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導入部分

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 青く澄んだ空は、曇り一つないキャンパスのように広がっていた。
 しかし今年もまたこの季節がやってくると思うと、聡は心どこか陰鬱さを抱えざるおえなかった。
 先頭を歩く千尋の右腕には”第三回 世界情勢研究同好会主催 中堂探検隊”と書かれたフラッグが握られている。
 胡散臭い名称で分かりにくいが、ただのオールラウンドサークルにワンダーフォーゲルの要素が組み込まれたようなものである。
 何をやるかは全て中堂という人物が決める。つまりは中堂がこのサークルの中心人物なのである。
 晴太の後ろを歩いていた聡は苦笑しながら口を開いた。
「おい、中堂。もうかれこれ3時間は歩いているぞ」
 そういって聡はビッシリとかいた汗をわざとらしく拭いて見せた。
「杵島聡よ、お前の軟弱ぶりは限度をこえている。少しは精進したほうがよいな」
 中堂は後ろを振り向きもせず、平然と言い放った。
 聡は水原の横顔を見やり、苦笑した。
「あいつは女尊男卑野郎だ。水原からもいってやってくれ」
「千尋ちゃんはいつもは優しいけど、サークルの時は真剣だから私がいってもダメだと思う」
「…」
 聡はバツの悪そうな顔をして、それからは黙って歩き始めた。

 しばらくして休憩できる場所を探し当てた中堂は、ここで休もうと提案した。
「ハァ…、やっとか」
 聡は大きくため息をついて、地面に腰を降ろした。
 中堂は腕を組みながら、聡の方に視線を向けて侮蔑の目線を落として見た。
「千尋ちゃん、これからどうするの?」
 中堂の横に駆け寄った水原が息を整えながら尋ねた。
「とりあえず日もまだ浅い、少し休憩して隣町まで行こうと思う。」
「ゲェッ”!!まだ歩くのかよ!!」
「当たり前だ杵島。お前は遊びでここまできたのか?」
「そんなんじゃねぇよ!でも、今日はここまで来れたんだしさ、もういいだろ?」
 つい先ほどまで、晴太に肩を借りて一番楽をしていた人間の言うセリフか。と中堂は呆れた。
「加奈、お前もそう思うか?」
 加奈はどちら側に付くともせず曖昧な返事をして視線を逸らし、中堂はそんな加奈の態度にため息をつくと、今度は晴太を睨みつけた。
「青葉、お前はどう思う?」
「俺はどちらでも構わないけど、確かに今日は歩き疲れたと思う。もうここ7、8時間はずっと歩いていたんだ。聡や水原が不平を言うのも仕方がないだろ。」
「そうか……私もお前たちのペースに合わせず考えていたらしいな。今日はここで休むとしよう。」
「なんだ、急に素直になりやがって」
 聡はそう呟いて、地面についた尻を持ち上げ、ついた埃を両手で払った。
「さて、どうするよ?」
「とりあえず、休める場所を見つけないとな」
 晴太は背伸びをして辺りを見渡した。遠くを見渡したが、一度山を降りなければ目ぼしい施設を見つけられなかった。
「野宿だな」
「えっ?」
 その言葉に聡は目をテンにして、視線を泳がせた。
「おいおい、まさかここで寝ろっていってるのか?」
「ここを降りるとしたら2時間程かかるな。しかもこれから日は落ちて視界も悪くなる。足場の悪いこの山では不都合な状況が重なっている。最悪の場合は遭難という事もありえる」
 中堂が冷静に呟くようにいった。
「あぁ、その通りだ。火を焚いてれば野生の動物なんかは寄ってこないだろうし、とりあえずは暗くならないうちに湿ってない木なんかを探そう」
 そう言うと晴太は森林へと入っていた。
 後を追うように中堂と水原は森林の中に入り、その場に残された聡も愚痴をこぼすよりも早く、置いて行かれまいと足早に三人を追っていった。
 晴太は途中、一人で探すと言って3人と別れた。
 歩きながら、腕時計の時間を確認する。午後8時までそう時間はかからなかった。
「――」
 端正な口元を緩め、晴太は止まった。
「入った。」
 思わず唇が緩む。携帯電話に目をやると電波が一本立っていた。
 少なくとも、この場所にまだ文明らしきものが世界に残っている証拠だった。
 それを確認すると無駄な放電を避ける為、携帯の電池を取り出してポケットに仕舞い込んだ。
* 一 *

