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穴蔵

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「ん~」

「よお、起きたか?王子」

マークがベッドの横にある椅子にニヤニヤしながら腰掛けるのを見て、少年はうんざりした様子で答えた。

「おう、ってだからその呼び方やめろ、ちゃんと俺の名を呼べ。」

「だってなあ王子。お前あんな登場する方が悪いってもんだろう?まさか・・・
あんな・・っぷ、ダハハハハ」

マークはタバコを吸いながら爆笑している。あれだけ口を開いているのにも関わらずタバコが落ちる気配はない。
一体マークとタバコの間にどんな超現象が発生しているのか想像もできない、というか想像したくない。

「たくっ」

ミン達が昇降機から落下してから三日。あれだけ派手な登場をしたのだから少年はすっかり有名人になっていた。
さらに付け加えるならば、登場の仕方が良くなかった。少年はミンをかばおうとした際とっさにお姫様だっこをしていた。
お姫様だっこ。それは白馬に乗った王子様に憧れる乙女にとっての夢、ついでに大人になりきれなかった女性の憧れである。
これだけ恥ずかしい抱え方というのもそうそうないのだが、結果的には最善の方法の一つだったと言える。
事実ミンに怪我はなかった。しかしそれ以来少年には変なあだ名がついた。少年とミンが笑い合っていた時、周りの人々は思いっきり
怪しんでいた。空から落ちてきてこの男は一体誰だ?ミンを抱えているのは何故だ?敵か?

人々の緊張が高まり戦闘態勢に入ろうとしていた最中、一人の少女が口を開いた。

「おーじさま?」

後からわかった話だが少女は二人が落下する前の晩、母親にある絵本を読んでもらった。王子様が悪い魔女から
お姫様を助け出す物語。そのラストシーンが爆発炎上する白から王子様がお姫様を抱えて飛び降りるシーンだったのだ。

「今日はここまでよ。おやすみなさい」

少女の額にキスをして母親は部屋を出て行った。少女は先が気になってあまり眠れなかった。
いったいどこから見つけてくるのか彼女の母親が読んでくれる物語は絵本とというよりは少年漫画に近いものであった。
少女は普段触れることのない母親の物語に夢中になった。ちなみに夜眠れないために学校でいつも熟睡していることは
親には内緒だ。今日も眠れない夜に備えるために、少女は眠る。

そんな訳で、少年には王子と言うあだ名が定着してしまった。

「おひっ、おひめさまだっこっておまえ・・・ギャハハハハ」

マークは暇を見つけては少年を笑いに来ている。少年をきちんと名前で呼んでくれるのはミンだけだ。

「おはよ~う!あれ?マークも来てたんだ?あー!?またタバコ吸ってる!家じゃ吸わないでって何度言ったらわかるのよ!?」

ミンがエプロン姿で部屋に入ってきた。朝起きて最初に見るならむさいおっさんより可愛い女の子のエプロン姿断然いい。
マークに殺意がわくがその殺意もミンの姿を見ていれば薄れてくる。

「おはようミン」

「おやおや、お姫さまのご登場だ。邪魔者は退散した方がよろしいかな?」

笑いを耐えながらマークは大袈裟なしぐさをする。

「うっさい馬鹿!朝ごはんできたから着替えたら下に来てね!」

ミンは顔を赤くしながら逃げるように階段を下りていった。

「初々しいねえ。まったく王子様は罪作りなお方だ。」

マークはニヤニヤした表情を一向にやめようとしない。少年は照れ隠しに頭を掻いた。

「なあ、一つ聞きたいんだが」

「なんだ?」

「~はさっき『あれ?マークも来てたんだ?』って言ったよな?」

「ああ」

「おまえどこから入ってきたんだ?」

少年が知る限りこの家には玄関以外の出入り口はないはずだ。

「下の玄関から、普通に」

「はあ?あいつが気づかないはずないだろ?」

少年はミンが気配なく後ろに立っていたことを思い出していた。今でも寒気がする。ミンは普通じゃない。

「ああ、その答えはコレだ」

マークがそういうと少年の目の前からマークの姿が消えた。

「うお!?」

気配はあるが姿が消えている。いや消えたというよりは同化したと言うべきか。マークがいる空間だけ妙なゆがみが発生している。

「どーだ?すげえだろ?光学迷彩だ!光の屈折率を変化させて可視光線を遮断するんだ。それにより周りの景色と同化させる。
これがあれば妻の着替え姿!妻の入浴シーン!娘がパパの似顔絵を書いている所!女子高異質除き放題などなど様々な
シチュエーションに活用できるのだ!」

