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「おはようございます」
「あぁ、おはよう、ラミア」
 今日は昨日のような出来事を起こさないため、いつもより早く起きる。
「今日も簡単な和風料理でよかったかな」
「はい。フランスの方では和風料理を食べる機会が少なかったので毎日してくれるとありがたいです」
 頬を赤らめながらに語る。きっとあっちでは我侭を許してくれなかったんだろう。今ぐらいならその程度の願いを聞いてあげようと思った。
「そっか。うん、わかったよ。なるべく作るよう努力する」
 テーブルにはみそ汁、炊き立てのご飯、たくあん、焼き魚などなどを並べた純和風の料理だ。
 それをおいしい、といってくれるラミアを見るのはとても嬉しかった。
 そんな平和な時の中で不意に玄関のチャイムが鳴り響く。こんな朝早くに来るお客さんは珍しい。途中で食べるのを止め、玄関へと急ぐ。
「ふぁい。誰でしょ…グゲハァ!?」
 突然、のしかかられるような勢いとラリアットを喰らわされた痛みが同時にやってきた。当然まだ口で噛んでいた食べ物が吹き出る。
「燕尾きゅ~ん」
 すりすりとボクの胸に頬ずりする。
「いたた……って! 瑠佳? どうしてここに!?」
 頭をさすりながら起き上がるとそこにいたのは紛れもない瑠佳だった。なぜ、朝から頭の痛くなるようなことが起きるんだ? そもそもなんで彼女はボクの家を知っているんだ? まったく話していないのに。
「ん~? それはとても簡単な質問だよ。今日は私を撮ってくれた写真をくれる約束だったでしょ? だから、早くもらいたいからわざわざ家を調べてまでここに来たんだよ。えらい?」
抱きついたままボクに向かって笑顔を向けてくる。
「はいはい。えらいから。そろそろどいてくれないか? 違う意味でえらいから」
「あ、ごめん」
 急いでボクの上からどいてくれる。二度も後頭部を強打なんてシャレにならない。
「じゃあ、家に上がってていいけどあんまり家の物を物色しないでよ?」
「わかったわかった」
 曖昧な返事と共に花瓶が割れる音が聞こえた。
「………」
「ありゃりゃ……ごめんね」
 早速やらかすのは勘弁願いたいものだ。やがてもくもくと食べているラミアと瑠佳が鉢合わせになる。
「なにしにいらっしゃったのでしょうか? まさか迷子というわけではないでしょうね?」
 すでに敵意むき出しのオーラをかもし出す。自分の味方はボクだけとでもいうのだろうか?
 だが残念。ボクは花梨の味方である。
「じゃあ、今から現像してくるからここで待ってて」
 瑠佳をあまり刺激させないためにわざと無視をする。
「うん。わかった」
 最近のパソコンは大変便利なものだ。昔だったら撮った写真を現像させるのにプリント屋さんにお願いし数日かかるのだが、今はパソコンとコピー機であっという間にできる。科学の発達はすばらしいと思わず感心してしまう。
 できるまで数分かかるので残った朝ごはんを一気にかきこむ。
 そして、女性陣は一休みとしてソファでくつろいでいた。
「ところで、なぜ瑠佳さんがおいでになっているのですか?」
 ボクが淹れたミルクティーを優雅に飲む。
「ん? それはですね~。昨日、手伝ってくれたお礼ということでわざわざ撮ってくれたんです~」
「そして都合がよければ一緒に登校しようと考えていますね?」
「うん。そうだよ。なかなか鋭いね~! ラミちゃんは~」
「ブフ!」
 口に含んでいた物を噴き出す寸前までいくが二度目はさすがに人としてどうかと思ったので何とか口の中の暴発だけですんだ。