 しばらくして、それなりの木を両手いっぱいに抱えて帰ってくると。既に三人は火を囲んでいた。
「遅いぞ、晴太。」
 聡は寝ぼけたような顔をして言って見せた。
「お前は何もしてないだろう。ろくな木ももって帰らず、火を起こしたのも私だ」
 中堂は肩を揺らして、フンと微かに口元を緩ませた。
「大体にして、お前はなまけることしか考えていないだろう」
「うっせ、俺だってな――」
 聡の話が終わる前に晴太は間に割って入り、中堂を見やった。
「中堂、ごめん。中々いい木が見つからなくて辺りをさ迷ってたんだ」
「ほう、それにしては手の汚れが少ないな。それに、辺りには丈夫な木の枝が沢山あった。少し離れた場所を探していたからと言ってそんなにかかる事もあるまい」
 中堂はどこか、晴太の言動を冷ややかに見据え、行動を見透かしたように呟いた。
「…中堂は鋭いな、いや特別な事をしてたわけじゃないんだ。周りに施設があるかどうかを探してたんだ」
「おい、なんかあったのか!?」
 それまで火に手をかざしていた聡がとっさに身を起こし、晴太に近寄った。
「残念ながら。期待させるのもあれだからと思って言わなかったんだよ」
 晴太は顔を近づけてきた聡を遮るように、手で押し返しながら言った。
「青葉よ、少なくとも私に断りを入れてから行動してくれ。部長としてのメンツがたたん」
 中堂からは悲しげな表情と共に、少し低めの声が返ってくる。
「千尋ちゃん、青葉君が帰ってくるまでずっと心配してたもんね」
「水原…そうなんだ?中堂、ごめん。少しは周りにも気を配れるようにしてればよかった」
「べ、別に心配はしてないぞ。いや、お前は、その、なんだ、ちゃんと周りに気を配れる人間だ」
 中堂は微かに顔をあからめ、晴太とは目を合わさず落ち着かない様子で言った。
 黒髪を揺らし、中堂はリュックの中からシーツを取り出した。
「それは?」
「ただのシーツだ。といっても厚さはそれなりにある。大きいものを収納する機会があれば使う予定であった」
「……毛布代わりか?」
「あぁ、広さ的にも4人分ある。いや、勿論男女の間隔を空けるぞ」
 ギクシャクな言動をする中道に、晴太はフッと小さく笑いシーツを取り出すのを手伝う事にした。
 程無くしてシーツは広げられ、4人は横に寝そべる形で共に寝る事にした。
 歪な形を地面に晒された背中がたまに痛むことを除けば、これといった不満もなかった。
「ところで今更聞くが、お前たちは後悔はしていないか?」
 静寂に包まれた帳に隙間風を吹くような、か細い声で中堂は呟いた。
「おいおい、中堂がなんだってそんな気遣うような事聞くんだよ」
 聡は訝しげに中堂の方を見やった。
「今更だが、色々と思う所があってな。巻き込んでしまったのは私が原因だ」
 中堂は自嘲気味に笑い、杵島から目を逸らした。
「少なくとも俺は後悔してねぇ。というよりもだ、それはお前の所為じゃねえよ。何自分で一人抱えこもうとしてんだって話」
「しかしだ、私の所為に思えてならないんだ。慣れない飛行運転などしたばっかりに……」
 中堂は天を仰ぐように見上げ、あの忌々しい日を思い返していた。
「乗りかかった船だっていうじゃない、千尋ちゃん」
「いや……水原、それはあってんのか?」
 聡は頭を掻きむしりながら、目を細めた。
「なんつーか結局の所、今は中堂がいなけりゃ俺達どうしていいのか分かんないんだよ。だからお前がそんな弱気じゃ困る」
 慣れない言葉を言った後、恥ずかしさで顔を赤らめた聡は、照れ隠しにわざと欠伸のマネをした。
「そうか、すまない。あの日以来私たちはずっと孤立している。今日だって、あの場所から離れただけでも大きな進歩かもしれない」
「かもしれない、じゃない。大きな進歩だよ」
 晴太は中堂に対していった言葉か、自分に言い聞かせる為か、どちらとも取れるように呟いた。

