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シズクとルーと 2

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 森の木の上を何かが飛んでいる。
「みーつけた!」
 シズクの頭上から子供の声がふってくる。女の子の声だ。
 アシナガのモニタ越しに上を覗けば、奇抜な色をした楕円に細長い手足をつけ、背中に骨のような翼のはえたマシンがいた。
「あはっ! あそぼ?」
 少女の陽気で妖気な声が響く。
 少女のマシンの腕が伸びる。シズクはその腕をスライドしてかわす。そこにさらに少女の左の腕が伸びてくる。シズクは後ろに跳んでそれをかわした。
 少女の楽しそうな声。
「ルールーの攻撃をよけれるなんてやるじゃん。 お次は どうかなっ!」
 少女のマシン――ルールーの一度引っ込めた腕がまた伸びる。両側に四十五度くらいの角度に伸びていく。
 シズクがその行動を疑問に思った直後。ルールーの手の形が変わっていく。泡立つように手の表面がぼこぼこと動いている。そして、だんだんと大きくなっていく。ルールーの手はアシナガを挟んでぺしゃんこにするにはじゅうぶんなほど大きく膨らんだ。
 ルールーの巨大な手が水平に振られる。アシナガに迫る。両側から手。左右に逃げ場はない。
 シズクは上に跳躍した。アシナガの強靭な脚は軽く跳ねただけのように見えたが、木の高さを飛び越えて、ルールーと同じ高さにまで到達した。
「甘いよ。甘い! お菓子なんかよりっ」
 シズクが跳躍したポイントでルールーの手がバチンと合わさる。そして空中のアシナガへ振り上げられた。
「おっさん、感謝ァ!」
 シズクはバーニアを吹かして、機体を横にずらす。ルールーの腕がすぐ脇を通過する。その瞬間。シズクは腰をひねり、両足でルールーの腕を挟んだ。ルールーの表面はぐにっと柔らかかった。
 長く伸びた腕にマシン一体分のおもりが急に乗っかり、ルールーはバランスをくずす。振り払おうとするのだが、手の力で足の力には勝てない。ましてアシナガの足だ。
 ルールーはバランスを崩したまま、落下するアシナガに引っ張られる。
 地面と遭遇する寸前、シズクは腕をはなして、どうにか着地した。それは落下の主導権のあったシズクだからできることだ。少女にそれはない。タイミングを逸した少女は側面から地面に激突する。
 そのはずだった。
 ルールーの形が変わる。スポンジのように柔らかく、ボールのようにまんまるに。地面には落下した。ぽんぽんと二三度跳ねる。衝撃を吸収して、まるでぴんぴんしていた。
「……スペシャルはすごいな」
 シズクは感嘆の声をもらした。
 スペシャルとは普通のマシンとは違う特別な能力を持ったマシンのことをさす。少女の乗る自由に形状を変えられるルールーはこれにあてはまる。
「あはっ、あはっ。すごい、すごーい! そんなおんぼろですごいよ、きみ」
 少女はすごく興奮していた。自分とやりあえる相手は久々だった。
 シズクのコックピットにオープンチャンネルで通信が入る。
「ねえ、ねえ。名前は? 声をきかせてよ」
 無邪気な声がスピーカーから飛び出してくる。シズクは少し迷ったけれど、答えた。
「ふ~ん。男の子なんだね」
「きみは?」
「ルー。ルールーのルーだよ」
 ルーの声は本当に楽しそうで、スピーカーのむこうの笑っている顔が容易に想像できた。
「なんでこんなことするのさ」
「? あれ? あれあれ? あれえ?」
 ルーはシズクとのバトルがあんまりに楽しいものだから当初の目的をすっかり忘れてしまっていた。
「なんでだと思う?」
「……知らないよ」
 シズクは呆れた声をだす。コックピットの中でなければずっこけていたかもしれない。
「まっ、どうでもいいじゃん! もっと遊ぼうよ」
「遊び? 遊ぶって」
 シズクにとってはそんな楽しいことではない。ゲームで命のやりとりをできるほどシズクは狂っちゃいない。
 シズクは通信を遮断すると、反転して走り出した。付き合っていられないので逃げることにした。
 とうぜんルーは追う。球だったルールーがモコモコと動いてもとの形に戻る。その後に背中から翼をはやす。
 しかし、飛んだのがあだとなった。森の影に隠れてシズクを見失ってしまった。
「もーう。なんで逃げるのさー!」
 ルーは外部スピーカーでそこら中に聞こえる大声で叫んだけれど、返事は返ってこなかった。
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