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イヴァン記

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 イヴァン記


 第一章


 イヴァンとアリアが「町」を治めるようになり400年が経とうとする頃、ヒトは研究に
行き詰まり、「町」を閉塞感が覆っていた。進歩、発明はするものの、目的には程遠いもの
ばかりであり、目的への道筋の見当すらつかない状態であった。それでもなお、研究だけの
ために営みを続けてきたヒトは、研究を止めなかった。それは地獄であったという。目も眩
むような大発明や大発見がなされたのもすべてこの時期である。ただ、ヒトは、そんな成果
に落胆するのみであった。
 次第にヒトに無気力が広がっていった。研究の手を止めぼんやりと1日を過ごすものが増
え自堕落に生きるもの、淫蕩にふけるものも出てきた。中でもイヴァンとアリアを悩ました
のが、ヘビの毒、である。
 
 無気力の極み達したヒトはヘビから毒をもらい受け、それを飲み、自らの「運命」を短縮
して「死」を迎え入れた。神から与えられた「運命」を粗末にすると一部では非難する向き
もあったが、ヘビの毒は「町」で流行し1日に何言ものヒトが「運命」を短縮した。
 イヴァンはお触れを出した。
「神から与えられた研究を放棄し、「運命」を短縮するなど神をも恐れぬ愚行。今後ヘビの
毒を手に入れることを禁ずる」
 イヴァンとアリアはヘビを「町」から追放した。ヘビは文句1つ言わず「町」を出て行っ
た。
 「町」を追放されたヘビは神の元へ赴き、進言した。
「ヒトにより虐げられています。我々の毒を自ら飲んだのはヒトです。なぜそのために我々
が虐げられなければならないのでしょうか?」
 神はヘビの言葉を聞きいれ、イヴァンに書を送った。

“ヘビを虐げるのを止めなさい。さもなくば呪いがあなたがたの上に降り注ぐでしょう”

 書を受け取ったイヴァンは神の元へ赴き説明した。
「しかし、神よ。これすべてあなたの声のためなのです。ヘビへの処置も一時的なものです。
研究が進み始めれば、「運命」を短縮するものもいなくなるでしょう」

“わたしはわたしの言葉同士がいがみ合うのは見るに耐えない”

「しかし、神よ。それが一番の方法なのです」

 イヴァンと神は物別れに終わった。神が産み出した言葉が、初めて神に逆らったことでも
あった。

 翌日、「町」に無数の大きなヘビが降った。大きなヘビたちは「町」にいた言葉たちに噛
み付き毒を注ぎ込み「死」を呼び込んだ。「町」は混乱した。ヒトや他の言葉たちは家に閉
じこもり外に出なくなった。往来を大きなヘビたちが這い回る音だけが響くようになった。
 イヴァンとアリアはこの事態に頭を悩ませた。アリアはすぐさま神に許しを請うことを勧
めたが、イヴァンは頑として首をたてに振らなかった。
「これはすべて神の試練である。我々はすべて神のために研究を続けてきた。この試練を乗
り越えることこそ、我々には必要なのだ」

 イヴァンは「町」にヘビ殺しの毒を撒いた。空から降ってきた大きなヘビはそれによりす
べて「死」に絶えた。イヴァンは勝ち誇って言う。
「試練を1つ越えた。我々は研究の高みに一歩近づいた」


 第二章


 旅人が世界を拡げていることを知ったイヴァンは新たに産まれた地を見に行くように遣い
を出した。イヴァンとアリアが産み落としたヒト、スヴェンは北へ、セイルとカトレアの産
み落としたヒト、フンは西へ、ドゥカとネメスの産み落としたヒト、バベルは東へ、そして
同じくドゥカとネメスの産み落としたヒト、ティアは南に向かった。
 この4言のヒトは旅人の道を辿り、新しいモノを見て知って、「町」へ帰り多くの新たな
事柄をみなに伝えたことから、4賢者と呼ばれるようになった。
 4賢者は道を辿ることと「町」に帰ることを繰り返したため、ヒトを産み落とす暇がなか
ったと伝えられる。