 あの日――、中堂がいつものように晴太達を誘って自家用ヘリ機の試運転に付き合え。と誘った日の事だ。
 中堂家は地元では相当有名な資産家だった。
 市内の中心に大きな豪邸を構え、見る者・寄る者に対して有無を言わせぬ存在感があった。
 事業用操縦士の国内取得を年端もいかない若い娘が取得したニュースは、たちまち全国を賑わせた。
 日夜テレビでは『天才少女現る』と言った煽り文句と共に中堂のインタビューが報道された。
 そもそもは事業用操縦士の国内取得という資格の難易度などよりも、言わば物珍しさが先行したマスコミお得意のネタ埋めでしかなかった。
 難易度という点においては、中堂は既に司法試験に合格しており、その時も同様に最年少合格者ということもあって大きくマスコミに取り上げられた。
 一部のマスコミは、中堂の魅力的なルックスに目をつけアイドル的な取り上げ方をしたり、中堂の歯に衣着せぬ物言いを面白おかしく取り上げていたが、中堂の父親である中堂是雅(これまさ)は非常に厳格な男で、このようなマスコミの取り上げ方を抑圧する為にその筋の団体を使ったのは地元では有名である。
 自家用ヘリは是雅が中堂の誕生日に送ったモノで、駐車場の為だけに近場の商店街一帯を買い上げた事をなどを考えれば相当子供煩悩な親だと言える。
 あまりにも広すぎる駐車場……やってきた晴太と聡と水原は互いに苦笑しあっていた。
 その頃の中堂は何かにとり憑かれたように操縦ばかりしていた。
 きまって晴太達はサークルという名の下で放蕩娘の道楽に付き合わされていた。
 そろそろ飽きたな、なんて言葉が中堂から出始めたある初夏の日にその事件は起こった。
 天候が悪かったわけじゃない、中堂の操縦によるパイロットミスもなかった。
 メーンローターに”何か”が食い込んで背筋がゾッとするような悲鳴を上げながら運行に支障をきたした。
 ついにはメーンローターが正常に回らなくなり、あえなく地面へと墜落してしまった。
 墜落地点は丁度森林地点ということもあり、運よく一命を取り留めた。というよりも四人全員が無傷で生還を果たすことができた。
 森林を抜けると見知った町が広がっていたが、呼吸少なめの間隔をあけて、晴太は気付かれないように呟いた。
 ”やってしまった”
 慌てる聡と、状況を受けいられずにいた水原、冷静に事態を分析していた中堂、一人で行動する晴太。
 四人は最初の数日間、バラバラの行動をして現状を身をもって理解しようとしていた。
 幸いなことに食糧と水分はコンビニエンスストアから調達する事ができた。
 奥の部屋でモニターを確認すると電源の供給源が働いていない所為か全て静止していた。
 携帯の電源が切れた頃、試しにとコンビニから調達した即席の充電器を繋いでみると、太陽光を供給源とする為上手い具合に充電する事が出来た。
 近場の発電所の発電操業が止まっているらしい所から、一応はこれで我慢する事にした。
 暫くすると中堂が晴太達を呼び寄せ、”第三回 世界情勢研究同好会主催 中堂探検隊”を発起する。と宣言を行った。
 夏休みにあたる時期にサークルでは、決まって中堂が今一番行きたい所に無理やり連れて行かされるのが常となっている。
 こんな状況下でやるのか…といった聡の科白を他所に、中堂はまとも半ば強引に準備を指揮して段取りを行った。
 しかし、中堂の行動は正しかったように思う。晴太と中堂はともかく、聡と水原の二人に関してはそろそろ限界に近かった。
 会える筈の家族に会えず、語れる筈の人間にも会えなかった。そんな状況が長らく続けば禁断症状が発症してもおかしくはない。
 次第に考える事さえも辞めた人間を晴太は知っていた。少なくとも、晴太が望むような状況下ではなかった。

