 凛(ふくえ りん)っていったっけ。

「翔ー! 今のところ、どうやってやればいいの!? あたし、全っ然分からなくてさ」

 何か、妙にうるさいというか、元気が良いというか。

「ああ、ここはね、こうしてこうして、出てきた解をこれに代入して、あとは計算していけば出るよ」
 
 俺はできるだけ分かりやすく説明する。人に教えるっていうのは、自分の理解度も分かるから俺にとってもプラスになる。だから俺は教えるのが嫌いじゃないし、今回に限らず、今までに何度も教えたりすることはあった。

「おぉ、なるほどね! そうすれば良かったのか! っと、待てよ? じゃあこっちは今のをちょっといじれば解けるよね?」
「そうそう。基本的には今言ったのが分かってれば、あとはちょっとした応用だからほとんど解けるはずだよ」
「いやー、ありがとう! あっ、そうだ。お礼にこれあげるよ」

 福恵はそういってポケットから何かを取り出し、俺に渡してくる。

「何だこれ? 飴?」
「うん。今、流行のレインボーキャンディーだよ」
「れいんぼーきゃんでぃ?」
「すごい美味しいよ! 食べてみなよっ」

 言われるがままに俺は包みから飴玉を取り出し、口に放り込む。
 そんなに美味いのかな。どうせそこらへんに売ってる飴程度じゃないのか。もぐもぐ。

 ドン!

 ……1……2!

 うおオあ!?

 ……3……4!
 マジかよ……口の中でもう4回も味が変化したぞ!
 完熟メロン数百個を凝縮したような糖度――。
 時折顔を出す酸味はレモンやキウィの比じゃねぇ――。
 ……5!

 うおおおお栗の花のような臭さ! あ……味のデパートかよ!

「うみゃぁー!!」

 あまりの美味さに俺は豪快に叫んでいた。

「あたしが美味しいって言っておいてだけどさ……そ、そんなに美味しかった?」
「ああ、これは最高だ! 流行るのも分かる気がするよ」
「そ、そっか……」

 俺の様子に軽く焦っていた福恵だが、急に真面目な顔つきになる。

「でも、やっぱ翔はすごいよね」
「……すごい?」
「うん。だって、勉強だってすごいできるし、部活に入ってるわけでもないのにスポーツだってどれも上手いし。何でもできるって感じですごいよ」
「何でもできる、か」

 少し自嘲的に言ってみるけど、福恵は特に気付いた様子はないみたいだ。
 実際、傍から見れば俺はなんでもできるすごい人に見えるのかもしれない。小さい頃から俺は、何をやっても特に努力しなくてもそれなりに上手にできてしまうという、いわゆる天才肌タイプの人間だった。他の人間から見れば確かに羨ましいものかもしれないけど、このおかげかで俺は熱心に何かをやったという経験があまりない。おまけに熱中するようなものも特に見つけられない。そのおかげで、今ではつまらない日々を送っている。

「そういえば……」

 福恵がふと思い出したように言う。

「この前、将来についてのアンケートみたいなのやったよね?」
「そういえば、そんなのあったね」
「翔は将来の夢とか、何かやりたいことってあるの?」
「将来やりたいことか……」

 アンケートは白紙で出したので、もう一度考えてみる。
 しかし、やはりやりたいことなど一つも思い浮かばず、俺は何となく溜め息をつく。

 あ、そういえば、子供の頃にいろいろやらされた中で、ピアノだけは結構続いたな。親がすごい喜んでくれて、何だかその様子を見てると俺も嬉しくなっちゃって、あの時はピアニストになりたいとか本気で思ってたな。でも結局、今考えてみたらくだらない理由で止めちまったんだよな。それでちょうどその翌年に両親も事故でいなくなって、あの時の俺は本当に抜け殻だったな。

「俺は、今はちょっと思い浮かばないかな」
「ふーん。翔のことだから、何かでっかいことでも考えてるかと思ったんけど」
「そういう福恵は何かあるのか?」
「ん……まあね」

 福江がやりたいことが何なのか少し気になる所だったが、ちょうどチャイムがなり、話は中断される。まあ、みんなそれなりにやりたいことがあるんだろうな。福恵はああ言うけど、みんな俺なんかよりすごい人間だよ。


                    *


 放課後。
 俺はグラ公先生に手伝いを頼まれ、それを終えて帰宅するところだ。
 全く、あの人も人使いが荒い。
 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、どこからか流れてくる美しいメロディが俺の耳に入ってくる。
 何だ、これ。歌声……?
 歌詞ではなく、ただメロディを口にしているだけだったが、とても惹きこまれるような、本当に美しい歌声だ。一体誰が歌っているのだろう。
 気になった俺は、帰宅するのを忘れていつの間にかその声の出所を探し回っていた。

 ここか……!
 目の前にあるのは第一音楽室。この学園には第一と第二があり、一は主に授業で使い、二は部活などの専用だ。どうやらドアが半開きになっていて、音が漏れていたらしい。俺はもう少しドアを開き、中をのぞいてみる。

 するとそこには、ピアノの前に佇んで歌っている、とてもサラサラしてそうな長い黒髪の美しい少女がいた。
 この学園の制服は、男子はただの学ランのくせに女子の方は、白のブラウスにリボンタイ、膝くらいまでの長さのロングスカート、黒タイツにブーツといった、一昔前のヨーロッパの貴族のような服に加え、ボレロという丈が胸のあたりまでしかないものをブレザー代わりに羽織っているのだが、俺は正直、見惚れてしまっていた。
 彼女の持ってる清楚そうな雰囲気と、ヨーロッパの貴族風の制服が妙にマッチしていて、何とも言えない高貴さを醸し出していた。
 ただ一つ、鍵盤に手をつけているのに一向に弾こうとしないで、ただ歌っているだけの姿に俺は違和感を感じる。俺もピアノをやっていたから分かるが、やったこともない人があんな構え方をするはずはない。

「……!」

 少女は突然歌を止め、俺の方を睨むような目つきで見てくる。
 やばい、見つかったかな。
 逃げても良かったけど、一言言わずにはいられなかった俺はドアを開けて中に入る。

「綺麗な歌声だね」
「…………」

 少女は顔をピアノの方に戻し、目を瞑り黙り込む。

「その、ピアノは弾かないの?」

 俺がそう言うと、今まで黙って瞑っていた目をカッと開き、立ち上がって俺の方に歩いてくる。

「貴方には関係ない」

 すれ違い様に冷たく言い放たれ、俺は何も言い返すことができなかった。
 そして、少女はそのまま音楽室を出て行ってしまった。



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