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告白

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 朝日が昇る。やっとヤツラが帰っていった。
 やっぱり、生きていて朝を迎えるのは幸せなんだろうな。こんなのを気にするのはボクぐらいなのかもしれない。当たり前のように昇る太陽だからこそ安心できる。
 今日も父は就職活動をしに家を出た。ボクも氷乃宮の分とボクのお弁当を作って父の数分後に家を出た。
「……やっぱり美味しくないわね……二流以下よ」
 そういいながらもボクのお弁当を食べる。
「まったく、だったら食べなけりゃいいのに」
「う、うるさい! 食べなかったら勿体無いじゃないの! それに毎日作ってくるんだもの、こんなの二、三日もすれば味も慣れたわ」
「はいはい。そうだね」
 両の手を合わせ、ごちそうさまと魚や米を作ってくれた人たちに感謝した。
「いつも通りに放課後に空箱だけ持ってきてよ。それじゃあ、お先」
 屋上から中に入った。
「えぇ、それじゃあ」
 前は一人だけだったのだが一度、あんな酷いいじめといった方が正しいのだろうか親はもちろん不安になってしまう。けれど今は黒服でグラサンを渋く飾ったボディーガードの二人がいるから安心できる。
 放課後になるまで寝ていると、ボクの肩を叩く人が一人。
「ん?」
 振り向くといつもだったらトムさんか大樹さんが無言でゴツイ腕を持ってきて空箱を差し出してくれるのだが今日は少し違った。
「あれ? なんで氷乃宮がいるの?」
「う、うるさいわね。トムと大樹は昼になってから父様のボディーガードに行ったからわたし自ら、イヤだけど仕方なく来たのよ? 有り難く思いなさい」
「う、うん。ありがとう」
 少し違和感を持ちながら差し出された空箱のお弁当をカバンに入れる。
「そ、それじゃあ」
 ぎこちなく歩いて出て行く。
「あ、おい。こける……って遅かったか」
 小さな段差にみっともなくこける氷乃宮。寝起きの体を持ち上げ氷乃宮の元に駆け寄った。
「大丈夫?」
「うぅ。ぬかったわ、こんなところに段差があるなんて……」
「言い訳はいいから。歩ける?」
 手を伸ばし氷乃宮の腕を取る。
「!?」
 すぐさま手を離し自分で立ち上がる。
「あ、ありがと!」
「ああ、って、すっげ……」
 嵐のように去っていった。
「なんか、今日の氷乃宮おかしかったな。まぁ、いいや。そろそろ帰る時間だからさっさと席に着くかな」
 いつものようにありきたりな先生の話を聞いて帰る支度を始める。今日も一日変わらない日常でお疲れ様。
「ただいま」
 珍しい。こんなに遅くまで父が帰ってないのは本当ならば途中で『めんどくさくなったから帰った』と就職活動を放棄するのが一般的だったのだが今日はパチンコか、真面目に就職活動をしているのどっちかだ。できれば後者だと信じたいが大体が前者なのがもっぱら多い。
 まぁ、とーちゃんが帰ってこなくてもボクがすることはいつもと同じ。まずは、ボクと氷乃宮が食べて空になった箱の簡単な水洗いをしようと台所にカバンを置いてご飯粒一つない箱を出した。
 ボクのを洗った後、氷乃宮の箱を開けた時、いつも入っていないものが入っていた。
『屋上にて待つ』
 ……果たし状?
 一瞬そう思ってしまった。
 だが、よく考えれば何一つ彼女に悪いことをした覚えはない。
 じゃあ、これは……一般的で一番伝統的で一番古風なラブレタァと呼ぶ代物なのではないか?
 だったら、いますぐ行かなければいかないだろう。これで彼女の機嫌を損ねればボクの人生が大きく変わってしまうかもしれない。
 大富豪との接触の仕方其の一『機嫌を損ねるな』だ。
 夕日が辺りを照りつけ、蝉は大きく鳴いていた。そんな中一途にボクを待っていてくれる姿がボクの眼に映った。
 そしてボクに走り出して向かってくる。そして目の前でジャンプをし、息女がやるとは到底思えない豪快なドロップキックをお見舞いされた。
「おぶふぇ!?」
「おっそい! わたしをどれだけ待たせたら気が済むのよ!」
「って! あんな箱に入った手紙に気づく方がおかしいとは思わないか? それにさりげなく言うものだろ?」
「えぇ! だって……それは……アンタにいうのは恥ずかしかったのよ! ってぇ、なんでこんなこと言わせるのよ! あんたはバカ! それくらい気づけぇ!」
 ……もうボクには何言っているのかわかりません。
「それで? ボクに言いたいことあるから待ってたんでしょ? 用件を言ってくれない?」
「そ、そうだった……よし。不動の愛を築いてやる」
 ボクに聞こえないくらいにいうと大きく深呼吸をし、だんだんといつもの平常心を取り戻していく。
「ふう。じゃあ、単刀直入にいうわ! わたし、氷乃宮 花梨は四季夜 燕尾の事をす、す、隙……好きになりなさい!!」
「……はぁ?」
 間抜けな声を上げたボク。
「え、いや、違う! ちょっと待って! もう一回!」
 訂正を申し出る。
「だ、だから、わたしは燕尾のことを……」
 多分、すぐ喉まで来ているんだろう。その一歩のところで止まっているんだ。恥ずかしくて……すぐに壊れてしまいそうで……
「す、す、すすすす、好きだから! 彼氏になりなさい!」
 最後の命令形は気にかかるが一応言いたいことは言えたらしい。
 そして、その答えをださなければいけない。
 その答えは、
「ごめんなさい」
「ふぇ?」
 次に間抜けな声を出したのは氷乃宮 花梨のほうだった。きっと思い描いていたのとは大きく異なっていたんだろう。
「ボクは、友達としてしかキミを見てないんだ」
 頭を下げる。そう、このときは友達として、親友としていろいろと手助けしてもらうだけのつもりでいた。なんで断ったかのはどんなに擦り減らしても小さな小さなプライドだけはそれを許さずにいたんだ。それが本当に無意味だと知るのはもう少し後になってからだ。
「そうなんだ……ま、まぁ、こんなの冗談だからそんなに気にすることなんかないから、本当だから!」
「……そっか。それじゃあ、多分家にとーちゃんが帰ってきているからボク、もう行くね?また明日学校で」
「うん……また」
 最後に見た笑顔は無理して作った笑顔だと心の中のボクは悟った。
13, 12