 晴太は事故が起きてからの出来事を思い返すと、たった一週間の事なのに長い時の流れを感じざるおえなかった。
 それは急激すぎる環境の変化と、それに身体と頭が適応するまでに時間がかかったからだと考えていた。
「だからよぉ、俺はやってんだよぉ……」
 横から寝ぼけた聡の声が漏れてきた。
 気がつけば晴太以外は眠りについていた。
 腕時計に目を移せば針は午前3時を回っている。通う場所がなくなれば規律正しく就寝する必要はなかったが、それさえも放棄すれば自分が知っていた今までとの接点が失われる気がして晴太は怖かった。
 眠りについて目を覚ませばいつも通りの日常に戻っているんじゃないか、なんて今でも考えている自分がもどかしい。
 そんな考えを振り払うように、かぶりをふって目を閉じる。しばらくすれば睡魔が襲ってきた。
 ………
 ……

 晴太が目を醒ますと3人は既に起きており、慌ただしく朝食の用意をしていた。
「あっ、青葉君おはよう。丁度よかった。飲み物がつきたから水を汲んできてくれない?」
 水原が気づき、晴太に近づいてくる。
「あぁ…、別に構わないよ」
 そういって水原から手渡されたリュックサックを背負い、まだ眠気も覚めきらぬ調子で川辺へと向かっていった。
 ポケットを手探りで探るとグシャグシャになった煙草の箱とオイルライターが見つかる。
「あったのか…、火をつける時中堂に渡せばよかったな」
 煙草を指先に挟んで一本取り、ライターに火をつける。
 煙が周囲に溶け込み、灰は地の塩となる。晴太は無類の煙草ジャンキーで特に高タールの辛味の銘柄を好んでいた。
 朝から吸えば脳が冴える。という持論を持ち出して一度中堂と血みどろの争いになった事があった。
 ニコチンは確かに脳に活性化刺激を与えるが、体に悪い。むしろ吸う人間は歩く厄病神だ。なんて言われる始末だった。
 普段は大人しい晴太も数少ない趣味の一つである煙草を馬鹿にされては言い返す他無かった。
 市内で大きな権力をもつ中堂家の跡取り娘に楯突ける人間は、聡を除いて(もっとも聡は対等な相手をされていないが)晴太しか存在しなかった。
 しかし口論が交戦に変わっていく中、腕っ節の強い中堂に対してひ弱な晴太が敵うわけもなく、しばらくしてサークル内は全面禁煙となった。
 指に挟んだ煙草が中ほど灰に染まった頃、川辺に辿り着いていた。
 山頂に近い事もあってか綺麗な状態の水を確保する事が出来た。
 溜息をひとつつき、晴太はリュックを肩から降ろし、ペットボトルを取り出して水を汲み始める。
 ややあって、水を汲み終えると背後から足音が近づいてきていた。
「もう目覚めたようだな」
 そこには腕を組んで晴太を見下ろす形の中堂が見えた。
「あぁ、おかげ様で。」
 後ろの中堂に一瞥して、ペットボトルをリュックサックに収めた。
「クサいな」
「…バレたか、そう言えば今はサークル中だったな。煙草は厳禁か」
 煙草を隠すように、あからさまにとぼけてみる。
 しかし、中堂はその返事をまるで聞かなかった事のように、改めて聞きなおした。
「昨日、本当は何をしていたんだ?」
「昨日って…、なんだ、まだ疑ってるのか?何もしてないよ、ただ言ったとおり施設か何か探してたんだ」
「私に嘘はつかないほうがいい」
「すごいご自信で。でも、俺は本当にそのとおりだよ、仮に何かをしていったこんな場所じゃ何も出来ないだろ」
「わたしは――」
 かなりたってから開いた中堂の口は、何かを言いたげそうにわなわなと震えていたが、やがて諦めたのか”朝食が用意できた。早く来い”とだけ言い捨て去っていった。
 晴太は中堂の影に追いつかないよう、すっかり灰と化した煙草を足元ですり潰して、ゆっくりとした足取りで戻っていった。