はあ・・・はあ・・・と興奮気味に話すおっさんにどん引きしながらなんとか言葉を返す。

「あ~あんたが家族ラブなのはよお~くわかったから、ちなみに最後のは犯罪だから」

「ふ、すげえだろ?」

ふ、じゃねーよ。

「しかしこの目で見ていても信じられないな」

「おいおい、光学迷彩の概念なんてのは今から2000年前にはもう確立されているんだぜ?軍は光学迷彩の実現化のために大学に協力を
要請していたし、医療の面でも手袋を透過させて患部を見えるようにするってのは実現していたんだ。よし!光学迷彩について詳しく
説明してやろう、そもそもだな、光学迷彩って概念が登場したのは映画や小説によるところが大きいんだが・・・」

ペラペラと喋りだすマークにうんざりして聞き流すことにする。確かに気配は消えている。だがまだ気になることはあった。

「それ、気配までは消せないんだろ?あいつ、おまえの気配に気づかなかったのか?」

マークの姿が目の前に現れる。

「ああ、すぐ後ろで見てたけど気づかなかったぞ、全然。鼻歌まで歌ってすごく幸せそうに朝飯作ってたよ。幸せもんだね
どっかの王子様は」

「うっせ!着替えるから出てけ!それともあんたには男の着替えを鑑賞する趣味でもあんのか?」

「はいはい王子様」

マークは手をヒラヒラとさせながら立ち上がる。

「なあ」

「なんだよ。まだなんかあんのか?」

「あの子は、切り替えのできる子だ。戦いになれば冷静になれると俺は信じているが、今の状態は危険だ。
すぐ後ろの俺に気づけないなんてな。万が一・・万が一あの子が戦場で冷静になることを忘れてしまったら、
その時はお前があの子を守れ。いいな?」

少年は急に真面目になったマークの雰囲気に戸惑ったが、少ししてから答えた。

「ああ!・・・任せとけ!」

「よし。男の約束だ」

マークが拳を突き出し少年も拳を合わせる。

「よし、あいつを泣かすなよ」

「おう!」

「あとな」

「まだあるのかよ」

「オマエ・・・俺の娘と随分仲がイイミタイガナ、手を出してミロ。地獄の苦しみと共にコロシテヤル」

「ロリコンの趣味はねえ」

「そうか・・・ならいいんだ」

マークは笑いながら去って行ったがその背中には鬼が浮かんでいた。






「タバコ吸うなら出てけー!!!」


ミンの大声が下から聞こえる。


「まったく平和だねえ」










「ふう」

少年は着替えながらこの三日間のことを回想していた。
この町に着いて(落下して)からミンの家に下宿させてもらっている。
ミンが「家に来なよ!部屋も余ってるし一人じゃ広すぎるから!」と
言ってくれたからだ。その時マークが笑いを堪えていたのは言うまでもない。