  

 フラれた。わたしが? 大富豪の娘でみんなからは才色兼備と褒め称えられたこのわたしが?
 正直、わたしが告白した回数はこれで一回目。つまり初めてだった。同時に、フラれた回数も初めてだった。
 わたしはいつも告白される側だった。それをなぜ今回そんな役柄に回ったのかというと燕尾が、彼が気になったからだ。いまもフラれたのが信じられず無意識のうちに頬に手を当て思いっきり抓る。
「痛い……から、わたしの悪夢じゃないんだ」
 でも、できれば夢の方がよかった。おかしいな。夢の方はわたしの告白を快く受け入れてわたしをそっと抱きしめてくれたシナリオだったんだけどな。
 逆だったらよかった。逆ならばわたしは大喜びだ。だけど今のままなら、わたしは壊れてしまいそうだ。
 初めてわたしを認めてくれたアナタ。
わたしの命令にイヤな顔一つせずにジュースやあまり美味しくないお弁当を懸命に作ってきてくれた。その姿は眼を閉じればすぐに思い浮かぶ。
油を腕に飛ばしながら、汗が額からにじみ出ながらわたしの笑顔だけを想って作られた一品は口では不味いといいながら何回も、何回も噛み締めて食べていた。味がなくなるまでずっと。
「このままじゃ、終われない。終わらせるもんですか」
 知っていますか?
 女の子は納豆のようにしつこいんです。
必ず、アナタをものにしますから。
 それまであんな軽口を叩いていなさい。
 わたしは携帯を無造作に取り出す。
「二ノ宮? 今すぐ調べてほしい人がいるの。名前? 四季夜 燕尾。その子の何をしらべたいですか? ですって?」
 わたしは迷いもなくこう告げた。
「全てよ。燕尾の身長、体重、手の大きさ、足の長さ、生まれたときの状態はどうだったか、家庭の事情、彼に兄妹はいるかどうか、一番これが重要かも、それはね……彼がいま、何に困っているか、何を必要としているか、とにかくわたしは彼のなにもかもを知っておきたいの」
 そこまでいうとわたし直属の諜報部員が動き出す。
「あと、ヘリはもういらないから。帰らせても結構よ。今日は歩いて帰るわ」
 わたしはこれでもボディーガードがいらないくらいの強さは持っている。空手二段。剣道三段。合気道も少々。
 二ノ宮は快く了承してくれた。
 大きな音と共にヘリコプターが飛び立っていく。さて、そろそろわたしも学校から出なきゃね。
 学校の正門から出る。一粒の涙を拭いながら。
 待ってなさい。四季夜 燕尾。絶対にわたしのモノにしてあげる。わたしなしじゃ生きられないような躰にしてあげる。そうしたら……そうね……結婚してもいいかな?
 ガラスに映ったショーウィンドウに自分の体が映る。わたしはちらりと顔を見た。その顔は酷くむくみあがっていたのだが、その顔の唇は酷く……歪んでいた。
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