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1. その名はブレイバー!

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 1. その名はブレイバー!

 夜の繁華街。そこは、様々な混沌が渦巻く場所でもある。華やかな街灯の中、犯罪が見え隠れする。そんな中を、ひとりの少女が走っていた。
「はぁ、はぁ……もう、しつこいんだから……!」
 背後に迫る陰から、逃れようと走る。しかし。
「嘘、行き止まり!?」
 目の前には袋小路。慌てて引き返そうとするも、そこに立ちふさがる複数の人影。
「へへ、やっと追い詰めたぜ、お嬢ちゃん」
「せっかくの俺達のお楽しみを、邪魔してくれた礼はさせてもらうぜ?」
 いやらしい笑い声をあげながら、近づいてくる男達。
 事の起こりはこの少女、早乙女弥生が柄の悪い男達に絡まれている少女を助けた事だった。
 何とか少女を逃がす事はできたものの、今度は自分が追われることになってしまった彼女。街を走り回り、何とか逃れようとしたのだが……。
「逃がした娘の分も、しっかりお相手してもらわないとなぁ?」
 万事休すか。近づく男達を前に、目を閉じる。来るはずのない助けを求めて。
「待てーい!」
 その時、何者かの声が聞こえた。見れば、路地の入り口に立つひとつの影。
「か弱き少女を、力ずくで物にしようとする行為、銀河連邦法第841条違反! たとえ天地が許しても、この正義の使者ブレイバーが許さん!」
 そこにはジーンズに革ジャン、フルフェイスのヘルメットのようなものを被った男が立っていた。
「はぁ? てめえ、何言ってやがるんだ?」
「やろうっていうのか、あん?」
 男達がヘルメット男を囲む。しかし、ヘルメットの男は怯む気配も見せない。
「仕方がない。銀河連邦法に基づき、お前達を処罰する!」
 謎のヘルメット男はすばやい動きで、男達に飛び掛る!!
「断罪パーンチ!」
「げぶっ!」
「断罪チョーップ!」
「あばらっ!」
「断罪スープレックス!」
「ひぎゃ!」
 たちまちのうちに、男達は薙ぎ倒されていく。そして暴力の嵐が過ぎ去った後、そこに立っているのは弥生とヘルメット男だけになった。
 弥生は恐る恐る男に声をかける。
「あの、ありがとうございました……」
「うむ、この辺りは物騒だ。君も気をつけたほうがいい」
 はっはっはと高笑いする男。その時、弥生の脳裏に浮かんだのは、尊敬の念でも礼の感情でもなく『この男、危ないんじゃ?』というものだった。
 何よりもその格好。ヘルメットのようなものを被って高笑い、どこの変質者と間違えられてもおかしくはない。あまり係わり合いになりたくはないタイプだ。
「えっと、私そろそろ行きますから」
「うむ、気をつけて夜道を帰るがいい。なんなら君の家まで送っていってもいいぞ?」
「いえ、結構です!」
 弥生はきっぱりさっぱりと拒否した。

