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第三話 「そういう態度が気に入らないのよ」

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 授業終了のチャイムが鳴り響く。

 時間は昼休み。
 やれやれ、今日の授業もあと二コマか。腹も良い具合に減ってるし、食堂でカツカレーでも食べてくるかな。

「翔ー! 弁当食おうぜー」

 俺が弁当の時によく昼食を一緒にとる男子生徒達が俺の机にやってくる。しかし、生憎と今日は弁当を持ってきていない。まあ弁当っていっても手作りではなくて、いつもコンビニの弁当かパンなんだけどね。

「悪い、今日は弁当持ってきてなくて食堂で食べようと思ってたんだ」
「うぉ、マジか。じゃあ仕方ねぇな。飯食ったらいつものメンバーでバスケやろうと思ってるから、翔も食堂で食ったら体育館こいよー」
「ああ、行けたら行くよ」

 俺は片手を軽く挙げて言い、教室を出て行く。行けたら行く、やれたらやる、俺の中ではイコール行かない、やらない、だ。あいつらには悪いけど、今回はそうさせてもらう。
 スポーツができる俺は、今みたいによく昼休みの遊びに誘われる。だけど、俺は部活をやっている連中とは違って日々鍛えてるわけじゃないから体力には全く自信がないのだ。本当にお遊び程度ならいいんだけど、あいつらはガチでやるから困る。終わった後にへばり過ぎて何度死にそうになったことか。
 さて、そんなことよりとりあえずはお昼だ。


                    *


「…………」

 食堂に着いた俺だったが、すでに満席状態。ちょこちょこ空いてる所もあるが、すぐ隣にはどうみてもグループで固まって食べている連中がいる。さすがにその横で一人食える気は起こらない。

「仕方ない、パンにするか」

 購買部は食堂の中に備わっているので、俺はそこへ向かう。

「ごめんねぇ、もう、コッペパンしかないのよぉ」

 購買のおばちゃんが申し訳なさそうに言う。

「え、マジですか……?」
「何か今日はすごい人が押し寄せてきてねぇ。他のはすぐに無くなっちゃったのよ」

 これは酷い。まだ昼休みになってから十分も経っていないというのに。

「他にはラスクとか、お菓子みたいなのしかないわねぇ」
「そうですか……。じゃあ、コッペパンを二つ要求する」
「はい、毎度」

 俺は不本意ながらもコッペパンを二つ握り締め、食堂を後にする。
 くそう、こうなったら教室に戻ってあいつらにおかず分けて貰おうかな。いや、駄目だ。今、あいつらと顔をあわせればそのあとバスケに付き合わされることは必至。悲しいけど、今日はコッペパンだけで我慢するか。せめてジャムが欲しいところだけど。

「ん? あれって……、結束さん?」

 そこら辺で食べようとうろうろしていると、食堂の近くにある中庭のベンチで、結束さんが一人、黙々とお弁当を食べているのを発見する。気がつけば、俺の足は結束さんの方へと向けて歩き出していた。



                    *



 俺は結束さんの座るベンチの前に立つ。しかし、結束さんは相変わらずお弁当を黙々と食べている。
俺に気付いていないわけじゃないはずだ。おそらく、興味がないから気にしていないだけだろう。つまり、俺の存在は結束さんが食べてるお弁当以下ってわけだ。ハハッ、ワロス。

「結束さんだよね? 隣、いい?」

 俺は人差し指で結束さんの隣を指し、一応聞いてみる。

「…………」

 まあ、どうせそうくると思ったけどさ。でも、本当に嫌だったらさすがにちゃんと拒否するはずだ。この場合の無言は、いわゆる無言の肯定ってやつだな。よし、座っちゃおう。
 俺は勝手に都合よく解釈し、結束さんの隣に腰掛ける。