この街の名前は「愚者の穴蔵」。ここを最初に発見した人物が名前を付けたらしい。

地中を街ごと移動しているというのはなかなかに信じがたい話だが、そのため
帝国の領土内を自由に動き回れるということだ。

ミン達は「~」という組織に所属しており、ここは帝国に対してゲリラ活動を行う
最前線にあたるらしい。

「あ!きたきた!遅いよ!着替えるのに何分かかってるのよ」

「悪い、ちょっとここに着てからのこと思い出してた。マークは?」

「タバコ吸うの止めないから締め出した」

こんなに旨いもん食えないなんてな、あいつも馬鹿な奴だ。

「こんなに旨いのにもったいないねえ」

シャキシャキとサラダを口に運びながら考えたことを口にする。

「うん、ありがとう」

「おう」







「あのさ?」

「ん?」



肉料理を口一杯に頬張りながら答える。歯で噛み切ると肉汁が染み出して実に旨い。

「この街には大分慣れた?」

「ふぁあ、ふぁいふな(ああ、大分な)」

「食べてから話しなさいよ」

「わるい、今日は塔に行くんだっけ?」

「うん、マークがこれからのことについて話し合おうって。食べたら一緒に行こう」

やっと本題か。

「おう、わかった」




10分程してマークが入ってきた。さすがに今度はタバコを銜えていない。

「俺の飯は?」

「全部俺が食った。」

ミンは食べ終わった皿を洗っている。

「マジか?」

「悪いね」

俺は朝散々笑われたのを思い出して、悪戯じみた笑顔で答えてやる。

「ちっ・・・」

マークはタバコを取り出した。

「出て行け」

ミンに笑顔で締め出された。学習しない奴だ。

「もらいタバコしてくる」

「嘘、タバコ吸うの?」

「たまにね。幻滅した?」

「幻滅した。体に悪いよ?」

ミンが心配そうな顔でこっちを見つめる。
そんな顔はやめてほしいんだけどな。

「止め時は決めてるんだ」

「ふーん、いつ?」

「ん~・・・まあその内話すよ」

「まあいっか、吸い終わったら言ってね」

「ああ」




扉を開けるとマークが空を見上げながらタバコを吸っていた。








「タバコ臭い」



ミンがこの部屋に入る時必ず言う言葉だ。塔の中は全面禁煙のはずだが、組織のサブリーダーであるマークがヘビースモーカーの
ため、いくつかの部屋はなし崩し的に喫煙を許されている。

「職権乱用だよ!」

「まったくだわ」


部屋の中の人物が同意する。彼女はレイさん。鼻筋の通った美人で、黒い瞳に麻黒の肌、黒髪のロングヘアーがよく
似合う女性だ。落ち着いた雰囲気を漂わせており、みんなのお姉さんのような存在だ。マークと同じく組織のサブリーダーを
勤めており信じられない話だが、マークの奥さんである。

「レイさん!聞いてよ!」

ミンがレイさんに駆け寄っていく。この二人はかなり仲がいいみたいだ。ミンの話を楽しそうに聞いている。


「あらあら?王子様もタバコ吸うのね。そんなことだと女の子にモテないわよ」

微笑みながら俺の方を見上げてくる。

「じゃあどうしてレイさんはマークと結婚したんですか?」

「あの人は特別。残念だけど王子様に言い寄られても私はなびかないわよ」

「それは残念です」

「ちょっと・・・」

「なんだよ?」

「どうしてレイさんには敬語なの?」

「大人の女性に対する礼儀はわきまえているつもりだけど?」

「大人の女性ならここにもいるじゃない」

ミンはどうやら自分が大人の女性だと言いたいらしい。

「え・・・どこに?」

少年は不思議そうに周りを見回す。

「ひどい!!」

レイさんがクスクスと笑いながら二人を眺めていると、ドアが開いた。

「随分と賑やかだな」

マークとアルが入ってきた。

アルは三日前は見るも無残な姿だったが、すっかり直っているようだ。

「おお。すっかり直ったな。よかったよかった」

「それを君が言うんだ」

ミンを含め部屋の全員が俺を呆れ顔で見ていた。

「たく、オマエが派手にぶっ壊すから直すのに付きっきりで三日もかかっちまったじゃねえか」

「今度は本気でやろうな!王子!!まあ俺が本気を出したらすぐに終わっちまうからなあ!!!
ちぃ~っとだけ手加減してやってもいいぞ!それでも勝つのは俺様だがなあ!!がーっはっはっはっは!!!」