「なんか、色んな意味で疲れちゃった……」
 とぼとぼと夜道を歩く。襲われかかった事はともかく、変な奴と知り合ってしまった。あんな相手とは、二度と関わりたくはないのだが。
「関わっちゃうんだろうなぁ……」
 いやな予感というものは、えてして当たるものなのだ。特にこういう厄介ごとの場合には。
「ただいまー」
 家に帰り着く。弥生の家は、母の真由美とふたり暮し。父親は単身赴任で海外に行っており、しばらく顔も合わせていない。特に弥生は気にしてはいないのだが。
「あら、お帰りなさい。そうそう、弥生にも紹介しておかなくちゃね?」
 出迎えた母親の真由美が何やらうきうきと浮かれながら、弥生の背中を押していく。
「ちょっとちょっと、何なのよ?」
「いいからいいからー」
 ずるずると父親の部屋であった場所に連れて行かれる。そこには、ひとりの男の姿。
「一文字さん、この子が私の娘、弥生です」
「一文字?」
 弥生は男を見る。……どこかで見たような姿。
「はっはっは、お子さんですか。よろしく、弥生ちゃん」
 握手を求めてくる。ジーンズに革ジャン。その姿は……。
「あー! あなたさっきのヘルメット男!」
 男と母親は、顔を見合わせる。しかし、この感じは間違いない。この男は、弥生を助けてくれた男だ。
「何であなたがここにいるのよ?」
「弥生、失礼でしょ?」
「でも……どうなってるの、ママ?」
 納得できず、説明を求める。
「この人は、一文字アキラさん。今日から家に下宿する事になったのよ?」
「そんな話、私聞いてない!」
「あらあら、説明しなかったかしら?」
 真由美は相変わらずのんきだ。危機感に乏しいというか。弥生はキッとアキラを睨みつける。その視線にも、まったくたじろぐ様子の無いアキラ。
「今日からお世話になる、一文字アキラだ。よろしくな、弥生ちゃん!」
 キラリ、輝く瞳。キュピーン、きらめく白い歯。まるで暑苦しい男の見本。鬱陶しいこと、この上ない。
「それでアキラさん、お仕事は何をなさっているの?」
「はい、正義の味方をやっています」
「あらあら、それは素敵ね」
 和やかに談笑する真由美とアキラのふたり。見ていて実に腹が立つ。正義の味方って何、とツッコミを入れたくなる心を抑えるのに苦労する弥生。
「正義の味方のお仕事って、どういうのかしら?」
「とりあえず、悪い奴は排除、絶滅するというのが信条です」
「あらまあ、弱肉強食なのね」
 それは違う、彼の言っている事は一歩間違えればファシズムだ。しかも自分が正義だと言い切ってしまう辺りが病的である。そんなツッコミが喉まで出かかる。
「悪党に人権はありませんからね。銀河連邦法でも、臭い物には焼却と記されています」
「まあ、エコロジーね」
 ふたりの会話を聞いていると、頭が痛くなってくる。ボケとボケの話を聞いている事ほど苦痛な事はない。
「……私、部屋に戻るわ」
 頭痛を押し殺しながら、部屋を出ようとする弥生。しかし、そんな彼女の肩を、がっしりと捕まえる腕。
「ちょっと待ってくれたまえ、弥生ちゃん。君に話がある」
「あらあら、若いふたりでお話? 私ももう少し若かったらねぇ……」
 相変わらずのんきな母親は放っておいて、弥生は手を振り解く。
「何の用? 私にはあなたと話すことなんて無いけれど?」
「大事な話なんだ。 真由美さん、ふたりきりで話をさせてください」
「真由美さんなんて呼ばれると、何だか心がときめいちゃうわー。ふふ、それじゃあふたりでごゆっくり、ね?」
 ほほほと笑いながら、真由美は部屋を後にする。後に残されるふたり。
「……それで、何の用?」
 あいも変わらず、暑苦しい笑顔を浮かべるアキラに問いかける。
「うむ、君はあの時俺に助けられた。しかし何故、あの変身したヒーローが私だと分かったんだ?」
「分かって当然でしょう! ヘルメット被ってただけじゃないの!」
 あれで変身なんて、おこがましいにもほどがある。
「うーむ、正体がこうも簡単にばれてしまうとは、誤算だった……」
「あなた、人の話聞いてる?」
 うむむと考え込むアキラを前に、ため息をつく。この男は、本当に頭のネジが足りないのではなかろうか?
「仕方がない……弥生ちゃん、これから話す事は、秘密にしておいてもらいたい」
「何よ?」
「実は俺は……銀河連邦から地球に派遣された宇宙刑事、ブレイバーなんだ」
 秘密も何も、さっき母に『正義の味方』とか言っていたのだが。
「この青い星を守るため、俺はブレイバーに変身し、日夜戦い続けているんだ」
「それが、あのヘルメットの変態姿?」
「うむ、実は本部から予算が回ってこなくてな。こんな辺境の星を守るのに、あまり予算はかけられないんだ。コンバットスーツはフル装備にすると、膨大な費用がかかる。そこで最低限の装備だけで戦っているのだが……」
 馬鹿馬鹿しいにも、ほどがある。どこの世界にそんな話を信じる人間がいるものか。
 この男は、自分の妄想で正義の味方をやっているだけなのだ。
「はいはい、分かったから、もう行ってもいいでしょ?」
「ああ、この事は、他の人には秘密だぞ?」
「話せるわけ無いでしょ。私まで変な人に思われるじゃない」
 弥生は部屋から出る。まったく、どうしようもない人間と同居する事になってしまった
ものだ。妄想男と一つ屋根の下。この先、何が起こるやら……。
 ため息をひとつつくと、弥生は自分の部屋へと向かった。
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