 4賢者によってもたらされた多くの知識で、ヒトの研究は牛歩ながらも前へ進み始めた。
イヴァンは状況に満足し、嬉々として神の元へ赴いた。
「神よ、あなた様の試練に打ち勝った我々は、研究が進み始めました。これすべて神のため、
神のおかげです」

“イヴァンよ、他の言葉を虐げるのを止めるのだ”

 ヘビの一件以降、ヒトは他の言葉より自らが賢く優位であると思い始めていた。ヒトだけ
がいれば神の声を取り戻すことは容易であると考えていた。この頃より家畜という考え方が
広まり、他の言葉たちはヒトに仕えるように強制されるようになっていた。

「神よそれは違います。ヒトに仕えることにより、他の言葉たちも神の声を取り戻すという
尊い研究に従事できるのです。これすべてあなた様のためです」

“しかし、イヴァンよ。わたしはわたしが創りだした言葉に優劣をつけた覚えはない。他の
言葉を奴隷とするのを即刻止めよ”

「神よ、勘違いをなされております。これはすべてあなたのためなのです」

“わたしの言いつけを守り、以前のように暮らしなさい。さもなくば、あなたたちの体の一
部を奪おう”

「神よ、我々はヘビの試練を乗り越えました。今度もまた乗り越えることになるでしょう」

 翌日、すべてのヒトの聴覚が麻痺し、ヒト以外の他の言葉の声が聞こえなくなった。ヒト
は他の言葉の声を聞き取れなくなったことを恐れ、他の言葉をすべて「町」の外へ追い出し
新たに他の言葉ように「村」をつくり、言葉たちをそこへ住まわせた。これ以降、ヒトは他
の言葉の声を聞くことができなくなり、他の言葉と通じることができなくなった。
 イヴァンとアリアは頭を悩ませた。アリアはまたしても神へ許しを請うことを求めたが、
イヴァンは聞き入れなかった。
「これは神の試練である。声が聞こえなくなっただけであろう。こちらの声が聞こえている
のであれば、これまで通り、役割を負わせればよい。そうすることが神の声を取り戻すこと
へ繋がるのだ。他の言葉も満足であろう」

 イヴァンは他の言葉たちにこれまで以上の苦を強いた。他の言葉たちは古の契約により、
また神の呪いによって聴覚の一部を失ったヒトに対して、意見を言うことができずにいた。
研究は続き、大いなる飛躍を遂げた。イヴァンは勝ち誇って言う。
「我々はさらに神の声を取り戻すことに近づいた。約束の時まであとわずかである。これ
ずべて神のためならば」


 第三章


 イヴァンは「町」に名前と意味をつけた。これより「町」は〈神への忠誠〉という意味を
込めて、ハコブネと呼ばれるようになった。
 ハコブネにはもはやヒトしかおらず、他の言葉たちは〈役割を始めるところ〉という意味
のガリアスに住まわされていた。

 その頃である、ヒトは言葉に似たモノを創り出すことに成功した。それは見かけはまった
く神の創りだした言葉と同じであるが、神が施した呪いなどはまったくなかった。言葉に似
たモノたちのことをヒトは〈音〉という意味を込めてイエスと呼ぶようになった。

 神は神の業を侵すものとして、ヒトがイエスを産み出すことに腹を立てた。神はイヴァン
に書を送った。

“それはヒトの業を超えている、即刻止めよ。さもなくば、神の怒りを知ることになるであ
ろう”

 イヴァンは神の元へ赴き頭を垂れた。
「神よ怒りをおさめてください。これはすべて神のためなのです。神のことを知りたいがた
めにセイルとカトレアの産み出したヒト、ユダが発明したもの。我々は神をもっと知りたい
のです」

“わたしを知るのに、わたしになる必要はない。驕るのも大概にせよ”

「神よ、それでも我々は研究を続けるのです。すべてあなたのために。あなただけのために。
我々はこれまで2つの試練を乗り越えてきました。今度もまた乗り越えるでしょう」

 翌日、神は太陽をこの世から隠した。空を厚い雲が覆い、地は闇に満たされた。ヒトをは
じめとした言葉たちは神の怒りを恐れ、地に頭を押し付け、祈った。神の怒りがおさまるよ
うに。
 イヴァンとアリアはまたしても頭を悩ませた。アリアは神に許しを請うように求めたがイ
ヴァンは聞かなかった。
「3つ目の試練である。これを乗り越える必要がある。我々は神を知るために神に近づくの
だ。これすべて神のためになされることである」