「ゲホゲホ! 瑠佳! 何言ってんだよ! 学校には一人で行けばいいじゃないか! ボクと登校してもなんの面白味や特典もついてこないって!」
「ついてくるよ~! 燕尾くんとあとおまけがね」
「……おまけとは誰の事でしょうか…?」
 さぁね、と素っ気無く答える瑠佳は罪悪感のかけらすらない笑みを浮かべていた。
 自室へ赴きすでに現像された写真を数枚、瑠佳にわたす。
「え? わたしが映ってるの一枚だけでしょ?」
「いや、なんか水面に偶然瑠佳の姿が映りこんでいたからよければと思って」
 まぁ、よく見ればそれらしい人物だからピックアップしてみただけなのだが、それが嬉しかったらしくまた抱きついてきた。
「うれしい! こんなの本当にわたしなのかわからないのに、ちゃんと見てくれてたんだね!」
「はいはい、そうだね」
 抱きつかれる前に手を前に出す。
「そろそろ、学校行こうか……」
 また花梨と揉めることになりそうだ。
 はぁ、とため息をつきながら学校へ一人のお姫様と一人の楽天家と一緒に向かっていった。
「で、なんで私を誘わないの!」
 教室に行くと案の定、花梨はご機嫌斜めでボクを迎えた。ボディーガードと一緒に。
そしてまた無茶をボクに告げる。
「あのね~……花梨は大富豪の息女なんだよ? 少しでも危ない目にあったらキミのお母様とお父様に申し訳ないよ」
「むぅ……そうね。そんなので婚約が破棄されたら私も困るものね……でも、そんなの言い訳よ! なんで断らなかったの!?」
 断らなかったのではない。断れなかったのだ。
 あの状況で拒否すればボクは今この学校に着ておらずに深い森の中かあるいは真っ暗な海の中にいたかもしれない確信があった。
「ごめんなさい」
 とりあえず謝る。
「ふふ。また痴話喧嘩かい? 氷乃宮夫妻?」
先生が珍しく朝の時間に余裕を持って教室を訪れるのはあまりよくない出来事が起こる前兆みたいなもの(ボク限定)である。
「や、やだ! 先生! まだ結婚してないんだから夫妻は早いですよ~」
 そう言っている割にはなんだか嬉しそうだ。確かにボクも違う意味で嬉しく思う。
 バン!
 大きく音を立てて机を叩く音がした。
「ぜ、絶対に結婚なんてさせませんから!」
 いきなり言い出したのはいつもボクと花梨の話に一切関わらなかった瑠佳が口を挟んでいた。
「………何か言ったかしら? 田宮さん?」
落ち着いた口ぶりで話しているが逆にその落ち着きが恐怖を物語っている。
「わ、私は! 氷乃宮と燕尾くんの交際を認めてない!」
 相手が誰であるかわかっているため少し怖気づいたような物腰で喋っていた。
「あんたよっぽど最悪な人生を送りたいようね。いいわ、あなたの人生めちゃくちゃにしてあげる」
 そして制服から出してきたのは携帯という花梨が持つと『人生を狂わす兵器』となる一番彼女に持たせたくないものだ。
「ちょ! 待ちなよ! さすがにそれはやりすぎだ花梨!」
 携帯を取り上げようと彼女に近づこうとする。
「トム! 二ノ宮!」
「げ! 二ノ宮さん!?」
 だが、近づこうとした瞬間ボディーガードの二人が邪魔をしにやってきた。二ノ宮さんはこの高校にいた狂犬のあだ名で知られていた不良だ。どうやら去年無事に卒業したらしい。気まぐれでなんとなく面白そうだから花梨のボディーガードになった、と言っていったがバレバレなくらい嘘である。本当は花梨のことに憧れて花梨専属のボディーガードとなったのだがほとんどが家の雑用でまだ花梨と交際していないときはよくボクの家で愚痴を吐いていたのだが最近はとんと見なくてクビになっていないか心配していたのだが立派になり今ボクの壁へと変わってしまった。
 ……大樹さんはクビになったのかな? 残念でしかたない。