「何の用?」

 俺が座るとすぐに、結束さんは食べる動作を続けたまま俺にそう言ってくる。俺はそんな彼女を一瞥し、少し間を空けて言う。

「ピアノと歌、大好きなんだね」
「……!」

 それを言った途端、結束さんの食べる動作がピタリと止まる。

「ピアノと歌が大好きで、とても上手だったこと、歌手になりたかったこと、交通事故の後遺症で左手がうまく動かせなくなったこと、そして……夢を諦めたこと、大体聞いたんだ」
「…………」
「詮索するような真似をしたことは謝る。ごめん」

 怒っていつものようにどこかに去って行ってしまうと思った俺は先に謝る。しかし、今日の彼女は少し違った。

「別にそれは構わないけど……」

 どうやら、彼女の過去を知ってしまったことについては怒っていないらしい。だけど、明らかにその表情は険しい。何かあるのは間違いないだろう。

「だけど、それを知ったところで何だというの? そんなことを言うためにここに来たの?」

 ――そうだ、俺はそんなことを言うためにここに来たのか? 
 いや、違う。俺はそれを踏まえた上で、何か別に言うことがあったんじゃないのか?

「それは違う……」

 俺は結束さんの言葉に対して否定する。
 でも、何が違う?
 自分で言っておいてだけど、それを言って、俺は彼女に一体何を言いたかったんだ?
 俺は一体、何を……。

「実は、俺も昔ピアノをやっていたんだ」

 ――口が、勝手に動く。

「周りの人達よりもちょっと上手かったから、調子に乗っちゃってね。ピアニストになりたいとか、結構本気で夢見ちゃったんだ。でも、県のコンクールとかに出てみたら俺より上手いやつがごろごろいてさ。それで俺は悟ったよ、俺には才能がないって。それで挫折して、結局ピアノはやめて、夢も諦めたんだ」

 ――何言ってるんだよ、俺は。

「でもさ、結束さんは俺とは違う。あの歌声は本物だよ、間違いない。このまま歌手になるのを諦めちゃうのは勿体無いよ。ピアノは弾けなくなっちゃったかもしれないけどさ、まだ歌うことはできるだろ?」
「…………」
「だからさ、もう一度歌手になる夢を追おうよ」

 それを言った瞬間、過去の自分の姿が脳裏にフラッシュバックする。
 それは、あることが原因でピアノをやめ、親やピアノの先生からどんなに説得されても、断固としてピアノを弾くことを拒否している子供の俺。そんな俺が、自分のことを棚にあげて何を言っているんだろう。これが、俺の本心だと言うのか。自分で自分が分からない。

「もうそういう言葉は、たくさんなのよ……」

 結束さんは不愉快そうにそう言ったかと思うと、突然気味の悪い笑みを浮かべる。

「そういうこと言って、自分が良いことを言っているんだと思って良い気分にでも浸ってるつもり?」
「違う、俺はそんなつもりじゃ――」
「そういう態度が気に入らないのよ」

 そんなつもりじゃない。そう言おうとした俺の言葉を遮り、結束さんは再び不愉快そうな表情に戻ってそう言った。

「顔を見れば分かるわ、どうせそれは本心じゃないんでしょう? その場限りの言葉なんでしょう?
とりあえず言っているだけなんでしょう? 私の境遇を知って、可哀相だとでも思ったの? 全くみんな、余計なお世話なのよ」

 それは、普段の突き放すような態度とは少し違い、明らかに怒気のこもった口調だった。

「…………」

 俺は何か言い返そうと口を開くが、結局何も言葉が出てこず、再び口を閉じる。

『どうせそれは本心じゃないんでしょう?』

 その言葉が、俺の頭の中でこだまする。実際、先程の発言が本心からきていると俺は自分自身で確信が持てていなかったため、言い返す事なんてできやしなかった。そして俺が黙っている間に、どうやら結束さんはお弁当を片付けていたらしく、すっとベンチから立ち上がる。

「もう、私に構わないで」

 結束さんは初めて音楽室で会った時の様に冷たく、そして突き放すような口調で言い、そのまま中庭から去ってゆく。俺は、あの時のようにやはり何も言えず、ただ彼女が遠ざかっていくのを見つめ続ける事しかできなかった。


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