 イヴァンの指揮により、ヒトは隠された太陽の代わりを創りだした。それは空より少し低
いところに浮かび、太陽と変わらず地を照らした。イヴァンは勝ち誇って言う。
「我々は神に近づいた。これで神のことをもっと知ることができる。神は声を取り戻すこと
ができるのだ。我々の研究の成果によって」













 続く





 第四章


 ヒトは研究を続けた。ヒトの研究はイエスたちによって支えられていた。ヒトにとって、
言葉と同じものは良き実験の材料となった。
 ヒトは驕るのをやめなかった。ヒトは自らが神に近い位置にあると信じて疑わなくなって
いた。ヒトにとって他の言葉は自らより劣っているもの、イエスたちは実験材料。ヒトは研
究の過程で産み出されたモノたちを自らのために利用するようになり、ハコブネは悪しき町
となった。
 現在あるすべての悪しき事柄が産み出されたのはこの頃である。
 それでもなお、研究は進むので、イヴァンは悪しきことに目を瞑った。ヒトは増長し、い
つしか神への敬いを忘れた。

 アリアだけは事態に心を痛めていた。毎晩神に祈った。
「神よお許しください。神よお助けください。ヒトは間違ってしまいました」
 神は祈りを聞いていた。神はアリアだけにわかるように書を送った。

“アリアよ、汝の嘆きは我の嘆き。イヴァンを諫めるのだ。ヒトを正しき道に戻すように”

 翌日、アリアはイヴァンに言った。
「イヴァン。このままではヒトは間違いをやめない。元の正しき道に戻るようにヒトを導き
ましょう」
 イヴァンは聞く耳を持たなかった。
「何を言っている、アリアよ。我々は限りなく神に近づいた。研究も進み続ける。何が悪い
のだ。これすべて神のためである」
 アリアは嘆いた。イヴァンのことを、ヒトの行いを。
「神よ、なぜでしょう。イヴァンのことを想うと、涙が出てきます。この想いはなんなので
しょう?」
 神は書を送った。

“それはヒトに備わった感情である。そのため、鍵と鍵穴は惹かれあうのだ。それを愛と呼
ぶ”

 アリアは「愛」という言葉と意味を始めて知ったヒトである。


 第五章


 イヴァンとアリアの「運命」が尽きようとしていた。「死」が迫っているのである。しか
し、イヴァンはユダを呼び寄せ、自らの、尊き神の創りだした体に手を加えた。「運命」を
騙し「死」を遠ざける術である。イヴァンとアリアはさらに長生きすることになる。この時
2人は1043年と146日生きていた。
 アリアは自らの体に施された術を嫌った。
「これは神に対する反抗です。さらなる怒りをかうでしょう」
 イヴァンは言う。
「これすべて神のためである。我らがいなければ誰がヒトを治めるのか。我らの「死」によ
って研究が停滞することは許されない」

 ユダが生み出したこの術はヒトに広がり、ヒトは「死」から遠ざかった。「運命」の支配
を免れる術はいまだ発見されてはいなかったが、それでもヒトにはじゅうぶんだった。
 神はそれを嘆いた。神はヒトが間違った方向へ進んでいくことが悲しかった。イヴァンに
何度も書を送ったが、イヴァンは頑としてそれを受け付けなかった。イヴァンは自らが神に
なれると考えていた。
「神が唯一であるのは、それに並ぶモノがいなかったからである。神と同列のモノが産まれ
れば、神の孤独も終わるはず」
 イヴァンは不遜にも神が孤独であると決め付け、それを晴らそうと考えた。
「神が言葉を取り戻すのはまだ先であろう。ならば、それまで、我らが神の声の代弁者にな
ればよい」
 イヴァンがそう考えた時、神はイヴァンに向けて最後の書を送った。

“不遜なる言葉。愚行を止めねば、この地すべてを浄化させ、世界を再生させるであろう”