マークがだるそうに文句を言い、アルは豪快に笑っている。相変わらずうっとうしい。やっぱ斬っとけば良かったな。

「つーか付きっきりってお前余計なもんまで作ってたじゃんか」

「お、おい」

「「何それ?」」

女性陣二人の声が重なる。ミンは単なる興味本位のようだがレイさんはなんだか雰囲気が怖い。

「あ、な、た?」

レイさんがマークに詰め寄る。

「レイさんって怒るとすごく怖いんだよ」

ミンがそっと耳打ちしてくる。マークは正座させられて説教を食らっている。口からタバコを離さないのはさすがだ。

「あなたって人はどうして毎回・・・!!」

どうやらマークは尻にしかれているらしい。この分だとまだまだ続きそうだ。

普段偉そうにしているマークの情けない姿をもう少し見物しようかと考えていると、思わぬところから助け船が出た。

「なあ」

「何よ!?」

アルがレイさんに怒鳴られて少したじろぐ。アルが気圧されるのもかなり珍しいのではないだろうか。

「いや・・・そんなことしてる暇があるのか?」

「そうだ!こんなことをしている場合ではな~い!!」

マークが復活した。

「王子に今後の予定を伝えようと思っていたんだ。レイ!説教なんぞ後だ。」

強気に出ているがレイさんにの顔を見ない様に怒鳴っている。よほどレイさんが怖いのだろう。

「おほん!」

マークは椅子に座るとわざとらしく席をして威厳を取り戻そうとする。ついさっきまで醜態をさらしていたのだから
今更威厳も何もないのだが。

「家に帰ったら続きだからね」

レイさんも席につく笑っているがその笑みが帰って恐ろしい。レイさんは絶対に怒らせまいと心に誓った。

部屋の明かりが消えモニターが輝く。モニターには地形らしきものが表示されいくつかの光点が輝いている。
どうやら地図のようだ。

「俺たちがどういう集団かはわかっているよな?」

「帝国に抵抗しているレジスタンスだろ?」

「その認識で間違いない。この大陸中に仲間がいて、俺たちはその最前線に位置している。帝国の監視、
戦力の補充を任されている。定刻の動きを逐一本部に伝えているって訳だ」

「戦力の補充ってのは?」

「巡回中の帝国の機兵を襲ってこちらの戦力として使っている。王子が戦ったのがそれだ。」

「だから急所を狙ってこなかったわけか。あれは俺を試していたんだろ?」

「そうだ」

「アルが俺を殺そうとしたのは?テストなら機兵6体倒した時点で十分合格だったと思うけど?」

「それは・・・」

ミンの顔が曇る。

「俺がそう指示した。あの程度で生き残れないようでは意味がないからな。そうだろ?ミン?」

「う、うん」

「ふーん。まあいいけど」

ミンはそっと胸をなでおろす。

「にしてもあの刀は凄いな」

「あの刀ってのは・・・おまえがアルを細切れにしたうえに塔の壁を10メートル削り取ったあの刀のことか?」

マークが抗議の口調で責めてくるが俺は無視して話を続けた。

「素手で使っても壊れなかったのはあれが初めてだよ」

少年の普段あまり見られない興奮した様子に気を良くしたのかマークは説明を始める。

「あの刀はある希少な金属から出来ているからな。ちなみにこの灰皿も同じ物質でできている。」

マークは灰皿をコンコンと叩き、ニヤリと笑う。

「そんな希少な金属で灰皿なんか作らせていいんですか?」

俺はレイさんの方を見る。

レイさんはため息をついている。もう諦めているようだ。

「話を戻そう」

「ああ」

「愚者の穴蔵にいる構成員は大まかに言って2つの種類に分けられる。この塔で研究開発を行う後方支援組と
ミッションをこなす戦闘組だ。俺とレイは支援組、ミンとアルは前線組だ。ちなみにミンは俺たちのトップエースだ」

俺は黙って話の続きを待つ。

「驚かないんだな」

「ん?」

「ミンがエースってことだ」

「まあね。後ろに立たれた時にまったく気づけなかったからな。アルが言ってた譲ちゃんってミンのことだろ?」

「ああ」

ミンは嬉しいような悲しいような微妙な表情をしている。

「お前にはアルやミンと同じく斬りこみ隊である一斑に入ってもらうことになる」

「わかった」

「何か質問は?」

「いや、やっと暴れられるってことだな」

「そういうことだ。では早速だが任務に入ってもらう」

~の声とリンクして画面が切り替わる。

「今回の任務は戦力の補充。さっき話したやつだな。いつも通り巡回中の機兵を戦闘不能にし、回収する」

「五班の調査によると今回の巡回ポイントは二箇所。ここと・・・ここだ」

画面に赤い光点が二つ表示された。

「あまり数は多くないようだから今回は少数でいく。東側は王子とミン、西側はアルとレオに行ってもらう。開始時刻は今から二時間後、
開始30分前までには塔の最上階に集合してくれ」

レオというのはミン達と同じ一斑の隊員らしい。俺がここに着いた時には任務に出ていたのでまだ顔を見ていない。
3時間前に帰ってきて今は仮眠中とのことだ。どうやらここの組織はかなり人使いが荒いようだ。

「解散」という声と共にみなパラパラと部屋から出て行く。

さて・・・時間まで何をしようかな。





7, 6

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