 戻ってみると、カップラーメンと菓子パンが無造作に開かれ、各自好き勝手に口に入れていた。
「あっ、青葉君おかえり。青葉君の分も用意してるから」
 晴太はリュックからペットボトルを取り出し、それを水原に手渡した。
 水原はありがとうと肩を揺らせながらペットボトルを中堂と聡に手渡しにいった。
 晴太は残っている菓子パンに手を取り中堂の姿を見つめていた。
「このパン、消費期限切れてる…」
 もう少し日持ちの良いものをもってくればいいのに。と晴太は呟きながらも中堂の視線を気にしていた。
 互いの視線がぶつかった瞬間、二人は伏せるように目を背けた。
 あんな態度をとるつもりじゃなかった。晴太は中堂にまだ話す勇気がなかっただけだった。
 中堂は便りになる。だがどうも苦手だ。全て自分で責任を抱え込もうとする所も、全て自分だけで決めてしまおうとする所も、純粋に自分自身に残酷なんだよ。それは他人にも影響するだろ?と聡は呆れたように中堂の事を評した事がる。正にその通りだと晴太は頷いた。
 まだ話すには早い。そう自分に言い聞かせて、空になった菓子パンの袋を丸めてビニール袋に放り込んだ。
 ゆっくり伸びをする。
「今日は雨が降りそうだ」
 空を見上げて、晴太は呟いた。
5, 4

  

* 二 *

 しばらくして、中堂が皆を呼び集め今後の活動を再確認していた。
「まずはここを降りて、目的地である隣町に辿り着く。そして食糧をとにかく確保する。」
「町についたらさ、各自自由行動にすんのか?」
 聡はTシャツを着替えながら、気だるそうに尋ねた。
 いつものサークルなら目的地につけば各自自由行動、各自自由解散をモットーに自由気ままな行動が可能だった。
「そうしたいところだが、今回は私について来て貰いたい。勿論、それについては各自自由に決めてもらって構わない」
「私は千尋ちゃんにつていくよ」
「じゃあ俺もついて行くわ。何していいかわかんねーし」
 聡も水原と同じく、恐縮したように頭をかきながらいった。
「ごめん、俺は別に行く。別々に行動した方が誰かと会う可能性も高いだろ?」
 3人の視線が一斉に晴太に目が向けられる。
 中堂も驚いたように、長い睫毛をばたつかせ目を大きく見開いた。
「お前がさっきの事を気にしているのなら、私はもう気にしていない。しかし、その、なんだ、お前が一人でどうしても行きたいと言うのなら止めないが…」
「そういう事じゃないんだよ、俺なりに探すアテがあるんだ」
「そう…なのか…」
中堂は力なく目を伏せると、
「何かあれば駅前に来てくれ。私たちはそこを中心に行動をする」
そう呟き、もう一度中堂は晴太の顔をしっかりと見据えた。
「分かった。何かあれば駅前に向かうよ」
 4人はお互いの今後についての役割等を話し合い、慎重に道のりを下った。

 しばらくして山を下りると、4人は連れ立ってアーケード街の方へ向った。
 モダン調のタワーが唯一のランドマークであるこの町一体は、時代から切り離されたかのような哀愁を漂わせていた。
「水原さん、聡……中堂、それじゃあ」
 晴太はそういって駅とは反対の方向へと歩き始めた。
「雨がふるかもしれん、もっていけ」
 中堂はそんな晴太の背中に向けて声をかけた。
 その言葉に晴太は踵を返して、中堂を見やった。
 中堂はリュックの中からBURBERRY製の折り畳み傘を取り出して、晴太に渡して見せた。
「中堂や皆の分はいいのか?」
「私たちは主に駅周辺を探索するつもりだ。掃いて捨てるくらいに傘は置いてある」
「助かるよ」
 そういって晴太は3人に手をふり、別れを告げた。