「悪いな坊主。 嬢ちゃんの命令には従うしかねえんだわ!」
 思いっきりのパンチが飛んでくる。悪いな、と言っている割になんだか嬉しそうだ。
 そりゃそうか、好きだった花梨の彼氏を殴れるんだもんな。
「だぁぁ! マジで殴りに来ないで下さいよ! って、花梨は携帯をいじるなぁ!」
 ダメだ! 間に合わない。
 するとボクと二ノ宮さんの目の前に白い物体が通り過ぎ花梨の方にも白い物体が携帯を破壊して使い物にならないことになっていた。
 全体の空気がピタリと止まる。
「キミ達……表でやってくれないか? それとも、このまま私と戦るのかい?」
 皆、黙ったまま何も言わない。
「……よろしい。それじゃあ、そろそろホームルームが始まるから氷乃宮嬢は一度自分の教室に戻ることをオススメしよう」
「……はい」
 いままであんなに騒いでいたのにそれがもう昔のように静まり返った。その中で一番なんのアクションも起こさず、冷静だったのはアメリカの姫、ラミアだけだった。さすがというべきだろうか。
 授業中にこっそりとラミアに話しかける。
「よくあんな騒動に動じなかったね」
「えぇ。あんなのわたくしの本邸でよくあります」
 以外だ。ボクの想像ではもっとおしとやかで『うふふ』とか『あはは』って口を隠しながら笑いあうものかと思った。
「そういえばさ、ラミアの家のこと聞いてなかったね。どんな家庭なの?」
「しいて言えば、黒いスーツを着た人たちがいっぱいいて片手には拳銃を持っていて『絶対に後ろはとられるな』が家訓です。とられれば、待っているのは死だけです」
「……それは……裏で街を守っているといって市民から税金みたいなものを貰ったりして白い粉を売っている人たちでラミアの前の父親は『ゴッドファーザー』ってよばれたりしてないかな?」
 自分なりに笑顔で裏ではいまにも泣き出しそうな顔だった。
「よくわかりましたね。確かに前のパパは『ゴッドファーザー』と呼ばれてお金を貰っている場面はみたことありませんが街の人たちはとてもよくしてくれましたよ。それと白い粉ではなく小麦粉です」
 嘘だ。マジかよ……この子ゴッドファーザーの娘!? 今にも泣きそうだ。ちなみにとーちゃんが追われてる連中ってマフィア!? 彼女の性格からして嘘をつくような子には見えない。
 人は見かけによらないな。
「そっか。そりゃすごいね(棒読み)」
時は過ぎ、昼休みになった。
いつもなら二人と黒服二人で楽しく(?)昼食を過ごすのだが、
「なんで、二人も追加されてるの?」
 屋上で不機嫌な声を出す花梨。そりゃそうだ瑠佳とラミアがボクのあとへ続くひよこのようについてきてしまった。その二人はボクのあとをついてくる度ににらみ合いをしながら歩いてきた。
「しかたないだろ? いくら逃げようにも逃げられなかったんだから……」
 瑠佳の運動能力は知っていたものの、ラミアの運動能力は瑠佳以上だった。なぜ部活のスカウトがこないんだろう?と疑問に思ってしまう。
「早く食わせろ~! 腹が減ったにゃ~!」
 ゴロゴロと転がりまわる子供のような瑠佳なのだが、
「ちょっと待って。まさかお弁当持ってきてないの?」
 ピタリと止まりうつ伏せのままボクを見上げる。
「そうだよ~。まぁ、燕尾くんのを貰うから安心していいよ~」
 にんまりと笑う。その時、ちらっと見える八重歯が印象に残る。
「仕方ないな……」
「ちょっと!まさか、この娘に超一流の燕尾の料理をあげるの!?」
 超一流か、そういえばそんな過去もあった。付き合い始めた頃にボクの作った死ぬほど料理がまずいと花梨がクレームをつけ一ヶ月間の料理修行をさせられたのはある意味一生のうちにあるかないかだろうな。