 イヴァンは神の書を破り捨てた。

「我々を産み落としたのが神であれば、それをさせたのもまた神である。我々が間違ってい
るとすれば、それは神の過ちである」


 第六章


 神は地に住むすべての言葉に書を送った。

“これより30日後、すべてを浄化させる洪水があなたがたを襲うだろう。ヒトを除く良き
言葉たちよ、あなたがたは次の世界に生きることが出来る。安心するがいい。ただし、ヒト
は悔い改めなければ、次の世界に生きることはかなわない”

 これに激怒したイヴァンはユダに、ハコブネを舟に変えるように命じた。
「この地に残るすべての言葉たちを載せ、我らヒトも載せることが可能なものを造れ」
 ユダはイヴァンの言葉に従い、舟の建造を始めた。その舟は地の半分を覆い尽くすほど巨
大で、舟の中には太陽の代わりがおさまるようになっており、神が創ったこの地に似せて造
られた。
 イヴァンたちは逃げ惑う他の言葉たちを捕らえ、舟の中へ幽閉した。次の世界でも自らの
優位性が揺るがぬようにであり、神への人質であった。
 神は捕らえられた他の言葉たちを救うため、捕まらなかった言葉たちを集め、舟を破壊す
るために立ち上がった。イヴァンはそれを見て、イエスたちを中心に組織した軍団をそれに
向かわせた。
 洪水が起こる10日前、神とヒトの争いが始まった。












 続く



5, 4

  



 第七章


 現存せず


 第八章


 神とヒトは当初互角の戦いをしていたが、途中で4賢者が神の側につくと、戦況は一転し
て、神が優位となった。4賢者が神の味方をした理由は旅人にあると言われている。
 その頃、イヴァンは自らのこと〈大きな音の神〉と呼び、神に並ぶものであると豪語して
いた。

 神の優位が続く中、ユダによって建造された舟は、その攻撃により半壊してしまった。ユ
ダは知恵をしぼり、どうすれば神に攻撃されない舟を作れるだろうかと考えを巡らせた。そ
して、ユダは1つの考えを思いつく。言葉そのものを材料とし、舟を造る。幽閉された言葉
、ヒトは舟に変えられた。神の軍勢がハコブネの元にたどり着いた時、舟は完成していた。
神は嘆いた。自らが創った言葉が手の届かないところへ行ってしまったためである。
 イヴァンは誇って言う。
「神よ、すべてあなたのためであったのに!あなた自身がすべてを手放したのだ!あなたが
アリアを誘惑したのだ!」

“なんと愚かな、イヴァンよ。あなたは完全に道を誤ってしまった。取り返しのつかないこ
とになる。これからヒトは繰り返しの中に生きることになる。それは自らが、自らに課した
呪いである”

 
 第九章

 神と言葉たちはハコブネを離れた。それからまもなく、洪水が世界を浄化した。洪水は3
0日間のあいだ続き地は水で満ちた。

神に従った言葉たちは清い心を持ったまま次の世界へ生きた。神に従った4賢者たちは、旅
人との約束に従い、神の元を離れ新たな地に散っていった。

 神が浄化した新たな世界で、言葉たちは生き始めた。しかし、舟になったイヴァンに従っ
た言葉たちもそこに生きることになった。彼らはすでに神の手を離れていた。舟になった言
葉たちには〈大きな音の神〉の鎖が埋め込まれ、「運命」が短くなり、「死」がより近いも
のになってしまった。

 2度目の世界である。


 第十章


 イヴァンたちは新たな世界で無知で無垢な言葉たちへ悪しき事柄を広めた。時間はさほど
かからず、それは地に蔓延した。

 イヴァンは憎しみをこめて神へ向けて宣言する。
「わたしは〈大きな音の神〉である。〈大きな声の神〉の無慈悲な行いに仇なすものである。
何度でも繰り返し、あなたの首を狙うであろう」

 神はその言葉に涙した。

“おお、なんと罪深き言葉たちよ。我の手から離れ好き勝手に暴れるものどもよ。洪水は何
度でも起こり、すべてを浄化するであろう。すべてが完全に浄化されるその日まで”

 〈大きな音の神〉と〈大きな声の神〉はそれからいまだに戦いを続けている。









 続く



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