「晴太」
 歩き始めてから、しばらくすると後ろから呼び声が聞こえた。
 最初はてっきり中堂がついてきたのかと思ったが、振り返っても声の姿はなかった。
「夏」
 晴太の言葉に交じって、コツンと足音が響き渡った。
「なんだか、こうやって会うのも久しぶりだね」
 垂れた艶のある髪の毛を右手でかき分けて、夏はにっこりと笑った。
「やっぱり夏か。」
 晴太は再び声の方を向くと、細い肢体に真白なブラウス姿を備えた少女がたっていた。
 絹のように細い髪は風に波打ちつけられながら、それは旋律を奏でるように揺れていた。
「晴太、行こう」
「あぁ、分かったよ」
 夏にひっぱられた腕を頼りに、晴太は夏の後姿を見つめながら歩きだした。
 晴太と夏の関係は、傍から見れば仲の良い男女のように映るが、堅い主従関係によって成り立っている。
 昔から晴太は夏に従ってきた。そうすれば、暗い性格でも自然と友達ができたし、周りに溶け込む事も出来た。
 晴太に生き方というものを教えたのは夏だったし、煙草の吸い方、女という生き物について教えたのも全て夏だった。
 博打の類や、よく分からない聖書の話、不思議な科学の事象、夏はなんでも知っていたし、それだけで十分尊敬に値する人間だった。
 ある日、夏は忽然と晴太の前から姿を消した。
 その日から晴太は一人で生きていかなければならなかった。
 それからの晴太は躓き、挫折し、他人を避けるように生きてきた。
 まるで水を失った魚のように、次第に抗う事さえ辞めて、ついには動かずに静止していた。
 グループワークの課題が出された時も、晴太は誰とも話さず協力もしなかった。
 ”お前は雑用係に相応しい。何もしないのなら私がお前を使ってやる。ついてこい”
 そんな様子を見ていた中堂が突然として前に立ちふさがり、キツイ口調でまくしたてた。
 口調こそ違えど、どことなく夏に似ていた。夏の面影を追いかけるようにして中堂と付き合うようになったのかもしれない。
 そこからごく自然に水原や聡と付き合うようになり、少しづつ他人を拒否し続けていた自分を壊す事が出来た。
 しかし、中堂は夏とは違った。
 本当は繊細で、脆くて、弱くて、強がっているだけで、それはどこにでもいる少女だった。
 決して夏のような完璧な人間ではなかった。
 勿論運動神経や学習の上での成績は至極優秀だったが、些細な脆さが垣間見えた。
 晴太が求めた理想像とは違っていた。次第に晴太はそんな中堂を夏の代替品として見ている自分に気づき、嫌悪感を抱いて行く。
 中堂は苦手だ。そんな言葉を誰かに漏らしたことがある。
 誰かは驚いた。なぜだ?いつもお前らはつるんでるじゃないか。と口にしながら。
 その時は返事さえしなかったが、理由は自分でもハッキリとわかっていた。
 中堂を代替品として見ている自分に対しての嫌悪感以外にも、中堂がこのままでは晴太にとって夏以上になくてはならない人になってしまいそうで怖かった。夏を忘れたくない。その気持ちと綯い交ぜになり更に晴太は嫌悪感も増していった。
 今にして思えば、気づいた頃には中堂を一人の人間として尊重していたんだろう。それを素直に受け止められないのが思春期なのだとすれば、それだけで終わってしまうかもしれない。

 気がづけば、1キロ程の道のりを歩いていた。
「ここも久しぶりだね」
 腕をばたつかせながら、にっこりとほほ笑んだ夏は昔通っていた校舎を眺めてそう呟いた。
「でもね、何も変わってないんだよ」
「ううん、晴太は変わった。一人でもなんでもできる男になれた。夏は嬉しい」
「そんな事言わないでよ」
 晴太は強くかぶりをふって、夏を見据えた。
「まだ強くなんてなれない」
「変わってないんだ?」
「そう…思う。少なくとも俺自身には」
「晴太は昔から謙虚な性格してるよね。それってさ、人生損してると思うな」
「昔から俺は損な役回りだよ」
 晴太はそんな自分の言葉を自嘲気味に笑う。
「っていうよりなんか自分で自分を作って自分を演じてるんだよ」
「夏が教えてくれたことだろ?」
「晴太って根がまじめすぎるから、なんでも素直に受け取りすぎ!そこは変わってないな」
 夏の口元は緩み、直視するには眩しすぎるくらいの笑顔が咲いていた。
「今になって夏はどうして、現われたの?」
「それはね、晴太。君が困ってるから」
「俺はいつも困ってた。夏が居なくなってから俺は何も出来ずにいたんだ」
「それはね、違う。何もしなかったんだよ」
「そうなのかな、確かに俺は何もしなかったのかもしれない」
 そういってお互いがお互いを笑い合う。
「ねっ入ってみようよ」
 夏は微笑み、晴太の腕をひっぱった
「そうだね」
 夏の笑顔を見るたびに、晴太は胸襟をぎゅっと掴まれる気持ちになった。
 言われるがまま、晴太と夏は校舎の中へと姿を消した。

* 第一章へ続く
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