「『待ってくれる人がいるなら腹が減ってでも満足させられる料理を作るのがワシら料理人の役目じゃ!』、って花銀のじいちゃんが言ってた」
「あんたは料理人じゃないじゃない! まったく……おせっかいにもほどがあるわ」
 花梨は頭を抱えながらため息をついた。
 お弁当の数はボクの分とラミアの分、花梨の分があったのだがボクの分のお弁当はたった今瑠佳の分に変わってしまった。
「もう、仕方ないわね。二ノ宮!アンタの分の弁当を燕尾に渡しなさい」
「いぃ! 俺のっすか?」
 唐突に名前を呼ばれ慌てる。
「早くしなさい!」
「……はい」
 どうぞ、と渡されるのだが目は完全に死んでいる。これが高校時代だったら殴られているだろうな……今はトムさんが励ましている。
「ヘイ。ニノミヤ、くよくよスンナヨ」
「うぅ……すんません」
「さて、いただきますか」
 さっきあんな心温まりそうな状況を見てよく花梨は平然と話すよな。
『いっただっきま~す!』
 屋上に響き渡るはつらつとした声が学校中に聞こえただろう。
「うまうま。おぉ、これいいだし使ってるね」
「そりゃ有名なかつおをわざわざ煮込んで出しただしだからね」
 料理を褒められるとまるで自分が生きていたことを褒められているようでなんだか嬉しく思えた。
「? これはなんて言うものですの?」
「それはごぼうだよ。根っこなんだ」
「これ根っこなのに食べられるんですか。日本人はすごいですね」
 初めて見るものに驚きを隠せないようだ。
 そういえば……こんなに大勢で食べるのは本当に久しぶりだな。みんなでわいわいやっていた記憶は去年で途切れているような気がする。瑠佳がラミアたちのおかずにちょっかいをだして花梨が怒って、ラミアはまだごぼうを見つめて気づいていない。それをボクは困ったように見て笑っていた。何かに例えるなら瑠佳は太陽。明るくて側にいるだけで幸せになれるような気も起きてくる。ラミアは空。誰にも縛られることなく悠々と雲をねんどのようにこねて変えていくだろう。花梨は月。表の時は強気で何事にも動じない精神を持っていそうなのだが、本当の裏ではなにかに頼らなくては身も心も壊れてしまいそうなるガラスの持ち主。
 だとすれば、ボクは何なんだろう? そうだな……海だ。暗く、深い、悲しみと憎しみを携えている。どこまでも続く深海のように今もボクはもぐり続けている。もぐっていったって青から濃い青、紺そして黒へと変わっていくしかないのに……光は一筋も見えてこないのに。
 上下左右もわからずただ浮遊するだけの世界。みんなで笑いあってなんの心配や悩みも娯楽で一瞬にして消え去ってしまう小さな種しかないんだろうな。それを羨ましいとは思わない。そんな現実から逃げてどうするのだろうか?
ボクの泡が上に上がる。上の世界に上がっていく。その泡すら気づいてくれる人はいないだろう。世の中は自分が大切な人でいっぱいだ。それを恥じてはいけない。それが当たり前だとボクも思うからだ。人のために何かして何の徳がある?
――徳なんかない。人は一人幸福になれば不幸になる人が増える。世界は平等?
 手を差し伸べる人はいない。
 だったらこちらも手を差し伸べない。
 仮面を被れば差し伸べる偽りの善。
 人はそれに気づかず仮面を被ったものを称える。
 仮面を被った一人の少年は、仮面を十分に脱ぎ捨てられないまま生きていくことになった。
 それがボクだ。
 放課後、ラミアは先生に呼ばれ先に帰るように言われ今は瑠佳と同じ帰路をたどっている。
6, 5

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